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012-攻略、中断! -5-

 ほの暗いオイルランプだけが頼りない灯りとしてある空間に、十数人の気配がある。


 そのうち七人もの影が地面にうずくまっており、それらを見下ろすように一人だけが立っている。残りの数人はうずくまった影と立って見下ろす影を交互に見やりため息をつき、そして最後の一人は地面にへたりこんでガクガクと身を震わせていた。


「すまない……すまないヒューゴ……ゆるして、ゆるしてくれ……すまない……」


 うずくまったうちの一人が腹を抑えながら見下ろす男に懇願していた。抑えているのはみぞおちの辺りだけで、心もとない灯りのもとだが他に目立った傷はない。相当に協力な一発を食らったのだろう。そして懇願する男の顔には後悔も満ちていた。


「クヴィエギウスのバカについていったかと思えばこのザマか。アルマまで連れて行って。その上置いてきて、議会の犬どもに捕まっただと? あのバカだけならばまだよかったが、アルマも! スドゥも! 俺たちはずっと一緒だと思っていたが、お前たちは俺を裏切ったのか?」

「ちがう!」


 わき腹を押さえていた別の一人が即座に、大声で否定した。


「ちがう! ……ちがうんだ。そんなつもりは無いんだ。無かったんだ……」


 やはりこちらにも後悔が顔ににじんでいる。彼らとてこのような結果になるとは思っていなかったのだろう。


 たった一人の暴走に全員でたった一度だけ付き合った結果、あっさりと返り討ちにあい、暴走した者だけでなく、仲間たちのなかで弱い順に二人も巻き添えにされた。


 予想だにしていなかった突然の結果に見舞われて、その場にうずくまる全員が同じ表情をしていた。


 ヒューゴと呼ばれた青年はうずくまる彼らを順に一瞥して小さく舌打ちすると、少し離れた位置でへたりこんで震えていた女に向く。


「カルサネッタ、お前もクヴィエギウスと同じ名家の出だろう。お前もあのバカと同じような考えだっのか? 俺たちを割るつもりだったのか」

「あっ、アタシだって! こんな事になるなんて……それにあのバカの家とアタシの家は違うよ! アタシの……家…」


 何を思い出してか、カルサネッタと呼ばれた女は震え始める。よくよく見ればまだ少女といえる年齢であり、彼女だけでなくこの場にいる全員がまだ未成年のようだった。


 このやり取りを後にしばしの沈黙が続く。誰もが気まずいまま、そして誰もがやりきれない怒りを抱えたままグッと歯を食いしばって耐えていた。


「ヒューゴ、少しは落ち着いた?」


 ここで沈黙を破ったのはそれまで黙ってこの場にいる皆の顔をため息をつきながら診ていた一人だった。この中では抜群に病的な顔つき、体つきをしており、見るからに虚弱体質とわかる。


 その虚弱そうな青年は自身がヒューゴと呼ぶ青年が落ち着いているのではなく怒りが飽和状態にあるだけなのだと見て取ってなお話しを続ける。


「どうせ家がどうにかするだろう。スドゥも最悪で奴隷刑にかけられるだけだ。あとから僕たちの手で買い上げる事ができる。けどアルマは別だ、彼女だけでもすぐに助けださないといけない」

「……なぜだ?」


「戸籍の問題、といってもわからないだろうから詳しい説明は省くよ。とにかく早く助け出さないと大変な事になってしまうかもしれない。

 だから提案なんだ、エルゴドたちを許せないヒューゴの気持ちはわかるけど、アルマを助け出すためにエルゴドたちの力は欠かせない。アルマを、上手くスドゥも助け出せたら、エルゴドたちを許してやるってのは、どうだい」

「ヨルノ……」


 ヒューゴは黙ったまま、助け舟ともいえる提案にまず反応したのはエルゴドと呼ばれていたのはみぞおちを殴られてうずくまっていた青年だった。しかしエルゴドがヨルノと呼んだその病的な青年も、自分に対し怒りを覚えているのだと感じていた。



 彼らこそがヒュールゲン強盗団だった。


 ヒューゴとは団長ヒュールゲンの愛称であり、ヨルノもまたヨードルモンドという長い名前の愛称である。


 彼らヒュールゲン強盗団は今よりももっと若いころ、幼少期からずっと寄り添ってくらしていた。それこそ、強盗団などと名乗り始める以前からずっとである。


 それ故にほとんどのメンバーはお互いを愛称で呼んでいた。仲間内での愛称を持たないのは比較的新しいメンバーであり、余計な事をして都市警察に捕まっているクヴィエギウス・ダンダロスと、まだ座り込んで震えているカルサネッタ・ストルトンの二人くらいなものだった。


 

「なんでよ……」

「ん?」


 話もまとまりかけていたところで、そのカルサネッタがポツリとつぶやく。


 見れば震えが止まっており、地面に向いた焦点のあわない目が完全に据わっていた。


「なんで! なんでこんなに長いこと苦労して帰ってきたっていうのにこんな扱いされないといけないのよ!」


 その場にへたり込んだまま、両腕を滅茶苦茶に振り回してヒステリーを起こしている。


 彼らがジョージから返り討ちにあってすでに十日が経っている。


 工場街の各所に点在している避難所的なアジトを転々としながら都市警察から、はたまた実家の追っ手から身を隠し、ようやくの思いでリーダーであるヒュールゲンと合流できたというのに、ヒュールゲンはつかまった三人のうちの一人をあっさりと切り捨て、残り二人だけを助け出す考えを固めた。


 とくに、アルマという常にヒュールゲンのそばについていた年頃の娘を優先して助けようとしている。


 はっきり言ってカルサネッタはヒュールゲンに惚れているのだ。


 レドルゴーグの権力者には一夫多妻も一妻多夫もいる。だから自分はべつにヒュールゲンを自分だけで独占したいとは思っていないが、スラム生まれで自分よりも教養なく戦力にもならないアルマが自分よりも大事に扱われている事にひそかな嫉妬を抱いていた。


 ほんの一瞬前までは冷静な部分が残っていたからこそ、ヒュールゲンが大事にしていたアルマが都市警察に捕まる切欠を作ってしまったうちの一人であることに罪悪感もおぼえていたが、あまりにぞんざいな自分の扱いにカルサネッタの心はキレてしまった。


「あんただって! あんただって悪いのよ! あのバカがこのマヌケどもをあんたから奪って、この強盗団を自分のものにしようとしてたのはわかってたでしょ! でもあんたは何もしなかったじゃない! あのバカが何しててもあんたは黙ってみてただけじゃないっ!」


 激しくまくし立てられる金切り声が隠れ家の中に反響する。ギャリギャリとした声質が薄い金属の壁に少し共鳴して余計に耳障りな音になっている。


「ヒューゴ、あまり……」


 今いるアジトは比較的見つけやすい場所にある。せめてつかまらずに逃げられた仲間たちが少しだけ合流しやすいようにというヨードルモンドの配慮だ。しっかりと理由まで伝えたうえで反対しなかったヒュールゲンもまた内心では彼らを案じていたのだが、それは誰にも伝わらない。


「ああ……」


 これ以上騒がれると、この工場の本来の持ち主たちが気づいてしまうかもしれない。


 ヒュールゲンは蜘蛛のような足裁きでカルサネッタに近寄ると、みぞおちへ容赦なく当身を入れた。


 激痛から呼吸が止まる。そこにさらに首の根元、頚動脈を押さえつけられると、多少カラーランクを上げている人間でもあっさりと気を失う。


「わかり辛い場所へ移動する。ついて来い」


 ヒュールゲンがカルサネッタを担ぎ上げると、今の金切り声で気づかれた事を警戒し、ヒュールゲン強盗団は別の隠れ家へと移動を開始した。

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