プロローグ
最近の彼は、いつもにまして早起きである。
少しまだ眠気の残る目をこすり、ベッドから体を起こすと、二度寝しないように自分で両頬を挟むようにしてぱちんと叩く。
強く叩きすぎると腫れるので、弱めに、しかし二度ぱちぱちと叩くのが彼仕様。痛すぎるのは嫌、気合入れを好む割には、ちょっと臆病な一面が窺える。
手を口に添えたうつ向きあくびを一つ挟んで、いつもの服に着替えて家の外へ。肌にぴっちりと吸い付くノースリーブの黒いシャツを上に一枚、足首までのズボンも黒、肌が見えている部分が多いから黒一色ではないが、やや殺風景な着こなしだ。
まだ日も昇っていない時間帯、同じ家に住む同僚を起こさない足使いで、ひっそりと空の下に出る。
「っ、さむ……」
今、冬なんですけど。肩から手先まで肌丸出しの格好で外に出る奴なんてそうそういまい。
その格好じゃ当たり前でしょ、と言われても仕方ないことを呟きながら、彼は家の軒先に立てかけていた木剣を握り締める。
何をするかといえば、素振り、素振り、素振りのみ。上げて、振り下ろして、その繰り返し。冷たい冬風が肌を刺す中、彼は体が温まるよう全力で木剣の素振りを繰り返す。
一振り一振りを大切にした、二の腕までもが大きな弧を描く、腕全体に力が込められた素振りである。大きな動きの割には、つんつん頭の彼の硬めの髪は、風や動きにもなびかない。
一方で、左足を引いた下半身も殆ど動かない。動かさぬと決めたら、意識してきっちり動かさない。早く、力強いフルスイングの素振りに体を揺さぶられない、体芯のしっかりした素振りを数度繰り返す彼の姿を、ようやく東の空から昇ってきた朝日が見届ける。毎朝毎朝ようやるわ、と。
「おはよう、ユース」
「あ……おはようございます、シリカさん」
同じ家に住む同居人が起きてきて、素振りし続けていた彼を目にしたその頃には、ユースと呼ばれた彼の全身からは、既に汗が滲んでいた。平常より少しリズムが早くなっている呼吸は、白い息から察しやすく、短時間で既に彼の体は温まりきっているようだ。
「最近、少し朝が早すぎるんじゃないか? 睡眠時間も大事だぞ」
「それはわかるんですけど……最近忙しいから、朝早い時間ぐらいしか自主鍛錬できる時間がなくって……」
心配されるような時間の使い方である自覚はあるのか、少々ばつの悪そうな顔で言い訳するユースだが、それでも一日たりとも鍛錬を欠かせることはしたくない、と。相変わらずの鍛錬の虫っぷりに、声をかけた女性の方もくすりと笑ってしまう。
シリカさんと呼ばれたこの女性も、冬空の下にあっては薄着な方。太もも半ばまでの薄いレギンスの上に短くスカートを履き、黒のハイソックスこそあれど膝回りは剥き出し。豊満な胸を包む上の服も、袖のあるチュニックの上に、えんじ色のノースリーブの服を一枚着ただけだ。年明け間もないこの季節に、二枚着だけで空の下に出るのはちと寒い。
少なからず肌寒さは感じているであろうに、寒気を意にも介さぬ微笑みでユースを見守るその顔立ちは美しく、絹のようなさらさらの金の長髪が、そんな彼女の大人びた魅力を引き立てている。初見の男が街ですれ違ったら、思わず二度見してしまうその美貌にユースが目を奪われないのは、あくまで彼が彼女と共に生活するようになって長く、目が慣れているからに過ぎない。
「朝食を作ってくるから、気が済んだら戻ってくるんだぞ。なるべく早めにな」
「あ、手伝いま……」
「いいよ、手っ取り早く済ませるから。気が済むまではやるといい、早めにって言ってるのは、体を壊さないようにしろっていう意味だぞ?」
4歳年上のシリカのお手伝いを申し出るユースの言葉も、シリカはきっぱり切り捨てて、家の中へと帰っていく。気を遣わせちゃったかな、と少し気にしつつも、ふぅと息を吐いて再び素振りを始めるユースの姿を、見守っているのはお日様と空だけである。
ユーステット=クロニクス。騎士の称号を背負い、人々の安寧なる日々のために戦場に立ち並ぶことを厭わない彼は、今日も己の強さを向上させるため、あるいは保つために精魂を費やしている。培ったその剣の腕が、やがて誰かを苦難から救うためのものになると信じてだ。




