マキ編 9月22日
これは過去。
『俺にプレゼント?』
去年の彼の誕生日。
『うわ、ブレスレット。え?作ったの?!すげ、かっこいい!』
駅前の店で革のブレスレットをずっと見ていたのは知っていた。でも、私のプレゼントにお金をかけたせいで買えなかったのだ。
『喜んでくれてよかった。』
私は笑顔になる、彼はさっそく腕につけてくれた。
『ーーちゃんはすごいよ、ずっと大事にするね!』
視界が暗転する。
あの言葉の真意はどこにあったんだろう?
あのとき、私のプレゼントを優先してまで諦めたブレスレットと比べて内心は残念だったんじゃないの?
ーーでも、あの顔は本当に喜んでいたんだろう。
……ブレスレット、まだ持っているのかな。
次の瞬間、視界が明るくなる。
そしてすぐにわかった、これは夢だと。
『ーーちゃん、どうしたの?さっきまで泣いてたよ?怖い夢でも見た?』
朝起きたら、彼がいて。
『ううん、大丈夫。それより朝ご飯にしないとね、何が食べたい?』
私を優しく抱き締めてくれて。今日もいい匂い。
『何でもいいよ。あぁ、コーヒーじゃなくて紅茶だとありがたいね。』
彼のためにご飯作って
『じゃあ、作ってくるから寝ててもいいよ。後で起こす
から。』
『ーーちゃんのご飯はきっと美味しいだろうな、期待してるよ。』
『はいはい、褒めても何もでないからね。ったく伊織はしょうがないやつなんだから。』
音を立てて私の見ている幻覚が崩壊する。
そんな未来、私が望むのは無理だったのか?
真っ暗な闇の中を1人で歩く。
そして、シーザと漁り火を見つける。
2人は微笑んでいる、私は彼らの元へ歩き始める。
ーーそれが無理なら私は、彼らと死にたい。
「マキちゃん、生きてる?いや、意識あるのか?」
私は不機嫌な声で目が覚める。
どうやら死んだふりをしているうちに寝てしまったようだ。
車はさきほどいた山奥とは逆の海の方へと走っている。
車に備えられている時計は深夜3時ごろ、あと数時間で夜明けだ。
「何を考えてるのかわかんないけど、余計なことはしないでね?そんときはこの車ごと海に突っ込んでやるからな。」
ガードレール沿いのぎりぎりを走っている。きっと、ハンドルを切れば車もろとも海へ突っ込むだろう。
「……シーザはさんも生きてるようですね?漁り火さんは?」
「横を見てみろ、寝てるだけだよ。あと1時間もすれば勝手に起きるよ。ーーしかし、どういうことだ?下に散らばっている錠剤……君はあの小瓶の中身を飲んでいないね?」
「それはこちらのセリフです。あなたが渡したのは自殺するための劇薬では?」
「んなわけねぇだろ、一般人が無味無臭のわざわざ自殺するためだけの薬なんざ買えるわけがない。ただの睡眠薬だよ、よく眠れるやつ。大量に飲めばいけるかもしれんがそれまではぐっすり眠るだけだ。」
「……。」
どうやら騙されていたらしい。車は海からどこかの田舎街へ入る。シーザはため息をついて、髪を片手でむしりあげて話す。
「マキちゃんが言わないなら勝手に喋るよ。ーー俺は君らを殺そうと思ってる。」
車は街中だというのにスピードを上げる。私はぞっとした。
「君らを睡眠薬で眠らせて、ゆっくり『大事にして』から殺そうと思っていた。」
バックミラーに写るシーザの瞳は狂人そのものだった。
黒目はどこも見ていない。
彼が本気になれば私を八つ裂きにするのも簡単なことだろう。
「マキちゃんも漁り火も俺にとっては大事な存在だからな、だからもっとお互いの事を知ってもっと愛しい存在として大事にしてから、ゆっくり殺してあげようと思ったんだ。」
シーザは愛しそうにそれを語る。
それが私たちを愛する方法の1つのように
「そして、2人を殺して俺も死ぬつもりだった。だが、君は明らかに死んだふりをしていた。
ーーおいおいおい、一体どういうつもりだ?まさか俺と同じことを話すつもりじゃないよな?」
「……そういう意味ではあなたと同じかもしれません。」
「ほう?」
「私はあなたたちの死に顔が見たかった。本当に私と共に逝ってくれるのを確認してから死ぬつもりでした。
ーー2人ことを信じてよかったと思いたかっただけです。」
「……。」
シーザは黙る。
「私、シーザさんに、いやシーザ殺されるなら構わない。一緒に死んでくれるなら、私たちのこと殺したあとで死んでくれるなら別にいい。」
バックミラーに写るシーザの瞳はいつもの冷静な彼を表していた。
掻き乱した髪を片手で整えて、少しだけ笑った。
「……それが君の答えか、疑ってすまなかったな。君が俺たちのことを裏切って1人だけ生き残るつもりかと思ったんだ。」
「まぁお互い様ですよ。」
私たちは信じあえていたわけじゃなかった。シーザも私も死にたかったのは一緒だ。
ーーでも、1人よがりの思考だったのだ。それを思うと涙が出た。
「マキちゃん……。」
私は涙をぬぐう。
「ところでどうします?ここまま適当な電柱にでも突っ込みますか?」
「それは漁り火に悪いだろ。結局真面目に自殺するつもりだったのは漁り火だけだったよな。」
「ええ、漁り火さんに申し訳ないです。あぁ、それともあなたのイカれた計画でも実行しますか?私たちのこと、死ぬまで大事にしますか?」
「それも悪い気がしてダメだ。君らの嫌がることはしたくない。納得してからじゃなきゃ、殺してあげれない。」
「……そういう感覚はあるんですね。」
「マキちゃんもね。」
2人ともため息をつく。
私たちはそれでもお互いのことが好きなのだ。たとえ私がやったのは結果的に狂言自殺だったとしても、たとえ彼がやろうとしたのは殺人だったとしても。
「ほら、ついたぞ。」
周りに民家はなく1人で住むにしてはあまりに大きい田舎らしい平屋だった。
「これ、シーザさんの自宅です?」
彼は首を振る。
「いや、親戚の家。今もう誰もいないから俺が代わりに管理してるんだ。」
「へぇ、この辺りに家がないですね。」
「ここら辺は過疎化が酷かったからな。だからこそ君らをここに監禁しようと思ってたんだが。」
さらっとヤバイことを言われた。
シーザは漁り火を抱き抱える。
「とりあえず適当に寝させておけばいいか。ほら、ドア開けて。」
「漁り火さん重くないんですか?」
「多分50kgくらいだし、これくらいなら楽勝。」
「ふぅん、結構力あるんですね。」
そんなことを言いながら腕が震えているのに笑ってしまいそうになる。
「……い、いや。やっぱり、重いから早く開けろ。開けてください、やっぱり重い。」
シーザの顔がひきつっている。
引き戸をあけると、そこそこ長い廊下があった。
「結構広いんですね。」
「君たちとしばらくは一緒に住むつもりだったからかなり掃除したよ。あ、そこの奥の襖を開けてくれ。ベッドがあるから。」
「……なるほど?」
ゆっくり『大事にしてから』殺すつもりなのは本気だったようで、家中のいたるところに監視カメラらしきものがある。
「一人で設置したんですか、これら。」
「まぁ、ね。ただのビデオカメラだよ。何かあったときのために必要なものだからね。」
「……。」
奥の襖を開けると、ゲーセンで取ったであろうぬいぐるみの山とクローゼットとベッド。
ーーそして、足枷と並べられた刃物と鞭とペンチ。ロープに手錠に大人の玩具。
実は拷問部屋だと紹介されたら納得してしまいそうだ。こんなところで飼われたら精神が崩壊してしまうだろう。
シーザは漁り火を寝かせると、布団をかける。
「俺は結局の死にたくなかったのかもな。君らのことを自分で看とりたいって、殺したいって……そう言い訳して自分だけは生き残りたかったかもしれん。」
シーザはため息をつく、私はうなずいた。
「私は信じてるって言ったくせに結局は2人のことを疑っていたよ……。2人の死に顔を見るまでは死ねかった。」
「俺は君らのことをもっと知りたい。君らのことをもっと知って仲良くなってさらに好きでありたい。相思相愛の、本当に信頼できる存在としてなってからじゃなきゃ殺さない。殺してあげない。」
「……あれ、シーザ?マキちゃん?」
「漁り火……。」
何がどうなっているかわからないという顔で、キョロキョロする。そして、私たちの顔を見て純粋な目で、
「僕たち、自殺に失敗したの?」
「あー、漁り火。話しにくいんだけどーー。」
私たちは本当のことを漁り火に話した。私は自分は最後に死ぬつもりだったこと。シーザは私たちを監禁してから殺すつもりだったことを話した。
「……僕は裏切られていたのか、最初から。」
漁り火は泣くわけではなく、怒るわけでもなく、ただ無気力だった。
何だか悲しくなってきて、私の頬から涙がつたわる。
「私は、もっと2人のこと知りたいです。私、まだ2人のこと信じてないのに、信じきれないのに、死にたくない。」
「マキちゃん……。」
シーザも視線を落とす。
「俺も死ぬのが怖い。俺はこのままだと君らだけ殺して自分だけ生き残りそうだ。俺はまだ死にたくない。」
「……僕は、僕はあなたたちと死にたかった。だから、一緒に死んでくれないなら僕も死ねない。」
漁り火も頬に涙がつたわる。
私は辛くなって、2人を抱き締めた。
3人で、しばらく泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。
誰もお互いのことが大切なんだと改めて思った。
理由はどうであれ、手段はどうであれーー私たちは一緒にいたかったのだ。
「ーーというわけで、しばらくお別れだけど何か確認しておかないといけないことある?」
私は最初に集合した自殺防止ポスターの前のベンチだ。
電車の音が聞こえる。今日もいい天気。
「本当に、僕はシーザの家に住んでもいいんですよね?」
漁り火がシーザの顔を見て確認する。
「あぁ、来週にも必要なものを持っておいでーーあぁ君らの服とか雑貨そこら辺は一通り用意してるからそんなに沢山持ってこなくてもいいよ。というか財布くらいでいいんじゃないかな?」
「……。」
私はあきれる。
シーザが用意していたのは監禁するためだけの道具だけではなかった。
洋服やいつも使ってる歯みがき粉にお気に入りのシャンプー、化粧品に好きな漫画にDVD……そしてジャストサイズの肌着まであった。
普段の私たちの言動やふだんの何気ない質問をして考えたらしい。ここまでいくと一流のストーカーである。
「私は半年したら卒業ですし、ここから近い学校に通いますよ。だからそれまでは死ぬのは待ってください。」
「僕はマキちゃんがいないと死ぬ気になりませんよ。」
「俺もマキちゃんいないのに漁り火を殺したりしないよ。」
私は笑顔でうなずく。
「じゃあ、今度一緒に住むときはみんなが納得してから死にましょう?」
「言うまでもねぇな、約束だからな。」
「ええ、だからまた会いましょうか。」
私も漁り火もシーザも別々の方向に歩きだした。
ああなんて素敵なんだろう、私たちは死ぬためにこれからも生きる。この3人で一緒に暮らしてお互いのことがもっとわかってから3人で死に方を決めようということになった。
まぁ多分私も漁り火もシーザに殺してくれと頼む気がするけど。
今回の件で毒薬とか手に入りにくいのもわかったし、自分を刺すのは厳しいものがある。
でも、シーザならきっと上手く苦しまないように殺してくれるだろうし彼は私たちのことを考えて一番楽な方法で殺してくれるだろう。
だから、それまで生きるんだ。
え?狂ってる?そうなのかな、私はそうは思わない。
私は心から信頼できる人たちと、大事な人たちと、一緒に『死ぬまで』いるんだ。
友達じゃない、家族じゃない、恋人でもない、同志じゃない。
そう、私たちは『仲間』だ。同じ運命を辿る、最後の最後の最後まで一緒にいる仲間。
私は愛する2人を見つけた、これほどの幸せがあるんだろうか。
そう思いながら私は空を仰いだ。
「ーーあぁ、もしもし。伊織?」
僕は電話をかけながら歩く。
「あれ、漁り火じゃん?電話してくるってことは集団自殺失敗?それとも途中で逃げて来たの?」
「どちらでもないかな。ーーマキちゃんは確実に君の元カノだったよ。」
「マキちゃん?あー梨朝ちゃんのことかー。」
「身長156cm、茶色の眼鏡に明るめの黒髪にチェック柄のスカートに白ニットと、伊織がプレゼントした真珠のネックレス……違うかい?」
「あぁなるほど、まだ持ってたんだそれ。」
「まぁ僕の目の前で捨てたけど。」
「へえー、どうでもいいけどさ。」
相変わらず頭がおかしい、僕もおかしいけど。
「ーーで、もし自殺しなかったら俺に頼みたいことがあるって言っていただろう?」
「そうそう、今度。君がいつも腕につけてるやつ、アレが欲しいんだけど?」
「わかった、予定はいつでも空いているから安心しろよ。」
「ありがとう。」
「また連絡してくれ。」
僕は電話を切ると深呼吸をした。
ーーマキちゃんを本格的に壊すことになるよな、これ。