011-攻略、攻略! -3-
翌日も師弟の三人はディープギア攻略に精を出していた。
「ふわぁーあ」
ほとんど一睡もしなかったジョージがしきりにあくびをしているが、戦闘はしっかりやっているので弟子二人から文句などは言えなかった。
というのも、帰る前にといっていたが結局もともとオールドスミスに住んでいるキョーリとジョージを除いた四人全員が泊まって行く事になり、女性二人にハンモックを使わせ男連中はその場で雑魚寝した。
オールドスミスとギルドホールはそれほど離れていないため、ランナとロックはその気になれば帰れたのだろうが、自分の店に住んでいるリーナは夜道を少し歩かなければならい。さすがに危ないから泊まって行くという事になったわけだが、そうなるといくら幼い頃から知っている枯れた老人の家とはいえ今は青年も住んでいる場所に年頃の乙女が一人で泊まるわけにもいかず、ランナも同伴となり、だったらロックだけ帰るのも変だろう、という流れができたのだ。
女性二人はさっさとハンモックのある寝室に引っ込んで女子の会話を始めてしまい、残された男性陣も自然と男子のバカ話で盛り上がる。
そのうちキョーリがひっそりと酒を飲み始め、その酒を間違えて飲んでしまったロックが撃沈。そのロックに指差して笑っていたアラシも、ジョージとキョーリが武器談義に花を咲かせ始めてから話し相手が居なくなり自然と眠ってしまう。
ジョージはというと、即席カマドの火の番をしながらも、キョーリとともに変わった形の武器や、変わった運用方法のある武器について話し続け、そのまま朝になってしまった。
一睡はしたものの眠れたのは二時間程度しかなく、体力を回復させるには不十分だった。
「今日は本調子じゃないッスよね? 今日くらいはちょっと力を抜いてもいいんじゃないッスか?」
弟子からの甘い言葉にジョージは頷かない。
「力はもう抜いてんだよ。この程度の敵、いちいち全力出さないと倒せないんじゃもっと下の階にゃいけんだろう」
「そうかもしれんが……」
今目の前にいる敵に、苦戦とはいかないまでも脅威を感じていた弟子たちは納得いかない。とくにアラシはまだカラーランクによって実力が決まるという考え方を捨てきれずにいるため、未だに自分よりカラーランクの低いジョージが自分よりも余裕綽々でモンスターを屠っている姿が不思議で仕方ない。
「……オイラたちもがんばるッス!」
兄弟子のほうは、ひたすら前向きだった。
現在三人は、西区の三十五階まで来ていた。
三十一階からこの階まではサンドワームとミニマムゴーレムというモンスターが出現する。
サンドワームはリキッドワームによく似た大きなミミズだが、動きが鈍く、その分頑丈にできている。
ミニマムゴーレムは大人の膝丈くらいまでしかない小さく細身な石の人形のようなモンスターだが、石でできているくせにすばしっこく、そしてサンドワームよりも更に硬い。
どちらも攻撃力のあるモンスターではないことが幸いしているが、武器を大剣にかえ素早い敵が苦手になっているアラシはもちろん、魔法剣士へのジョブチェンジを果たせたもののもともとの技量がまだ少し足りていないロックもミニマムゴーレムに攻撃を当てきれず、なにかの偶然にしか決定打を与えられずにいた。
「つーか、お前ら一人ずつで戦おうとしないでもうちょっと仲良く戦えよ」
眠そうな顔でジョージは二人の足りない部分を指摘した。
北区のモンスターたちはリキッドワームの鞭のような体当たりのみ警戒していればよほどのドジを踏まない限りは単独で挑んでも命の危険などは感じないような難易度だった。他の区画は違う。
要は連携しろという事だ。
「仲良く……」
ロックはジョージと行動している時はあわせる側だったからすぐにでもできる気がしていたが、アラシはロックを心のどこかでみくだしている部分があった。つい昨日までは。
実力の面で見てしまうとまだそれを払拭できないが、仲の良さでいうと、同じ鍋の飯を掻っ食らった仲になった今なら、なんの偏見もなく付き合える気がしていた。
「やってみるッス。アラシも、いいッスね?」
「おう」
ここはたとえ名目だけでも兄弟子らしく、ロックのリードから始まった。
「へぇ」
てっきりロックがアラシの動きに合わせるのだとばかり思っていたジョージは、眠い目を驚きでやや開く。
さっそく難敵であるミニマムゴーレムがガシャコンと開かれた天井から投下される。
さすがのゴーレムも空中では身動きできないようで、着地する前に決定打を与えるのが最善の手であったが、唐突に現れるモンスター相手に重量級の武器を振るにはタイミングを合わせねばならず、スキルのおかげでそれなりに使いこなしているとはいえまだ完全に慣れ切っていないアラシにはまだ無理だった。
床についてさっそくすばしっこく動き始めたミニマムゴーレムは実に癪に触る手振りも加えながらそこらじゅうを駆け回り、隙あらば体当たりしてくる。
小柄で細身であるからまだいいが、石でできているため、当たればそれなりに痛い。痛いは痛いが急所にでも直撃しないかぎり致命傷にはなりえない。
「くそっ!」
「焦ちゃダメっス!」
目では追えるのに武器は当てられない。アラシには非常にもどかしい。
次第に苛立ちを募らせるなかでロックが叱咤する。
「オイラが!」
右手に剣を、左手には魔力の礫を準備している。
ロックは片手で剣を操ってミニマムゴーレムの動きをけん制しながら、ちょっとした隙を突いてマナスローイングの破裂する性質を使いミニマムゴーレムの体を空中へ跳ね上げる。
「アラシ!」
「ああ!」
跳ね上げた高さ、方向、ともに上々だった。ゆっくりと放物線を描いたミニマムゴーレムはアラシの大剣のストライクゾーンに侵入し、合図を受けたアラシはそれを一太刀のうちに両断する。
ボフン と煙が立つと、あとには小指の爪サイズの小さな宝石が残る。
「サファイアだ。当たりだな」
大きさ、純度ともにクズ石と呼ばれるレベルの低品質な宝石だったが、サファイアは比較的高価になる当たりのクズ石だった。
「うん。やれそうだな。ゆっくり降りながらもう何度か今の調子でやってみて、行けそうならアラシ主体の戦い方も研究しろ。どっちが得意ってのはあるだろうが、両方できて損はない」
「了解ッス!」
「わかった」
余談だが、サンドワームのドロップはただの砂である。ただの砂であるが、上質なガラスの原料になる砂で、価値でいうといくらクズ石とはいえ宝石とは比べるべくもないが、需要の多さで言うとこちらの方が圧倒的に上であった。
こんな調子で更に進んで行くと、三十六階から出現するモンスターの顔ぶれが一つ増える。
「お、ジェリウム……? の、石みたいな」
「ジェリウマイトっスね。硬い代わりにアイスジェリウムよりジェリタイトのドロップ率が高いらしいッス」
アイスジェリウムと同じように、ジェリウムの発展変化といったところだろうか。表面が宝石のような光沢をはなついかにも硬そうなジェリウムだ。
「ふむ、とりあえず俺が」
ズドン と踏み込んで真っ二つ。やはりジョージの手にかかれば相手にもならないようだ。
「うん、こいつも二人で行けるんじゃないかな」
ロックはもうジョージの瞬間移動のような神速の踏み込みにも慣れたものだったが、アラシはまだ少し見とれて、その後その人間離れした動きに呆れてしまう。
そんなアラシになどお構いなしに攻略は進み、ジョージの言うとおりジェリウマイトも二人で連携するまでもなく特に問題なく狩る事ができた。
ミニマムゴーレムが同時に四体以上現れた時だけはジョージも少し助太刀したが、そうでもなければ弟子たちの修行の一環としてとことん放置した。
それでも苦もなく進めてしまうのだから、今日のダンジョン攻略もここまでは順調と言えただろう。
問題は次のモンスターが現れる四十一階からだった。
「うおっ!」
さらに下の階を目指すべく四十一階の通路を進んでいるとき、唐突にダンジョンの壁から歯車が一つはじき出されジョージの顔めがけて飛んできた。
驚きはしたものの危なげなくかわすジョージ。
目の前を通り過ぎ床に落ちたそれを見ると、やはり歯車である。ただし、壁にひっついている歯車のように艶のない薄黄金色ではなく、錆びた青銅の色とでもいうのか、濃い緑色をしている。
「ふむ? ていっ!」
脆そうな見た目ではあるが明らかに金属的な質感だ。ジョージは機構刀は使わず神速の踏み込みと共にその歯車を蹴りつけた。
見た目以上に脆かったらしく、その歯車は勢いはともかくなんの変哲も無い皮の靴を受けただけでバキンと割れて煙となって消えてしまった。
煙となって消えるという事はモンスターである。後には何も残らなかったが。
「リビングギアの、たぶん今のはブロンズっスね。同じ材質の金属を少しだけドロップするって話ッスけど。無い、みたいッスね」
「ドロップ率が100パーセントじゃないんだろうな」
どうせ手に入ってもブロンズである。ジョージに惜しいという気持ちはなく、弟子たちも同様だった。
「しかし、不意打ちは辛いな。壁の中で色が違う歯車があったら要注意だ。いいな?」
「うス!」
「わかった」
と、威勢よく応えた弟子たちだったが、これになかなか苦戦する事になる。
ただ歩いている時ならば壁、床、天井のどこであろうと色の違う歯車を見つける事は簡単だ。ところがどうしても他の事に気をとられてしまう時、特に他のモンスターとの戦闘中に壁や床にまで意識を向けることは難しかった。
「ぐあっ!」
ここに来て初めて、流血するほどの傷を負うものが現れた。
犠牲者第一号はロックだった。
「いってえぇ」
傷の痛みに集中を切らしつつも、ロックは果敢に剣を構えたままで対峙していたジェリウマイトに攻撃させる隙を与えなかった。ジョージが来る前はランナにひどくしごかれていたからだろう、痛みへの耐性は高いらしい。
額から激しく血を流しながらも、アラシがなんとかサポートに回れた事でジョージが助けることなくモンスターを煙に変えた。こういう時に限ってドロップアイテムも無いと来る。
「おうおう、顔に食らったか。顔は傷が浅くても派手に血が出るからなあ」
ロックは額の真ん中から血を流して胸元まで真っ赤に染めているわけだが、とくに慌てもせずジョージは掌に緑色の光を浮かべてそれをロックの額に当てた。
すぐに血が止まり、それどころか服に広がっていた血の染みがゆっくり消えて行く。
それを見て、アラシがあんぐりと口を開ける。
「あ……え? 師匠は、回復の奇跡まで使えるのか!?」
師弟関係になって一週間と少し。アラシにはまだ驚きの連続であるようだった。




