001-レドルゴーグ 潜窟者たち -6-
薬品店はもう少し中枢部に近づいた場所にあった。
「ここが二つ目の加盟店よ」
紹介された店の看板を見上げ、ジョージは死んだ魚の目をしながら看板に装飾たっぷりで描かれた文字を読み上げる。
「りーなのやくひんてん、かっこはあと」
明らかに装飾過多。さらにホワイトとショッキングピンクを基調に女性の唇やハート型をあしらった看板は、どう見てもそういうお店のものにしか見えない。
「随分な棒読みね」
ジョージの反応を見てランナは苦笑する。先ほどの剣術から並々ならない気迫を見せた者と同一人物とは思えない。
「ま、確かに装いは怪しげだけど、調薬の腕は保障するわ」
クスクスと悪戯っぽく笑いながらランナが先に店の戸をあけた。どういう仕掛けかはわからないが、呼び鈴の代わりに「あふ~ん」という女性のあえぎ声が店内に流れる。
「はーい、いらっしゃい。あらランナ久しぶりぃ~」
呼び鈴代わりのあえぎ声に反応して店の奥から出てきたのは眠たげな美人だった。豊満な唇は看板の基調となっていたショッキングピンクに彩られ、彼女に会った者がまず注目するのは長いまつ毛かその唇だろう。頭にのせた大きな三角帽子はまさしく魔女という風体だったが、そこからゆっくり視線をおろすと、たいていの男はおもむろに目頭を抑え、首を振る。まず露出が少なく、下半身こそカウンターに隠れ見えないが胸に備わる女性の象徴は申し訳程度なのだ。
「ハァイ、リーナ元気だった? 今日はちょっとウチの新人を連れてきたわ」
ランナは後ろで失礼な動作をしているジョージに気づかず紹介した。なんというかもう、いたたまれない。
「あらあら、新人さんったらランナの紹介じゃなかったら張り倒してる所よ?」
そういった意図の視線や行動はもう見慣れているのだろうが、リーナは笑顔のいちぶを引きつらせながら言ったが、ランナが不思議に思い振り返った時にはジョージはいつもの調子に戻っており、不思議は不思議のままだった。
「失礼しました。その、新人のこういうものです」
ギルドカードを取り出すと誠心誠意をもって頭を下げながら取り出したそれを差し出す。ジャパニーズメイシスタイルだ。
「あらあら。ジョージ君ね、今回は許してあげる。次から同じような事やったら二度と口を利いてあげないからね」
ニッコリと妖艶な笑みを浮かべながら過激な事を言って怯ませようとようとおもっているのだろうがリーナは幼さの残る体型、もとい雰囲気では、小学生が化粧をして、大人の誘惑の真似事をしているようなアンバランスさが目立ってしまう。
メイシスタイルから名刺ことギルドカードは受け取ってもらえず、ジョージは愛想笑いを浮かべながら顔を上げた。
「あと、ギルドカードは見せるものであって差し出すモノじゃないわよ。どうせ他人のギルドカードなんて受け取れないんだから」
言葉を証明するようにリーナはまだ差し出されていたギルドカードに指を通した。指がカードを貫通する。慌てたジョージがパッと身を引くとカードは貫通していた指を素通りして引き抜かれた。普通ならばスパッと指が切り落とされているような動きだったが、リーナの指はもちろんくっついているし、貫通されたハズのギルドカードにも穴などは空いていない。
「言ったでしょ、それはあなたのカードだからあなたしか受け取れない。そういうモノなのよ」
何を今更、という顔でランナが言うと、リーナはいかにもお姉さんぶった笑顔を浮かべニコニコしている。
「なるほど……それで紛失とかは気にしなくていいって言ったのか。ああ、キョーリさんが腕ごとカードをつかんだのもそういう理由だったんだなあ」
色々と合点がいったジョージはカードをポーチにしまいながら何度もうなずいた。
「しっかし、このタイミングでランナの所に入るなんて物好きさんね。ちゃんとこの子に今の状況を説明したんでしょ?」
「もちろん。初心者なら初心者コースのあるギルドに行きなさい、ってね。けどなんかよくわからない理由で強引に入られたんだけど、私としてはもう入れたのは正解だったのかもって思い始めてるわ」
どこか含みをもった笑みを浮かべるランナだったが、ここに至るまでに既にジョージへの評価を改めたようだった。二度の天啓に、先ほどの剣舞と気迫が加われば改まるのも無理は無いというものだが、そんな事があったと知らないリーナはもちろん、自分がやったことの自覚が無いジョージも意外そうな顔をした。
「へえ? ランナを認めさせるなんて、新人クンってば意外と凄いんだ?」
クスクスと笑うリーナはやはり幼く見える。一応は厳重に注意されたのでそんな考えなどにおわせもせず、ジョージは別の事を口にした。
「俺、ココに来てからまだ日が浅いからさ。ギルドとかの仕事じゃなくて、個人的に親身になってココの事を色々教えてくれる人を探してたんだ」
するとリーナはプッと吹き出した。
「あははは、それならランナは完全に人選ミスよ。ランナの面倒くさがりを知らないのは無理もないけど。ああ、でももう入っちゃったんならしばらく鞍替えは無理ね。ざんねーん、あはははは」
笑いながらランナを小突き揺さぶり、ジョージを指差しながらやはり笑う。完全に子供の仕草である。
「ちょっと、そこまで笑わなくてもいいじゃない。まったく」
「なんで笑ってるのかわからない。姐さんちゃんと俺をココまで案内してくれたよ?」
ランナに呆れられても相変わらずだったが、生真面目なジョージの台詞にリーナの笑いがヒクッと止まる。
「はっはは。そっか、でも確かに、マスターのランナを抜いたら一人しか居ないギルドなんか、ギルドとしては実質死んだようなものだもンね。そりゃランナも必死になるか」
「うるさいわね」
仲良くじゃれあっている二人を見て、ジョージはどことなく仲間はずれにされている気をさせながらも、素直に感想を述べる。
「お二人は仲がいいんだね」
「あっ、言い忘れたけど、リーナは私の妹よ」
また大げさに驚いて、ジョージはランナとリーナの顔を見比べた。リーナが化粧をしているというせいもあるのだろうが、顔のパーツというパーツとさらにチラリと胸元も見比べたが、共通性が見出せない。
「に…似てない…」
またも失礼な事を口走ったが、口走られた方は両方とも特に気にした様子もなくよく似た声でよく似た笑い方をした。
「「あははは」」
ジョージはそれだけで、ああ、やはり姉妹なのだなと納得してしまうが、笑いのツボに入ったリーナの代わりにランナが補足を述べた。
「姉妹といっても義理よ。育ての親が同じってだけ」
なにやら込み入った事情があるようで、ジョージはクッと喉をつまらせて自分の迂闊さをのろった。申し訳なさそうに目を伏せたが、二人ともやはり気にしていないようで、リーナはただ笑うだけ、ランナはポンポンとジョージの肩を叩く。
「まあ、事情があるのは誰でも一緒よ。そのうちあんたの事情も聞かせてもらうからね」
にんまりといやらしい笑みをジョージに向けたあと、ランナはリーナの方に振り返った。
「それじゃ、今日は顔見せだけ。コイツ、リョー爺さんのトコに居候する事になったから、精々コキ使ってやって。じゃああとは酒場に行きましょうか」
「あ、はーい」
またさっさと先導をきって店を出て行くランナにジョージが続き、ジョージだけが店から出る間際に振り返って手だけで別れの挨拶を残した。挨拶を返しながら二人の背中を見送って、リーナはニマニマと微笑みながらぽそっと感想をつぶやく。
「ふぅん。なかなか面白くなりそうじゃない」
義理の妹とか ほしかった・・・
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