001-レドルゴーグ 潜窟者たち -7-
今日巡る最後の場所はさらに都市中枢に近づいたが、大通りと呼ばれる路からは遠く離れた場所にあった。入り組んだ裏路地を進むうちに建物の背が高くなり、ただでさえ細く暗い道には、まだ昼間であろうというのにほとんど日が差してこない。こんどこそ、スラム街と呼ぶにふさわしい景観が広がってきた頃に、その店はあった。
「Bar. Junk Food」
一見粗末ながら、よくよく見るとけっこうな手馴れが細工したであろう鉄看板を、クセのようにジョージが読み上げる。
「そ、ひどい名前でしょ?」
笑いながらそういうと、ランナは無造作にまだクローズドの標識が下げられている店の扉を開いた。
「おいそこの看板が見え――なんだランナか、珍しいじゃないかこんな時間から」
モップで店内の床を磨いていたマスターは、初め厳しい口調だったが入ってきた者の顔を見てすぐに声色を変えた。
「ハァイ、サーシャ。あとでまた客として来るけど、今はとりあえずこのこの顔見せよ」
店の中はにカウンターに丸椅子が五つ、四人がけのボックス席が二つ並んでいる。満員になれば身動きするのは難しそうだが、サーシャといわれた男性マスターと客が二人しか居ない状態ではスイスイと中に入れた。その中ほどまで入ってから、ランナは会釈だけして黙ってついてきていたジョージを引っ張って前に出す。ほら自己紹介しなさい、と目で命令するのも忘れない。
「ジョージ・ワシントンです。ココには来たばっかりで、宜しくお願いします」
軽く頭を下げ、ポーチに手を伸ばしたが、先ほどの事もある、このタイミングで出してもいいのか? とランナに目で尋ねた。
「好きにしなさい」
「あ、じゃあ、コレを」
ぶっきらぼうながらお勧めを頂いたのでジョージがギルドカードを差し出すと、サーシャと呼ばれたマスターはふむふむと頷き、自分もチョッキの内ポケットから黄色いカードを出した。
「アレクサンドル・ローヴェルヴィチ・カラシコフだ。ランナからは愛称で呼ばれているが、ジョージ君には、マスターと呼んでほしいかな」
紳士な態度に感動していたジョージだったが、差し出されたギルドカードの色を見て更に感動しつつ、内容にふと首をかしげた。気になるのはジョージのギルドカードではディアル潜窟組合と書かれている部分である。
「杖術師、……Bar. Junk Food?」
「いわゆる個人ギルドというやつだ。神に名と意思を示しギルドカードを得るにはギルドに所属しなければならないが、ギルドを立ち上げる事にはそれほど厳しい条件は課されない。ただ、個人でギルドを名乗ってもメリットがほとんど無いから、こういう事をする人間はあまりいないがね」
「サーシャはね、ギルドカードに書かれるギルド名の欄に自分の店の名前を入れるためだけにギルドを立ち上げたの。相当な変わり者ね」
「まあ、そういう事だ」
歯に衣着せぬ物言いに苦笑しつつも、どこか優雅な手つきで自分のギルドカードをしまい、ただただ関心しているジョージに手を差し出した。ジョージも慌てて応える。
「どっ、どうも」
「そう緊張しなくていい。誰でも初心というものはあるものだ。まだ黒カードのようだが、黒から紫へはすぐに変わるもんだ。例えばそう…彼でもね」
「彼?」
ジョージが首をかしげながらサーシャの視線を追う、と開けっ放しにされていた店の出入り口だった。まだわけがわからずジョージがマスターの顔と出入り口を交互に見ていると、遠くから甲高い雄たけびのようなものが聞こえてくる。
「ぁぁぁぁあああああん! 姉さああああああん!」
ガタン ガガッ バタバタと何か色々となぎ倒しながら来た様子の彼は、バー、ジャンクフードの扉にぶち当たってようやく止まった。かに思われたがすぐにまた動き出す。
「居た居た! 姉さん! 急に黙ってホールを閉めちゃうなんてひどいよ! オレとうとう閉鎖かと思ってすげえドキドキしたんだから!」
行動も、言葉も騒々しく詰め寄る彼をランナは煩わしそうにいなし、サーシャは苦笑しか浮かべない。
「ちょうど出払ってたんだから仕方ないでしょう。どうせアンタが行くところとあたしが行く所なんてだいたいカブってんだからすぐに顔を合わせると思ったのよ!」
一応に状況の説明をするのだが彼の方は一切ランナの話を聞かず、騒々しくする標的をクルリと変えた。
「お前が新人か! リーナに聞いたぞ、まだ黒カードなんだってな!」
そういうと彼は得意げな顔で青いカードを取り出してジョージの目前に突きつける。近すぎて逆に読めず、少し見を引いてその内容を確認した。
「ロック・ディアル、18歳、剣士、ディアル潜窟組合」
職業欄には「見習い」がついておらず、ギルドカードも紫から青紫を越えた青。しっかりと内容を確認し、相手の正体に大方の確信を得たジョージだったが、訝しげに目を細めて隣のサーシャを見る。
「マスター、この方は?」
いきなり自分の優位性を突きつけるような不躾な輩には、不躾な態度で返すのがジョージの流儀であった。
「ちょっ! 目の前に本人がいんだろうがよ!」
ロックは食って掛かったが、この辺りはサーシャも心得たもので、何食わぬ顔で突撃してくるモノを抑えると、質問に対し答えを返す。
「この方はランナの弟さんだよ」
「ランナの弟?」
ジョージはわざとらしく驚くと、牙をむいたロックの顔をじっくりと見る。目鼻顔立ちを吟味して、ようやく納得したそぶりを見せた。
「なるほど、リーナの弟か」
化粧をとったリーナの顔を鮮明に想像し、もう少し顎を張らせ骨太にするとロックの顔になる。おそらくロックとリーナは血がつながっているのだろう。そうなればランナとは義理となる。そこまで読んでようやくジョージは納得したのだが、読まれた方は相当に不本意であったようで、ますます牙を向いた。
「お前、なんか気に入らないな」
「そうかい? いくらダンジョンでの経験が浅いからといって、七つも年上にそこまで無礼になれる君の方がよっぽどだと思うが」
露骨に見下しながらジョージはスッと黒いカードを取り出した。別に優位性を示せるとは思っていない。黒と青、見習いの有無は確たる事実であるからだ。見せたかったのは年齢の欄だけである。
「うるせえ! 経験に比べれば年齢なんて関係ないんだよ!」
年齢なんて関係ない! そう啖呵を切ったあと、ロックはちらりとランナをみやった。その「ちらり」で色々とわかってしまい、たまらずジョージは笑い出す。
「はっはっはっは! おまえ可愛いなあ」
直前までの険悪な表情はどこへやら。まるで子供をあやすように頭をポンポンとなでると、嫌がるロックに払いのけられる前にジョージは手を引いた。
そんなやり取りを俯瞰しながら、ランナはまたもジョージという人間を量りかねていた。
職人たるキョーリに対しては戦士の頭角を、薬師であるリーナには表面だけの礼儀を、人生の先輩とも言えるサーシャに対しては心からの敬意を持って接し、お子ちゃまのロックにはその程度に合わせてふるまう。
「(まるで鏡のよう)」
ランナは素直にそう思った。
しかしもしそれが真に的を射た感想であるならば、自分だけと話をしているときにジョージが見せた無邪気さと、すこしだけ見せた切ない表情はいったいどういう事なのだろうか。
そこまで思い至ったが、結局ランナは面倒くさくなって考える事を止めた。
ともあれこうして顔見せは終わる。
ジョージはディアル潜窟組合にいかなる波を起こすだろうか。
というわけで顔見せ章でした
次からは一週か二週に一章分を目安に、分割して更新していきたいと思います
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