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011-攻略、攻略! -4-

 リビングギアの不意打ちをなんとかしのぎ切って四十六階に到達し三人だったが、この階から現れなくなるモンスターはリビングギアではなく、ミニマムゴーレムだった。


 すばしっこく動き回る敵が現れなくなる事で、そちらに気をとられすぎる事もなくなるわけだが、入れ替わりに現れるようになるモンスターもこれはこれで厄介な敵だった。


「ダイアシープ?」

「うス。ダイアシープっス」

「どんなモンスターだ? 名前からして、羊っぽいのはわかるんだが」


 ロックは知識として、出現するモンスターの名前をリストのように憶えているだけで、それぞれ一種類ずつを解説しろと言われると急に詰まってしまう。この辺りの頭でっかちはまだ直らない。


「角と牙と鋭い蹄を持った大きな羊だ。羊毛も硬くなっていて剣も槌も効きづらい。普通は魔法で焼くか、弓矢や突く武器で直接目を狙う」

「なるほど。凶暴な羊か」


 ここで役割を引き継ぐのアラシだ。


 そもそもアラシは以前組んでいたパーティーと共に全区画で日帰り限界線に到達しているわけだから、ロックが率先して知識を披露したがるのもややでしゃばっていると言えなくもない。この辺りもアラシがロックに対する偏見を捨てきれない要因になっているのだが、ジョージから言わせればアラシも前パーティーに居た頃はただ寄生していただけである。


 とはいえ、見てきて得た知識と実際に戦った経験は本物であり、頭でっかちなロックよりはよほど頼りになる。


「おおアレか、早速来たみたいだな」


 現れたのはサイズもシルエットもほぼそのままなのに、凶悪な顔面をした羊だった。しかも本来ふわふわとしているはずの体毛がやや光沢のある灰色をしていて、さながら突進するスチールウールである。


「でや!」


 いつものように神速の踏み込みでもって刃を剥きだしにした機構刀で切り込む。


 結果もいつものように一瞬で真っ二つ、という事になるかと思われたのだが、なんとダイアシープの体毛はジョージの一太刀を通さなかった。


「おっ」

「なに!」

「アニキの攻撃が!」


 煙とならないモンスターに弟子たちばかり狼狽えているが、当の本人は実に嬉しそうに飛び退いて構えなおした。いたって冷静である。


「羊といえど、顔は露出してるから弱点はわかりやすい。もこもこしてるせいか鋭い蹄のある前後両足の動きは鈍い、これもある種弱点だろう。あとは」


 ダッ と床を蹴ったダイアシープがジョージに向かって突進してくる。角も生えているが角の形は羊のそれなので刺さるような事はなさそうだが、アラシから注意されていたとおり鋭い牙をむき出しにしておよそ草食動物が元になっているとは思えないほど凶暴な形相で噛みかかってきた。


「口の中ってのは弱点なんだぜ?」


 突進にタイミングを合わせ、ジョージはなんのためらいもなくガバッと空けられたダイアシープの口の中に機構刀を突き入れた。


 息絶えたとたんに煙となって消えるモンスターたちに内臓器官がきっちりと存在しているのかはわからないが、ジョージの手応えでは食道を突き抜けて胃袋を破った辺りでダイアシープは煙となって消えた。


 あとには元になったダイアシープに生えていたものと同じ質感の羊毛が一束残される。


「ふむ。《鑑定》。ダイアシープウールか」

「あ、あっさりと勝っちゃったッスね」

「魔法を使って相手をしても、普通はもっと苦労するものなんだが……」

「おまえら、俺が一撃で倒せないだけでピンチになるとでも思ったのか?」

「いやあ、ピンチとか関係なくアニキが一撃でモンスターを倒せなかったところなんて初めて見た気がして、ビックリしただけッス」


 ロックもはひたすら素直だったが、アラシはどうやら図星だったらしく言葉をなくした。こちらもある意味では素直である。


「ダイアシープの毛は今アニキも体感したとおりすごい丈夫で斬撃にも衝撃にも強い素材ッス。暖かさ、保温性っていうんスか? それもかなり高いらしくて、冬でも雪なんかめったに降らないこの辺じゃあんまり人気はないッスけど、北区をメインで攻めてる潜窟者なんかはダイアシープの毛糸で編んだインナーを着て攻略に挑む、っていう話を聞いた事があるッス」


「なるほど。ニットのインナーか。暖かそう、もとい暑そうではあるなあ」

「以前務めていたメイドの一人にレドルゴーグよりさらに南国育ちが居て、ひどい寒がりで、それを贈ってやった事がある」


 毛糸にまつわるエピソードで急に良い話をしだしたアラシ。面倒見がいいという一面はもう知っているためジョージもロックも驚かないが、ジョージは一つ気になった。


「ちなみにそのメイドさんは、なんで辞めたんだ?」

「嫁に行った」

「そうか」


 寿退社とは予想外だった。アラシがプレゼントをした事が切欠で同僚か母親のどちらかからイジメでも起きたのでは、と邪推した自分をジョージは少し恥じる。


 お互いに顔に出さない内心のところで完全に認めきれていないのは、ジョージもアラシもお互い様のようだった。


「まあいいや、こんどはお前らで相手しろ。無理に口の中とかは狙わないでいい。顔を狙うか、突きを積極的に使って行け」

「うス!」

「わかった」


 会話しながらの休憩のあとは弟子たちの修行タイムである。


 この階に現れるモンスターたちも、モンスター同士での争いはしないらしく、複数種類のモンスターが小さな群れのようなものを作っているところに遭遇する回数も増えてきた。


 さすがに四体以上の敵と対する時はジョージも戦闘に参加するのだが、あまり積極的にモンスターを倒そうとはせず、不意打ちをしかけてきたリビングギアを優先的に狩るばかりでジェリウマイトとダイアシープはほとんど弟子たちにけしかけていた。


 ジェリウマイト四体、ダイアシープ二体と同時に現れた上に、戦闘中に二体のリビングギアに攻撃された時はさすがの弟子たち、得に体力が強化されているはずのアラシでさえ息切れしてなんとか切り抜けた時にはあちこちに擦り傷をつくり若干ながらも血を流しながら肩で息をしていたが、そんな時ですらジョージは無傷を保っている。


「ほれ、傷を見せろ」


 何か理不尽なものを感じざるをえない弟子二人だったが、ケアはしっかりとしてくれるので文句も言いづらい。


「ふむ。見た目にはアラシの方が血を出してるが、どれも筋肉までは傷めてない。ロックは腕に一箇所だけ食らったみたいだが、これはけっこう傷が深いな。ダメージとしてはロックの方がでかい。この辺がカラーランクの差なのかね」


 しかも二人の傷を見比べて考察する余裕まであるらしい。そのくらいの余裕がある程だから、治療のほうはしっかりと行っている。この実力差はどこからくるのだろうかと、考えずには居られない弟子二人だった。



 こんな調子でさらに攻略は進む。



 傷を負ったまま戦う事になればもっと辛い展開にもなったかもしれないが、激しい戦闘を繰り返しているわりに体力の消耗は穏やかで、目標の五十階に到達しても三人にはまだ少し余力が残っていた。


 ジョージはいわずもがな、苦労させられている弟子二人にも余力があったことは、本人たちが一番意外だった。


「どうする、下行ってみるか? 戻る時間を考えたら2階か3階がギリギリだと思うが」


 出現するモンスターの顔ぶれが変わるのは五階刻みだ。時間的に五階も攻略する事はできないだろが、提案する事は無駄ではない。


「そっスね。オイラは行ってみたいッス」

「同じくだ」

「わかった」


 弟子たちのやる気を感じ、ジョージはニッコリと微笑んだ。



 五十一階で退場するのはジェリウマイト、登場するのはリビングシャフトという。


 リビングギアはひとりでに立ち上がって動く歯車である。ではリビングシャフトはと言えば、文字通りひとりでに立ち上がって歩く軸棒だった。ただしリビングギアは一律して直径十センチほどで厚みが一センチ近くあり歯車の歯も鋭利さなど皆無であったのに対し、リビングシャフトは棒という形状から、両端は体のどこかに刺さるかもしれなかった。


 目などに刺されば致命傷にもなりかねないだろう。


 ダイアシープが現れたあたりから、出現するモンスターたちが明らかに殺傷能力を持ち始めているとジョージは感じていた。


「気をつけろっ! と」


 跳んできたリビングシャフトを叩き落しながら注意を促す。


「このリビングパーツたちは初撃さえなんとかすれば雑魚なんだがなあ」


 ギアもシャフトも何かの部品である事には違いない。よってジョージはこれらひとりでに動く部品たちをまとめてリビングパーツと呼ぶことにした。


「その初撃をなんとかするの……がっ!」

「ほーれ、喋ってる暇があったらちゃんと迎撃しろ」


 せっかく独り言を拾って返そうとしたアラシにひどい扱いであるが、ダイアシープを相手にしている最中に会話をしようとしたアラシも悪かった。


「ロックはもっと魔法の使い方を工夫しろ。毎回全力投球しようとすんな。そもそもまだ敵をしとめられるだけの威力がねえんだから、けん制に重点を置いて使うようにしろ」


 やはりまだ技量が追いつかないロックにも駄目を出す。ロックの方はダイアシープ二体を同時に相手しており、今飛んできた注意も半分は耳に入ってきても聞けていなかった。


「片方はオレがやる!」


 そこでなんとか力押しで自分が相手していたダイアシープを片付けたアラシが援護に入った。一対一ならばロックもそう簡単に遅れを取らない。いや、取らなくなったと言うべきか


「《マナスローイング》からの《オーラスラッシュ》! っ突きぃ!」


 半分しか聞こえていなかった注意だったがなんとか大事な部分は拾っていたのだろう。マナスローイングを布石としてダイアシープの横っ面に叩きつける。衝撃で左を向いたその顔にめがけて魔力を若干上乗せしたオーラスラッシュを放つ。それでもしとめ切れなかったが、顔に傷を受けて大きくいなないたダイアシープの口めがけ、ジョージが最初にやったように剣を突き入れた。


 突きが決め手となって煙と消えるダイアシープ。


 一方でアラシは、


「《オーラスラッシュ》!」


 大剣で放つオーラスラッシュによって一撃でダイアシープの羊毛に覆われていない頭を真っ二つにした。その一撃で終わりである。


「ふーむ、得物もそうだがやっぱり素の膂力が違うなあ。これもカラーランクの差か」


 相変わらず冷静に分析しているジョージ。その言葉を聞いてロックが若干顔をしかめた。


 試合で勝てても実戦で負けている。弱い兄弟子と強い弟弟子の力の差は、ダンジョンの攻略が進んでもまだ埋まりそうになかった。

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