017-大捕り物劇の後始末 -5-
ダンダロス家当主、アルカデディス・ダンダロスは本日の午前十時頃から都市議会入りし、今回の騒動についての説明と質疑応答を受けた。
彼はそこでも、彼自身にしか納得できないような無茶苦茶な論法を披露した。
やれ、都市議会に刃向かうもりはなかったのだ、だの、すべてはヒュールゲン強盗団が自分の息子をたぶらかした事が悪いのだ、だの、都市警察や都市議会の手を煩わせるまでもなく自分の私兵で強盗団を壊滅させようとしただけだった、だのである。
つまるところ、自分の息子の一人が世間を騒がせている強盗団の一員であるという外聞の悪い事実を無かった事にするべく行ったあまりにも愚かな行為である、と看破され、やはりわけのわからない理屈で反論しようとしたものの、誰も納得させる事はできなかった。
アルカデディスは議会から正式に議員として、また名家の当主としての責任能力を満たさないとして、議席を剥奪され、同時に当主として身を引く事を強要された。
ダンダロス家は早急に次期当主を決め、その当主に能力ありと判断されれば、優先的に新たな議席を持つ事がゆるされるが、あの親あってのこの子供、残念な事に現在のダンダロス家の成人に、議員として、また当主として責任ある行動をとれると思わしき者は一人もいないと評価された。
他国における貴族などの制度と違い、ダンダロス家は土地持ち、金持ちの経済力に基づいた権力持ちだった。ダンダロス家で世襲を行っても、家名そのものの価値はほぼ無い。
そして、裁判である。
同日中に、しかもつい先ほど神判が下されたというが、これは特別早いというわけではない。議員が行った犯罪というものは、彼らが大きな権力を持つだけに大犯罪になりやすい。大犯罪人ほどすばやく審判にかけ処断するべきだというのが今の都市議会の方針である。
その方針に則り速やかに、都市議会と都市警察が連名で神へ求めたアルカデディスへの罰は、奴隷刑だった。
根拠として提示された罪状は多数上がった。
禁薬指定された危険薬物の所持ならびに使用。薬品を使い大勢の従業員を先導し強盗団を襲わせようとした事で、不当業務、不当就労、不当給与、さらに暴動扇動未遂、犯罪教唆。などなど。罪状ごとにこまかく挙げればキリがない。
最後の最後に提示した、都政転覆罪のみが、明確な意図はなかったとして棄却されたものの、その権力をもちいて今まで行ってきた暴言、暴力、暴挙がつまびらかにされ、果たして求刑どおりの奴隷刑として処断される事となった。
アルカデディスは数日中に衛星都市にある炭鉱ダンジョンへと送られ、絶え間ない肉体労働に従事させられる事となり、ダンダロス家は土地、利権、家財のほとんどを一年と経たないうちに食いつぶされ見る見るうちに衰退していくだろう。
この場にクヴィエギウスが居れば、いったいどんな反応をしただろうか。父親の事実上の死を喜ぶだろうか。それとも喜ぶのは憎んでいた家全体が滅亡していく事にだろうか。あるいは、唯一大事にしていたという肉親の母親を心配するだろうか。
せめて最後であってほしいと思うのは他人だから思える老婆心だが、近いうちに教えに行くつもりのジョージは、おそらく今思いついた三つのうち、どれでもないのだろうなと予想した。
「それと、どちらかといえばこちらの本題で、カルサネッタさんに関わる話ですが……」
愚かしい事の顛末に一同がなんとも言いがたい沈黙を作り出したが、アッパルは申し訳なさそうにまた切り出す。
そういえば、アルカデディスが愚かな頭で考えて行った愚かな行為は、クヴィエギウスが強盗団などに入ったからだ。その点ではカルサネッタの実家、ストルトン家も共通する。
本人はいまさらながらその事実に気づいたようだが、顔をこわばらせながらも自分はこれを聞かなければならないという責任も感じたようだった。
そんなカルサネッタの表情を見てから、アッパルはゆっくり言い聞かせるように、しかしもったいぶらずに事実を口にする。
「ストルトン家は、カルサネッタさんのお父上と伯父上を、正式に勘当しました。
既に赤の他人であると主張された事で、家そのものへのお咎めは、今回は一切ありません。まあ多少、外聞は悪くなったと思いますが……」
見事なトカゲの尻尾きり。またカルサネッタの父親と伯父が切られても本体にダメージの少ない尻尾の位置にいたのも悪かった。
カルサネッタには思っていたよりも重い事実であったようで、焦点を合わせられず宙の一点を見つめながら言葉を探している。
「秘書が勝手にやった事だ、か。血がつながってるとなるとだいぶ事情も変わると思うんだが、その父親と伯父は今どうなってるんだ?」
いつまでも言葉を選びきれそうにないカルサネッタの代わりに、ジョージが尋ねた。
「お父上、カールレオン氏はただ名家としてのストルトンを名乗る事を禁じられただけで、今も以前からのお住まいにおられるようです。ただ、伯父上であるヒルレント氏は……」
「オジさんがどうかしたの!?」
伯父の名前を聞いてまだ視線をだれも居ない空中に置いていたカルサネッタが弾かれたように急に立ち上がった。アッパルに詰め寄ってすがりつく勢いだったが、クッションの上にとはいえ床に座るのに慣れていなかったのだろう、足が痺れていてすぐにまたその場にへたりこむ。
「落ち着け、そのまま座ってろ。それで、ネッタの伯父がどうしたって?」
「ヒュールゲン強盗団への資金援助、ならびにヒュールゲン強盗団を隠れ蓑にした強盗、殺人、誘拐、違法な奴隷調達、またその売買などの罪に問われ、現在逃亡中、行方不明です」
いよいよカルサネッタが茫然自失となる。よほどその伯父に懐いていたらしい。マールがそっと寄り添って背中と肩に手をかける。カルサネッタは抵抗せずにマールの体によりかかった。恋敵だの、死んだ筈だの、そんな感情はどこかへ消えてしまっている。
「それについての依頼はもしかして?」
「いえ、出ていません。ストルトン家からの強い要望で、身内の問題はできる限り身内で片付ける、と」
「……気に食わんな」
現状を聞いてジョージは渋い顔で小さくつぶやく。何が気に食わないのか、と問われたとすれば、ストルトンの本家へ対してだと躊躇わず答えただろう。殺人まで起きているのだから、身内の問題だからと言って片付けるにはいささか事が大きい。カルサネッタには悪いが、父親に対しての処分も甘いように感じた。このまま行けば伯父も表向きは処分したと言って実際には何もしない可能性もある。
特に、自分たちが幻影を纏わせた人形を替え玉に使って二人分の死を偽装しているのだから、可能性は大いに考えられた。
「重ねて確認するが、都市警察からの依頼は無いんだな? 」
「はい」
「わかった。知らせてくれてありがとう」
「はい、それであの」
アッパルはジョージに少し手招きする。何事かと寄っていくと、顔を耳に寄せ耳打ちする。
「本家と伯父上、両方がカルサネッタさんに近づくかもしれません。お気をつけて」
去り際になかなか重い忠告を残して、警官二人は帰っていった。
「ま、今更傭兵が何人来ようがあんまり問題にはならんのだがな」
先日の爆発魔法にはヒヤリとさせられたジョージだったが、ここまで過ごしてきて傭兵、魔法使い、潜窟者すべてひっくるめて平均的な実力はだいたいわかった。油断さえしなければまず負けないという自信がある。油断さえしなければ、であるが。
振り返ってカルサネッタの様子を確認すると、なんとか気は持ち直したようでやや憔悴しているが目の焦点は合っていた。真っ直ぐジョージを見ている。
「少し休むか?」
優しく訊くと、首を横に振る。
「伯父の事が気になるのか」
さらに尋ねるとなきそうな表情で言葉を搾り出す。
「お…オジさんが、私たちにお金をくれてたのはホントの事。けど、オジさんが私たちを隠れ蓑に色々やってたなんて、信じられない……」
その仕草、ありさまだけみれば同情を引ける様子だったが、ジョージは覚めていた。
自分の姪が強盗団にいる事を見て見ぬふりをしていたのなら五十歩百歩である。資金援助をしていたのならばなおさらで、そこに本人たちも悪い事を重ねていたのだと言われても、さもありなんとしか思えない。
しかしカルサネッタは違うらしい。自分たちで強盗を働いておいて、それを助けていた身内は悪くないという。この神経がジョージにはわからない。
「(ダンダロスの坊ちゃんよりはまだ救いがあると思ってたんだが。見込み違いだったかなぁ。まあ、一度引き受けたからには見れるとこまで面倒は見るが)」
他の面々の顔も確認すると、心のそこから心配しているのはマールとトゥトゥルノくらいなもので、他は同じ元強盗団のメンバーですら微妙な顔でカルサネッタを見ている。少なくともヒュールゲンやスドウドゥは自分達がリスクある行動をとっていると理解した上で強盗をやっていたらしい。
「じゃあ、ネッタの伯父とやらについてお前らが知ってる事、順に教えろ?」
議会からも警察からも依頼はないが、こちらから手を出してはいけないとも言われていない。
買い取った奴隷の一人の面倒を見る延長でその伯父とやらをどうにかすべく、ジョージは事情聴取を行うのだった。




