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014-大捕り物劇 -5-

 ジョージの算段どおり、道中での再度の襲撃を理由に今日予定されていたヒュールゲン強盗団の構成員三名の裁判は延期された。


 この襲撃により都市警察は追加で三名もの構成員を捕まえた。内訳は、ロックが一人、アラシが二人だ。前回の襲撃の際にはいいようにされるままだった都市警察は、強盗団を返り討ちで一網打尽にとまではいかなかったが、これで汚名を返上した形になる。


 都市警察の、とくにヒュールゲン強盗団対策本部の面々だけでなく、ジョージたちディアル潜窟組合の評価は上がりっぱなしでとどまる事を知らないような勢いだったが、護送車を反転させて南区第一駐在署に戻ってきたジョージは対策本部にいる警官たち全員に、待機命令を出した。


「現在、うちのギルドマスターが逃げた強盗団の残りを尾行してねぐらを突き止めてるところだ。俺の予想が当たればもうそろそろ――」

「うお」

「わっ」


 待機命令の理由を説明しているところで、警官たちと向かい合って説明していたジョージの後ろに控えていた弟子二人が同時に似たような驚きを見せた。


「来たか。ここからはちょっとディアルだけの道具を使う。ほかのみんなはちょっとの間だけ静かにしててくれ」


 そう告げるとジョージはつけていたマントのフードをかぶり、仮面もつける。同時に弟子たちもどこからか取り出した仮面をつけた。


「こちらジョージ。おう、予想通りの場所にいるみたいだな」


 仮面をつけたかと思うと急に一人でしゃべり始めたジョージ。弟子は仮面はつけたが一言も発していない。だが誰かと会話するような間をおいたあとジョージはまた喋る。


「おう、位置は把握してる。予想通りの場所にいるな」


 また間が空き、仮面に完全に隠れたジョージの声が急に緊迫する。


「うん。え、マジか。急ぐ。合流するまであまり派手な手出しはしないでくれ。わかってる、いや、どうしてもっていうなら強盗団の方に加勢してやってくれ。おう、すぐ向かう。通信もこのままつなげておく」


 ジョージの仮面と違い、上唇からから下が見えている弟子たちの顔もどことなくこわばっていた。警官たちは本当にディアル潜窟組合の間だけで通じ合っている何かを感じ、困惑していたが、どうやら事態は急を要するらしい。


「ここからすこし北にある人工の歯車工場の死角にやつらのねぐらのひとつがあったらしいんだが、どうも都市警察もヒュールゲン強盗段でもない武装集団がやつらを襲おうとしているらしい。

 最初の道案内は俺がやる。

 急ぐから、できるだけ足の早い者を一緒に第一陣として、そうだな、アッパル少尉、それとケイ曹長だけ同行する。

 同行した一陣を道案内に戻すから、それ以外はこのまま待機。

 一陣が戻るまでには重めの武装を用意しておけ。

 以上! 行動開始!」


 矢継ぎ早に次々と指示を出すと、アッパルとケイの二名を伴ってジョージは会議室を飛び出し、駐在署を飛びだし、まっすぐに北へ向かった。



 一方、ランナはなんとも気だるげな、にも関わらず剣呑な色を含んだ目で眼下を見ていた。そこには、厄介な武装をした集団が太いパイプの影を囲んでいる。


 ランナ自身はどうやって登ったのか、煙突が立ち歯車と軸が噛み合って並ぶ工場の屋根の上から、まさしく高みの見物である。


「さてさて、どこの手のモンだろうねえ」


 ランナとて日々をただ無気力に受付嬢のまねごとをしてすごしていたわけではない。もちろん受付の仕事がほとんどだったが、ギルドマスターとして、志をひとつとする潜窟者の集まりの長としての仕事も、……たまにだがあった。極々たまにだが。


 いわゆるギルドの垣根を越えた潜窟者同士の集まりのようなものだ。


 アルペリ率いるオーダーギアーズという大御所ギルドに目をつけられているせいで、あまり他ギルドとの交流をもってこなかった当代のディアル潜窟組合だが、一方的に話しを聞くだけならばよく聞いていた。


 総人口が十万人を越え、いまだに移民が絶えないというレドルゴーグの中で、とびんぬけた実力を持つ潜窟者や、潜窟者に限らずとも強い戦士というものはそういった集まりの中で自然と話題に出た。


 おそらく今ランナが見下ろしている武装集団の中には、その話の中に出て来た人物など一人も含まれていないだろうが、例えば彼らを率いる者、指導した者ならば知っているかもしれない。


 指導した者がいるならば、その癖は弟子にも現れる。剣の動きがすこしだけジョージの神速の踏み込みに似てきたロックのように。大胆な剣の取り回しの中で周りをよく見回して的確な立ち回りを意識しはじめたアラシのように。


 昔からある流れを汲む動きならばランナはだいたい判別できる。


 ジョージのように突然現れた異色の剣術使いが関わっているならば誰の流れとは言えなくなるが、それはそれで候補を絞り込むヒントになるだろう。


 そして幸いにも、彼らの動きはランナの見覚えのある流派の動きだった。


「……ありゃあ、ジンバイの動きだねえ」


 ジンバイとはレドルゴーグに評議会という自治制が認められる前からあるというソード、スピア、アクス、ハルバードを使う古い武術流派だ。主に大型のモンスターを追い詰め、囲み、倒す事を主眼に置いた戦術を使う。


 いかんせん古くからあるためにジンバイの流れを汲んだ潜窟者ギルドはレドルゴーグにとても多いものの、ランナはその中からさらに特徴的な動きを見つけ出す。


「対人戦もキッチリ意識した組み方。あれはアルゼイのやり口だ。潜窟者なんてとっくに引退してストルトンの執事に納まったとか言ってたけど、まあ、あの血まみれ筋肉達磨がそう簡単に剣を捨てるわけないさね」


 吐き捨てるように名前を言ったランナ。お互いに顔見知りと言っていい男の顔がランナの脳裏には浮かんでいた。


 ずっと、傍目には誰にともなく呟いていたわけだが、本当に意味のない独り言だったわけではない。


『ランナはそのアルゼイってヤツを知ってるんだな?』


 仮面を介して届けられたジョージの声が仮面をつけた者にだけ響く。この仮面は煙の中にあって景色を見通すだけでなく、遠くと遠くの声を結ぶ機能もついている。さらにランナの視界の端には四角く切り取られた小さな絵が浮かび、その絵の中を三つの緑色の光点が点滅しながら中心に向かって動いているのが見えていた。


「まったく便利な仮面だねこれは。もう少し急がないとこっちはおっぱじまりそうだよ」

『ああスマン。……つれてきてる二人がちょっと遅くてな』


 つれて来ている二人? とランナは首をかしげた。ロックとアラシならばもっと早く走ってもついて来られるくらいの体力をつけているはずだが、と。


『いや、都市警察のお二人がね……』


 ランナの仮面越しの沈黙から的確に考えを読み取ったジョージは、おそらくその場に居るだろう二人に気を使ったように小声でそう言ってきた。


「スタンパーズか。なら仕方ないね」


 ランナからすれば、都市警察の警官などはハンコで押して作ったようなそろいの鎧を着て街をうろついていれば給料をもらえるようなぬるい連中である。直接関わったジョージからすれば、皆が皆そうではないとわかっているのだが、こういった偏見は直接関わらなければ解消しづらいものだ。


「だったらもう片方の二人だけでも先によこしな。もう――はじまったよ」


 ロックとアラシだけでも先行させろと要求したランナの眼下で、今まさに乱闘が始まった。



 十三人が十人に減っていた強盗団から、さらに三人が捕らえられて七人しかいないというのに、彼らを今囲んでいる武装集団はじつに二十名近くにおよんでいた。


 飛び道具を持つ者こそ一人も居ないが、だいたい十名ずつ前列と後列の二列に別れ半円の陣を組み、前列を剣や斧、後列を槍やハルバードで武装してゆっくりと包囲をちぢめていく。その姿は明らかに組織立った訓練を受けた者たちの動きであり、じっくりと眺めているランナからしてみれば、都市警察の警官たちよりよほど手慣れに見えた。


 これに対するのはたった七名。しかも一人は明らかに戦いに向いた体格ではなく、一人は出血こそ見られないものの明らかに手負いであり戦える状態ではない。


 人数差はおよそ倍以上。個々の実力はわからないが、集団戦では明らかに武装集団の方が有利である。


 勝負は見えているし、ヒュールゲンらを囲む武装集団の目的は、どう見ても生け捕りのような生易しい物ではなさそうだ。


「皆殺し狙い、かねぇ……」


 ヒュールゲンたちは背中合わせにして細身の男と手負いの女を守るように武器を構えている。剣が、斧が振るわれるがなんとかお互いにカバーして急所への直撃は避けているが、次々と腕に、肩に、足にと傷を負い見る見るうちに血が流れた。


 そんな状態のまま一分、二分と経つ。まだ一人も倒れていないのは善戦しているからというわけではない。


「ありゃわざとだね、前後を交替して槍で一気に突きこめば反撃もできない。趣味の悪さもやっぱりアルゼイっぽいよ」


 忌々しげに吐き捨てるランナ。


「ジョージ」

『なんだ。弟子二人は送ったぞ』

「わかってる。まったく便利な仮面さ。けど今ききたいのはそんな事じゃないよ」

『ん? なんだ?』

「あんた、さっき強盗団の方に加勢しろっていったね?」

『ああ』


 ギリリ とランナが歯を軋る。


「本当に、やっていいんだね?」

『難しい話はおいといて、法的には、問題ない』


 答えを聞いたとたん、ランナはそこから飛び降りた。


 腰から鞭をほどくその姿はまるで獣のようで、長い長い尻尾を揚々と振るう豹のようだった。

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