017-大捕り物劇の後始末 -4-
だいぶ話しがそれてしまったので、ジョージは一度咳払いしてから改めて目の前に座らせた六人の顔を順に見渡す。
ここで一番の問題児になりそうなヒュールゲン、ではなく、カルサネッタだ。
マールとモンドの、というよりはアルマとヨードルモンドの事に関してまだ完全に納得いっていない様子であるという事もそうする理由のうちだが、神々の意図の話にそれていた間に観察していても感じた事だが、この中ではカルサネッタがもっとも“理論的思考”というものが不足しているとわかったからだ。
「まずお前らのここでの最終目標は、俺たちディアル潜窟組合が立て替えたお前たちの罰金刑を全額返済、返し切る事だ。これが奴隷からの開放の唯一にして最大の条件。額にして、一人頭金貨100枚。合計して金貨1100枚。
これは元ヒュールゲン強盗団のメンバー全員分の金額をディアル潜窟組合が出したからだ。
さらにこれと別に残りの6名をそれぞれ引き取ってもらう為に初期投資費という名目で渡した金が合計金貨120枚ある。
俺は契約にてお前らの待遇こそ保障したが、借金を全て肩代わりしてやる内容にはなっていない。全額、返してもらう」
具体的な金額を聞き、急に現実に引き戻された面々は軽く青ざめた。直前まで雲の上の話をしていたのに、そんな金額、普通に潜窟者つきの奴隷を続けていては十年経っても返しきれる金額ではなかったためだ。
おさらいすると、金貨一枚で銀貨が一○○○枚、銀貨一枚で銅貨一○○枚。金貨を銅貨換算すると十万枚相当、という事になる。このレートはレドルゴーグ内では不動のものである。
「で、お前等が返済するのは四人分だから金貨400枚。これが最終目標。いいな?」
金貨一一○○枚という数字に気をとられたが一人当たりが払うべき額は金貨一○○枚。そして、法的に死んだ事になっているアルマとヨードルモンドは存在しないため、マールとモンドに借金はない。しかしここまでくれば一蓮托生の想いがあるのだろう。中間達とともに働いて借金を返すつもりである二人は、他の四人と全く同じ表情だった。なにせ、一一○○枚と比べれば十一分の一にしかならないが、銅貨換算すれば一人頭、一千万枚もの金額を払わなければならない。
一千万、一○,○○○,○○○枚である。
減ったところでやはり途方もない金額を突きつけられた面々は呆然としているが、ジョージはかまわず話を続ける。
「他の連中は十年も働けば確実に全額返済できるだけの給料がある。もちろん真面目に働けば、だが、借金奴隷の契約があるから雇い主が命令すればそれには逆らえないだろう。強制的に体を動かされているうちに、真面目に働くとはなんなのかをしっかり体が覚えるだろう。
しかし、おまえらに関しては違う。
お前等もモンスターとの戦闘経験が全く無いってわけじゃないだろうからわかるだろう、一瞬の判断の遅れが命を落とすような場所で、ただ命令を待ってそれに従うだけじゃすぐおっ死んじまう。だから、最終目標を達成するために何をすればいいのか考えてみろ」
ここまではくどいと思えるほど丁寧に説明しておいて、急に相手に放り投げた。
ずっとただ聴く姿勢に徹していた六人は少しあわてる。慌てるものの、若干二名がすぐに気持ちを切り替える。
「最後まで獲物を、目標を諦めない」
「……いや、ヒューゴ、確かに大事だと思うけど、それはどうすればいいかじゃなくて、気持ちの問題であって常に持ち続けなければいけないモノなんじゃないか? ジョージさんが言ってるのは、どうすればいいのか、手段の事だ」
いち早く気持ちを切り替え、初めに漠然とした指針を決めたのはヒュールゲンだった。さすがは元とはいえリーダーを務めていただけある。言葉が少ないせいで誤解されかねないが、正確に意図を読み取って修正を加えるのが頭脳役こと参謀を務めていたヨードルモンド、もとい、モンドの役目のようだ。
「具体的な、手段って事か? えっと、金を稼ぐための手段っていったら、ごうと……」
先の二人に引っ張られるように考える方に頭を切り替えたのはスドウドゥだ。今まで自分たちが選んできた生業がとっさに口をついて出たが、周りからの厳しい視線に気づいて言い切る前に言い換える。
「は、ダメだから。やっぱりモンスターを倒して、ドロップ品を得て、それを、売る?」
「きっともっと他にもお金を稼ぐ手段はあるんだろうけど、ここに雇ってもらっている、いや、僕らの場合は買い取ってもらった以上、ダンジョンに潜ってモンスターを倒し、ドロップアイテムを集めて、売る。それしかないだろうね」
言い切っておいて、これで正解なのか自信がないのだろう。モンドも、ヒュールゲンもスドウドゥも、ちらりちらりとジョージの顔、さらのその背後にあるランナの顔を見る。だが二人は何も言わない。
ランナはつまらなさそうに六人を眺めているだけだし、ジョージは朗らかな、しかし見ようによっては不気味な笑顔で見守るだけで、相談を続けろ、と無言で促してくる。
「え…っと、モンスターを倒す。です」
しかし彼等はこれ以上理論を発展させる事ができなかった。いや、早々に諦めたと言ってもいい。
ジョージは朗らかな笑顔の眉尻を下げ、少し残念そうに首を振る。
「バカヤロウ、0点だ」
笑顔のまま出た言葉は、簡潔に辛らつだった。弟子二人まで一緒になって面食らっている中で、ランナだけが頷いている。
「借金を返すのは最終目標。それを達成するにはまず、生き残る事だ。最終目標もなにも、これが一番大事だろうがよ。なあ?」
「死んじまったら何も残らんさね。借金も消えるけど、あんたら六人が全員一斉に死ぬ所なんて想像できるかい? 残ったヤツに死んだヤツの分もきっちり返させる。あたしを、甘くみない事だね」
ランナが笑顔で凄んだ。これまた弟子二人まで一緒になってその笑顔に気圧される。
「そういう事だ。じゃあ全員で生き残るにはどうすればいい?」
再び投げかけられた問いに、真っ先に、かつ力強く答えたのは、意外にも女子二人だった。それも同時に、何かを覚悟した面持ちで、誓うように言い放つ。
「「強くなる」」
以前から鞭を持って実働隊にいたカルサネッタがそう言うのは当然の事かもしれない。そして今まで食事や洗濯など実働隊の身の回りの世話をして裏方に徹していたアルマも、いままで籍を持たないからとヒュールゲンに守られるばかりだった自分にずっと思うところがあったのだろう。
「うむ。そういうわけだから、俺たちディアル潜窟組合は借金を返してもらうためにも、稼ぎを絞り取るためにも、お前たちに強くなってもらう。
というわけで、お前たちの当面の目標は、強くなる事だ。というか、俺が鍛える」
ジョージは既に弟子二人をとって成長させている真っ最中だ。しかも片手で扱える武器は射撃用の武器も含めて一通り扱えるとあって、それぞれ得意武器の違う四人を同時に訓練するというのに困難は感じていなかった。
元強盗団の六人とも、ジョージの実力を知っているし、特に実際に敵同士として対峙した事のあるヒュールゲンとスドウドゥ、トゥトゥルノにカルサネッタの四人は何の反論する気すら起きなかった。
途中、同じ鞭使いという事でカルサネッタだけはランナから教わりたいというような視線を飛ばすも、それに気づいたランナがうっとうしそうに顔をしかめながら「しっしっ」と手を振ったのであえなく撃沈する、という一幕もあったが、ともかく六人全員が新たにジョージから師事を受ける事に相成った。
しかしその前に、彼ら全員ちゃんとやっておかねばならない事があった。
「ふむ。全員とも文字を書けるってのは意外だな。誰から習ったんだ?」
「ん、えっと……」
四人とも一瞬考えた後、ちらりとモンドを見る。そのうち考え直したトゥトゥルノが申し訳なさそうな顔でジョージに向き直った。
「死んだヨル兄ちゃんが」
見た目には十歳かそこらくらいのトゥトゥルノが実に複雑な表情でそんな事を言うのだから、さすがのジョージも罪悪感が芽生えそうになった。しかし同時に偉いとも思う。ちゃんとジョージが回りくどく回りくどく説明してきた意図をちゃんと理解し、それを汲んで本人たちが目の前にいても死んだ事にして話す。相当な違和感と、罪悪感と、嫌悪感もあるはずだ。
それを見てカルサネッタがまた不機嫌そうに顔をゆがめるが、やはり文句は出てこない。彼女も理屈では理解しはじめたようだ。それに感情が追いついていないのだ。
「まあいい。みんな用紙は書けたな? 聞いた話じゃ、奴隷がギルドに所属しても、見習いなんとかってジョブには就けないらしい。奴隷から始まってその後ろに括弧書きになってたり、そうじゃなくても奴隷を意味する言葉が入るようだ。それだけは覚悟しておけ?それじゃあ、ヒュールゲンから、姐さん、お願いします」
「あいよ。受け取った」
ヒュールゲンから渡された何枚かの用紙を受け取ると、ランナはそれを天に掲げた。
自らが書いた物をを自らの意思で相手に渡すという行為がギルドに参加したいという意思表示であり、受け取った方はしっかりと内容に目を通したあと神に向かい掲げる事で受け入れる意思を表す。この両者の意思がそろって、ギルド加入の“契約”となる。
つまり彼らがすべきこととは、ギルドカードの取得であった。
魔法使いを除いてほとんどすべてのジョブが、こうしてギルドカードを得なければそのジョブに就いたものだと認められない。スキルを使えるようになるには例外なくジョブに就かなくてはならないのだ。
ジョージの時のようなイレギュラーは起きず、程なくしてヒュールゲンの目の前にくるくると回転しながら黒いカードが降りてくる。
「受け取りな。それはあんたしか触れない。神々から授けられた、そういうモノだ」
もともと言葉数の少ないヒュールゲン。こんな時でも感嘆のため息すらなく、しかし緊張からなのか若干顔をこわばらせながら、ゆっくりと降りてきて自分の目の前でたたずんでいるそれをつまみ取った。
「なんて書いてある?」
尋ねられたヒュールゲンは黙ってカードを差し出す。
「そういう時くらい自分の声で読み上げろ」
ジョージが苦笑しつつ突っ込むと、ようやく戸惑い気味に口を開く。
「ヒュールゲン・オゾドゴ 18歳 剣奴」
「ほう!」
「へえ」
感心したのはジョージとランナ。年長の二人だ。
「グラディエーターはそれなりに元剣士とか重剣士とかが何かやらかして奴隷に落ちた時にしかならないジョブだと思ってたけど、あんたギルドカードを作るのは今回が初めてだよね?」
「ああ」
「へえ……それなりの使い手って事かい」
ランナが凶暴に笑う。ヒュールゲンは動じないが順番を待っていた三人が半歩後ずさる。
「姐さん、あとがつかえてるから」
「ああ、そうだったね」
促され、残りも順にギルド加入の契約を結んでいく。
全員がギルドカードを得ても、特別なジョブに就けた者はヒュールゲンのほかになく、スドウドゥが「奴隷(剣士)」に、カルサネッタが「奴隷(鞭使い)」に、トゥトゥルノは「奴隷荷物持ち(ポーター)」となった。
トゥトゥルノがなるポーターが、奴隷がなるジョブとしては最も多いといわれているようだが、そもそも奴隷をわざわざ正式にギルドへ加入させて使おうという者が少ないらしく、ちゃんとした統計は取れていないのが現状であるようだ。
「荷物持ち……」
まともに戦闘できそうなジョブにつけなかった事でトゥトゥルノが一人でへこんでいるが、ジョージもランナも、もちろん他の全員も、それが特に役立たずのジョブだとは思っていないため、そのまま話を進めようとした。
「こんにちは、先ほどからの今で申し訳ないのですが、こちらの方々にはお伝えしておいたほうが――あれ!?」
そこで唐突な来客である。
見覚えのある揃いの鎧を着けた二人組み。都市警察から支給されるその鎧だけでなく、顔ぶれまでも初めてここに訪れた時と変わらず、片方の男が主にコミュニケーションを取り、もう片方の一見だけすると男性にも見えなくもない寡黙そうな女性が後ろに控えて静かに観察する。
ところが今回は途中から、二人とも冷静さなどなく驚きの顔で固まっていた。
「あ、あれ? 君たちは、えっと?」
潜窟者として表立って活動させる以上は、いつか必ずこういうタイミングがあるとは思っていたが、すこし早すぎるかもしれない。
しかし奴隷となった四人にもちゃんと説明し、理屈の上だけでも納得させる事ができている。それに自分もランナも居るのだから、いくらでもフォローできるこのタイミングで逆によかったのかもしれないとジョージは考え直す。
「二人とも、紹介しよう。こちらは今回の件でお世話になった都市警察のアッパル少尉とケイ曹長。二人とも自己紹介を」
しれっと、白々しい笑顔を浮かべているなと自覚できるほどのタイミングで、あくまでしれっと自己紹介するよう本人たちに促す。
「はじめまして、私はマール・ディアル」
ここで先にしれっと追従したのは、マールだった。先ほどの強くなる発言といい、普段から感情を優先する分、腹をくくった時の強さは女性の方が強いのかもしれない。
さあ次はお前もだ、と言わんばかりの視線を向けられ、戸惑い気味にモンドも応える。
「あ、えっと。モンド・ディアルです」
「二人とも、こういう時はカードを見せるように前に出すといい」
いわれた通り、昨日作ったばかりのギルドカードを警官二人に見せる。確かに名前はその通り。しかも昨日作ったばかりのそのカードはすでに黒くなく、青紫色になっている。並の潜窟者でも一日かければこの色まで変えられるが、それはつまりこのギルドカードが授けられてから一日以上経っている事を示していた。
「え? いや、でも、君たちは確かにさっき」
「他人の空似ですよ」
皆まで言わせずジョージが断言する。
「いやでも」
「「他人の空似だよ」ですよ」
なお食い下がろうとしたアッパルに再度断言するジョージ。今度はランナからも援護射撃が入った。相手のギルドマスターにまで断言されては追撃できない。
「それで、アッパル少尉は何か俺たちに知らせたい事があったんじゃ?」
アッパルは当然まだ納得いかない様子だったが本来の目的を思い出させられると、そちらに触れざるをえなかった。
「ええと、アルカデディス・ダンダロスへの、都市議会における質疑応答から、審判までが滞りなく終わりましたので、その結果をお知らせに――」
アッパルが用件を話し始めると、それを聞きながらジョージは、これでだいたいこれで押し通せるのだとドヤ顔を見せたのだった。




