013-捜査と、かく乱 -6-
襲撃事件から一週間。
組織のありかたの改革も伝える事は全て伝え終え、今までの体制との違いから警官である本人たちにはまだ混乱が残っているが、ジョージはじめちょっと協力しているだけの三人にはだいぶ落ち着きが戻っていた。
そんな日の深夜、店の主も近隣の住民も眠りこくった鍛冶屋オールドスミス。
昼間は絶えず作業音が鳴り響くこの工房だが、夜はさすがに近所迷惑も考えて作業はしていない。はず、なのだが、ジョージは今ハンモックがある居住スペースではなく、種火だけが残された炉と金床や水槽が置かれる工房にいた。
ジョージは一度、まるで決まりごとのように周囲を見回して誰も見ていない事を確認すると、ポーチから例のロングマントを取り出して羽織り、仮面もつけた。
「マスク起動」
短く、ジョージは“命令”をした。傍目には何も変わった様子などないのだが、仮面を通して世界を見ているジョージの目には明らか周囲の景色が一変した。
暗がりの中がまるで昼間のようにハッキリと見え、さらに今までジョージもおぼろげにしか視認していなかった魔力の流れがはっきりと目に見えるよう補正される。
同時にジョージの目の前には、現実には存在しない光の線だけで構成されたオブジェクトが出現した。
物体の輪郭だけを立体的に描画したその光の線は、知る人が見ればワイヤーフレームなどと称しただろう。
「拡張庫、更新検索」
ジョージがつけるポーチの形を模したワイヤーフレームのオブジェクトに触れながら、再度命令した。ポーチを模したそれはジョージにしか見えていないため、近くで見る者がいればジョージが何もない空中に手を伸ばしているだけにみえただろう。
「うん、更新があるのはわかってる。新規ストレージを質量順にリストアップ、一番上だけ魔素分解解析」
命令と同時にワイヤーフレームのポーチが開かれると、中から同じく光の線で形作られた文字が湧き出した。文字、であるのだが、このレドルゴーグで一般的に使われているものではなく、複雑な文様を持ち、文字の成り立ちからまったく違うと思わせる形の文字だ。
「ンげ。予測60時間か……やっぱりただのブラス、真鍮じゃないみたいだなあ。とりあえず解析タスクはプログラムだけ組んで保留」
その文字を正確に読み解いた上で、どこへともなく命令を与えて行く。
その命令を拾っているのは、仮面そのものである。
これら、目の前の現実に非現実を重ねて見せるような光景も、すべて仮面が見せているものだ。そしてそれらは仮面とマントとポーチ、三つで一つであるこれらアイテムの使い方を使用者にわかりやすくサポートするためのガイド機能だった。あるいは、オペレーションシステム、などとも言えるかもしれない。
「解析プログラムは保留のままクラフトモードへ移行」
ジョージが次の命令をすると、ワイヤーフレームのポーチから湧き出ていた文字列がいったん収まり、ワイヤーフレームのポーチそのものも縮小されてジョージの視界の端に移動される。
代わりに現れたのはちょうどこの工房にもある金床のようなものが、やはりワイヤーフレーム状態で形成されたものだった。
「大幅な機能制限を行った仮面のサブを作る」
呟きながら光りの線でできた金床の上面にトンとふれると、ジョージが今つけている仮面のオブジェクトが現れる。それはポーチや金床のようにワイヤーフレームのみの状態ではなく、ちゃんと色もついた状態だった。
「波動通信さえつけとけばあとづけで機能拡張できるだろう。はじめからそれなりの余地は作っておくとして。まずはデザインからだな。
オリジナルを簡略化する感じに……こんな感じで、覆うのは鼻まででいい。んで、モデル断面の均一化、実行」
ジョージは空中に現れた、やはり実体を持たない映像だけのそれを指でなぞって仮面の頬骨の辺りから鼻の頂点辺りまでを通るラインを描くと、音声による命令でそのラインから下を消してしまう。さらに無造作に指で描かれたせいでやや雑だった断面がなめらかに、かつ左右線対称になるよう均一化された。
「隈取も簡素にするかな……。メイクラインを20%細く。アイラインだけ戻す。アイラインは眼孔から外側の20%を削る形で細く。よし。額の円を削除。あとは……頬のラインも下半分が削れてるわけだし……」
空中に表示されている半分にされた仮面は、ジョージのつけている本物の仮面どころか、小鼻から下の部分を削られた瞬間よりもさらに貧相になっていく。白地を彩る赤い隈取は細くなり、額の中央に描かれていた円形の文様も消されてしまった。
「でも額は、ちょっと寂しいな……こう……ああ、メイクラインのカラーを既存のものに統一。よし、デザインはひとまずこれでいいだろう」
やや貧相になりすぎた、と思ったのか、ジョージは円が消された仮面の額部分にまた指を踊らせラインを引いた。はじめは黒いラインが引かれてしまったが、命令によってもともとあった赤い色に変えられる。
「デザインを保存。テンプレートナンバー1…あれ? こんなの作って…たなあ、そういえば。これ流用すりゃよかった。
まあいいや、テンプレートナンバー2に新規保存。さて、と。ここからが本題だ」
似たような作業を以前にもしていた事を、金床の横に新たに表示された文字を見て思い出したジョージ。仮面の下から手を突っ込んで自分の額を押さえつつ自分の迂闊さを反省したが、すぐに立ち直って作業に戻る。
「ベースは大榊でいいだろう。顔料も本体と同一のものを選択。残量は……大榊だけちょっと心もとないかなあ。顔料はいくらでも複製可能なやつなんだが」
ジョージは少し迷ったが、ここはひとつ思い切る事にする。
「可愛い弟子たちのためだし、俺みたいな不審者を受け入れてくれたランナへの恩返しもせにゃならん。リーナは……おまけみたいなもんだが。四人分つかってもあと一人分だけは残るし、かまわんだろう」
ジョージの独り言は小さく、また仮面にはばまれて外に漏れる事はない。
ただ、作業に集中するとジョージは独り言が増える性質のようだ。
「回路の媒体はクリムナイトでいいかな。こっちで手に入るかわからんが、いっぱいあるし。あ、ちょうど同じ色だから顔料と混ぜて魔法の補助の時に反応してちょっと光るようにしたらかっこいいかも」
思いつきで機能をひとつ追加する。ただ、単純にちょっと光るだけの機能だが。
「コーティング剤は紅漆でいいだろう。ちょうど染料と同じものから採れるわけだし。薄め剤にも使ってるし」
さらに仕上げ用の素材もひとつ追加し、いよいよ本題の機能面に移る。
「デフォルト機能は……と。そういやこれも前にテンプレート作ってなかったっけか」
先ほどの度忘れの失敗を活かして仮面に記録されている過去の自分の作業を漁る。
「あった。えーと……うん。やっぱり同じ考えで作ったよな。通信はデフォ。魔動波探知の2~3次元マッピングの演算処理のリソースは本体から取るとして、魔法発動補助に、魔力流視覚化、暗視くらいは子機そのものにつけとくか。各種感知系もだな」
これら機能は、魔法に詳しいものが聞いても単語の段階でまともに理解できないものばかりだった。
理解できる者、たとえば魔動力舎でメカニックマスターチーフという重役を務めているサディカなどがここにいれば聞いたとしても耳か言葉を疑ったに違いない。これらはどれも一部の高等で貴重なジョブに就く事で習得できる貴重で強力なスキルであり、今はまだ、どの魔法使いギルドでも魔法としての再現に至っていない最先端を超した技術だったからだ。
とんでもない技術をいとも簡単に道具にこめようとしている事を、果たして本人は気にする様子もなく、空中に浮かび彼にだけ見える光の線のオブジェクトに触れて命令をした。
「作成、実行」
すると、ジョージの腰に据え付けられたポーチの口がひとりでに開かれ、素材となる真っ白な木材、赤い花と真っ赤な鉱石がふわりふわりと浮かんで現れた。
この真っ白な木材が大榊と呼ばれるジョージでももう再び手に入れられないかもしれない貴重なものだった。希少価値だけでなく、魔力との親和性が高く腐食に強いた実用性もあるため価値は非常に高い。ジョージが持っているストックもこれで最後だったが、ジョージは惜しみなく使うつもりだ。
まずは仮面のベースとなる大榊の木材がジョージが見ている光の線のオブジェクトと重なった。
そのとたん、パキリ パキリ と音がして不可視の力が木材をオブジェクトと全く同じ形へと成型していく。デザインが省略されてオリジナルの仮面よりも小さくなったそれらを作るには、現れた木材はだいぶ大きく、仮面の形を造る工程はそのままもう四回行われた。
合計で五つの仮面のベースが出来上がると、次に赤い花と赤い鉱石が同時に動いた。
赤い花は暗がりでわかりづらいが色合いも形もその辺りに生えていそうな普通のものだ。樹木につく花であるらしく、枝ごと現れた姿は見た目にも綺麗で、紅漆という。大榊と同じくらい希少なものではあるのだが、これ自体に特殊な性質はなく、赤の染料として使われるならば代替品がいくらでも見つかるだろう。
真っ赤な鉱石、クリムナイトも代替品が見つかるという点では花と同じだが、これは染料に混ぜられるだけでなく、先ほどジョージが独り言をこぼしながら仮面に備え付けるよう設定したさまざまな機能を実現するための魔法の触媒として、仮面の内側に焼き付けられる。魔力と親和性の高い少しだけ価値の高い鉱石である。
紅漆は花びらだけでなく大きく広がった葉や枝まで少し赤みがかっている。
それは自分の番が来たことを悟るように、五つの仮面の上に移動し、まず花びらとそれ以外の部分に分裂し、花びらは瑞々しさを保ったまま一瞬で粉々になった。それ以外の部分、茎と葉と枝の部分は一緒くたになって握りつぶされるように圧縮され、少しだけ赤みがかった透明な樹液が搾り出された。
搾られた樹液は半分に分けられ、片方はそのまま空中で待機し、もう片方には先ほど粉々になった花びらの粉と混ざる。その瞬間は油の中に粉が投入されただけだったが、ほんの一瞬で油は鮮やかな朱に染まって透明さを失い、同時に少しだけ縮んだ。
一方で赤い鉱石、クリムナイトは握りこぶしの半分ほどの大きさのものが一瞬で粉砕された。粉末よりさらに細かな粒子状にされても空中で一塊になっていたが、すぐにさらさらと風に流されるように五本の筋を作り、ゆっくりとそれぞれの仮面へ覆いかぶさる。
その実、仮面の内側に緻密で複雑な文様を焼き付けているのだ。
内側とは装着した時に肌に触れる部分ではない。文字通りの内側、つまり仮面をつけたとき他人から見える部分を前側、顔に触れる部分を後ろ側とした場合の、前と後の間、すなわち内側である。
粒子レベルまで小さく粉砕されたクリムナイトは、どの角度から眺めても肉眼だけでは見えない部分で、動物でいう血管にあたる水分通道という管へ入り込み、定められた位置へたどり着くと一瞬の高熱とともにその位置に定着する。
クリムナイト粒子の動きは完全にコントロールされ、ほんのわずかな時間にあらかじめ設計されていた機能と、同時にある程度の機能拡張の余地を作り上げた。
貴重であってもそれ自体には何の能力ももたなかった木の板はあっという間に仮面へと変わり、さらに魔法の機能まで備え付けられた。それでも余ったクリムナイトは機能の焼付けと同時進行で行われていた染料の精製へと使われる。
クリムナイトという特殊な鉱物を混ぜ込まれた真紅の染料は、やはりひとりでに動き出して五等分され、それぞれが同時に全く同じ動きをして、真っ白だった五つの木の仮面に隈取を描いていく。ジョージのデザインを、完全に寸分たがわずトレースして。
隈取は引かれる端から乾燥し、描かれ終えると最後まで残っていた半透明な薄紅色の樹液が、びしゃりと、はたまたぬるりと、仮面の表面全体に、余すことなく広げられ全体をコーティングし、そしてそれもまた瞬く間に乾き果てる。
「よし、よし」
今までの多い独り言から一転し、ジョージは全くの同時に完成した三つの仮面を見て、ただ二言だけつぶやいて満足げにうなずいた。
そこに出来上がったのは、僅かな灯りしかないこの暗がりでなお全体から美しい光沢を放つ、怪しい赤い隈取をした五つのハーフマスク。奇抜なデザインが集まる仮面舞踏会におかれたとしてもなお異彩を放つだろう雰囲気を醸し、見た目からは想像もできないほどに高い機能を備えた、小さな五つの仮面だった。




