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011-攻略、攻略! -1-

 弟子二人を伴いつつ、ジョージは久々に小躍りするような足取りでダンジョンから帰還した。


 場所は北区入り口、日帰りの限界と呼ばれる浅層部五十階からの帰りだった。


「ひゃっふー、今日は美味いもん食ぅえる~!」


 今日ははじめから五十階まで攻略するぞという予定いたため、朝早くからディープギアに入ったのだが外はもう夕暮れも終盤、やがて夜というころあいだった。


「疲れた……ッス」

「なんで師匠はあんなに元気なんだ……」


 早朝から今の時間まで、はさまれたのは若干の休憩のみでほぼ歩きとおし戦い詰めであった。ロックはもとより、ギルドカードのカラーランクが示すとおり体力もかなり強化されているはずのアラシでさえ疲労を隠せていない。


「まだ暑い時期だけど、やっぱり鍋だな。野菜を買って帰るか。ミツバとシラタキもあれば言うこと無しだが……まあ高望みはダメだな。鍋は確かキョーリさんとこにあった。

 あとは……しめに大麦で雑炊でもするか。大麦も買って行くか。

 アラシ!」

「は、はい!」


 まだえらそうな態度が抜けきらないアラシだったが、ジョージからなにかただならない剣幕と勢いを感じてしまい、つい正しい敬語が出た。


「今日の夕飯はうちで食って行け。家には、もしかしたら遅くなるって言ってあるんだろ?」

「あ…ああ。爺には伝えた。正直、ダンジョン内で一泊する事だけは許されなかったが、ギルドホールになら泊まっていいといわれたのは初めてだったぞ」

「そうか。まあ泊まるとしてもギルドホールじゃなくてオールドスミスだけどな」


 イエート家の使用人たちからの依頼と報酬に加え、彼らの繋がりから少しずつ細々とした依頼が舞い込むようになり、鯨の泉亭に泊まるだけの稼ぎをもう得ているのだが、ジョージは相変わらずキョーリの経営する鍛冶屋であるオールドスミスに寝泊りしていた。


 理由は居心地がいいから、である。


「鯨の泉で出る肉野菜炒めも美味いは美味いんだがな。毎日あれだとさすがに飽きる。

 ロックは悪いが一度ギルドホールに帰って、姐さんが居るみたいなら誘って来てくれ」


 ジョージはここで一呼吸置いて、無駄にもったいぶる。


「今日は、美味いぞ!」

「……うス! ひとっ走り行って来るッス!」


 呼吸が整ったのか、急に元気を取り戻したロックはジョージの命令どおりランニングの速度でギルドホールへ向けて一人一足先にと駆けていく。


「なんで……あいつはあんなに元気になったんだ……」


 一人だけ、師匠と兄弟子のノリについていけないアラシは、弟子として自分もああなるべきなのだろうかと無駄にまじめに悩み始めたのだった。



 ジョージが上機嫌な理由はディープギア北区の四十六階から五十階に出現する三種類のモンスターのうちの一種類にあった。


 前回の依頼から北区は三十五階まで攻略した三人だったが、バブルシェルの食材化のあてが外れたジョージがあきらめ切れなかったという理由によって、ディアル潜窟組合のギルドホールから最も遠い北区を速やかに攻略するという方針が強引に決定された。


 その翌日である今日からさっそく、日帰りの限界に挑戦しあっさりと成功させたわけだが、アラシは以前に組んでいたパーティーとともに東西南北の四区画すべてで日帰り限界線には到達しており、その顔ぶれはほぼ経験済だったため、ガイドのような役割も勤められたという事が少し貢献しているかもしれない。


 午前中の早いうちに前回の記録である三十五階まで到達し、特になんの感慨もなく記録を更新した。


 三十六階からは、モンストルタートルとバブルシェルに加え、出現するモンスターの種類がさらにひとつ増える。


 アイスジェリウムという名のモンスターは、その名が示す通り冷やっこいジェリウムである。


「アイスっていうにはだいぶ柔らかいなぁ。これくらいなら、アイスっていうよりシャーベット。いや、ジェラート、そうだ、ジェリウムじゃなくてジェラートじゃねえか?」


 などと言ってジョージは一人で盛り上がっていたが、意味のわからない弟子ふたりはポカンとするしかなかったというのはご愛嬌である。


 このアイスジェリウムについても冷えているためか一階から五階までに出現する普通のジェリウムと比べてすら動きが鈍く、絶好のカモであった。


 アイスジェリウムもジェリウムゲルをドロップするほか、レアであるジェリタイトのドロップ率が倍ほど高いらしく、ここまで自力で降りてこられるグリーンランク程度のパーティーはもっぱらここを狩場にしているようだった。


 ただ、アイスジェリウムは出現する階層が三十六階から五十階までとだいぶ広くなっているため、やはりダンジョン内の人口密度はあまり高くなかった。


 ゴブリンラッシュやオーク材の部屋が現れる層というのは、実は非常に稀であるらしい。


 さらに階を降り、四十一階からは不遇モンスターのモンストルタートルが退場し、代わりにフロートルゼリーフィッシュという宙に浮くクラゲのかたちをしたモンスターが現れる。


 が、これも決してモンスターらしいモンスターとは言えない強さの敵だった。


 いくら宙に浮こうが、所詮はクラゲなのだ。


 ふわり、ふわりと回遊しており、潜窟者が近づけばおそらくは襲ってきているのだろうと思えるような挙動は示すのだが、俊敏さなど皆無であり、かといって硬い敵かといえばそうでもなく、剣で薙げば切り裂かれ、槍で突けば破れ、矢を射れば貫かれ、魔法を打てば溶ける。要はただの的。無数の触手に絡まれれば毒針に刺され全身を麻痺させられるという話もあるが、素肌に絡み付かれなければそういった事は起きず、犠牲になるのはよほどのドジだけだろう。


 ただ、このフロートルゼリーフィッシュがドロップするフロートルリキッドという宙に浮くほど軽い液体が、多くの工場が常時発注をかけるほど需要の高い品であるらしく、少しだけ集めてから次に進んだ。


 そうして来たのが四十六階から五十階。


 ジョージがテンションをあげている理由が出現する階である。


 ここからは、バブルシェルが退場し、代わりに新しくファイトクラブというモンスターが入る。


 ファイトクラブ、クラブ。ClubではなくCrab。つまり、蟹である。


 その姿を見た瞬間に、ジョージのテンションは爆発し、さらにそれがいかにも食べられそうな蟹をドロップした時にはハイテンションのマックスに到達した。


 このファイトクラブは蟹のイメージにありがちな左右にしか動けないというような弱点は無く、ハサミとハサミにつながる腕が大きく発達しており俊敏かつ器用に動いた。


 じつは、通常の潜窟者ならば避けて通るような強敵なのだが、瞬間移動のような踏み込みと共に放つ斬撃を一切の自重も出し惜しみもせずに乱用したジョージは、カニというカニを遭う端からすべて乱獲した。なにせ食材を確保するためのスキルの関係からジョージがトドメを刺さなければならないため、弟子二人の出番はほかのモンスターの相手のみだった。


 その数四十二杯。カニ鍋パーティーには十分すぎるほどの数だ。


 それだけの数のカニがすべてジョージの腰に据え付けられた小さなウェストポーチに入っているという事実には、もはや誰も突っ込まなかった。


 ちなみに、この乱獲が無ければ、三人はあと五階くらいならば下に降りられたかもしれない。そのくらい、三人の攻略ペースは順調だったはずなのだ。


 実際、北区は他の区画と比べて出現するモンスターの脅威度が低いといわれており、日帰り限界線は五十階というのが定説になってはいるが北区だけは非公式の記録ながら七十二回まで降りたという自己申告が残っているらしい。


 そもそも何をもって公式記録とするのかも不明だが、定説分の五十階にまでは到達できたため、今日のところはこれでよし、という事で帰ってきたわけである。



「ほう。クラブスープか。しかしずいぶんと具沢山だな?」

「俺の故郷じゃこうやって食べるのが一番贅沢な食べ方だったんだよ。料理のグレード的な意味じゃなくて、心の豊かさ的な意味でな」

「ふむ? よく、わからんが。まあよかろ。鍋となるとさすがに炉の日は使えんのう。どうする」

「こう、石レンガで囲って即席の囲炉裏をつくってさ、ここに炭火をちょいと拝借して」


 オールドスミスに帰ってくると、ジョージが途中で買い物に立ち寄ったというせいもあって既にロックとランナ、さらにリーナも集まっていた。


 ジョージ、ロック、アラシにランナとリーナ。そして鍛冶屋の主であるキョーリ。六人が集まってもオールドスミスの作業場はまだ余裕があるほど広く、その真ん中辺りにジョージはポーチから十個ほど石レンガを取り出して手際よく並べて行き三十センチほどの即席カマドを組み上げた。


「炭ならいくらでもある。種火も炉からとってええぞ」

「ありがたい」


 こころよく許しを得たジョージは奥から木炭を麻の袋ひとつ分持ってきて半分ほど無造作に流し込む。


「おいおい、いくらなんでもそいつを点けるには時間が」


 よく詰まった木炭は薪よりもさらに火をつけづらい。それを火の回りも考えずに無造作に入れたのでは鍋を煮えさせるほどの強さになるまでには相当に時間がかかる、と思ったキョーリが注意をしきる前にジョージはさらにポーチから液体の入ったビンを取り出しぶっかける。

「なんだ? 酒の匂い?」

「99%のアルコールだ。酒精とか呼ぶところもあるが。少し離れて」


 興味深そうに顔を近づけていたキョーリとロックを離れさせ、ジョージは魔法の火でもって着火する。するとアルコールある程度気化していたため炭に火が接触する前に半ば爆発する勢いでボッと火が広がった。


「ほう! 派手に燃えるのう」

「すごい! ほしい!」


 即席の燃料であるが、真っ先に食いついたのはリーナだった。


「まあ、酒がダンジョンで産出されるなら純粋に近いアルコールなんて開発されないだろうなあ。たぶんこういうのは、水の神様の領分かな。かつてはアクアヴィットと呼ばれ、命の源と嘯かれたほぼ純粋なアルコールだ。一瓶お納め下さいな」


 醤油を神に奉じた時のキョーリを真似て、まだ七割以上入っているビンを天井よりも空よりも高いところに居るだろう神々に向けて掲げてみる。祝詞もどきはひどく砕けた調子だったが、果たしてそれは受け入れられてビンの中に入っていたほぼ純粋なアルコールはすべて光と共に消えた。


「おお……ふむ、水の神、と大雑把な御呼びかけでもお応え下さったという事は、水をつかさどられる神々の塔には全てで手に入るようになった、という事だの。

 しかし火をつけるにもかかわらず水の神様の領分なのか。ふむ、興味深いのう」


 キョーリも興味津々だ。


「油だって液体だけど火をつける、石炭だって石だけど火がつくでしょう。そんな事より今は鍋!」


 それぞれの考察に入りそうだった数名を強引に引き戻すと、ジョージは火がついた即席カマドの上にドンと鍋を載せた。


 そこに魔法ではなくしっかり井戸から汲んできた水を入れ、さっそく蟹を丸々一杯投入する。


「むお! そのまま入れるのか!」


 おおげさに驚くアラシ。ほかの面々も声には出さないが驚いて目を見張っている。


「カニは殻から出汁が出るからな。更に菜っ葉をちぎって入れ、キノコをほぐして投入。芋は皮を向いて適当な大きさに切ってから入れる。あとはひと煮立ちするまで待つんだが、みんな腹が減ってるだろうから少し力技を使う」


 そういうとジョージは両手を鍋に向けた。正確には鍋の下、即席のカマドか或いは、その中で燃えている炭火に、だろうか。


「せい、せい、セイ!」


 気の抜ける掛け声だったが、正反対の力の奔流がジョージの両手からほとばしった事がその場に居た全員にわかった。


「うそ、なんて精密な魔力操作!」

「魔力が注がれてるところとないところの境目がハッキリわかるッス!」


 特に、魔法の扱いがめきめきと上達しているロックと、もとから多少なりとも魔法の心得を持っていたリーナはその奔流を目で見た。


 はじめは無造作に鍋にぶつけられるかと思われた魔力のそれは精密に制御されするりと鍋とカマドの隙間に入り炭火に宿る。すると、普通は炎など燃え上がらせない上質の炭にもかかわらず、青い火を吹き上げ下部からだけでなく鍋の側面も包み込んだ。


「うっお! すげえ!」


 見た目にも派手なためアラシは大興奮だが、さすがに長くは続かなかった。


「っくはあ。やっぱり素でやるのは辛い。けどとりあえず汁は煮立った。あとはこの火の強さで野菜を食ってればカニにもいい感じに火が通るだろう」

「おう、見とれてすっかり準備をわすれとったな。ほれ、人数分の椅子がなかったんでな、二人はスツールになるが」

「ありがたい。じゃあ弟子二人がスツールな。あと、器はこれを使ってくれ」


 ジョージは謎のポーチから木製の深茶碗を人数分取り出して配る。


「じゃあ、いただきます!」


 真夏の鍋パーティーが、今、始まった。

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