015-続・大捕り物劇 -2-
ロックとアラシの弟子コンビが到着した時には、現場は凄惨たる状況になっていた。
レドルゴーグでは気性の荒い者はだいたい潜窟者になるため、工場やどこかのカンパニーで働く者は肉体労働であっても比較的にはだが大人しい性格の者が多い。
ところがどういうわけだがここに集まっている作業員たちは皆血の気が多いらしく、ぶつかった、ぶつかられたで反射的に殴り返してしまったところから大乱闘が自然発生していた。
しかも周囲一帯を煙が覆い尽くしているため、今自分が殴っている相手が、殴られている相手が誰なのかを誰もわかっていないようだった。
明らかに普通の状態ではない。
数百人の男たちが煙の中でお互いの顔もわからずに殴り合っている姿を見て、ロックもアラシもどうすればいいのかわからず少し距離をとったところで呆然と立ち尽くす。
「アニキ……えっと、見えてるッスか?」
『ああ。とりあえずそいつらが何なのかわからんから現状は放置でいい。今はランナと合流して、ヒュールゲン強盗団と、あいつらを襲ってたストルトンの手の者とおぼしき連中を確保しておいてくれ』
「了解ッス」
「了解」
先ほどのジョージとランナの通信は参加こそしていなかったがロックとアラシにも聞こえていたため、おおよその状況は把握していた。目の前で勝手に乱闘を繰り広げている大勢の作業員らしき男たちの事はまったく見当もつかないが、いくら規格外の性能をもったこの仮面をつけていても、数百の数をたった二人では相手にできない。
あとから来るだろう都市警察の警官たちも数をそろえてくるだろうから、そのあとようやく対処できる、といったところだろうか。
ともあれ、都市警察の中のヒュールゲン強盗団対策本部という特設部署に雇われているディアル潜窟組合は、目の前の大乱闘よりもヒュールゲン強盗団と、明らかにその強盗団を狙った武装集団を優先して捕らえるべきである。
仮面の機能によって煙の中でも視界が自由に利く二人は、乱闘の合間をうまくすりぬけてランナの鞭によって打ち伏せられたストルトンの子飼の者たちをまず発見した。
「えっと、確かこうッスね」
「そうだな」
そう言いながら二人が取り出したのは紐である。見た所は単なる紐だが、事前に受けていたレクチャーのとおり、倒れている男たちをひっくり返して腕を後ろにまとめ、左右の親指だけをきつめに締め上げる。単純な方法で見た目には本当に効果があるのかと疑わしいほど地味であるが、行動を大きく制限するにはとても有効な拘束方法だ。
全身を縛り付けるわけではないため大量の縄は不要で、親指というピンポイントを縛り上げるには少しコツが要るが、慣れてしまえば特に問題はない。
「う……助けっ――」
「黙れ」
とくにアラシなどは容赦がなく、まだ意識があったストルトンの子飼の者の顎下にいいフックを入れて一瞬で意識を刈り取った。そのままひっくり返してロックと同じように手早く親指を結んでいく。
総勢十五名。ストルトンの子飼の者たちがロックとアラシの手によって無力化された。
「あとは、ヒュールゲンっスね」
「こっちもだいたい大人しくしてるよ。大将ももう、あきらめたみたいだしね」
パイプの陰から、ランナの声がした。
ランナの手によってもともと自分たちが隠れ家のひとつとして使っていた場所へと引きずりこまれたヒュールゲン強盗団は、若干一名を除いて全員がすでに完全な戦意喪失におちいっていた。
まだ少しだけ諦め切れていないその若干一名ことカルサネッタはジョージから背中に受けた打撃によってほとんど動けない状態であるため、抵抗の意思だけ残っていてもまったく問題にならない。
「さ、もう観念したみたいだけど、あんたらも拘束させてもらうよ、後ろを向いて両手をそろえな。ああ、けが人はいいよ……仕方ない、あたしが診ててやるから、ロック!」
「はいはい、今いくッスよ~」
この騒動の後、いや、あの謎の作業員たちの乱闘騒ぎはまだ続いているというのに、その余波がこちらに来る様子がないからかロックは実に軽い調子だった。
ランナの一方的な暴虐に本心からぽっきりと折られてしまったヒュールゲンたちだが、煙の向こうから聞こえてきたロックの軽い調子に少し反感を覚える。なにせ自分たちはついさっきまで生死をかけた戦いを繰り広げていた、つもりだったのだ。
しかし煙に惑わされた様子もなくまっすぐに煙を掻き分けて出てきた男は、ランナとまったく同じデザインの仮面をつけており、強盗団の何人かはその姿に見覚えがあった。
「あっ、さっきの」
それもそのはずである。何せ先ほど自分たちが襲撃した護送車の後方車両を都市警察にまざって警護していた潜窟者なのだから。
自分たちをあっさりと返り討ちにしたその実力と、さらに完全に撒いた手ごたえがあったにもかかわらず自分たちの所在を突き止めた手腕。ことごとく自分たちの邪魔をしてきた彼らに思う事はあったが、どこか納得してしまう部分も大きかった。きっと先ほどの自分たちが死闘だと思っていた物など大したことがないと思うほど修羅場や生死の瀬戸際をくぐりぬけてきたのだろうと勝手に想像する。
実際はほとんどジョージが作った仮面の機能に補助されての成果だったが、そこは言わぬが華だろう。
「あ、このこはいいよ。ほかのムサい男連中だけ縛り上げな」
「ほいッス」
『すまんな、その子は俺のうっかりだ。背骨にヒビくらい入ってるかもしれんから、けっこう危険な状態でな。今から仮面に簡易的な治療魔法の機能を送るから、かけてやってくれ』
ヨードルモンドからカルサネッタを受け取るランナ。ひっくり返して背中の部分の服をひっぺがすと、背中には背骨をまたぐ形でひどい腫れが見られた。
「……なるほどね。まったく便利な仮面だよ」
フォン フォン という緩やかに空気を揺らす音は仮面をつけているランナにしか聞こえていない。仮面を通してランナの視界の端に浮かんでいた半透明の絵画はいつのまにか別の絵に切り替わっており、受信中、から最適化中に変わり、最後は完了と数秒表示するともとの光点を映し出すものに戻った。
「完了とは出たけど、どうやって使えばいいんだい?」
『患部に手を当てて、《ヒール》って唱えてやってくれ。魔力は仮面に貯蔵されてるやつから消費される。貯蔵分は視界の左下に出てるはずだ』
「確認したよ。じゃあ、《ヒール》」
ランナがそう唱えたとたん、ランナの仮面の赤い隈取が淡く光る。赤い光はランナの体の表面を通り、首から胸元を経由してカルサネッタの患部にあてられている右手へと移っていく。はじめ赤かった光は移動するにつれてやわらかな緑色へと変化し、いよいよ指の先端までたどりついたかと思えばあっさりとランナから離れて腫れた背中へと浸透していく。
その光景を見る事ができたヒュールゲン強盗団の面々は思わず息をのんだ。
まずは目の前で起きた神の奇跡としか思えぬ光景に。そこから続く心は、あれだけ見事に鞭を振るったカルサネッタがさらに治癒の奇跡まで使えるという驚きや、犯罪者としか見られていなかった筈の自分たちに惜しげもなく奇跡を用いるランナたちへの戸惑いなど、それぞれだが、いずれにしてもこれで反感はすべて消えてしまった。
本当のところはこれもやはり仮面の機能であるのだが、何度もいうように仮面を用いての通話の受信は仮面をつけた者同士にしか伝わらないため、はたから見ている者たちにはランナが急に治癒の奇跡を使い始めたようにしか見えない。
『いまこっちも現場についた。応援を呼びの道案内が今もどってったところだから、本格的な増員はもう数分先になるが、こりゃあひどいな。なんなんだこいつら』
「アニキがわかんないんならオイラたちにわかるわけないッスよ」
仮面の上からでもわかる苦笑を浮かべながら、ロックはカルサネッタ以外全員の拘束を終えたところだった。
外でもアラシが倒れていた全員を拘束を終えた上に、例外なく意識を奪って工場の外壁にもたれかからせるように一人ずつ並べ、武器を一箇所にまとめて置くところまで徹底して行っていた。やはりアラシは大柄な見た目に沿わずなかなか几帳面である。
「こっちは終わったが、師匠が来るまでにほかに何かあるか」
ひとまずやっておくべき事が終わったと判断したアラシも、煙幕をものともせずにまっすぐ歩いて煙幕の外に現れた。その姿を見て、先ほどロックに反応しなかった残り半分が目を見開く。
「あっやっぱり」
先ほどの護送車襲撃で、前方車両を守っていたのがアラシである。
「特に無いね。スタンパーズの応援が来るまでいちおう向こうを見張っておいで。数だけでもそろえばすぐ――」
都市警察が頭数をそろえてくればすぐに収拾するだろう、とランナが言いかけた時だ、
バチバチバヂャ と稲妻の音がとどろき、けっこうな規模の魔力の奔流がおきた。
『無関係な犠牲者が現れそうだったんでな、ちと驚かせたか』
みればつい一瞬前までまだ煙の中で混乱と乱闘を繰り広げていた作業員たちがほとんど地面に倒れている。
「『今から煙を晴らします! 強い風が起きますので付近の工場に勤務されている方はすぐに屋内に退避するか、近くの大きく重い物に体を固定してください! 繰り返します、今から強い風を起こして煙を晴らしますので――』」
仮面をつけている三人には、仮面を通して聞こえるジョージの声と、大声を張り上げているジョージ本人の声が重なって聞こえた。
「聞こえたろ、そのまま動くんじゃないよ」
ランナが注意する。ヒュールゲン以下、強盗団の団員たちにランナに逆らえる者などもう一人もいなかった。
ほどなくして宣言どおりにどこからか強い風が吹いてきて、辺りに充満していた濃い煙が空へと吹き上げられる。
大量の煙球が使われていたため吹き上げられるはしから新たな煙が追加されていたが、それを見つけたジョージが煙球をかたっぱしから回収していってしまったためすぐにそれも収まった。
煙が晴れると辺り阿鼻叫喚のようなありさまが誰の目にも見えるようになる。
本当にひどい乱闘騒ぎであったようで、ジョージが起こしたらしき謎の稲妻によって倒れている者たちに無傷の者が一人もいない。それも、あきらかに稲妻で受けた傷などではなく殴りあいによってできた打撲や流血のほうが大きく目立つ。なかでも大勢に踏み潰されたような者が見るからにひどい重傷を負っていてすぐにでも手当てが必要そうである。
煙球がすべて回収された辺りで都市警察からの応援も到着し、はじめは彼らも完全に聞いていたものとは違う状況に戸惑っていたようだが、ジョージからの指示が飛んでくるとすぐに冷静にその指示に従って行動し事態の収拾に努めた。
まず広範囲に倒れている原因不明に暴徒化し、なおかつ無力かされた作業員たちを順に拘束して同時に必要そうな者には手当てを行う。
次に都市警察よりも先にヒュールゲン強盗団の隠れ家を突き止め襲撃していたストルトンの子飼いの者たちも捕らえられ、駐在署の交流所へいれられた。
大本命であったはずのヒュールゲン強盗団のメンバーたちの収監は、彼らがすっかり大人しくなっていた事を理由に、すっかり現場の指揮が当たり前になってしまっていたジョージが指示して一番最後に行われた。
これらすべてが終わり、この騒ぎが完全に収まったのは、夕方に差し掛かったころになっていた。
「しかし、本当にこいつらはなんでここに襲ってきたんだろうな?」
ようやく一段落ついたとはいえ、すぐに帰るわけにはいかなかった面々が対策本部に使われている会議室にて一服しているところで、ジョージがふと状況を振り返った。
「いや、だからアニキがわかんないんならオイラたちがわかるわけないッスよ」
先ほどと仮面ごしに行われたやりとりが、こんどは顔を直接つきあわせた状態で繰り返される。
「そうかぁ……まあ細かい取調べは本職に任せるしかない。
予想外におきた事が大きすぎて煮え切らないが、俺たちは特定ギルド法によって発注された、ヒュールゲン強盗団を捕まえる、という依頼をひとまず達成した。あとはハンコをもらうだけだ」
この場には依頼を発注した責任者であるアッパル少尉も居て、ディアル潜窟組合と同席してお茶を飲んでいる。いや、どちらかというと都市警察の集まりにディアルが同席している、というべきなのだろう。
「確かに煮え切らない結末ではありますが、ヒュールゲン強盗団の逮捕という点では、これ以上ないというくらい十分に依頼達成条件を満たしていると思います」
寂しそうな笑みを浮かべるアッパルは、すぐには依頼達成を示す判を出さなかった。
いかんせん、ジョージがこれまでに行った実績が多すぎて、なおかつ大きすぎるのだ。
組織としてのありかたを洗練させられ、個々の力を伸ばし、集団で連携して戦う方法も教わっている。
「あの、依頼はこれで達成というところに何の不満もないのですが、このまま都市警察に残っていただくわけには、いかないでしょうか」
申し訳なさそうな顔だったが、都市警察に所属するアッパルがそう申し出てしまうのも無理からぬ事だろう。
だた、ディアル潜窟組合の面々には突拍子もないお願いであった。少しだけ、ぽかん、としたあと、ランナなどは緩やかに剣呑な顔つきになっていく。
ところがやはり、ジョージには予測済みの事であったらしく苦笑を浮かべながら首を横に振っている。
「悪いけど、今はディープギアを攻略したいんだ。たまたま関わる切欠ができちゃったから協力したけどな」
「そう、ですか」
アッパルは非常に残念そうではあったが、ジョージからの返答は予想できていたのだろう。都市警察という組織はジョージ・ワシントンという存在なくして組織改革もなしえなかっただろうが、ジョージ・ワシントンには都市警察という組織は必要ないのだ。
「報酬をとってきます」
アッパルが報酬を差し出し、その代わりにジョージが今回の依頼のクエストシートを差し出すと、アッパルは名残惜しそうに半透明の判子を押す。
パシュン と光がはじけてクエストシートは天にはじけた。ここに、依頼は達成したのだ。
「ただ、今回は裁判が終わるまでは見届けるつもりだ。もう少し、あぶり出しとかないといけないモノもあるしな」
話もまとまりかけたところで、ジョージが不穏な事を口走る。
せっかくいい雰囲気であったのに都市警察の面々は不安にかきたてられた。ディアルのほうはどうもすでに話を聞いているらしく、ランナは不機嫌そうに鼻を鳴らし、弟子二人は無言でうなずくだけ。
そう、ヒュールゲン強盗団の結成に端を発するこの大捕り物劇は、まだ半分しか終わっていなかったのだ。




