012-攻略、中断! -4-
対策本部として使われている会議室に戻ると、アッパルは至急あの男の身元を確認すると言ってどこかへ行ってしまった。
代わりにジョージたちの対応をしたのは、昨日アッパルとともにギルドホールに来た、ケイという兵士だった。
「ひとまず、当初予定していた確認事項は終わったようなのですが、申し訳ありませんがもうしばらくこちらでお待ちください。もうひとつ、新たにご協力ねがいたい事ができたようでして」
昨日は自己紹介以外はまったくしゃべらなかったケイだったが、話す役割を与えられればしっかりとまっとうできるタイプらしい。
ジョージは新たな協力要請とやらを、先ほどのダンダロス家の末子とかいう少年の事かなとあたりをつける。
「さっきの、お坊ちゃんの事かな?」
「さあ、私もついさきほど出勤してきたばかりなので、わかりかねますが」
補佐役なのに補佐対象のアッパルよりずいぶん遅い出勤のようだ。それでいいのか、という疑問を突っ込む前に、あわてた様子でアッパルが戻ってきた。
「身元の確認はまだですが、段取りはできました。ああ、それと、あなた方にはこちらをお願いしたい」
と言って渡されたのはペラ紙一枚。
「特定ギルド法?」
まったく聞き慣れない単語に首をかしげつつも、ジョージはその内容にしっかりと目を通す。
まずは都市警察という組織から始まり、それに関連して、良好な治安とは何か、良好な治安を脅かす行為とは何か、といったものが事細かに定義されていた。だがこのあたりの細々とした定義文は、文字自体も小さくかつ読みづらく書かれており、どうもこの紙の中で語られるにおいて重要なことがらではないらしい。
その少し下、このペラ紙の一番上に書いてあった特定ギルド法という法律の説明については、しっかりと大きく読みやすい大きさの文字で簡潔に書かれている。
「特定ギルド法とは都市警察が一般の潜窟者ギルドへと捜査のために人員派遣の協力を要請するための法律である」
ジョージがそれを音読すると、アッパルが大きく頷いてずいと半歩分よってくる。
「そうです。都市警察、第四十六号凶賊集団、通称ヒュールゲン強盗団対策本部を代表し、アッパル・テンタル少尉は特定ギルド法に則り、ディアル潜窟組合へあなたがたお三方の捜査への限定協力人員としての派遣依頼を発注します」
ジョージはさらに最後の項目、空白になっている報酬の欄に注目した。
「この、報酬の部分は?」
「これは特定ギルド法による特殊な依頼ですから、依頼が達成されてからはじめて決定される事項になります。だいたいはにそちらからの要求額とこちらからの提示額の折衷になりますが」
「一度、ギルドに持ち帰らせていだいて、ギルドマスターに確認を取ってきてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。むしろあなたがたが自らそれを持ち帰ってくださると、こちらもこちらの捜査を中断させずに済みますから」
アッパルの話しぶりから察するに、どうやらこういったギルドへの依頼というものは、発注をかける側が受注する側に持ち込む事がひとつの礼儀としてあるようだった。しかし知らなかった上に少しニュアンスの違う意味で述べた事とはいえ、自ら持ち帰ると言ってしまった以上それを撤回するのはあまりに野暮ったい。
さっそくギルドホールに帰った三人は、アッパルから渡されたペラ紙を無言でランナに差し出した。
ランナははじめ訝しげな表情でそれを受け取ったが、トップの文字を見るなりいつもの気だるげな表情から打って変わり、真剣な面持ちで要項を熟読すると、最終確認であるかのように三人の顔を見渡した。
誰も不満げな顔をしている者はいない。とくに他に何か急ぎの目的があるわけでもないのだから、指名されている本人たちには始めから否などなかった。
「本来ならギルドメンバーの幹部連中で話し合って決めるもんなんだが、悲しい事に今のうちはあたしも含めてここにいる四人がギルドのフルメンバーさ。反対する奴がここにいないってんなら、ギルドマスターであるあたしにも文句はないね」
ランナはジョージから受け取ったペラ紙を、天井をすかして空よりも上にいるだろう神に掲げた。その瞬間、パシュンという音とともにペラ紙が光とかわって消え、代わりにギルドホール内にあった依頼掲示板に半透明のシート状の依頼書が現れた。
「あっ、ええっ、こうなってたのか」
これはジョージにとって依頼受注のプロセスを始めてみた瞬間であり、当然つい反応してしまう。それを何を当たり前の事をというような目で見やったランナに対し、もう一人が言いづらそうに前に出る。
「実はオレも、初めて見た」
これはアラシにも初めての機会だったようだ。
「……まあいいさ、あとはそれをあんたらが剥がせば正規の手順は終了だよ」
世間知らずの二人に呆れながら、ランナは三人に向かってあごで促す。
ここからは細々としたアイテム収集を求めてきたイエート家の使用人たちからの依頼で経験済みである。
パーティーリーダーであるジョージが新たにそこに現れたクエストシートに手を伸ばすと、ほんのわずかな力をこめるまでもなくまるでジョージの手に吸い込まれるように寄ってきて掲示板から剥がれ手に収まる。
「よし。確かに受注した」
手に取ったクエストシートを、ジョージは大事にポーチにしまった。
クエストシートをおさめた上で再び南部駐在署へ向かう途中、弟子は弟子同士で喋らせながらジョージは再び少し深めの思案に沈んでいた。
「(目の前で次々と奇跡が起きる。魔力の流れを見る事のできる俺だからこそ、目の前で起きたあの数々の現象たちがただの魔法ではないと理解できる。
きっと本当にこの世界のどこかに神様がいて、あの時に聞こえてきた声も神様のもので、目の前で消えた申し込み用紙や醤油やさっきのペラ紙も一度神様のとこに行っているんだろう。きっとな)」
このレドルゴーグをはじめとして、産まれた時からずっとここにいる住人たちには、いまさら考えるまでもなく当たり前の事々であるだろう。
しかしジョージは、異質な存在である。
「(神様と直接対話できるかもしれないっていうのは、初めてだな。
まだ可能性、きっとそんな触れ合うほどに近づける可能性の方が低いんだろうが。
でも今まではゼロだった。存在するのかしないのかすらわからないようなところばかりだった。ここは違う。どこかに居る。確実に。
それが、俺にとっても神と呼べる存在なのかは、まだわからないが、この世界の人たちが神と崇めて止まない人たちが、この世界のどこかに……
どうやって、どうやったら会えるだろうか)」
ジョージは神々と邂逅したいと思った。狙って出会う事は邂逅ではないが、例え狙ったとしても通常ならば不可能に近い出会いは、少なくとも相手の側からすれば邂逅と言えるだろう。
過去には神から声を、言葉を授かった人間が意外に多い。それは単なる自称ではなく、紛れもなく本物の神託であり、天啓であると誰の目にも明らかなもので、そんな奇跡がありふれてこそいないものの、酷く有り難がられるほど珍しくもない数だけある。
ところが、神々と直接顔を合わせて話をしたという人間は、今のところ一人も確認されていない。
新たな神として天へ召し上げられた者のみが、創世と共に生じたといわれる古の神々と逢い、言葉を交わせるのだという。
そんな存在に、人の身のまま会いたいと思うジョージは、まだ誰にもその本当の心の内をさらしていなかった。
まだ誰もジョージ・ワシントンという人間の正体を知らないのだ。




