013-捜査と、かく乱 -5-
「……やれやれ。嫌な予感が当たったか」
ジョージが目を覚ましたのはバチバチという聞き覚えのある電撃の音と、それに続いた看守のうめき声のせいだった。
頭はすぐには回り始めないが、こういう条件が重なった時に、たまたまそのあたりのカドに小指でもぶつけたから変なうめき声が出た、などという事はありえないと知っていた。頭は回らないがちょうど体がおきているタイミングで問題ごとがやってきたらしく、立ち上がって機構刀に手をかける時にはだいぶんマシになる。
「時間が惜しい、先に行く」
「っと待てよ侵入者っ!」
これまたいいタイミングで目の前を通り過ぎようとしていた侵入者らしき男の一人、その横合いからけりつけるが、すさまじい反応でとっさによけられた。
「だれだ!」
「そりゃこっちの台詞だろうが。つってもまあ、このタイミングで来るやつらなんか一つしか知らんがさ」
通路に立ちふさがりながらジョージはまだ眠たげな目で機構刀を肩に乗せる。
「お前は……なんか違うな。えーっと、おまえがヒュールゲンか」
ジョージは目の前の侵入者の男よりも入り口側にいた長身で銀髪の男に向けて言う。言われた方は鋭く冷めた目つきで微動だにしなかったが、手前の男が見るからに動揺してくれたので、答えは聞くまでもなかった。
「ふむ。じゃあやっぱりお前らがヒュールゲン強盗団の残党か。どこで作戦が漏れたのかなぁ。あの偽装護送には乗っかってこないだろうと思ってたけど、まさか逆手に取られてこっちに来るとは思ってなかったぜ」
「……なら、なぜここに居る」
侵入者たちの側から、ジョージの正体はまだ見当もついていないだろう。しかしヒュールゲン強盗団の名にもなっている、リーダー・ヒュールゲンは至極冷静で、さりげなくジョージが何者であるかを探っているようだった。
「なあに、偶然だ。容疑者でも罪人でもない。ちょっとベッドを貸してもらってただけだ。昨日たまたま徹夜で書類を片付けててな……」
その書類も目の前にいるヒュールゲン強盗団がらみなのだから、ある意味で必然といえば必然だったのかもしれない。運命じみたものを感じながら眠気眼を覚ますためにジョージはバチンと自分の頬をひっぱたいた。
「!?」
ジョージのそれが異常行動に見えたのだろう、目の前の男がまた見るからに動揺する。これはもうけものだった。ジョージは機構刀を肩に担いだ状態からの神速の踏み込みでもって打ち下ろす。
「スドゥ!」
「ぐっ! うう!」
目の前で仲間が殴られた事で、さすがのヒュールゲンも声を荒げた。その声で看守室からさらに侵入者が現れる。
「ん? おまえら」
「お前は!」
看守室から新たに出てきた二人の顔に、ジョージは見覚えがあった。目の前にすでにいた二人がヒュールゲン強盗団のリーダーとメンバーだとわかっていたため、その二人の顔をどこで見たのかもすぐに思い出す。
「そ、そんな。なんでお前がここにいるんだ!」
新たに出てきた二人はジョージの顔を見て明らかに狼狽えだす。
「どうしたんだ」
「クヴィエギウスと一緒につかまりそうになったとき、おれたちが返り討ちにあったのがコイツなんだ! こいつはハンパじゃねえ! 逃げるべきだ!」
わめいたのは細目の青年だった。ところがその忠告を受けたヒュールゲンは、敵愾心をむき出しにしてジョージをにらみつけた。
「そうか、キサマがアルマを、トトを!!」
棍棒はゆっくりと振りかぶりながら、しかし全体はすごい勢いでジョージに迫ってくる。
「おっ。意外と頭にっ――と! 鉄器じゃその棍棒は受けられないな」
このヒュールゲンという男、外見からは冷静沈着という印象を受けたのだが、意外に頭に血が上りやすい性格らしい。
おそらくは仲間が捕まるきっかけを作ったのがジョージであると思っているのだろうが、そもそも強盗団などやって捕まる原因を作ったのは本人たちである。逆恨みもはなはだしい。
ジョージはようやく覚めた目で改めて正面から迫るヒュールゲンとその手に持たれた武器を確かめる。電撃をまとう棍棒。クヴィエギウスも持っていた装備だ。殺傷能力を抑えつつ、しかし相手を行動不能にできる確立は高くなる。さらに鉄が電気を通すという性質から相手にしづらい手合いでもある。
「せいっ!」
ジョージの誇る神速の踏み込みは何も攻撃の瞬間だけしか使えないわけではない。
一瞬ですれ違うようにして間合いをはずすと、空振りして姿勢を崩している隙にさらに踏み込んでいるヒュールゲンの横合いに機構刀を打ちこむ。
「ぬう!」
しかし ガキン という音とともにジョージの攻撃は防がれた。棍棒を持つ手とは逆の腕に巻かれていたのは金属製の篭手だったようだ。黒塗りでごまかされているが、かなり丈夫で、普段から盾の代わりに使っているのだろう。
「いい防具だなあ、おい!」
決して武器は悪くない、寝起きとはいえ体は十分に動いている。ジョージは自分の攻撃がこうもあっさりと防がれた事に衝撃を受けた。
「……ぐおお!」
とはいえ、受けた方も無傷とはいかなかったようだ。隙になるせいで構えを解くわけにはいかず、受けた腕をぶるぶると震わせて雄たけびを上げながらながら激痛に耐えている。
「スドゥ! 動けるか!」
「……なんとかっ!」
「退くぞ! こいつは強い!」
武器こそ一度も合わせなかったが、ジョージからのたった一撃を防いだ事でヒュールゲンは実力の差を痛感したようだった。
「おいおい、逃がすわけが」
ジョージがあわてて階段側に回りこもうとしたとき、看守室から出てきたままずっとジョージを見ておびえていた長身と細目がすかさず地面に何かのボールを叩き付けた。
片方はジョージの足元にぶつかってすさまじい閃光を、うずくまっていたスドウドゥの辺りで止まってボフンと煙を吹く。
「うおっ!」
どちから片方ならばジョージは対処できたかもしれない。
「くそ! 《旋風》!」
あせったためか、ジョージには珍しく名前を唱えた上で魔法を使い、煙を散らす。
「……くそ!」
地下という密閉空間では風だけでは煙を散らしきれず、範囲を広げる事で薄めるしかできない。閃光でもやられた目ではすぐには周囲の見る事ができず、目が慣れた頃には回りには襲撃者達の姿は残っていなかった。
「なるほど……これは思ってたより有効な手段だな。警官たちを無能だと笑っていられなくなったか」
煙を撒かれてからほんの十数秒しか経っていない、さらに向こうは手負いが二人いるが、今から追ってもおそらく無駄だろうとジョージは判断した。
目をつぶり、目頭を抑えて目の奥に残る焼きつきを鎮めつつ、ジョージは苦い顔をしながら首を振る。
「た……す……け」
看守室からか細く助けを求める声が聞こえてきて、ジョージはようやく機構刀を腰に納めた。
一日に二度も襲撃を受けた事で、都市警察は自分たちの作戦が完全に相手に読まれていた事を突きつけられていた。
しかも逃げた護送車の方は、途中で綱が切れて馬が方々に逃げコントロールを失った護送車のみが大通りの真ん中で立ち往生したまま数十分放置されたというが、その隙を突いて来るはずだったヒュールゲン強盗団は確認されなかった。
まるではじめから中に仲間など居ないとわかっていたかのような行動だ。
つまり、南区第一駐在署をより手薄にするための囮作戦をさらに囮に使われた、という可能性が色濃く残されたわけである。
なぜここまでものの見事に作戦を読まれていたのか、という問いが浮かんだが、疑問と同時に現れる答えは、都市警察に内通者がいるのでは、という疑いだ。
対策本部の誰もが疑心暗鬼になりかけていた時、動いたのはジョージだった。
「お通夜みたいなムードのところ悪いんだが、俺は今回の大失態は誰か一人のせいにするべきではないと考えている」
つまるところお前ら全員とも悪いんだ、という言い分に誰しもがあっけにとられそうになったが、続く言葉で誰もが耳を疑った。
「これを期に都市警察全体の勤務体制を見直すべきだと俺は提案する。もちろん、特定ギルド法によって、このヒュールゲン強盗団がらみの事件にしかかかわれない俺にとっては、でしゃばるのもいい所の提案だというのはわかっているが、初めてここに来たときからずっと思っていたこの都市警察という組織そのものの未熟な点を、ここから改善していってほしい」
この対策本部に詰めている者たちだけが悪いのではない、都市警察という組織全部が悪いんだ。乱暴に解釈すればつまりそういう事である。
たった一人の潜窟者でしかないジョージが述べるにはあまりにも大きな言葉だったが、ジョージは今回の二重の襲撃事件で既に捕らえてある三人のヒュールゲン強盗団メンバーの奪還を阻止した唯一と言える功労者だ。
そのジョージから次々と出てくる具体的な欠点とその改善案を聞くうちに、誰しもが反論できなくなってしまった。
この日を境に、ヒュールゲン強盗団対策本部は勤務体制を大きく変え、さらに実質的な現場全体の監督と指示をジョージが出すようになった。
一介の潜窟者がそれを行う事を全員が全員とも快くおもっていたわけはないだろう。しかしジョージはあれよあれよと言う間にほとんどの警官の心を掴んでしまい、多数の支持まで得てしまう。
その支持のもとに交代順の見直しや、捜査方法の指南、引継ぎと連絡網の徹底化をおこない、対策本部内だけは確かに組織としての動きが滑らかになったせいで、誰も表立った文句を言えなくなっていた。
大きな大きな塊のほんの一部、さらにこの事件が解決するまでの限定された期間内とはいえ、都市の治安を維持する警察組織を、ジョージは掌握してしまったのだった。




