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強がり

 王妃様が亡くなってから5日がたった日、私は黒いワンピースに身を包み、我が国で一番大きな教会へやって来ていた。私以外にも国中の貴族や他国の王族の人達も集まり、1ヶ月前の誕生日会のような顔ぶれだった。でも、あの日人々の中心で微笑んでいた人は、今は真っ白な棺の中で静かに眠っている。


 教会にすすり泣く声と神父様の声が静かに響く。穏やかで美しい王妃様だった。頭を撫でてくれた温かい手や、王子を見つめる優しい瞳を思い出すと止めどなく涙が溢れ出る。お母様のお腹に顔を埋めて泣きじゃくっているとお母様に小声でたしなめられた。でもそんなの気にしない。こういう時、子供は感情を抑える必要がないから良いね。


「ほら、王子様はあんなに落ち着いていらっしゃるのに」


 お母様の言葉にちらっと神父様の横に居る王子様に目をやると、王子様は姿勢を正し中央の棺を黙って見つめていた。「小さいのにご立派ね」と誰かが囁く声が聞こえる。立派なのかな、あれが。母親が亡くなって涙が出ないはずがない。誰か泣かせてあげれば良いのに。そう思っても、王子様の隣には厳格な顔つきの国王様しかいらっしゃらなかった。





 葬儀が終わり城に戻ると食事でもてなされた。パーティなんて華やかなものではないけれど、参列してくれた人々への感謝や故人の思い出を語り合う場として葬儀の後は大抵開催されている。

 しみじみと語り合う大人達の間で私はがつがつと食事をしていた。どうしてたくさん泣くとお腹が空くのかしら。気持ちの切り替えが早いのも子供の良いところだ。


「オリヴィア、王子様のところへ行ってらっしゃい」


 ミートソースで汚れた私の口の周りを拭きながら、見兼ねたお母様に体良く追い出された。お母様は最近、私の中のお嬢様細胞が高熱で死滅したと本気で悩んでいるらしい。

 仕方なく王子様を探して広い室内をぐるぐると回ったけれど見つからない。きっとここには居ない。なんとなくそう思ってふと窓を見ると無人のテラスが見えた。暖かい時期だったら両開きの扉を開けて眺めの良いテラスでお茶会をすることもあるけど、雪の残る今の時期はいかにも寒そうで誰も出ようなんて考えない。しかし私の足は吸い寄せられるようにテラスに繋がる扉に向かった。室内に冷気が入らないように少しだけ扉を開けて体をねじ込ませると途端に息が白くなる。それでも目当ての人物を見つけ嬉しくなった。


「王子様、見っけ」


 人影に隠れるように寒いテラスの柱の陰で王子様がしゃがんだまま私を睨みつけていた。寒さで鼻が赤くなっている。


「何の用ですか」


「お母様に王子様のところへ行けと。泣いていらっしゃったの?」


「泣いていませんよ」


 私が王子様の隣に腰を下ろすと思いっきり顔を逸らされた。確かに泣いてはいないようだがその横顔は覇気がなくどうも具合が悪そうに見える。こんな寒いところにいたのだから風邪をひいたのかもしれない。手をそっと王子様の額に当てると驚いた顔をした王子様に手を叩き落とされた。


「あ、ごめんなさい。具合が悪いのかと思って。でも熱はなさそうですね」


「……いや、寝不足なだけです」


「もしかして、眠れないんですか?」


「……」


 無言でまた顔を逸らされる。図星なんだ。こういうわかりやすい所は子供らしくてちょっと可愛い。でも、寝不足はよろしくない。


「私、よく眠れる方法知ってますよ」


 そう言うと、王子様は興味を示してくれたようで視線だけ私に向けた。それににっこりと微笑み返す。


「いっぱい泣くんです」


「…は?」


「だから、いっぱい泣くんです。そうすれば疲れてすぐに眠くなっちゃいますよ」


 私の場合はお腹空いちゃうんだけどね。でも大抵の子供はたくさん泣けば疲れていつの間にか寝ているものだ。王子様に関してはそれだけの理由ではないけれど。

 王子様はキョトンとした顔から徐々に眉間にシワを寄せた。


「そんなの出来るわけないでしょう」


「どうして?恥ずかしいんですか?」


「違う!オリヴィアは、何もわかってない。王子はそんな簡単に泣いちゃいけないんだ!僕は将来王様になるんだから、誰にも隙を見せちゃいけないって皆がっ」


 そこまで言うと王子様は我に返って唇をギュッと噛み締めた。やっと聞けた本心に思わず笑みをこぼす。


「もう遅いですよ。今の王子様、隙だらけだもの」


 そう言って王子様の頬に流れた涙を指で拭ってあげると、瞳を濡らして敵でも見るように私をジッと睨んでいた。


「このことは、皆には秘密にしてあげます」


 噛み締めている唇が震えていた。私のその言葉を口火に、相変わらず鋭い眼光の瞳からぼろぼろと涙が溢れてくる。冷たい体を温めるように王子様の体を抱きしめると、王子様は私の肩に頭を押し付けて声を出して泣いた。


 王子様の肩越しにテラスから見える庭園をぼんやりと眺める。先週降った雪を最後に積もっていた雪は徐々に溶けてきた。

 長い冬は終わり、もう少しすれば王妃様の愛したこの庭園は満開の時期を迎える。

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