015-続・大捕り物劇 -1-
ヒュールゲンらが予想外の敵襲に気づいたときには既に隠れ家は包囲されていた。
完全に殺すつもりが見える武装をした男たちがおよそ二十名。
半分が剣や斧、もう半分は槍やハルバードといったポールウェポンで、長柄の者が外枠を固めて完全に逃がさないようにしている。
「くそ……」
「お嬢様をかえしてもらおう」
お嬢様、とカルサネッタを指して言う。完全にストルトンの手の者だと断定できた。
「ふざけるな! カルサネッタは自分の意思でおれたちと一緒に居るんだぞ!」
叫ぶように返したのは出っ歯な青年だった。はじめにジョージとロックのコンビを襲った時はジョージに連装式クロスボウを真っ先に奪われた男である。
「お嬢様の意思なんてのは、もう関係ないところまで来てるのさ。
さあお嬢、こっちに来るんだ」
武装集団はストルトンの子飼いの傭兵だった。一度はどこかしらの潜窟者ギルドに所属したものの、実力が追いつかなかったり、性格や素行の難があったりでギルドから追放された者たちの集まりで、言ってみれば食い詰めたチンピラの吹き溜まりのような連中だった。
こういった連中は力で押さえつける事で多少は言う事を聞かせられる。今カルサネッタに向けてニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら手を差し伸べているのが、ひとまずこの二十人を手なずけているストルトンの子飼いの中でも多少は実力のある剣士だった。
一応、飛び道具を持っているのはヒュールゲンたちだけだ。だが圧倒的人数差、そして囲まれている、という状況。
ヒュールゲンはまさに窮地に陥っていた。
「ヨルノ、時間を稼ぐ、なんとか打開策を考えておけ」
「ヒューゴ……」
ヒュールゲンが苦い表情で背に守るヨードルモンドに向けて要求した。ヨードルモンドは痛みに耐えながら玉のような汗を額に浮かべうつろな表情のカルサネッタに肩を貸しながらグッとのどを詰まらせる。
それはさすがに、無茶である。
「わ…わかった」
だがどれだけ無茶でも尊敬し、従うべき“義賊団”の団長さまである。四方八方に視線を泳がせながらヨードルモンドは要求されたとおりに打開策を考えるべく今の状況をまとめていく。
「(人数差は……十人、いや、十二か。十名一列の二列編成でボクらを半包囲。後列は長柄のものだから煙を使ってもでたらめに振りまわされるだけで手傷を負いかねない。そのくせちゃんと同士討ちを避けるだけの距離をとっている。完全に、こっちへの対策をしてきている)」
「っはっはああ!」
ストルトンの剣士の一人がしびれを切らせたのか先走って切りかかってきた。
ヒュールゲンがそれを易々と受け跳ね返す。さらに反撃として棍棒の電撃が相手の頬をかすめた。
「ひょっ!」
「オラァ!」
電撃に驚いたのか身を固めて隙だらけになった剣士だったが、別な方向から斧持ちの戦士が一人割り込んでくる。
「くっ!」
とっさに追撃をやめて斧をはじき返し体当りに行くがバックステップで上手く距離をとられた。
ヒュールゲンは仲間たちからあまり離れられないのでこちらにも追撃できない。
ここで槍や何かでさらに攻撃されればヒュールゲンも危なかったかもしれないが、後列の長柄使いの者たちはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら黙ってみているだけで手は出してこない。代わりにもう一人剣士が割り込んできた。
「くっ!」
左腕の篭手で受ける。
いつもならこのあたりでスドウドゥかトゥトゥルノ辺りがヒュールゲンの援護に入るのだが、そちらもあまりの人数差に自分だけで手一杯のようだで他人の援護までしている余裕がないらしい。
「うおお!」
ヒュールゲンは雄たけびを上げるとすさまじい腕力を発揮して相手の剣を跳ね除け体勢を崩させたあと雷撃の棍棒を突きだした。
別方向からやはり別の剣士が割り込んでこようとしたが手傷を負う覚悟でもなければ相手の人数を減らせそうにない。
「ギャッ!」
「ぐう!」
「チッ! ガキのくせに上等な得物を使ってやがる!」
かなり強力な電撃が相手に入った。肝臓がある辺りの位置に棍棒があたって短い悲鳴をあげ動かなくなる。
ヒュールゲンは横合いから来た別の剣士に切りつけられたが、攻撃しながらもなんとか身体をひねって皮一枚を切らせるにとどまる。
だが、これだけやってようやく一人。しかもその一人がやられた事で、人数差から余裕を持って侮っていたストルトンの子飼いたちが警戒度をはねあげた。
ヒュールゲンたちにかかる攻撃が鋭さを増してしまい、後列でただ見ていた長柄使いも戦う姿勢になって今にも戦いに参加してきそうだ。
「ヨルノ!」
はやく打開策を、と急かしてみるが、いかにヨードルモンドといえどこの状況でそう都合よく名案などが浮かんでくるわけがない。今までは念入りに情報収集を重ねた上で組み立てられた作戦だったのだから。
「も…もう少し!」
今にも泣きだしそうな顔で時間を懇願するヨードルモンドだったが、いまだに傷という傷を負っていないのはヒュールゲンだけで、ヨードルモンドとカルサネッタを背に守るほかの仲間たちは皆あちこちから出血し、若い猫におもちゃにされたネズミのような瀕死の有様だった。
「く! くそっ!」
相手が対策をしてきているというのはわかっていた。だが少しでも仲間への手傷を減らそうと、ヨードルモンドは苦し紛れに手持ちの煙球をすべて使おうと腕をふりかぶった。
その時である。
「気に入らないねえええ!」
空から女が落ちてきた。
女はまず後列に居たハルバード持ちを一人踏み潰す。そのまま手に持っていた長い鞭をぶんぶんと振り回した。
まるで無造作に振っているように見える鞭だが、一回振るごとにストルトンの子飼いたちは手を打たれ頭を打たれ肩を打たれ背中を打たれ、全く防げずに武器を取り落としその場に昏倒して崩れ落ち、うずくまり、或いはのた打ち回る。同じ鞭使いのカルサネッタとはまるで技術が違っている。
たった一人が加わっただけだというのに、ほんの瞬く間に長柄の武器を持っていた後列の者たちが全員地面に伏されてしまった。
「そ、そんな……」
あまりの光景。あまりの急展開。信じられずに呟いたのはヒュールゲンたちか、それともストルトンの子飼いの者か。どちらだったとしても、奇妙に見栄えする仮面で鼻から上を隠したその女の猛威に誰も動けない。
「ほらほら! さっきまでの威勢はどうしたんだい! それとも弱いものいじめしかできないのかい!? そりゃそうだろうねえ! あんたらはどうせ金持ちに媚うるしかできないクズどもだ!」
激しめの罵倒だが圧倒されているため誰も反応しない。いや、できないでいると、空から落ちてきた仮面の女は小さく舌打ちする。
「あんたらもなんとかいいな! 弱いって言われてボサっとしてるから弱いまんまななだよ!」
とうとう鞭の先端はヒュールゲンたちにも向かいはじめた。
それはそうだろう、仮面の女ことランナははじめからヒュールゲンたちに味方したつもりなどなかったのだ。
ジョージはヒュールゲンたちの肩を持ってやりたいようだが、どうせあとで捕まえて裁判にかけるのだから、殺しさえしなければここでどれだけ打ちのめしておいても罪になど問われない事はわかっていた。
「ぐぅ! ぐお!」
先ほどまで争っていた敵味方関係なしにことごとく鞭で打ち払われる。
相変わらず仲間の背に守られているヨードルモンドとカルサネッタだけは狙いからはずされているようだが、鞭と打ち合って立っていられるのはヒュールゲンだけになってしまった。
ほかにもストルトンの子飼いの中にはたまたま鞭に狙われずに無事でいる者が四名ほど残っていたが、突如乱入してきたランナと、もともとの標的であるヒュールゲンたち、どちらに攻撃したものか判断がつかない上に、もうさっさと逃げ出したい気持ちがありありと顔に表れている。
「……あんただけちょっとレベルが違うねえ。うちのロックくらいは強いじゃないかい?まあだからといってあたしに勝てるとは――」
ヒュールゲンの実力を認めつつも、半ば倒すぞと宣言しながら腰溜めに鞭をひいて構えた時だった。
地鳴りのような雄たけびが響いてくる。見れば工場の入り口の方で、数百人の屈強そうな男たちがどたどたと工具を掲げて走ってくる。
「なんだいありゃあ」
今までがなり倒していたランナでさえ、つい間の抜けた声を出してしまった。
「ジョージ! 見えてるかい!」
『見えてる! 連中に煙球を投げさせろ! そんで物陰に引っ張り込め!』
「わかったよ! おいあんた! すぐあの連中に向けてその煙を投げるんだ!」
「えっ? えっ!?」
予想外の事ばかり起きているせいでさきほどから全く事態についていけていないヨードルモンド。ランナはダッダッとヒュールゲンが反応する事もできない勢いで間を詰めるとさきほどから持って振りかぶったままだった煙球をヨードルモンドからひったくった。
「投げればいいんだね!?」
「ひも! ひもを引いて!」
「わかったよ!」
片手が鞭でふさがっているので、ランナは煙球から伸びている紐を歯で咥えて引っ張っり、投げた。
効果はすぐ現れた。
どごどごと向かってくる男たちの少し手前に狙って転がされた煙球はすぐに効果を現した。
あらかじめ対策をしてきた都市警察やストルトンの子飼いの者たちならばまだしも、あの男たちは見たところただの工場作業員という容貌だった。煙に巻かれて冷静に対処できるわけがない。
思わず立ち止まってしまった先頭の作業員たちは後続にどんどん追突されてついに転倒する者も現れる。しかし先頭の状況がよくわかっていない数百人の後続は何にそう興奮しているのかわからないが足を止めるという事を知らない。
「ほら、あんたたち! ぼやっとしてんじゃないよ!」
ヒュン と鞭が振るわれるがこんどは叩くわけでも切り裂くわけでもなく、倒れていたヒュールゲン強盗団の何人かを纏めて縛り上げた。
「あんたとあんたはまだ多少うごけるだろ、肩かしてやんな。さあ隠れて援軍が来るまでやりすごすごすよ。あと、この辺ぜんぶ煙で覆い尽くすんだ」
急に空から降ってきた女が敵も味方もかまわず鞭で打ちのめしてきたかと思ったら、全く関係なさそうな作業員たちが大勢襲ってきた。かと思ったら空から降ってきた女がまるで自分たちも助けてやるというような素振りで指示をだしてくる。
ヒュールゲンたちからしてみればそんなところだろう。
まるで納得できるような状況ではないが、いまは言うとおりにしなければ助かりそうもないと理解できたようで、言われるままに手持ちの煙球をすべてあたりに撒き散らしながら、もともと隠れ家に使っていた太いパイプの影に身を隠す。
ほどなくして別の方角からまず二人の潜窟者が、続いてその数分後に数十人の都市警察が応援として駆けつけたのだった。




