雪の日
「やあね、どんどん強くなってる」
ぼたぼたと視界を遮る雪にワイパーの速度を上げる。信号待ち、ラジオからは例年よりかなり早い大雪に関するニュースが繰り返し流れていた。
「へー、この時期に積もるのって50年ぶりなんだって」
「ふーん」
「この調子だと今年はホワイトクリスマスになるかもねぇ」
「ふーん」
「…」
ハンドルを握ったまま横目で助手席を見る。薄暗い車内、大学生にしては化粧っ気がなく幼さの残る妹の顔が、携帯の青白い光で照らされていた。その目は真剣だ。
「アミ、そんなに携帯ばっか見てると目悪くなるよ」
「……」
ほー、無視ですか。唇の端がひくりと上がる。
「アミちゃん、一体誰のおかげで電車が止まって帰れなくなった貴女がこんな雪の中快適な車で帰れてると思ってるのかなー?」
「…お優しいお姉様のおかげです」
携帯が閉じられる。それを見て改めてにっこりと笑みを浮かべた。それでよろしい。
信号が青に変わったのを見て慎重にアクセルを踏む。昼過ぎから降り始めた雪は、夜にはタイヤの跡がはっきりとわかる程に積もっていた。もともと雪なんて滅多に降らない地域だし、天気予報士も大慌ての予想外の大雪だから備えなんて一切してなかった。ああ、雪道の運転のしにくさ!焦りを抑えて運転に集中しているといつのまにか妹がラジオを変えていた。最近よく聞くクリスマスソングが流れる。
「そういえばアミはクリスマスどうするの?彼氏とかいないの?」
「いいの、私にはアル様がいるから」
「え、アル様?」
まあ、お姉ちゃんの知らない間にアミったら外国の彼氏を作るほど成長していたなんて。なんてことを考えてるいると「お姉ちゃんが思ってるのと違うから。これだから」と言いながら持っていた携帯の画面を見せてきた。そこにはやけにキラキラした絵柄のいかにも王子様といった風貌の男の子が儚げに微笑んでいる。
「なぁんだゲームか。そういうの本当好きねー」
がっかり。外国人の弟が出来ると思ったのに。
昔から引っ込み思案でよく私の背中に隠れていたアミはいつからか乙女ゲームというものにはまるようになっていた。どんな趣味を持つのも結構だけど、アミの部屋がゲームキャラクターのポスターやら抱き枕とかで埋め尽くされているのを見た時はさすがに将来を心配してしまった。
「…ゲームもいいけど、もう少し現実の男の子に目を向けてみるのもいいんじゃない?」
「無理。どうせ私に近づいてくる男なんて皆お姉ちゃん目当てなんだから」
「何言ってんの。アミは考えすぎなんだって。アミが気付いてないだけで、アミのことちゃんと見てくれてる子だっているよ」
「はぁ…リアル乙女ゲームの主人公みたいな人生送ってるお姉ちゃんには私の気持ちなんてわかんないよ」
冷めた目で窓の外に目を向ける妹。どうしてこんな捻くれた子に育っちゃったのかしら。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんってどこにでもくっ付いてきて可愛かったのに。成長するにつれてちょっとずつ距離を置くようになってきたけど、先月私が結婚することを報告してからはさらにぐっと距離を置かれた気がする。
「お姉ちゃんも、そのゲームやってみようかな」
「え、お姉ちゃんが?」
私の急な発言にアミが驚いた目で私を見る。そりゃ今までゲームなんて友達の家のマリ○カートしかやったことない私が急に乙女ゲームやりたいなんて言ったら驚くよね。でもこのまま結婚するなんて嫌だし、ゲームくらいで大事な妹との仲が縮まるなら安いものだ。
「どういうゲームなの?」
「えっと、普通の町娘の主人公が、16歳の時に唯一の家族だった母親が死んじゃうところから始まるんだけど…」
「ストーリー形式なのね」
「そう。でもね、実は主人公は公爵家の隠し子だったの。それがわかって公爵家に引き取られるんだけど、そこには意地悪な腹違いの姉や継母がいて」
だんだんと乗ってきたアミが早口になっていく。どっかで聞いたような設定。どうしてどの物語も継母と義理の姉は意地悪なんだろう。
「辛い生活を送るんだけど、でもそこで出会ったイケメンの王子様やナイト達の好感度を上げ幸せを掴み取るのよ!ちなみに私はもちろんアル様一筋!ビバッ王道!!」
「…」
興奮気味にキャラ一人一人の設定を細かく説明してくるアミにお姉ちゃんはやっぱり妹の将来が不安になりました。でもアミがこんなに喋ってくれるのも久しぶりだし、うん、とりあえず、いっか。
雪は相変わらず止みそうにない。明日の式場回り、やっぱり日にち変えてもらった方がいいかな。正直私は結婚式なんてお金のかかることしなくてもいいんだけど、彼が私以上に張り切ってるんだもの。真剣にゼ○シィ読んでた時のこと思い出すと今でも笑いが込み上がってくる。
「お姉ちゃん聞いてる?」
「聞いてるよー」
何気ない会話。左手の薬指に嵌る指輪。家までもう少しで、当たり前みたいに明日とこれからのことを考えてる。でも本当はそうじゃない。大事なことは、いつも失ってから気付く。
「…嘘でしょ」
目の前に迫ってくる車のライト。雪。急ブレーキは効かなかった。
「お姉ちゃん!」
アミの声が聞こえた。