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016-終・大捕り物劇 -1-

 到着した現場は聞いていたとおりの有様だった。


 およそ八万平方メートルの工場敷地をぐるりと囲う塀。出入り口は北に一つ、東に一つしかなく正面玄関は東側で北側は勝手口という扱いだ。


 どちらがメインエントランスにしても、人が通れそうな所はすでにいずこかの潜窟者が固めており、ただの工場職員すら簡単には出入りできない。平時でこんな事をしていれば、逆に出入り口を固めている潜窟者たちの方が、威力営業妨害やそのあたりの法で罰せられそうなものだが、工場内も既に平時ではないと示していた。


「あー、これはまずいな」


 それを一目見てジョージは現状をだいたい把握した。


 現在ジョージたちがいる東口正面玄関は、門こそ手付かずだが入ってすぐの位置にある工場の入り口は完全にバリケードで塞がれていた。窓も目に付く限りすべて目隠しされ中の様子が伺えないようにされてあり、目隠し代わりの板の隙間からチラチラと外をうかがっている何者かの影が見える。


「どーも、もともと中にいた人はどうなってるんです?」


 入り口を固めている強面(こわもて)の先輩潜窟者たちに軽い挨拶のあと現状を聞いている。しかし、同じ潜窟者であっても所属するギルドが違うと仲間意識というやつもないのだろう、ギロリとにらみつけてくるだけで返答はない。


「……ま、聞くまでもねえか。ここにいねえなら中に残ってるんだろうな。人質か、向こうの協力者になったか。厄介だなぁ」

「いや、師匠。あのダンダロスに真面目に仕える気があるやつなんていない。この状況でまだ奴について武器もって真面目に戦おうなんて考えてる奴は契約で縛られてる傭兵くらいなものだ」


 アラシがすかさず可能性の一つを否定した。


 ここにくるまでに、うわさ好きのロックと、社交界にて実際に何度か本人と顔を合わせた事のあるアラシから、アルカデディス・ダンダロスという人物についていろいろと話を聞いていた。


 気に入った娼婦を強引に買い上げるだの、一日一食で十分なところを十食も摂る上に一食の量は変わらないだの、気まぐれに土地の代金を上げ下げして現場を混乱させるだの、噂の内容はろくでもないものばかりであり、実際に少し顔を合わせたアラシにしても噂は全て真実なのではと思わせるほど醜悪な容貌、そして言動だったと言わしめる。


 弱い者には徹底的に強く出て、強い者には媚びる。にもかかわらず強い者に対しても完全に平伏しきれず何か気に障る事をされればすぐ顔に出し、その後の言動はより荒れる。腹芸もできない愚鈍な男。たった数回でそれぞれ短い間しか顔を合わせない相手なのだが、その短い間にすらそう思わせてしまうような男であるらしい。


 そこまでくると逆にわざとそう振舞って周りを油断させる策なのでは、と疑り深いジョージは思ってしまったが、どうも話を聞いている限り、それも考えづらい。


「チッ、俺らよりよく知ってるみたいじゃねえか。どこのモンだ」


 今まで工場の入り口をにらみ付けていた潜窟者の一人が、ジョージたちのやり取りを聞いて話しかけてきた。舌打ちが余計であるが。


「ディアル潜窟組合、って、わかりますかね」

「ディアル!? そうか、なんだ、ディアルか。へへ」


 すると不機嫌そうな表情が一転、どこか懐かしそうな、うれしそうな顔になる。そこからは話しかけてきた彼だけでなく、この東口を固めていた全員の態度が目に見えて軟化した。


「俺は昔、ディアルのとっつぁんに世話になったことがある。ディアルに居たわけじゃないが、あいつらはディープギアの中層までは他の連中まで助けられるだけの余裕をもってたからな、なんどか助太刀をもらって、なんどか命を拾ったもんだ。今はたまたま相棒が怪我してるんでこんな雑用仕事なんぞやってるがな」


 聞けば、関係者とはいえないまでも、まったく無関係とも言い切れない微妙な関係の人々だったようだ。


「普段はここに居る俺サドンと、一の盾のライガ、二の盾のサーグ、アーチャーのライオとメイジのニッグボルグ、あと怪我していない水の神の僧侶をやってるエイブラムの六人でディープギアに潜ってるんだ。エイブラムの奴、坊主のクセに女遊びが趣味でな、ちょっと悪い女に引っかかって、いわゆるひとつの、ツツモタセって奴にひっかかっちまったのよ。ダンジョンの外で怪我するなんてバカな奴だよな」


 一度しゃべり始めればこのサドンという男はかなり饒舌な手合いのようだった。聞いてもいないのに、今居ないメンバーの怪我した理由までぺらぺらと喋ってくれる。これならばちょっと乗せればもっといろいろと喋ってくれそうだ。


「ええと、俺はジョージ、ディアルの直系のロックと、アラシだ」


 こちらからも軽く自己紹介をすると、今サドンという男から紹介があったのだが、本人たちからも直接自己紹介が入る。


「ライガ・サムソンだ。一の盾なんて言われたが、ただの肉の壁さ」

「サーグだ。苗字はない。俺もライガと同じ肉の壁だよ」


 盾職二人は卑屈に笑う。


「ライオ・サムソンだ。ライガの弟だが兄貴みたいに体格に恵まれなくてな、遠くから針みたいな矢を飛ばす卑怯なジョブだよ」


 アーチャーもなぜか言っている事は卑屈だ。だが盾職の二人と違い、自分のジョブに誇りと自信をもっているように見える。


「ニッグボルグ・サーベンジャーだ。私の名前はどっちも長いから、ニッグと呼んでくれて構わない」

「エイブラムは、まあ機会があったらだな。あんたらの役割も聞いて構わんか?」


 ジョブまで含めた自己紹介は、こちらの布陣を聞き出す布石であったらしい。なるほど、と思いつつジョージは素直に答える事にして、弟子二人にもそのようにしろと目配せした。


「俺は剣と魔法を両方そこそこ使える」

「オイラもッス。ジョブは最近、魔法剣士ってのになったッス」

「オレはただの剣士だ。だが、剣は二種類使い分けている」

「と、まあ。全員で遊撃やってるようなもんだな。おかげでまだ上層の日帰り限界線までしか行けてないんだ」


 全て事実なのだが、サドンは謙遜だと受け取ったようだった。


「ほぉ……ふむ。偏った、いや、面白い構成だな。だが、あんたはかなりやるようだし、そこの二人も前途有望って感じじゃないか」

「こいつらが有望なのは否定しないが、俺がどのくらいできるかは、まだわからんよ」


 なぜかずいぶんと買われているなと苦笑するジョージだったが、弟子二人からしてみればジョージは一人で戦わせても集団の指揮をさせても未だに底の見えない完璧超人だ。ほとんど嫌味にしか聞こえない。


「そんで、中からもともとの職員は出てきてないんだな?」

「ああ。おそらくあんたらの予想通りだろう。占拠したのが工場主って事もあって、職員の全員が逃げる暇もなく人質にされている。おかげで数もわからん有様だ。正式に依頼が発注されれば、それを口実に敷地の中に入れるんだが、それがかなわんからまだ偵察もできてない有様だ」

「ん? 大量発注ならついさっきされたぞ。都市警察からな」


 どうやらずっとここに張り込んでいたせいで大量発注を受けるタイミングがなかったらしい。ちょうどいいタイミングで、彼らより二回りも年下そうな若い潜窟者が数名走ってくる。


「ついさっきスタンプスから大量発注が出ました。うちらもギルド全体で受注したんで、やっと行動できますよ!」

「おう! じゃ、ライオ頼んだ」

「わかった」


 さっそく行動開始とばかりに堂々と門をくぐろうとするライオ。慌ててジョージが止める。


「まてまて、あの窓からこっちを監視してる奴がいる。ここで堂々と入っていったらいよいよ大量発注がかかったんだと相手に知らせるようなもんだ。ここは一つ、面倒だが塀の外をぐるっと回って監視がなさそうなところを飛び越えて入るってのはどうだろう」


 意見としてはもっともだが、アルカデディスが愚鈍であるという評価は彼らにとっても共通のものであったらしく、なぜそんなわずらわしい手段をあいつごときに使わなければならないんだ、とでも言いたそうな顔をした。


「言っている事は正しいと思うんだが……」


 それをストレートに言わないあたり、このライオというアーチャーはいい人なのだろう。


「どうせ北に張ってる連中も依頼を受けたらすぐに走ってくる。こっちだけ気を使っても意味はないぜ」

「ああ、そう……」


 口で説明されるまでもなく、表情からだいたいを読み取っていたジョージは、ここは彼らのやり方に従った方が問題が少なそうだと判断した。


 しかし、およそ八万平方メートル。南北に約三三○メートル、東西に約二六○メートルの広大な敷地である。外周を一周するだけでもけっこうな時間がかかる。この中から、人質が居る場所、傭兵らが立て篭もっている場所、依頼の目的であるアルカデディスが居る場所を特定するのはなかなかに手間だ。


 まずは敷地と工場の見取り図を手に入れるところからはじめることが有効であると思うのだが、都市警察で聞いた限り、それがあるかもしれないのは肝心の工場の中か、ダンダロス家の屋敷くらい。工場の中には確実にあるだろうが、あの愚鈍な当主がわざわざ屋敷にまで仕事の書類を保管しているかは不明であるらしい。


「まったく厄介なバカが相手になったもんだ」


 ジョージが忌々しげにつぶやくと、この場に張っていた先輩潜窟者たちだけでなく、弟子二人まで何をいまさら、という顔をした。ジョージはさらに幾分か気が重くなる。


「バカを本気で相手にするのは疲れるぞぉ、何をやらかすかわからんからなぁ」


 過去にいったいどんな経験があったのか。至極うんざりした様子だ。


「っと、今はそんな事話してる場合じゃないか。とにかく工場の構造を知らないといかんが、見取り図おそらく手に入らんだろう。過去にここの工場に勤めてた人になんかあてはないし。そもそも工場とかに詳しそうな人に心当たりなんか――」


 なんとか地理を得る方法がないか思案していたジョージは、ハッと閃いて、急に踵を返した。

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