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013-捜査と、かく乱 -1-

 囮作戦開始までの三日間、ジョージたちは捜査協力という名目のもと書類整理に追われていた。


 ジョージは書類仕事がはじめてではないようでかなり手際よくやっていたし、ロックも飲み込みはいい方であるため初めからそこそこ上手くやって、三日の間にすっかり事務員のような形が板についてきた。


 ここで思わぬ伏兵となったのがアラシだった。


 蟹を食べる時の不器用さはどこへやら、さすがに名家の跡取り息子(暫定)だけあって普段それが知性として行動に出ないながらも学はあるらしく、自分のリズムを掴めばあとはぽんぽんと書類を片付けていく。三日かけてたまっていた書類を全て整理し終える頃にはロックよりもすばやく的確に手を動かしているほどだった。


 

 そんなこの三日間に、対策本部の主目的であるヒュールゲン強盗団は全く活動を見せていなかった。


 そもそも今まで一度もその活躍とやらを耳にしたことがなかったジョージには、本当にそんな集団が存在していたのか、と疑う気持ちすら芽生えるほどだ。


 しかし、片付けている報告書には確実にヒュールゲン強盗団が活動した足跡が残っており、かなり詳細に事の経緯を記しているものがあった。逆にこれでは不十分だと判断した報告書に関してはジョージが自ら出向いて行って直接話しを聞いてからちゃんとした調書を作りなおす、という事までやっていた。


 この駐在署では真面目さと勤勉さで慕われているというアッパルですらこの三日間のジョージの勤勉さに少しあきれるほどだったが、それだけの成果はあったとジョージは思っている。


 ヒュールゲン強盗団が、誰を相手に、どんな手口で犯行に及んだのか、概ね把握できたのだ。


「……かなり侮れないブレインが向こうに居るみたいだなあ」


 ジョージたち三人が書類を整理し情報を統合するまで、ヒュールゲン強盗団が行ったとされる重犯罪はおよそ三二○件。


 しかもこの三二○という数字はあくまで件数であり、強盗、傷害、殺人などの罪状も数に直すとさらに六倍ほどに膨れ上がる。


 対して、ヒュールゲン強盗団のもっとも初めの活動だと判断できる犯行は半年前だ。


 たった十三人しかいない強盗団が、およそ一八○日の間に三二○件もの犯罪を行う事は、普通に考えて不可能である。


 ジョージがそれに気づいて示唆した時、対策本部は軽く混乱に陥った。こんな重大な事をなぜ今まで誰も気づかなかったのか、と。


 しかし謎の答えもジョージはすぐに示した。


 現在、この駐在署につかまっている三人が所属している本当のヒュールゲン強盗団の犯行は三二○件のうち四十件にも満たず、他は手口を真似た模倣犯、あるいは本物が都市警察の捜査をかく乱するためにわざと自分たちの犯行だとあとから思わせたもの、である。


 その証拠に、ヒュールゲン強盗団が活動を始めてから、ヒュールゲン強盗団以外の窃盗や強盗事件はある地区で激減しており、他の地区でもやや減っている傾向があった。


 状況証拠のみとはいえこれだけの説得材料を集めるのに、たった三日とみるか、三日もかかったと見るかは都市警察内でもそれぞれだったが、ジョージ自身は後者だった。


 なにせ、作戦決行の時間が来てしまったのだから。


 これだけのブレインがいる集団が安易な囮作戦に引っかかる可能性は低い。無駄な労力を使うことになってしまう。


 しかしこの三日の間に作戦の準備はすべて整ってしまっており、いまさら中止になどできない状況だ。


 この答えを導き出せた三日目という日時は、まさに作戦決行日だったのだから。


「……契約だからな、もちろん護送には参加する」


 ヒュールゲン強盗団はこちらの作戦にひっかからないだろう、とジョージは確信を持っていた。


 その確信は残念な事に警官たちには広がらなかったが、弟子たちはジョージにすっかり感化されて絶対に近い信頼を寄せているため、ジョージがそういうならそうなんだろう、というくらいにしか考えていない。


「……いや、やっぱり弟子たちだけ参加させる。悪いが俺は徹夜でこの答えを導き出したんでな。仮眠を取らせてもらう」


 急に言葉をくつがえしたジョージ。弟子二人は「おや?」と思う。ディープギアに潜っている時は、食材モンスターでも出てこない限りは当初の目的を曲げないタイプの人間であるジョージが、ここまで急に方針を変える事は珍しい。


「そうですか……仕方ありませんね。二つ隣の小さい会議室が空いていますので、仮眠をとられるならそこで」

「いや、ちゃんとしたベッドならあるじゃないか」

「え? しかしそれは……」

「いいよいいよ。扉さえ閉めなければ出入りは自由なんでしょ?」


 ジョージは軽く言うがアッパルはどうしても気乗りしなかった。ジョージが言うベッドとは、明らかに地下二階の監房、牢屋の事だったからだ。



 都市警察の駐在署はどの地区でも大きなものはだいたい同じような構造をしている。


 最下階の地下二階から監房、食堂、受付や事務室と倉庫、会議室とまた倉庫、場合によっては会議室と倉庫は二階続き、最上階に必ず署長室が来る。


 警官たちは基本的に警邏ばかりしているようで、個人用のデスクというものは持たず、個人用ロッカーのようなものも一定以上の階級になるまでない。これもどの署でも一律だ。


 ところが、各署によって個性が出る場所が妙なところにあった。


 監房を埋める順番である。


 地下二階から地下一階に繋がる階段は一箇所しかなく、階段にもっとも近い監房を手前、遠い監房を奥と呼ぶのはどこも共通している。


 捕まえた犯人や容疑者を片っ端から奥に詰めていく、というのが多いようだが、逆に手前から埋めていく署もあり、変わったところではその都度サイコロで決めているという所もある。


 ここ、南区第一駐在署では、ちょうど中ほどから奥へ向かって埋めて行き、捕まえてきた犯人の凶悪度合いに合わせて臨機応変にいきなり最奥へ入れる、というような事もしている。


 最近は捕まる人間が少ないため監房が完全に埋まってしまうような事はなく、埋める順番を考えると自然と手前側が常に空いている状態になる。


「ふむ。なるほどな」


 場所はわかっているから、と案内を断って一人でぶらぶらと署内を見てまわったジョージは、改めてこの都市警察という組織の完成度の低さを思った。


 昼勤と夜勤の出勤時間に重なりがないせいで引継ぎが上手くいっていない事、現場責任者がほとんど現場に現れない事は三日前から気づいていた事だが、食堂で出される食事の質もあまり良くないし、個人用のデスクやロッカーがないとは論外であった。


 これではまともに捜査をする環境からまずできていない。


 むしろよく今まで治安維持組織となのり続けていられたなと逆に感心するほど悪く、ここまで不出来だとほかのもっと大きな組織、たとえば都市議会あたりからこういう状態になるようにちょっかいをかけられているのでは、とまでかんぐってしまった。


「しかもここがレドルゴーグでもっともでかい駐在署と来たもんだ」


 階数こそ最多ではないが、規模としてはレドルゴーグのあちこちに点在する警察の駐在署としてはこの南区第一駐在署が最も大きなものらしい。最大規模でこれでは、他の程度も知れてしまったというものだろう。


 その上、拘留所の監房管理官はゆうづうという奴がまったく利かない者のようだ。


「ほんと、一番手前の監房を開けっ放しにしておいてくれればいいだけなんだけどなあ」


 少しベッドを借りたいだけで、そこに居た容疑者をどかせなどと無理を言っているわけではない。なにせ、もとから空いていた監房なのだから。


 ところが管理官は、可能かどうか規則を確認しますと言ったきり、もう十分ほど奥から出てこない。その間にあちこちを観察し、推測を並べてみたがもう暇つぶしも限界だ。


「なあ! 管理官さんよ! 俺は特定ギルド法で協力依頼を出された者だってのはさっきも言ったよな!」


 奥に居る管理官に向けて、声を大にしている。


「もし都市警察に不利になるような行動だったら、神罰やら何やらで、ダメだっていう合図が出ると思うんだわ! だから! 勝手に使わせてもらうぞ!」


 一方的に断ると管理室の奥からどたばたと音がした。無視して一番手前の監房に入ると、入ったからといって勝手に扉が閉まるような事はなくそのまま。洗面台と鏡の前に立ってもやはり変わらず、ベッドに腰掛けてもやはりそのままだった。


「うん、やっぱ大丈夫そうだ。というか、ダメなわけがないんだよなあ」


 勤務時間をはじめとした様々な規律がずぶずぶであるのに、拘留所の使い方だけがガチガチに定められているわけがない。


「あ…えっと、確かに大丈夫そうなのですが、万一という事もあるんで、この件はなるべく内密に」


 心配そうに開け放たれた扉から監房の中を覗く管理官。その口から出たなんとも無責任な言葉に、ジョージはいよいよ苦笑しか出てこない。


「はいはい……」


 ゆうづうが利かない上にヘタレで自己保身に走るタイプ。罪人の管理という点では、臆病な方がいいのかもしれないが、それも限度がある。


 しかしさすがにここまで手をつけるのは明らかな越権行為だと思い、とどまる。


 徹夜で続けた書類整理のせいだけではないひどい疲労を両肩に感じながら、ジョージはゆっくりとまぶたを下ろした。

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