マキ編9月21日
夕方、9時頃の駅は家に帰る学生や飲み屋街に行く会社員で溢れている。金曜日の夜のせいか人が多い。私はリュックを下ろし、ベンチに座る。そして、目印である赤と黒のボーダーのマフラーをした。
近くの飲食店からする匂いと人の話し声とネオンの色が混じる。
待ち合わせまであと10分。微妙な時間だ。私が顔をあげると、ポスターが掲示板に貼られている。
「ーー『あの人、気になることありませんか?』『自殺対策週間実施中』『辛いときには一人でいないで相談して』『私たちの心の和を広げよう運動実施中』『苦しみを分かち合おう』。」
私はポスターを淡々と読み上げる。こんなものを街に張り付けても意味がない。
「皮肉だな、こんな場所にで集まるなんて。」
誰の心にも響かない、少なくとも今必要なはずの私たちの心には響いてこない。そう、この善意のポスターはもはや偽善だ。
この言葉に意味なんてないのだ。
ーー私たちは自殺するために集まった。
一緒に死ぬのはネットで知り合った2人。1人は大学受験に失敗して3浪した『シーザ』、もう一人は今日まで21年間ずっと引きこもりだった『漁り火』。2人とも1人では死にたくないからずっと一緒に死んでくれる人を探していたらしい。
私は缶コーヒーを隣にあった自動販売機で購入し、一気に飲み干すと、近くにあったゴミ箱へ思い出の投げた。
「ナイスシュート。」
パチパチパチパチ。突然の拍手。
「『マキ』ちゃんであってるかな?」
私が振り返ると細身の男性がいた。身長が高く180cmは越えているようでなぜかネックウォーマーをしている。
「あぁ、『シーザ』さんですね?初めまして。」
私たちは握手をする。
「よかった、マキちゃんにすぐ会えてーーん?あれは。」
もう一人が走ってきた。
「ごめんさない、遅れてしまいましたか?」
「あぁ、『漁り火』?大丈夫俺たちもさっき合流したばかりだからーーその髪、派手だね。」
「はじめまして、マキです。羽根のピアスお洒落ですね。」
金髪にピアスに眼鏡。わりと似合っている。彼は引きこもりより美容師のほうがあっていただろう。
「あはは、どうせこれから死ぬんですし金髪にでもしてみようかなって。このピアスはネットで買ったんですよ。」
「結構似合ってるじゃないか、じゃあ俺の車は向こうにあるので行こうか。あ、先にご飯行く?」
「せっかくですし、焼き肉とか行きませんか?」
「お、いいね。今、検索したら近くにサイトで高評価の店あったぞ。ーーあぁ、あれだ。」
シーザが指を向けた場所に看板が見える。肉を焼くいい香りがここからでもわかる。
私たちは店に入る。酔っ払いの騒ぐ声と大学生が合コンをする光景が目に映る。
「いらっしゃいませー、お好きな席へどうぞ。3名様ご来店です。」
適当に注文して話始める。
「マキちゃんはまだ18だったよね、親に何て言ってきたの?」
「金曜日から友達の家に泊まりに行くって話しました。どうせ進学先も推薦で決まってますし。」
「なるほどな。あ、そこの水のおかわり取ってくれ。」
「そういえば、二人とも遺書は書いてきたんですか?僕は今持ってますよ。」
「ええ、私も。軽く死ぬ理由を書いておきました。それ以外は特に書いてないですね。持ち物もある程度処分しておきましたし。」
「俺は持ち物は全て捨ててくれってことを書いたかな。遺書というか家族が困らないようにある程度は処分しておいたんだけど。漁り火さんは何を?」
「僕は謝罪文ですかね、中学の途中から不登校で親孝行らしいことも出来ませんでしたし。ーーお、ドリンクが来たみたいです」
「おまたせしましたー、和牛カルビセット3人前とジンジャエールです。サラダとわかめスープは今からお持ちしますね。」
料理が次々に運ばれてくる。漁り火は店員にメニューを見せながら
「豚ロースと海老の塩焼きを追加で。あと、香味鶏も。」
「おいおい、そんなに食べれるか?」
シーザが呆れたような顔をする。漁り火は笑いながら
「いいじゃないですか、どうせ最後ですし。」
「それもそうだな、じゃあユッケも追加で。」
「せっかくですし、乾杯しましょう?私もうお腹空きましたよ。」
二人はうなずき、グラスを自分の前に掲げる。
「じゃあ、私たちの『未来』に乾杯!」
「「乾杯ー!」」
まずは一口ジンジャエールを飲む。
「そういえば二人ともお酒じゃなくてよかったんですか?私は未成年なので飲むわけに行かないですけど、気を使わなくていいんですよ。」
「このあとせっかくの一世一代の大イベントがあるのに飲酒運転で捕まっても興醒めだろ?」
「僕1人だけ飲むのは申し訳ないですよ。それより、お肉を焼きましょう?」
これから自殺する人の会話には思えない。
それだけ全員吹っ切れているんだろう。
ここにいるのは首が回らなくなったというよりは、首を回すのをやめた人だけだ。それなり生きてはきたはずだが、ボタンの掛け違うように何かわずかではあるが大切なことを間違えてしまった。その痛みに耐えれないからここから逃げる。逃げて逃げて逃げる。そこに何があるのかわからないけど、きっとここよりはマシだろう。今は逃げる前に休憩しているにすぎない。
「……二人は思い残したことあるんですか?私、今考えているんですけど思い付かなくて。サラダ取り分けますね。」
「んー、俺はないかな。最後にゲーセン行ってきた。今さ、車の中にさお菓子とぬいぐるみとフィギュアが山ほどあるんだよ。こっちの肉焼けてるぞ。」
「豚肉も結構いけますよ。」
「僕はネトゲと漫画に人生を費やしてましたからね、それでも悔いはないですよ。まぁ強いていうなら恋人が欲しかったですね。」
私の体が震える、その話は頭が痛い。
『ーーちゃんが、俺のこと好きだって?本当に?冗談だろ?あはは、そうか。そうか。すごく嬉しいよ!』
あの人の声と重なるから。
「物語にあるようなものじゃなくて、ごく普通の可愛い彼女が欲しかったんですよ、僕は。」
『ドラマみたいにさ、ロマンチックなことは言えないし気が利く表現なんてないよ。でもね、俺は君が一番で、俺には君しかいないよ。ーー愛してる。』
やめて、痛いよ。私はゴミ箱じゃないよ。
2人の顔が霞んで見える。
「恋人かー、昔はいたけどな。もう人生最後になるし、女の子とヤッておけばーー。」
沢山の知らない男に囲まれる、彼の顔だけがはっきり見える。
『何でこんなことするかねぇ?男なんてそういう生き物じゃん?』
嘘だと言って。
何で私、この人たちに殴られるの?ねえ、どこにいるの?
何で私こんなに酷いこと言われるの?私のこと大事じゃなかったの?私のこと愛してくれるんじゃなかったの?
『なぁ、ーーちゃん。俺に騙されたなんていうけどさ、そもそも告白って行為は身勝手だと思わないか?自分が好きだっていう想いを他人の気持ちも知らずにいうなんて。
全て君のせいだよ。誰かに言いたければいえよ、訴えたければ訴えろよ。俺は構わないよ。君に傷がついたっていう事実は変わらないのだから。』
嘘だ、嘘だ、あの人が私のこと騙すわけがない。あの人は優しくて、一緒にいるのが楽しくて。私のことを大事にしてくれる、私のことを愛してくれる。だから?私が悪いの。私の私が私は私で、悪く悪い?え?どっち?どっち?私?私?私?
私は悪い。だから、罰を受けているんじゃないの?
私って何で生きてるの?
「ーーその話、やめてください!!」
私の声を聞いたシーザがハッとしたように黙る。私は震えるのがやっと止まった。
「いや、マキちゃん。悪気はなかった。すまない。」
「僕がこんなこと言ったばっかりに……。」
「いえ、いいですよ。気にしないでください。」
この二人が慌てる理由は簡単なことだ。
私のはじめて出来た彼氏に売られた、知らない男たち数人に。目隠しをされて、どこか薄暗い場所に連れていかれたのだ。あのときのことはよく思い出せない。
うっすらと思い出せるのは終わったあと家で狂気的に笑いながらシャワーを浴びたことだ。結局その事は誰にも言っていない。誰かにいうことなんて出来なかった。
「……そんな顔しないでください、男性が全員がそういう人だと思っていませんから。ほら、お肉が焦げますよ。」
3人で黙々と食べる。さっきの一言で気まずくなってしまった。
「なぁ最後はどこで迎えたい?俺は何でもいいかな。海でも街中でもいっそ墓場でも。」
シーザが切り出した。
「やっぱり、静かな場所ですね。僕は最後くらい人目を気にしたくないです。」
「私はーー。」
思い付かずに、少し悩んでから答える。
「2人が隣にいてくれるならどこでもいいです。そうでしょう?」
2人はうなずいた。
「そう、だな。だから今ここにいるんだし。」
シーザは気恥ずかしいのか苦笑いをする。
「俺もそうですよ。マキちゃんもシーザさんのことも信じてますから。」
「さて、食べたし移動するか。俺が払っておくよ。」
「悪いですよ、ここは僕が。」
「いいや、最後くらい奢らせてくれよ。」
「じゃあお言葉に甘えて。」
「ありがとうございます。」
3人で夜道を歩く。もう11時を過ぎているせいか、駅はだいぶ人が少ない。
私はリュックサックから自分の誕生石である真珠のついているネックレスを取り出した。
「ゴミ捨ててきてもいいです?」
「それ、大事なものじゃないのか?」
「いえ、これは……元カレから貰ったやつです。」
「じゃあ、捨てたほうがいいですね。そこ、自動販売機の横にゴミ箱ありますよ。」
「これって燃えないゴミですかね。」
「多分?金属ゴミがないからそうだと思います。」
「金属ゴミにネックレスは捨てないだろ……?」
「確かに、それに真珠って燃えないごみになりますかね……?」
私は、燃えないゴミに思い出の品を捨てるーーせめてのも報復だ。別に外で捨てるのに意味はない。
ただ、私の棺に入れられたくないだけだ。
「お待たせしました、何か寒いですねー」
「明日くらいには雪が降りそうだよな。」
「まぁ僕らには関係ないですけどね。」
乾いた笑いのまま車の後部座席に乗り込む。ぬいぐるみとクッションが沢山あった。
「暖房つけておくぞ。あと、これ。」
シーザは小瓶を私と漁り火に渡した。
「用意しておいたよ。一気に飲めべは逝けるやつだ。とりあえず、どこへ行こうか?」
「海の見える場所がいいですーー眺めがいいところ。」
「わかったー、ちょっとスマホで探すから待ってくれ。」
シーザは携帯を取り出し、車のエンジンをかける。
「ここから10分もかからないところにあるらしいぞ、行ってみるか。」
「ええ、行きましょう。」
漁り火が不意に私の肩を叩いてきた。
「最後に小瓶にメッセージ書いてみたいんですけど、いいですか?」
「ええ、どうぞ。ーー私も書きますね。」
私はサインペンをカバンから出すと、小瓶に文字を書く。
瓶の中身をみると、私はとあることに気がつく。
「あれ、私も漁り火さんも違う薬が入ってますね。」
「そうだね、全員違うよ。ーーあまり同じ薬を買うと自殺を疑われるからな。」
「なるほど。」
「シーザさんのも貸してください。」
シーザは運転しながら、私に小瓶を渡す。
「あぁ、俺も後で書くとするか。ーー何だか、卒業アルバムにメッセージを書いているみたいだな。」
「僕は小学生のころに書いたきりですね、楽しいです。最後にこんなことが出来て。」
「あ、ほら右側の窓を見てください。ーー海ですよ。」
満天の星空のもと輝く砂浜。幻想的な風景が広がる。
昔読んだ絵本にあったあの夜の砂浜みたいだ。
「少し寒いかもしれないけど、窓を開けるぞ。」
「ええ。」
窓を開けると景色ふわっといい風が吹き込む。
砂も星も目に入るものはすべてきらきらしていて、海からは優しい潮の匂いがする。
「近くにこんなところがあったなんて……。」
波の音が微かに、静かに、聞こえる。それだけで癒される。
「ここにするか?」
シーザが尋ねる。
「いや、ここはやめておきましょうよ。ーーこんな綺麗な場所僕たちのせいで『自殺スポット』とか呼ばれるのはよくないです。」
私もうなずく。その通りだ、こんなところを私たちの身勝手で汚すのはよくない。
「それもそうだな、もう少し山奥へ行こうか。ーー確かにこんな場所が自殺スポットになるのは嫌だな。いつまでも綺麗であってほしいな。」
シーザもわかってくれたようだ。
私は微笑む。シーザの顔も漁り火の顔も見ていないが、全員微笑んだ。
「えぇ。」
無言のまま車は山奥へと向かう。気まずい沈黙とかじゃない。
お互いの気持ちが1つになったからその余韻を楽しんでいる。
これから死ぬっていうのにわくわくしている。私たちは。今まで死んでいるように生きていた。でも今は違う。私のことを理解してくれる人がいる。私のことを信じてくれる人がいる。
ーーだからもう、死んでもいいのだ。
「ここならどうよ?さっきの海は見えるけど、こんな山奥だったら誰にも迷惑はかけないだろ?」
景色のいい崖だ。さきほどの海も見えて街全体も見渡せる。
ここから落ちたら即死は免れない。
「ええ、ここにしましょう。」
「いい眺めですねー、カメラ持ってくればよかった。」
「俺にも小瓶にメッセージ書かせてくれ。」
星空が海よりももっと綺麗で、手が届きそうだった。街の明かりが森の向こうに見えより遠くに感じる。
世界の縮図を見ている気分になる。
私は独り言を呟くかのように言う。
「ーー今日が人生で一番楽しかったです。こんなに騒いだのって本当に久しぶりですよ。 」
「俺もだよ。マキちゃんは最後にいるのが俺たちで後悔しない?」
「するわけないじゃないですか、確かに元彼には酷いことをされましたけど。そんなときに話を聞いてくれたし、一緒に泣いてくれたのは2人だけです。あのときは画面の向こうでしたけど、いつも心は一緒にあるんだなって思うと嬉しくて。」
「ははは、心は一緒にあるか。口にすると恥ずかしいな。でも、嬉しいよ。」
「僕もマキちゃんとシーザに出会えてよかったです。」
「ああ、俺のこと受け入れてくれたことは忘れないぞ。」
「だから最後は2人の顔を見てから死にたいです。ーー大好きですよ。」
「……大好きか、俺も俺も。」
「僕もですよ。ーーさて、そろそろ逝きましょうか?」
「あぁ、いい日だったな。じゃあ、また。」
「3人で錠剤飲み干すとかシュールですね。では、また。」
「やめてください、笑っちゃうじゃないですか。はい、またいつか。」
また、会える日まで2人ともさようなら。
どうかお元気で。
私はすべて錠剤を飲み干し、気を失ったーー。
ーーふりをした。