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011-攻略、攻略! -6-

 納得しない様子の弟子たちを従えてジョージはずかずかと進んでいく。


 手に入れる方法がわかったとはいえ、ジョージとしてもなかなか面倒な手段を使わなければならないため、次の階にたどり着くまでにエアロスオーブと遭遇しても、普通にマナバレットで相手をして蹴散らしていた。


 そうして到達した三十六階。ジェリウムバルーンという風船の形をしたジェリウムが現れはじめる。


「こいつのドロップレートは?」

「レート? と、とにかくドロップは普通のジェリウムと変わらないらしいッス。ただ、ふわふわ浮いているせいで打撃が効きづらいとか、その代わりあっちからの攻撃も弱くなってるとか、そのくらいしか変わらないッス」

「打撃が効きづらいだけで、切るのも突くのも魔法で撃つのも変わらない、と?」

「そうッス。ただちょっとだけ普通のジェリウムよりタフかもしれないッスね」


 この階層まで来るような潜窟者は、初心者が常に人でいっぱいしている一階から五階のジェリウムには手を出さない。そのため、普通のジェリウムと各区画の三十六階のラインから出現するようになるジェリウム亜種シリーズと、どちらがどのくらい硬いのかをわざわざ意識して検証する必要がある。そんな暇人は今のところ現れていないようだった。


「ま、オイラの予想ッスけどね」

「ふむ。いや、案外的を射ているかもしれん」


 刃を剥いた機構刀でさっそく現れたジェリウムバルーンを両断しながらジョージが返事する。


「バルーン、ってわりに、上の階に居るやつよりちょっと弾力があって、抵抗が強かった。具体的にはだいたい1センチ四方あたり500グラムくらいの圧力だな」

「……はあ」


 具体的に言われた方が、よりわけがわからない事になってしまったが、この辺りもロックは慣れたもので、とにかく自分の予想が肯定されたのだ、とだけ理解しておく。


「このジェリウムバルーンについてはとくにアドバイスも要らんだろう。ロックは切り裂くタイプの武器だし。アラシも半分は打撃武器みたいなもんだが、全く切れないわけじゃない。ジェリウムバルーン自体も打撃が全くきかなくなるってわけじゃないみたいだ」


 三十六階から四十階までに現れる新顔はこのジェリウムバルーンだけである。


 途中で何度かモンスターと遭遇しながら、この階も三人は足早に通り過ぎた。



 四十一階から四十五階までは、クイッキーピジョンが退場し、同じ鳥をモチーフにしたモンスターでありながら、ずいぶんとずんぐりむっくりしたシルエットの、バルーンクエールというモンスターが現れる。


 クエール、とはうずらの事で、バルーンの名の通りバルーンクエールはほとんど羽ばたく事なく空中にとどまっていた。


 見た目どおり動きも鈍いようだが、これがなかなか、侮れない敵だった。


「こいつは風の魔法を使ってくるッス!」

「目を狙ってくるぞ!」


 ロックがリサーチした事前情報にアラシが実体験から補足した。


「おうおう」


 ところがジョージは、眼では見えづらいはずの突風やカマイタチといった風の攻撃を、すいっ すいっ と暖簾(のれん)でもくぐるかのように避けて易々と接近してしまう。


「うずら肉! 落とせ!」


 機構刀の間合いまで踏み込むと、容赦なくバルーンクエール本体をなぎ払った。しかも、食欲を前面に押し出している。


 その欲…もとい願いが通じたのか、バルーンクエールは事切れても煙とならずにその場に残る。


「よし! 肉になーれ、肉にな~れ!」


 呪文のようにつぶやきながら機構刀の先端でちょこんとつつくと、こんどこそ煙となって消え、後には捌かれた状態のうずらが丸々一羽分残されていた。


 それを見て、弟子たちの顔が複雑に歪んだ。


 どちらの顔にも共通して、今日も美味しいものを食べられるのだろうな、という期待があるのだが、前回のカニ乱獲事件は、つい一昨日の事である。


 ロックはその時もただカニを乱獲するためだけにとても苦労した覚えがあった。


 アラシの表情が曇っている理由は少し違い、今日も日帰り限界線の限界に挑戦しに来たはずなのに、また途中でただの食材集めに変わってしまう事を嘆いているのだ。


「よしよし! あ、ちなみにこいつの通常ドロップは?」

「つ…通常…? よくわかんないッスけど、クエールの羽毛っていう、クッションの中とかに入れる奴になるッス。ちなみにこいつはドロップの法則がジェリウムタイプで、普通に倒しててもたまにレアドロップがあるッス」

「それは?」

「クエールの風斬り羽っていうッス。高級な矢羽になるッス」

「ほー……いらんな。うずら肉は、小麦粉もあるし唐揚げにするか。となると……」


「ま、待ってくれ師匠! そ、その、人数分でいいんじゃないだろうか」


 ここで止めねば機会を永遠に失う気がしてしまったアラシがあわてて止めにはいった。理由は少しちがうがあの苦労を二度もしたくなかったロックもそれに同調する。


「そうッス! あのカニだってまだいっぱい残ってるじゃないッスか!」

「そうかぁ?」


 どこか残念そうな顔で疑問を浮かべるジョージ。弟子たちは必死に繰り返し頷いた。


「そうかぁ。そうするか」


 結局、折れたのはジョージの方だった。



 弟子たちが師匠の食に対する度を越えた行動力に疑問を感じながらも、攻略の方針は守られたのだから、ダンジョンを進んでいく。


 道中で三羽ほどバルーンクエールと遭遇し、うずら肉もその分だけ追加しながら四十六階に到達する。


 ここからは、先ほど新たな大発見をしたエアロスオーブが退場し、フロートルビーハイブという、蜂の巣そのものに虫の羽が生えたかのようなモンスターが現れる。


 重要なのはこの蜂の巣のようなモンスターから現れる蜂のようなものは、モンスターではなくただの攻撃手段の一つでしかないという事だ。


「これは……さすがにコイツには前衛だけじゃきっついかもな」


 ここにきて初めてジョージの表情が暗く曇った。


「こいつはあんまり出てこないモンスターって聞いてたんスけどねぇ……」

「あまり出てこないのは確かだし、炎か風系統の魔法を使える魔法使いか、同じ系統の加護と奇跡を使える僧侶、どちらも居ないパーティーは必ず避けて通るほどの強敵だ」


 ホバリングする蜂の巣がゆっくりと近づいてくる。直系一メートル二十センチほどの巨大なスズメバチ型の巣であるが、そこから飛び出る無数の蜂型の攻撃はスズメバチではなくミツバチに近い。大きさは本物のミツバチと比べ半分ほどしかないようだが、その数が異常だった。


「まあ、そうだろうな。普通は」

「「普通は?」」


 煙か雲のように襲ってくる蜂の群れに向かい、目くらましのように小さな火の球をばら撒きながらバックステップで少しずつ後退し、フロートルビーハイブから一定の距離をとると、急に蜂のような攻撃はやむ。どうやら十メートルほどが射程距離のようだ。


 魔法も堪能に使えるジョージだからこそ戦いぶりそのものに危なげはないが、ここまで深刻な顔をするのは本当に始めての事であり、なにか手だてを持っていそうな言葉のわりに、表情は暗いままだ。


「一昨日、火がつくほど強い酒を使ったのをおぼえてるか?」

「ああ、飲むんじゃなくて、本当に火をつけるためだけに使った奴ッスよね?」

「本当は水とかジュースで割って飲むためのものなんだがな。今回もその使い方からは外れるが……」


 ジョージはポーチから例のアルコールの入ったビンを取り出し、口いっぱいに含んだ。空いた手には小さな火種が浮かんでいる。


「まさか」


 アラシが呟く。簡単なロジックであり、そのまさかだった。


 ジョージはバックステップから一転して体勢を低くしながら真正面に突っ込んだ。


 再び黒煙のような蜂の影がフロートルビーハイブから吐き出される。その黒煙と接触する寸前でジョージは立ち止まり、手の火種を顔の前にかざして口に含んだアルコールを勢いよく噴出する。


「うおお!」


 五メートルも離れたところでの炎上だったがその迫力に弟子のどちらかが叫んだ。


 一秒にも満たない間だったが大きな火炎が立ち上り、そのわずかな間に蜂の影は全て焼き尽くされていた。


「むふん」


 火を噴きながらもバックステップの準備をしていたジョージはたった一噴きの炎で全ての蜂が焼けた事、そしてなかなか次の蜂を吐き出さないフロートルビーハイブを見て完全な勝機を見出す。


 退がらずもう一度アルコールを口に含むと、ビンを収めて機構刀に手をかけ、そしてまた正面に突っ込んだ。


 ジョージが三メートル、二メートルと近づいたところでようやく蜂が吐き出され始める。その噴出孔を見誤らず、ジョージはその孔めがけてまた火を噴いた。


 炎にひるんだフロートルビーハイブが大きく仰け反る。もともと手も足もなくおざなりな羽がついているだけで、仰け反ったところでそれが大きな隙というわけでもなかったのだが、蜂は止まる。


 丸裸になったフロートルビーハイブにジョージは容赦なく鈍器のままの機構刀を叩き込んだ。


 バギャン と湿った音がして蜂の巣の下半分が弾けとんだ。


「チッ!」


 一撃で決めるつもりだったジョージはまだ煙とならないフロートルビーハイブに向かい小さく舌打ちすると、機構刀を鋭く切り返し、右から左、若干上へと振りぬいた。


「……あれ?」


 まだ煙にはならない。


 しかしフロートルビーハイブをフロートさせていた羽はもう動きを止めており、どう見ても生きてはいない。いや、それを言おうとするとそもそも蜂の巣そのものが生きている事がおかしいのだが、倒された瞬間に煙となって消えるモンスターにこういった事は言いっこなしだ。


「あっ、もしかして」


 機構刀の先端で、ちょこんと小突くとようやくそれは煙になって消えた。


「あー、そうなんのかー」


 後に残るのは、ディープギアの歯車が敷き詰められた床をべっとりと塗らす大量の蜂蜜であった。

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