小さな子
免許が更新されたその日に、清月の前を通るとペンキの缶が無くなっていた。
変わりに店の前の自転車が真っ白に塗り直されていた。
「最近、お店がますます繁盛してきたんじゃない?」
期間限定メニューだというズッキーニとトマトのパスタをつつきながら、里子が店内を見回す。
ジジババが主な客層だったカフェが、最近になって誠治目当てを思われる若い女の子の来店が増えたようだった。
「売り上げが上がって嬉しいけど、アドレス聞かれたりするから困ってるよ。」
「モテていいじゃない。彼女が怒るとか?」
「彼女はいないけど、あまり興味ないんだ。
今はお店の手伝いが楽しいからね。」
内緒話しのように声を小さくして言う。
上へ下へと湯やコーヒーが移動する様子がよく見えるカウンター席は里子のお気に入りで、テーブル席までは聞こえないだろう。
「確かに楽しそうだもんね」
「うん。
高校卒業してやりたいことがないから、何となく近くの大学に進んだけど、製菓とか調理の学校に進めば良かったって後悔してる。
学校に行くのも最近は面倒になってきたし…」
「まだまだ若いでしょ、今のうちにやりたいこと見つかる方が珍しいよ。
大学卒業してからでも遅くないんじゃない?」
「里子さんおばちゃんみたいな言い方…」
手際よくコーヒーの準備をしていた誠治がクスクスと笑う。
「そりゃ、それなりに年喰ってますますから。
立派なおばちゃんですよ。」
高校を出て、取りあえずと短大を出て、取りあえず就職して。気がつけばそこそこな年になってしまった。
キャリア指向の友人はどん出世していき仕事が忙しそうだし、結婚・出産していく友人も増えた。既婚の友人とは生活のサイクルが変わってしまい、どんどん縁遠くなってきている。
だからと言って、彼氏が欲しいとか結婚したいとも思わない。
食事も終えて、清月を出ると塗替えたばかりでピカピカの自転車を4・5歳くらいの女の子がじっと見つめていた。
花やぬいぐるみがカゴに一杯詰められているから気になるのだろう。
あれくらいの年の頃は一日一日が長く感じて、何をするにも一所懸命で、やってみたいことなんて山ほどあった気がする。
子供に戻ってやり直せたらどんなに楽しいだろうか。
それから、なんどか同じ女の子を清月の前で見かけるようになった。
近くに親がいる様子でもないので、近所に住んでいる子なのだろうか、気になって一度誠治に聞いてみたことがあるが、誠治も誠治の祖父である店主も見かけたことはないということだった。