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011-攻略、攻略! -2-

 野菜を食べ終え、キノコを食べ終え、芋に手が伸びる前にしっかりと煮えきったカニが食べられ始めた頃、オールドスミスの作業場はただただ鍋が煮える音だけが響く静寂に包まれていた。


「(ふむ。カニを食う時はみんな静かになるっていうのはこっちでも共通らしい)」


 この場に居る誰よりもカニの身をほぐすのが上手いジョージは既に足を三本も食べ終え、難関といわれるハサミに手をかけていた。


 足のおよそ半分をジョージが一人で食べている事になり、ジョージは自主的に追加のカニをもう一杯鍋に放り込んである。


「(あんなモンスターからドロップされた蟹だから、元になったモンスターに似るのかと思ってたけど、味はもとより見た目もほとんどズワイガニだな。うまい)」


 ハサミの部分にはさすがのジョージも苦戦するらしく、鋭利なナイフを取り出して念入りに切れ込みを入れると、ナイフの柄でもってガチンと叩き砕いた。


「あ、いいねそれ。使っていいかい」

「どうぞ」


 物音で少し注目を集めたがみなすぐに自分の作業に戻る。ランナだけがジョージの使っていた方法を見て感心し、自分も利用する事にしたようだ。


「ほう……なかなかの品じゃな。ワシにもあとで見せてくれ」

「ほいほい」


 ジョージからランナの手へ渡って行く途中でキョーリも興味を向けたようだが、鍛冶屋らしくナイフそのものへの興味だった。


 再びの静寂。



 新しい方法を取り込んで格段に効率よく身をほぐせるようになったランナだったが、もともとの性格が雑なためか今でもそれほど上手くはない。


 あれほど器用に鞭を操るというのにカニの扱いは苦手なようだ。


 ナイフの扱い自体には危なげもないものでハラハラする要素はないのだが、完全に思うようには砕けないらしくイライラが見え始めた。


 切れ込みを入れるだけではなく、叩く時の力の加減も重要なのだ。と教えてみてもいいが、これは口頭で教えられるような事でもないので黙っておく事にした。


 癇癪を起こすようなら自分が代わりに身をとってやるべきかな、とも思ったが、自分もまだ満腹ではない。二杯目のカニもまだ煮えていないので口には出さない。



 ジョージの次に器用に身をほぐして食べているのはリーナだった。


 しかししかしこちらもなんだかイライラしている様子で、しかもジョージに向けてある種の敵意をむき出しにしていた。


 おそらく薬の調合などで普段から殻をもつ動物の解体をやっているのだろう。そのノウハウは持っているのにカニの食べ方でジョージに負けているのが悔しいらしい。


 はじめは苦戦しているランナに遠慮していたようだが、ジョージが二杯目のカニを投入して、まだまだあるのだと察してからは一切自重がなくなった。


 パキッ と足を間接の逆に折り、引っ張って回して殻を開けずに内側から身を剥がすというテクニックは見事なものだが、効率が落ちている原因は剥がした身を引き抜く際に、あまりに慎重に集中してやって時間をかけすぎているというところだった。


 しかも本人は集中している最中は時間の感覚がなくなるらしく、まあ見事に一切の千切れもなくぷるぷるのカニの身が現れた時には、ジョージが既に次の足に手をかけているのを見て少し憮然とした表情になった。


 気持ちはわからないでもないが、そんな表情を向けられる方はまったく知った事ではない。


 きっと普段こうして集中して作業をするのは、下手を打てば薬効がなくなってしまう物や、ちょっとした刺激で爆発してしまうような危険物などを取り扱っている時なのだろう。言ってみれば薬師としての習性のようなものかもしれない。


 これは仕方ない。



 次に器用なのはロックであるが、ロックは食べ方が雑だった。


 きっとあの剥かれた筒状の殻の中にはまだ食べられる部分が残っているだろうな、と思わせるような食べ方である。


 本人としては箸の一本を使って入念に身を掻き出したり押し出したりしているつもりなのだろうが、どうにも新しいおもちゃを見つけた幼児の姿が重なって見える。


 確かに美味い美味いと食べているようだが、どことなくカニの身を取るという作業を主に楽しんでいるように見えた。


 ここでジョージはおもむろに分厚い鉄のハサミを取り出し、ロックに渡した。


 ロックはまだ一本目の前腕部で苦戦していたため、爪先を切ってそこから押し出せとジェスチャーで伝える。


 なぜだか嬉しそうに目を輝かせたロックは、さっそく指示通りにやって詰まっていた身を取り出す事に成功する。


 しかし、前腕部の爪の方に残っていた身など大した量ではなく、とても苦労に見合った分は無いように見える。


 少しの落胆のあと、しかしロックはまた嬉しそうな顔になって取り出した身を口に入れ、二本目の足に取り掛かった。



 アラシの食べ方はなんとも無様なものだった。


 おそらくカニなど既に身をほぐされた物しか食べてこなかったのだろう。


 まずカニの足のはずし方すらわからず出遅れ、足を一本手にとったのはいいものの、折り方もわからずジョージのやり方を観察するのだが、ジョージが上手すぎて参考にならず手本をロックに変更した。


 ロックの食べ方が既に雑なのだから、その模倣も雑にならざるをえず、しかも有り余る腕力でもって力任せに強引にやるものだから勢い余ってカニの実の破片がアラシの周囲にぽつぽつと飛び散っている。


「もっと肩の力ぬいて、引き抜くんじゃなくて箸の先で横から削ぎ落とすみたいにやってみろ」

「ハシ……? あ、この木の棒か」


 カニはまだいくらでもあるがこれはさすがにもったいない。ジョージも見かねて初めてアドバイスをした。


 そこからのアラシは劇的に上手く――なる事はなかったが、少なくとも周りに身を散らかす事はなくなり、余計に時間がかかるようにはなったが気持ちを苛立たせずに上手く集中する方法を見つけたようで、さらに黙々とカニの足に箸を突っ込んで身を掻き出し続け、たまにジョージが渡したハサミをロックと共有するようになった。



 そして最も遅く、最も堅実にカニを食べているのはキョーリだった。


 キョーリもはじめは皆と同じように素手と箸だけで食べていたのだが、途中から鍛冶に使うものとほとんど同じ形の新品のハサミを持ち出し、丁寧に殻を半分に切って開け、更にそこから掬いだした身を一口サイズに切り分けてから一つずつじっくりと味わって食べている。


 殻と身を切りわける作業こそ熟練の職人の技術をかんじさせる手際の良さがあるが、非常に長くカニの味を楽しむためようやく他の全員が二本目以降に手をかけはじめたというのにキョーリだけまだ一本目の上腕部の最後の一切れを口に入れたところだった。


 見ていて心配になるほどの食事ペースだが、キョーリはジョージがはじめからカニを一杯だけしか持ち帰らないなんて事がありえないとはじめから知っていた。


 年の功もあり、ジョージの食に対する執着と情熱を一番理解しているのはキョーリであった。



「一匹目の足は全部うれたな。じゃ、ミソ開けるから姐さんちょっとナイフを」

「ああ、はいよ」


 足もカニバサミもなくして胴体だけになった一杯目のカニをいったん鍋から取り出すと、ジョージは側面からナイフでもってズズズと切り分けていく。


 見事に背と腹に分断されたカニの殻を開くと、初めて見る者には少しグロテスクに写るだろう中身が姿を現した。


「ミソ、苦手な人いるか?」


 その見た目や、少しクセのある味から苦手とする者もいるカニミソである。


 確かめてみたがキョーリ以外は全員きょとんとしている。


「あたしはカニを食べるの自体今日がはじめてだよ」


 ランナが言うと同じようにしきりに頷くその妹弟。食べた事がなければ苦手かどうかなどわからない。


「オレは食べた事はあるが、そんな風に食べるのは初めてだから、苦手かどうかは……」


 アラシはどう転んでもいいとこのお坊ちゃまだ。しかし食べ方が始めてなのであって食べた事はあるのだから苦手という事はないだろう。


「ワシは大好物じゃ」


 キョーリはひたすらいい笑顔を輝かせている。


「じゃ、一匹目は初見の四人にスプーンで分けようか、二匹目はキョーリさんで。俺はまだこの中にいっぱい入っているから」


 ひとまずまだ大量に確保しているジョージは余裕だった。


 六人で食べるならば今日のところのカニは二杯で十分だろう。ジョージは別段、カニミソが大好物というわけでもなかったため、おとなしく他の皆にゆずる事にした。


 ひとまずスプーンで一杯ずつカニミソを食べさせて行き、意外にもランナが見た目がダメだという理由で脱落、続いてリーナが匂いが強すぎるという理由で脱落し、一杯目のカニミソはロックとアラシが仲良くはんぶんこした。


 ここでなぜか、カニミソは足とハサミを全て食べ終わった後にしか開けてはいけないというような空気が出来上がってしまい、全員でふたたび黙々とカニの身をほぐして食べ終わった頃にはキョーリ以外全員が満腹になっており、キョーリもカニミソを食べ終わった頃には満足げな表情になっていた。


「はあ、満足満足。もう入らないよ」

「明日がちょっと怖いかも」


 本当に満足げにしているランナと、最後までジョージに勝てなかった事に少し不満を残しているらしいリーナ。結局ランナはカニの身のほぐしかたというよりも、ナイフの扱いに長けてしまい、ジョージが代わりに身をとってやる必要はなかった。


 ちなみに、リーナが何に怖がっているのかは……謎である。


「今まで食ってきたカニより、なぜかずっと美味かった」

「うん、美味かったし、なんだか楽しかった」


 カニミソを分け合った甲斐もあってか、ロックとアラシの間に友情が芽生えている。


 ところが、鍋にはまだ白濁した汁と芋が残っていた。


「この残った汁はどうするんだ? 芋ものこっとるし、ダシ? とかいうのは出たのか?」

「ああ、これにはな、まずこうして」


 ジョージはまずキョーリとアラシからカニの背殻を受け取って鍋の汁で洗うようにして殻の内側にわずかに残っていたミソを汁に溶き入れる。


「さらにこうして」


 そして、先ほど帰り道で購入した粉に挽く前の大麦をざらざらと流し込み、鍋に蓋をした。


「で、こう」


 最後に木炭を少し追加して再び火を強くした。


「カニミソ仕立ての麦芋雑炊だ。このまま放置して炭が尽きる頃には具合に炊けてるだろう。明日の朝飯だ」


 雑な炊き方ではあるが超一流を目指すのでもなければこんなものだろう。


「あと、しばらくみんな手がカニ臭いと思うから、帰る前にしっかり手を洗った方がいいぞ」


 最後の注意に、全員が同時に自分の手を嗅いだ。注意したジョージまでも。


 その動作があまりにもシンクロしていたもので、みんな同時にどっと笑いあったのだった。

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