017-大捕り物劇の後始末 -3-
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい」
次の話への進行を妨げたのは今までしっかり法律関係の小難しい話についてきていたモンドだった。意外な所からストップがかかり、ジョージは驚きつつ質問を認める。
「なんだ」
「えっと、ボクがお聞きするのもなんですが、ボクらはどうやって“人間”になれたんでしょう? これは昨日もお聞きしたと思うんですが、その時はほら」
「あー、纏めて説明した方が手間がない、つって後回しにしたんだっけな」
これはおそらく、ここまでの話でもっとも根幹に近い部分の話だ。モンドがすっかり遠まき遠まわしに説明した意味をなくす尋ねかたをしてきたが、全員の顔を見てそれなりに意図は伝わったと判断し、ジョージは気にしない事にした。
「これは、ここからは本当に仮定というか、予想の話になるんだが」
ジョージは居住まいを直して改まる。
「神様方は、よっぽど人間に、ダンジョンを攻略させたいらしい」
「……は?」
それが一体なんの関係があるのか。ずいぶんと遠い所から来られ、戸惑ったのは元強盗団のメンバーだけではなかった。
「アニキ、それ、どういう事ッスか?」
神々はこの世界の住人にとってあらゆる神々は契約やスキルをはじめとした様々な形で人間にとってなくてはならない恩恵を授けている。同時に神の立会いのもとの契約を破った場合や、神の意思から大きく反した場合には神罰が下ることもある。
ああしろ、こうしろと一々指図こそしてこないが、直接的に人間の営みに関わってきているのだから、敬う者や崇める者と個人差あれど、神々の恩恵を自覚する者は全員が、あらゆる神々全てに対し一定以上の尊敬と畏怖の念を持っている。
そういった神々に敬服する者達にとって、神々の意思を勝手に想像して語る事は、禁忌とまではいかないまでも、決して好まれる行為ではない。
「少なくともこのレドルゴーグという都市ではそうだ。潜窟者という、ダンジョン・ディープギアから無限の資源を掘り出す潜窟者たちは、数が多いのに間違いなく最重要の立場にある。この都市の古い法律はほとんどが潜窟者を優遇するために定められたと言っていいし、そういった法律は未だに撤廃も改定もされずに根強く残っている。その辺、お前が読んだ法律の本には書かれてなかったか?」
モンドへと問いをなげかけつつ、ジョージは法律を学ぶ事で感じた自分の意見を説明する。そして不意に、自分の背後にいるランナへ肩越しに意識を向けた。
「姐さんならわかるだろ。俺は犯罪こそしていなかったが、処刑されたあいつらと同じ、人間と認められない存在、だったんだぜ?」
振り返らず意識だけ向け、ジョージはランナへ、ギルドマスターへ向けて言った。しかし言葉を向けられた方はよくわかっていないらしく、相変わらず足を椅子に放り投げたまま首をかしげている。
「わかんねえか。いいか、レドルゴーグの法律ではな、都市議会に認められたギルドに所属しているのならばそれを以って籍とする、というのがある」
これに頷いたのはアラシだけだった。ランナも、ロックも、長い事ディアル潜窟組合というレドルゴーグ全体で三番目に歴史の長いギルドに所属、あまつさえ運営していながらもずっとそれを知らなかったのだ。リーナは知っていただろうが、ジョージとの初対面では大して警戒していなかったように見えた。これはもはや、ディアルの家系なのかもしれない。
ついジョージすら呆れてしまったが、彼等の無用心さを叱るよりも、今は質問に対して答える事が先だ。
「つまり、お前等は昨日、ギルドカードを受け取ったあの瞬間から人間だったんだ」
普通に取得するためには長い間ほんの僅かな罪にすら怯え真面目に働き多くの保証人を集めなければならないというのに、潜窟者になるとそれだけで人間であることを保障される。これが優遇でないならば一体なんなのか。
ずっと自分たちの籍で頭を悩ませていたモンドはあまりに単純な解決方法があったと、悔しい気持ちすら沸いてこない。
あっけに取られているモンドを尻目に、ジョージは、だだし、と付け加える。
「ただし、ギルドに所属するのだって本来はそんな簡単じゃない。初心者コースを設けてるギルドもあるらしいが、使えないと判断されれば容赦なく落とされるし、わざわざ何かやらかしてギルドの名を低迷させるような奴はその段階で落とすだろう。がんばって正所属できたからって全部が全部上手く行くってわけじゃあないしな」
今のディアル潜窟組合を見れば、それは確かにそうなのかもしれないと思えてしまう。少し前の状況はもっと悲惨だった。ジョージが来なければディアルは未だに借金まみれだろう。
そういえば、自分がうっかりお金を稼いで来なければあの借金はどうなっていたのだろうと、いまさらながらジョージは思い至る。だがここで聞くわけにはいかないだろうし、今後もおそらく聞かない方がいい事のような気がした。
というわけで気づかなかった事にして話を進めようとしたのだが、全く違う話ではあるが質問は向こうの方からやってきた。
「それはいいよ、あんた、なんで神々があたしたちにダンジョンを攻略させたいと思ってらっしゃると思うのさ」
訊いて来たのは今までいかにも偉そうな顔をしてふんぞり返っていたランナである。このタイミングで聞かれる事は少し意外だったが、ロックもアラシも似たような表情をしていた。気分を害したわけではなく、純粋に興味をひかれたわけでもなく、責めるような意図は無いが本気で言っているのかと正気を疑うような表情だ。
「んん、理由はいくつかあるが、まず神様が俺たちにスキルを使わせてくれているって事。
自分達の授ける奇跡と邪神だか悪魔だかの業が合わさったものだといわれてるのに魔法を使う事も許している事。
言い方は悪いが、これだけお手軽に戦う力があるのに、神の意思だといって人間同士でスキルや魔法を使って争う事はあまりない。
人間同士の大きな戦争が起きそうになると、必ず神託が降りて戦場でスキルや魔法が使えなくなるというじゃないか、おそらくこれが人々に、人間同士で切り合って血を流してはいけない、みたいな意識を持たせてるんじゃないか?」
神々はスキルという強力な加護や、“契約”の奇跡でもって人間たちに戦うための力を与える一方で、人間同士の戦争には急に否定的となる。これはジョージがキョーリから借りた神々にまつわる本から得た知識だ。
「そいつは神話だよ。なんで法律の話からそっちに飛んだんだい。というかそもそも、あたしが聞いてるのは、なんで神々が人間にダンジョンを攻略させたがってると思ったのかだよ」
神話であって史実ではない、というつもりはランナにはない。それは確かに実際に起きた事なのだろうが、そんな昔の話をなぜいま持ち出すのだ、と言っているのだ。話がずらされているような気がして、ランナは少しずつ気が立ってくる。
「そうだな、その神話では、スキルが使えなくなったあとでも身体一つで戦いを続けようとした両陣営の将に対し、どうしても決着をつけたいなら、両者共通の決まりごとを作ってそれを破った方に神罰を下す、という神託を残したという。どう考えてもこれが法律というものの始まりだろう。これが法律の話から繋がった理由、で本題だが」
ジョージは一泊置く。
「これだけ人間に戦う力を与えておきながら、人間同士の争いには使うな、と来た。まるでお前たちに与えた力はもっと別の所に向けるためにあるのだ、とでもいわんばかりじゃないか?
そして、この世界に神の加護を全力で注ぎ込んでもまだ無くならない脅威といえば」
「ダンジョン、しかない?」
回りくどい道のりだったが話しの辻褄は合う、一定の説得力はある理論だった。実際、ロックもアラシも納得していて、元強盗団メンバーも話についてこられた者は感心した顔でジョージを見ている。
「他にも色々と、こまごまとした理由はあるが、全部を踏まえたうえで、俺は神様じゃないからあくまでそうなんじゃないかっていう推測だよ。絶対にこうだって決め付けてるわけじゃないよ」
それでもまだランナは気に入らない様子だった。このままでは今日の本来の目的に戻れなくなると思ったジョージは、主張は変えないながらもなんとなく引き下がったような雰囲気を作ってこの場をなだめる事にした。
ランナはそれすら気に入らないようだったが、ジョージの理論の矛盾を見つけられなかったようで、フン と不機嫌に一度鼻を鳴らすと、また椅子を二つ使った横柄な姿勢に戻り、さあ話しを続けろよ、と顎で命令してくる。
これでようやく本題に戻れるようだ。




