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016-終・大捕り物劇 -2-

「それで、ボクたちに?」

「ああ。ついさっき確認したが、やはりダンダロス家の屋敷にあの工場の見取り図は無かったそうだ。お前らがそれを持ってるなどとは思ってないが、お前ら、南区工場街のあっちこっちに隠れ家を作ってそこを転々とする事で追っ手をかく乱してただろ?」

「はい」


 ジョージは都市警察南区第一駐在署までとんぼ返りしていた。用件は地下の拘留所にて収監されているヒュールゲン強盗団のなかでも実働隊全員と作戦立案を担当していたよードルモンドに協力させる事であった。


 今は地下一階の取調室を一つ借り、そこに団長であるヒュールゲンとヨードルモンドだけを揃えて交渉のような事を行っている。


「いってみれば司法取引だ。アルマの件は置いといて、今回の依頼に協力してくれれば、今後行われる全員分の裁判の前に、都市警察が要求する予定の刑罰を減らすように口利きする」


 神の審判に対しては文句をつけることも判決を覆す事も不可能だ。なにせ相手が正真正銘の神なのだから。しかし裁判が始まる前の段階でなかなか面倒な手順を踏まなければならないため、判決に文句を言う事はできずとも、結果的に減刑を図る事はできる、というのがジョージの目算だった。


 どうやらそんな事をくわだてる者は今までこのレドルゴーグに現れなかったらしく、ヨードルモンドはそんな事が可能なのかと訝しげにジョージを見ている。まして、つい先ほどまで“籍”の存在を正しく認識していなかったような相手である。


 ところが強盗団のリーダーであるところのヒュールゲンは別のところに引っかかったようだった。


「アルマの件、だと?」

「あっ、ヒューゴ……」


 ヨードルモンドから持ちかけられたアルマを助けてほしいという頼みごとは、ヒュールゲンがあずかり知らぬ所で行われたものだったようだ。ヒュールゲンも頭の回転は速いほうであるようで、自分たちの頭脳役が敵であったジョージに対してどんな事を頼んだのかを、今のやりとりだけも大体を察する。


 余計な事をしてくれたな、といわんばかりにギロリとひときわ強くにらみつけたが、場所が場所であるため手荒なまねには出られない。内に沸いて出た苛立ちを、ヨードルモンド本人に対してではなく、ジョージに向ける。


「俺はもうアルマを守りきれない。

 ヨルノも、だ。

 どうせ俺も奴隷刑だろう?

 俺は神から慈悲をもらった事なんて、一度も無い。

 だからアルマとヨルノは法に守られずに死ぬ。

 俺は法に殺される。

 それで、終わりだ」


 ヒュールゲンは一つずつ、重く叩き付けるように言った。まるでもう全てを諦めている目、口調、そしてなお足掻こうとしているヨードルモンドへの非難。不思議な事にこの窮地へ追いやった原因とも言えるジョージたちに対してはなんの感情も向けて来ない。彼なりのプライド、信念があるのかもしれないが、ジョージは少し、考え込む。


「アルマを守りきれない、ヨルノもだ、というのは、ヨルノも守る対象であったという事か? それともヨルノにももうアルマを守る力が無い、という意図か?」

「……前者だ。俺は、団長として皆を守らなければならなかった、カルサネッタの言う通りだったんだろう。俺はクヴィエギウスに何もしなかった」


 何もしなかった、という所に、何かするべきだった、という意思を感じ、ジョージは一つ納得を得る。ここからヒュールゲンはだんまりを決め込むつもりらしく、顎を引いて硬く目をつぶり、腕を組んで瞑想するような姿勢になってしまう。


 だがジョージは既に納得を得ていた。


「なるほどな。何を考えて、どう納得し、なんでもう諦めてるのかは、わからんでもないんだが、前らは奴隷刑にはならんと思うぞ。

 あと、ヨルノ、お前ももしかして、籍、無いのか?」


 次に水を向けられたヨードルモンドはびくりと肩を震わせる。その質問は、先ほどはあえて伝えなかった真実を言い当てていた。


「なぜ?」

「確かに見るからに弱っちそうな見た目だがさ、なんでお前まで守られる対象なんだって事考えたら、そうかもって思うだろ」


 ヒュールゲンが守る対象としていた相手はヨードルモンドも含まれる。というだけの事からジョージは答えを導いたのだ。やはり頭が切れるのだ、とヨードルモンドは再認識した。


「籍が無いのがなんでそんな深刻なのか、ってのが俺には未だによくわからんのだが、けどまあ、やはり深刻な事なんだろう。

 それを踏まえた上で、話を戻そうか。

 俺は君らに司法取引を持ちかける。神に誓った契約をしてもいい。俺がほしいのはあの工場の内部構造の情報。見取り図を作れるくらいのが最善だがそこまで高望みはしない。東西南北ざっくりとどの辺の位置にどんな機械、施設があるのか。作戦を立てられるだけの最低限の情報があればいい。

 俺らから君らに提示できるのは、都市警察に対する減刑の進言と、そうだな、奴隷刑にならんでも一度は奴隷に落ちるから、そうなった時の身柄の引き受け、って所か」


 身柄の引き受けとはつまり、罰金刑を支払えずに借金奴隷になった後に彼らを買い上げるという事。刑の罰金を全て肩代わりしてやる、とも言い換えられる。


 捕まえる前に、大人しくつかまれば今ならこうしてやるぞ、という交渉ごとで持ち出されるならばまだしも、既に捕まって審判から逃れられない彼らに持ちかけるにしては、あまりにも罪人側に有利すぎる取引だ。これには弟子二人のうち、比較的司法にも明るいアラシなどは呆れ顔を浮かべてしまう。


「ま、まってください。それは、ほとんど、われわれを無罪放免にしてしまうという事では――」

「はぁ? さすがにそんなつもりはねえよ。お前らの身柄をこっちで引き受けても、お前らが自分で稼いで俺に罰金分ぜんぶ返すまで借金奴隷である事は変わらんのだから。キリキリ働け」


 ジョージはヨードルモンドの言葉を途中で遮った。キツイ言葉も使っているが、顔はなぜか朗らかな笑顔である。


「ただな、飯は、美味いもんを腹いっぱい食えると思うぞ」

「「は?」」


 ヨードルモンドは言わずもがな、だんまりを決め込むつもりであったヒュールゲンも意外すぎるその台詞に思わず間の抜けた声をこぼした。


 餓死が存在しないこの世界で、これは本来最も効果の無い口説き文句であるはずだった。しかしそれを言っている男の後ろに控える弟子二人のうち片方、ロックはただうんうんと納得したようにうなずいているし、反対側のアラシは俯いて笑いを堪えて肩を震わせている。


「……俺は、俺の考えは変わらない。確かにお前は今まで俺が会ってきたどの連中とも違う。そんな、気がする。だが、信用はできない。本当の事を言っていると思えない。だからやはり俺は、奴隷刑で、どこかで死ぬんだろう。それだけだ」


 ヒュールゲンの意思は変わらないようだった。そもそも、ジョージが言っている事全てを何一つとして信じられないのだろう。いったいどんな環境で育てばここまで疑い深くなるのか、そして疑い深いままでなぜ仲間を集められたのか。ジョージとしては興味深い事だったが、これは追い追い知る事ができるだろうと思った。


 そんなヒュールゲンに対して、ヨードルモンドはより強く、ジョージに対し希望を見出していた。


「ボクが知る限りの事はお伝えします」

「よし、決まりだな」


 あくまで信用しないというヒュールゲンを差し置いて、神々の立会いのもとの本格的な契約がここに取り交わされた。

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