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011-攻略、攻略! -5-

 少し無理をして結局五十五階まで攻略した三人がダンジョンの出入り口にたどりついた頃には、すっかり日も暮れて建物のまにまに星が見えていた。


「「「………」」」


 ところが、広く言われる日帰り限界線より五階も進んだ記録をたたき出したというのに、三人は一様に黙っていた。


 特にロックは理由がわかりやすく、ノーマルなジェリウムしか現れない五階に来たとたんに自分のギルドカードを取り出してじっとにらみつけながら歩くようになった。きっとカラーランクについて言われた事で軽くコンプレックスのようなものになってしまったのだろう。


 逆にジョージが黙っている理由ははたから見てもわからない事だろう。ジョージはダイアシープを相手にしている時、ふと思いついて食材になれと念じながらトドメを刺した。はじめから思いつきの駄目でもともとという気持ちで行った事だったが、マトンもラムも残らない、という現実だけが残り、思いのほかそれがジョージにダメージを与えていた。今日は美味しいもの食べられないか。という理由で少し気落ちしているのだ。


 アラシはそんな二人に挟まれて、なんとも居心地が悪く仕方なく黙っている。


「ああ、皆様。ご無事でなによりでございます」

「ん? アトレイさん」

「爺。どうしたこんな所で」


 出入り口から少し歩いたところで見知った顔に声をかけられ、もともと受けたダメージなどはほんの少しでしかなかったジョージがいち早く復帰すると、バルハバルトが後ろに数人の護衛を引き連れてここに居る理由を察した。


「今日はちょっと時間をかけすぎましたがね、この通り怪我も衰弱もありませんよ」

「左様で。少し日が落ちた程度で差し出がましい事をするところでございました。お詫びを」


 懇切丁寧に頭を下げるバルハバルトを見てジョージは焦る。


「とんでもない! 今日はちょっと頑張ろうって言い出したのは俺なんで。アラシもこのまま帰しますよ。な?」

「え? あ、ああ」


 バルハバルトたちは帰りが遅くなったアラシを案じて捜索隊のようなものを組んでいたのだろう。あと少しでも遅くなればディープギアに入って、下手をすれば入れ違いになっていたかもしれない。


 アラシをつれてダンジョン内で一泊する事はまだイエート家から許されていないのだから、日が暮れてもかえってこないのならばこれくらいは当然の事だろう。


 むしろジョージはアラシを預かり始めてからずっとここまで、これですら生ぬるいと感じていた。


 なにせアラシはイエート家で現状唯一の跡取り候補だ。アラシのほかにもう一人イエート家からの監視役としてディアル潜窟組合に入れられてもおかしくない。それがなくとも、影からこっそりと四六時中の監視を受けて然るべき、とジョージは考えていた。


 ところがいざ迎えてみれば監視役も影からの監視もなく、アラシの待遇は当主ドミニクの宣言どおり完全にディアル潜窟組合の、あるいはジョージにすべての采配が任されていた。


「よかったじゃないか、ちゃんと気にされてて。親父さんはなんだかんだいってお前の事が心配なんだろうよ」


 別れ際にこっそりと耳打ちすると、アラシは耳がくすぐったかったのか一度ビクッと体を震わせる。そのあと一瞬遅れて言われた事を理解し、口元をもにょもにょさせながらどういう顔をすればいいのかわからない、という表情をした。


「はは」


 ポンポン と肩を叩いてイエート家の一行と別れる。ロックも自分のギルドカードとの睨めっこから復帰して、また懇切丁寧に頭を下げ、去っていくバルハバルト以下使用人たちに軽く頭を下げた。


「ああやってみると、やっぱりお坊ちゃんッスよね。アラシは」

「呼ばれ方も坊ちゃまだしなぁ」


 十八かそこらの年齢とはいえ、長身で筋骨逞しい男子に対しいつまでも坊ちゃまというのは気の毒だ、とは思いつつ、ジョージは面白がってそれを本人たちに指摘していない。


「まあ何かのきっかけがあれば変わるだろう……が、あのアトレイさんに対しては、当主ですら爺呼ばわりだからなあ。あの家のアトレイ依存度は高いぞ」

「なんスかアトレイ依存度って」


 そんな軽口を叩きあいながらジョージとロックも帰路についた。



 翌日もディープギア攻略は進む。


 アラシは家に帰ってから父親に今日のような事もあるからダンジョン内でキャンプする許可をもらいたいと求めたのだが、その場にいあわせた母親が許さなかったという。


 というわけで今日も今日とて日帰り限界線に挑むのだ。


 北区と西区はすでに攻略済みである。残るは東と南だが、前情報では南区の方が危険性が高いらしい。


「じゃ、順当に東からだな」

「なんだい、案外慎重だねアンタは」


 ギルドホールでミーティングを行っていると、受付嬢を兼任するギルドマスターが茶々を入れてくる。


「一番美味しいのは最後にとっとく性質(たち)なんだ」


 ジョージが軽口で返すと、お互いに、何か通じ合ったようなニヤリという笑みを向け合い、その静かなやり取りを見てロックが軽く嫉妬する。


 ここ一週間ほどのディアル潜窟組合のいつもの風景だった。



 東区に出現するモンスターは空中を自在に移動する者が多い。


 十六階から二十階までがビッグバットという大きな肉食のコウモリ。好戦的だが知能が低く、軌道が読みやすいため、立体的な動きはするがほぼ直線で攻撃を当てやすい。素肌に噛み付かれれば肉を持っていかれる程度のアゴの力はあるが、アゴの形が鋭くないため、首の急所にでも食いつかれない限り致命傷にはならない。


 空を飛ぶわりに相手をしやすいモンスターであるし、またディープギアの中に現れ、群れも作らない習性が余計にこのモンスターの脅威度を下げている。


「ほいっ、ほいっ! ランニングしながら走り抜けるか」


 たまたま二体同時に現れたビッグバットをすれ違いざまに切り捨てながらジョージが宣言する。弟子二人は無言でそれを承諾し、兄弟子の方がたったいまビッグバットの片方が落としたコウモリ羽の皮膜をランニングしながら拾い上げる。


 見事な連携だった。



 二十一階から二十五階まではギアホークというモンスターが加わる。


 歯車をはじめとした機械的な部品があつまって大きな鷹の形を作っているモンスターで、基本的には銅が素材になっているらしく艶のない赤褐色の部品で覆われている。その見た目のとおり銅をドロップするのだが、稀にカッパースモールギアという銅製で直径一センチほどの小さな歯車を残す時もあるようだ。


 ただし、ギアホーク自体は翼を広げると体長が二メートルにも及ぶため、そこからドロップされる小さな歯車というものはとても見つけにくく、その辺りも手伝ってカッパースモールギアはレアドロップ扱いされている。


 大型で金属製であるだけに体当たりの直撃をうければ骨の一本でも折れてしまいそうだが、機械仕掛けのそれは生き物のホークよりも動きが硬く、やはり直線的にしか飛べないため、動きをよく見ていれば攻撃を受ける事はほとんど無い。


「アラシ!」

「応!」


 ガキン と真正面から金属同士がぶつかる。アラシが今使っている大剣は、部品だらけで見た目よりも隙間が多いギアホークに質量で打ち勝った。頭を潰し、胴体に半分ほどまで食い込んだところでギアホークは煙となって消える。


「お、レア……じゃないな。いきなりそんな美味い話はないか。《鑑定》。うん、やっぱりレアじゃない」


 煙の中から吐き出された小さな銅の欠片を床に落ちる前に掴み取って、ジョージはそれを眺める。それは単に元の形が歯車っぽいだけのただの銅の欠片だった。一瞬期待した弟子たちの落胆に苦笑を向けながらジョージは容赦なく告げる。


「ここも走り抜けるぞ」


 次のモンスター層が現れる階まで走り抜けるうちに出会ったモンスターは結局三体だけ。そのどれからもまともにドロップアイテムを得られず、移動のハイペースに少しの疲労は感じながらも、これならば昨日よりも深い階までいけるのではないか、という希望が弟子たちに活力を与え始めていた。



 二十六階から三十階までは、ビッグバットが退場し、クイッキーピジョンという、名前の通りとても素早い鳩の形をしたモンスターが現れる。鳩のくせに肉食であるらしいこのモンスターだが、動きが素早いだけで攻撃力はいたって普通の鳩であった。しかもギアホークとは敵対するらしくよくダンジョン内で喧嘩をしている。


 しかし、この喧嘩はなかなか決着がつかない。


 攻撃力は高いが直線的な動きしかできないギアホークに対し、動きの速度も軌道の複雑さもまさにモンスター級だが金属の部品でできた相手に対し有効な攻撃手段を持たないクイッキーピジョン。正反対の性質をもつ二種類のモンスターの喧嘩は、たいていクイッキーピジョンの方が根負けして逃げていく形で終わる。


 そのため、ホワイトウルフとビッグビートルの対決のように、どちらかのモンスターが強化されていくという例はほとんど無く、モンスターが強化される事によるレアドロップというものも、今のところ発見されていない。


「っと! 昨日のギアとかシャフトとかに比べると、全然余裕ッスね」


 軌道は確かに読みづらそうにしていたが、ロックはクイッキーピジョンの動きに見事に対応した。切れ味のよいロックの剣は身体強化の上乗せによって風のように振りぬかれる。


「つっ!」

「アラシ!」


 さらにマナスローイングでアラシへの援護も行う。


「助かる!」


 アラシを狙ったクッキーピジョンの左翼に魔力の礫が直撃し、軌道がぶれたまま空中でよろけたところに、速度では劣るが威力で圧倒的に優るアラシの大剣が叩き込まれた。


「おうおう、さすがに危なげないな。いいぞいいぞ。ここも走り抜けるか」


 攻略はハイペースを維持したまま進んでいく。



 三十一階から三十五階は、ギアホークが退場し、エアロスオーブが入場する。これは宙に浮いている光る球体のモンスターだ。これ自体にはまともな攻撃力などなく、北区に現れるフロートルゼリーフィッシュよりもさらに鈍い動きしかできない。


 しかし、このモンスターには剣や槍、弓矢といった武器による直接的な攻撃がまったく通じず、斬撃を強化するアクティブスキルであるオーラスラッシュですら非常に薄い効果しか望めない。


「ほいっ」

「てや!」


 これで、この三人が本当に前衛しかできない脳みそまで筋肉でできたようなパーティーだったならば、このエアロスオーブに対しては逃げるしか手段がなかっただろう。


 だがジョージは地味だが奇妙かつ器用に魔法を使いこなすオールラウンダーであり、ロックはつい最近マナスローイングという魔法的攻撃手段をえて魔法剣士というなかなかレアなジョブに就いたばかりである。


「ぐぐ、こいつの相手だけは炎の剣を使った方がよかったか……」

「そうだな。次からはサブウェポンとしてあの剣持ってきてもいいかもしれんな。アラシの体力なら剣を二本持っててもそう負担にはならんだろう」


 唯一、有効な攻撃手段を持っていなかったアラシだが、解決策も自分で見つけ出したので明日からは荷物がひとつ増えるだろう。


「こいつのドロップは?」

「それが、わからないんス」

「わからない?」

「そッス。エアロスオーブからドロップアイテムが出たって話は今まで一回も聞いた事が無いッス。どんなモンスターでも基本的には何か落とすっていわれてるッスから、こいつは数少ない例外ってやつだ、って言われてるッス」

「ふむ」


 うわさをすればなんとやら、ちょうどそこでエアロスオーブ単体とかちあった。


「ちょっと手を出さんでくれ」


 何を思ったのかジョージはロングマントを取り出して仮面をかぶる。


「な…なんだ?」


 その姿を見て戸惑うアラシ。そういえばアラシはジョージのこの姿を見るのが始めてである。


「んん、なるほどな」


 仮面を通してエアロスオーブを見て何を納得したのか、それだけですぐに仮面をとってマントを収めるとジョージは機構刀も腰に納めてすさまじい勢いで何度も何度もエアロスオーブを殴りつけ始めた。


 ジョージの拳はエアロスオーブの実体の無い球体部分を素通りするだけなのだが、それでも何度も何度も同じことを繰り返す。


「あ…アニキ?」


 さすがのロックも心配するレベルで一心不乱に一見無駄に見える同じ事を繰り返すジョージだったが、怒涛の連撃はすぐに終わりを迎えた。


「このくらいで!」


 ひときわ力のこもった貫手の一撃がエアロスオーブを通過したと思われた時、光の球が煙となって消える。


「あ、え!?」


 武器のみでの攻撃は一切効かないといわれていたエアロスオーブがただの拳だけで倒されてしまった。その事実にロックは目を疑った。自分が調べた情報が間違っていたのだ。アラシなどは、何が起こったのかを全く飲み込めていない。


「それだけじゃないぞ」


 ジョージはそう言うと突き出したままだった拳を弟子二人の方に向けると、くるりとひっくり返して手を開く。


「宝石だな、たぶん。《鑑定》」


 怪しく目を光らせたジョージ。その正体を知ってどこか納得するように頷いた。


「風石の結晶、と言うそうだ。風の魔力が凝縮されているが、石の状態でも非常に不安定で、ある程度強い魔力が触れると反応を起こす。例えば」

「あっ」


 史上初かもしれないエアロスオーブからのドロップ品を、ジョージはなんのためらいもなく二つに割った。完全な状態でなくなってしまってはその価値は半分以下だ。


「落ち着け。どうせまた手に入れられる。

 と、どのくらいの大きさで反応するかわからんな。念のため離れてやるか」


 手に持っていた風石の結晶の半分をぽいっと投げると、ジョージはそれが床に落ちる前にマナバレットで打ち抜いた。すると、


 パンッ パパパパパパパ


 と打ち抜かれた風石の結晶を中心に花火のような音をたてながら連続して空気が破裂した。音量もけっこうなもので、音が反響しやすいディープギアの浅層部ではとても耳障りな音になる。


「うひい。予想してたよりでかい音が鳴ったな。とまあこんな具合だ。これだけ派手に反応するからこそ、魔力を使った攻撃を加えると元になるエアロスオーブの魔力と干渉して結晶化できないんだろう。だから今まではこいつにドロップアイテムがないと思われてたんだ」

「え……いやでも、そもそもこいつは武器だけの攻撃は一切通用しない筈なんス」

「エアロスオーブは周囲の空気を取り込んで自分の体を修復するんだ。修復が追いつかないくらい素早く、ダメージを与え続けないと倒せない。あともう一つ大事なのが」


 ジョージが手のひらをまっすぐ真正面に向けて弟子たちに見せる。もう何も握られていない、なんの変哲もない手のひらだ。剣だこが節々にできていて、手相を見られる者がいればそこにも着目したかもしれないが、そんなものをいまさら見せられても疑問しか浮かばない。


「ロックは、よく見ろ。せっかく魔力を感じ取れるようになってんだから」

「魔力……? あ!」


 ヒントをもらってロックがやっと気づく。


「魔力が、全く流れていないッス。肘のところでせき止められてるっていうか……もしかして?」


「そうだ。全く新品で一度もモンスターを倒した事の無い武器、ならばまだわからんが、お前らが持ってる武器は今日だけですでに十体以上のモンスターを煙に変えてきた。魔力ってのは何にでも微弱に宿るものだから、たぶんその武器にこもっている分だけでもエアロスオーブの魔力をかき乱して結晶化を阻害してしまう。

 今までだって武器だけでこいつを倒そうとした馬鹿は大勢いただろうし、手数に自身がある奴なら倒す事自体には成功したのも居るかもしれん。そういう話が広まってないのは、それだけ苦労したのに何も得られなかった事を恥としたか、まあいずれにしても偶々だろうな」


「はあ……」

「つ、つまり。エアロスオーブは、素手ならば倒せるという事なのか?」


 ようやく事態に追いついてきたアラシが、若干的をはずした質問をした。


「少し違う。魔力を操作して、全く魔力を込めていない状態の拳なら倒せる、という事だ」

「それは、オレにもできるのか?」

「アラシは魔力の動きが鈍いんではあるが、ちゃんと全身に魔力が行き届いてる。逆に難しいだろうが、せめて魔力操作を覚えればできんこともないだろう」

「そうか!」


「けどまあ、これはまだ珍しいってだけで利用価値があるかはわからんからなあ。取り方はわかったから今集める必要もあるまい」


 だいぶ道草を食う形になったが、あっさりと元行く道へと戻される。


 見つけた道草はありふれていたのにとんでもない新種であり、おそらくは世紀の大発見であるのだが――


「さて、と。攻略に戻るぞ」


ジョージは至って冷めた様子だった。

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