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016-終・大捕り物劇 -3-

 紙とペンはその場で用意された。


 未だに羽ペンが主流で、一部の金持ちだけが贅沢趣味の一環として機械仕掛けのやたら重いオイルペンを使っているなかで、ジョージが取り出したペンはインクを継ぎ足す必要がない不思議なものだった。


 が、誰かがその疑問を口にできるような雰囲気ではなく。契約の書類は淡々とつめられていく。


 最終的に決まった事は、ジョージが提案した事とほぼ変わりなく、加えられた変更は一つだけ。


「都市警察に対する減刑の進言と。犯罪奴隷、借金奴隷、あるいは放逐にかかわらず裁判後の身柄を保障する。これでいいんだな?」


 ヒュールゲンは本当にはじめから取引に応じる気が無かったらしく、内容をつめているうちに自分から退席し、取調室の外で待機していた警官に連れられて自分から檻の中へ戻っている。


「やはりボクらに有利すぎる気がします。


 やはりヒュールゲンたちに有利すぎる“契約”の内容だが、ジョージはこの程度でいいのか、とでもいわんばかりの表情だった。対してヨードルモンドはこの文言の意図を正しく理解し、未だに信じられないという顔で穴が開くほど契約書を見つめている。


 つまりアルマとヨードルモンドのレドルゴーグに籍を持たない二人も含めて身柄を保証する、という事だ。このレドルゴーグ内において籍を持たないという事がいかに重大であるかを知るヨードルモンドは、ジョージが安請け合いしすぎているのではないかと思っていた。


「まあなんとかなる。カネはいくらでも用意できるだろうし。即金が必要ならアラシの実家から借りる事もできるだろう」

「む、師匠はウチをあてにしてるのか?」


 さすがに快くは思わなかったのか、アラシが微妙に眉をひそめる。


「最終手段さ。コレ、残しといてよかったよ」


 そういうとジョージはポーチから鈍い黄金色の歯車を取り出した。


「あっ、それ」

「まさか!」

「……ブラスギアーですか?」


 ジョージとしては別の意図で確保しておいたディープギア産の真鍮の歯車だが、この場で見せて説得に利用するには十分な効果だった。


「わかっただろ? さて、これで本契約に移ってかまわんな?」

「ま、まってください。本当に神に立会いを求めるんですか? でしたら、こちらからただ情報を渡すだけというには、やはり不公平すぎます。ボクらが有利すぎる」

「じゃあどうしろってんだ」


 お互いに相手が有利になる項目を増やそうとしているわけだから、交渉ごととしては実におかしな状況だ。わかってやっているジョージは不満そうな台詞を吐きつつも楽しげな表情だが、ヨードルモンドとしては有利すぎて逆に不安に駆られていた。


「か、ボクが勝手に決めてはいけない気もするのですが、こちらかヒューゴ……はあの調子だから、そうだな、カルサネッタとスドウドゥ、トゥトゥルノの兄弟を同行させます。カルサネッタは先の一件でそちらのギルドの仮面をつけたお姉さんから治癒の奇跡を受けて恩を感じているでしょうし、スドゥは弟が助かるとなれば文句は言いません。トトも兄思いですから兄が同意しているとわかれば逆らわないでしょう。

 能力的にも、カルサネッタと、トトは狭い場所に潜んだり通気孔などを使っての潜入を担当していましたし、スドゥはとても耳がいいです」

「んん、同伴させる、か。それは今の状況だとちょっと……」


 罪人として一度捕まっている者たちを同伴して現場に赴く。つまり程度の自由を持たせたまま檻から出すという事だ。ジョージにとっては普通に考えるとありえないことだ。


「契約、で縛るんスよね? だったら都市警察も問題には思わないとおもうッスよ」

「そうなのか?」


 神の立会いのもとの“契約”とはつまりそういう事なのだ。


「しかし本人たちを納得させる時間がな」

「ボクを信じさせます。ボクが信じる、ジョージさんを信じろと」


 つい十数秒前まで自分が有利である事に怖気づいて震えていた者とは思えない、自信と、仲間への信頼。ゆるぎない表情にジョージの方が一瞬鼻白む。


「そうか、じゃあまあ、言うだけ言ってみるか」


 だめでもともと、という腹積もりでジョージは地下二階に降りたのだが、果たしてそれはあっさりすんなりと承諾され、とんとん拍子に神の立会いの元の契約まで交わされてしまった。


 いや、もともとジョージが持ちかけた契約なのだから、交わされてしまった、という言い方はよろしくない。


「ほんとにいいのか?」


 いざ契約を交わしてしまえば、本当になんの文句もつけてこなかった都市警察。代表してアッパルにこれでいいのかと尋ねてみると、彼は逆に訝しげな顔になってジョージに訊き返す。


「神を、お疑いになるのですか?」

「いやそういうわけじゃないんだが……」


 この反応を見て、ジョージは自分がまだ神の立会いのもとの契約というやつの重要性をわかっていないのだなと実感した。


 ともあれ今はダンダロス家の武装蜂起である。


 ヨードルモンド、カルサネッタ、スドウドゥ、トゥトゥルノの四名を新たに連れて、ダンダロス家反乱容疑対策本部のおかれた会議室まで来る。さっそく、四人から順に問題の工場の間取りを聞いて見取り図を作る。


 ヒュールゲン強盗団は基本的に自分たちの隠れ家に使えそうなデッドスペースを探す事を目的として工場を探索していたため、詳細に教えられる場所が偏ってはいたものの、作戦立案に利用するには問題ないレベルのそこそこ精巧な見取り図がものの十数分で完成された。敷地面積が約八万平方メートル、工場の床面積では一階が約二万六千平方メートルの三階建てでという大きな工場の見取り図が、である。


 これを、彼らの情報が詳細であった、と評価するのか、直接紙の上に線を引いたジョージが規格外に器用であったか、と評価するのかは分かれるところだ。とくにヨードルモンドの記憶力は特筆するに価するレベルで、他の三人がいつのまに調べたのだと驚くほど、工場機能の心臓部近くまで把握していた。


「俺が占拠したんだったら、このイリジタイトの結晶化プールには人質は集めない。人質を一括管理するならもっと狭くて、入り口がひとつしかなく、窓が小さい、もしくは無い部屋がいい。その手前にちょっと広いホールでもあればそこにバリケードを作って戦線を張れるからなお良い」

「となると、ココか、ココ。どっちも入り口から近いッスね」

「スペースと人数の関係で両方に分割して閉じ込めているというのも考えられます」


 出来上がった見取り図を囲んで作戦会議が始まる。名目上は対策本部の警官が中心になって、という事なのだが、始めからしきりに発言をしているのはジョージ、ロック、ヨードルモンドの三人だけだ。


「可能なら先に人質だけ確保して、そのあとゆっくり敵を殲滅しつつ敵の頭目を捕らえる、という形に持って行きたい。カルサネッタと、トゥトゥルノ、だったか?」


 急に名前を呼ばれてトゥトゥルノがビクと肩を震わせる。トゥトゥルノがジョージと会うのは魔動発力舎の前でクヴィエギウスにそそのかされて強盗未遂に至った時以来である。あの時のジョージの鬼のような強さしか印象にないため、どうしても苦手意識が先に来るのだ。


「大丈夫、この人は落ち着いて正直に喋れば乱暴はしないよ」


 ヨードルモンドが諭すように言うと、緊張した面持ちながらもひとまず怯えた様子はなくなった。


「ネッタとトトはダクトを利用して建物の中に入ったりもしていた、と聞いた」

「ネッタ……」

「トト……」


 急に愛称で呼ばれ始めて二人とも困惑する。カルサネッタなどは愛称をつけられた事自体が初めてだ。


「どうなんだ?」

「あっ、はい! そうです」

「じゃあココを、こう通って、ココとココの様子を見てくる事は可能か?」


 ジョージが指したのは先ほど人質が集められているだろうと目算された二つの部屋だった。東口の正面玄関から程近いが、工場設備があまり置かれていないため、通気ダクトが細く作られているらしい。


「……アタシは無理だね」

「お、おれならなんとか」

「うーん、そうか。二箇所同時ってのが理想なんだが……まあいい。

 じゃあ作戦はこうだ」


 ジョージは具体的な作戦を説明しはじめる。内容自体は特に奇をてらったものではなかったのだが、この場に同席した者たちのほとんどが、運用する戦力から考えて不可能なのではないか、と思った。

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