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001-レドルゴーグ 潜窟者たち -5-

「ほう……ふむ」


 ジョージの方は微動だにしなかったが、キョー爺さんはじっくりと品定めをするようにジョージの上から下まで全てを見回した。といっても、顔以外はロングマントに覆われていて見えるハズはないのだが。


「面白い面構えをしているな、ボウズ。名はなんという」

「ジョージ・ワシントン」


 名を聞いてキョー爺さんは違和感をおぼえたようだった。クイと首を捻ったが、まだジョージが手の中でもてあそんでいたギルドカードを腕ごとひったくって確かめ、ようやく納得した。


「なるほど。わしはキョーリ・サムザンという。見ての通り半分は引退した鍛冶師だが、未練がましくまだ鎚を振るっておるよ」

「俺は、この町に来たばっかりで、しかも一文無しなもんだからタダでとめてくれる場所を探してたんだ。そんで、ランナ姐さんにここに案内されたんだが」


 いいながらジョージはランナとキョーリの顔を交互に見た。本当にこの場所で正しいのか? という顔だ。


「なるほど。ちょうど昨日、奥のハンモックが空いたところだ。弟子入りとまでは要求せんが、すこしばかりわしの手伝いをするならしばらくはタダで泊めてやってもかまわんぞ。働き次第では朝飯と夜飯も出そう」


 シワの深い老人特有の顔で表情が読み取りづらいキョーリだったが、提案した内容は好意的なものだった。そこでようやくジョージが安堵に表情を崩す。


「はあ、よかった。鍛冶の手伝いなんて始めてだから役に立たないかもしれないけど、その条件なら是非おねがいしたい」

「よかろう」


 簡単に了承したキョーリ。ジョージは何かに気づいて辺りを見回す。


「紙とペンは要る?」

「はあ?」


 キョーリはおかしな顔をしたが、ランナはすぐ意図に気づいた。


「契約するほどの事ではないわ。このくらいだったら口約束でもかまわないわよ。ね? キョー爺さん?」

「うむ。手伝うなら長くいてほしいところではあるが、ランナのギルドに入ったという事は潜窟者になるのだろう? ジョブは、ちっと聞いた事がないモンだったが、駆け出しのペーペーを契約で縛ってとどめようなんぞとは思わんよ。好きなだけ居て、好きな時に出て行け」


 口ぶりは乱暴だったが要はお前の自由にしていいと言っているのだ。ジョージは人情に触れた気がして思わず目頭を押さえる。


「さあ、さっさと荷物を奥に運び込んじまえ。まだ回るところが残っとるんだろう?」


 おおげさなジョージに苦笑しながらキョーリは一言で湿っぽい雰囲気を吹き飛ばす。もとより、赤熱した鉄が叩かれ火の粉が舞う灼熱の鍛冶場にしめっぽい空気は似合わない。


「大丈夫だ。俺、荷物こんだけなんだ」


 ジョージがロングマントをはらって見せる。握りこぶし二つ分ほどの皮のポーチを腰から皮のベルトでとめている他は、剣も盾もなく鎧もまとっていない。服は上下とも変わったデザインではあったが布のみで、靴もだいぶん変わったデザインのものだった。荷物の少なさよりも、キョーリはその服の珍しさに注目してしまう。


「ほう……おンし珍しいボトムをつけとるなあ。あとでじっくり見せてくれんか」

「うん? 構わないけど、他に回るトコロ、あるの?」


 不思議そうに男二人のやり取りを見ていたランナに視線が向くと、話を振られると思っていなかったようでぽかんと口を開ける。しかしこの辺りはさすがギルドマスターというべきか、改めてジョージの出で立ちを上から下までじっくり見定めると、フンと一つ鼻を鳴らした。


「そうね、考えてみたらここに案内してはい終わりってわけにはいかないわね」


 ここでもランナの面倒くさがりが現れた。はじめは終わりにするつもりだったようだが、武器も防具も身につけていないジョージを見て気が変わった。


「ちょうど、ここ鍛冶屋だし、出世払いでテキトーな武器と防具を見繕ってもらえる? そのあとに薬品店と、最後に酒場に行きましょ」


 武防具の有無が戦いにおいて重要であることは言うまでもない。次いで傷や毒を受けた時の対処法だが、何よりも大事は情報である。どの場所にどのような敵が出てくるか、またその敵に対する有効な手段は何か、これらの有無で対応速度が変わる事もちろん、生死を別ける場合すらある。


「まったく、顔なじみだからといっていいように使いよって」


 キョーリは当たり前のように無償を求めるランナに悪態をついたが、目では自分の鍛冶場をぐるりと見回した。なんだかんだで乗り気である。


「ダンジョンマスターっちゅうのは初めて聞くジョブだが、どんなんが得物なんだ?」

「片手で扱えるヤツなら一通り使える。だから両手を使わないともてないような大剣とか、弓矢はダメだ」

「ふむぅ? ソードマスター、いやウェポンマスターみたいなもんか? にしても両手武器が使えないってのはおかしいか」


 ソードマスターとは文字通り刀剣に類する武器を全て扱えるジョブである。ウェポンマスターはそれよりさらに広く、武器と類される物ならばどんなものでもポテンシャルを完全に引き出せるといわれている。


「へえ、そんなのがあるのか」


 ジョージが感心していると、少し奥の武器立てを物色しながらキョーリが頭をかく。


「まあそうそう居るもんじゃねえけどな」

「確か現存するウェポンマスターはレドルゴーグ(ここ)の議長様と、シャーマハルって砂漠の国の第二王子、だったかしらね」


 ランナが補足を入れるとジョージは特に感慨もないらしくへえと気のない返事しかしない。ランナが説明し甲斐のないヤツだとおもっていると、キョーリがようやく適当なモノを見繕ったらしく、棒状の何かをジョージへ放ってよこした。


「っと」


 反射的に右手でそれを受け取りながら、左手でギルドカードをポーチにしまった。両手でしっかりと渡された物を見ると、若干反りのある真っ黒な鉄の棒、のようにそれは見えた。鞘に収まっているのかと思えばそうではなく、押してはもちろん引いても抜けず、そもそも柄と鞘の境目がどこにもない。


「鉄の…棒?」


 まあ木の棒でなかっただけまだいいかと腰に差そうとしたときにキョーリが声でそれを制した。


「ああ、違う違う。柄の尻の方を捻ってみろ」


 言われるままジョージが鉄の棒の柄を捻ると、鉄の棒が反りの表からジャギンと開いて研ぎ澄まされた刃が現れる。


「おおう。ギミックが」

「暇つぶしに作った機工剣だが、機工を組み込んだせいで分厚くなった分、重くて取り回しづらいかもしれんが、悪い鉄は使っとらんから浅層部の50階くらいまでは十分に使えるだろう。あとはボウズの腕しだいだな」


 手元から切っ先までを舐めるように見て、ジョージはキッと視線を鋭くする。


「キョーリさん、人が悪いな」

「うんむ?」


 脚は肩幅に右足をやや前に出す、片手で持てる重さの剣を両手で持ち、刃を立て切っ先を天井に向け柄を顔の横辺りまで上げる、いわゆる八相の構えをとると、そこから刃を倒し刃は上に向け切っ先を居もしない虚空の敵に定めた。ただそれだけで鍛冶場全体の空気がピンと張り詰めた。


 並々ならぬ気迫に飲まれ、武器を渡したキョーリも、この場に導いたランナも、緊張し身じろぎはおろか生唾を飲み込む事すらためらってしまう。


「ハッ!」


 短い発声と共にドンと空気が、地面が震えた。二人にはジョージが短い距離を瞬間移動したように見えた。居るはずのない仮想敵の実像すら見えたような気になり、それは見事に喉元を貫かれている。


「完全に俺向けだ。代金はなるはやで払うから」

「な…なるはや?」


 よくわからない言葉を使われキョーリは戸惑ったが、とにかくなにかとんでもないヤツにとんでもないモノを渡してしまったような気がした。


「じゃあ姐さん、次の場所に案内お願いできるかな?」


 またガションという音を立てて機工刀を鉄の棒に戻すと、ジョージはランナに向かいなおす。しかしキョーリ以上に戸惑っていたランナは咄嗟に反応できない。


「え? あ、ああ。次の場所ね、次って、どこだっけ?」


 あいまいな笑顔でごまかそうとするが、ジョージの変貌振りに動揺している。


「薬品店でしょ?」

「あ、ああ。そうだった。薬品店ね」


 違和感は残しつつも、ランナは先導をきって鍛冶屋を出た。そのあとについて出て行くジョージは、敷居をまたぐ間際に上半身だけ振り返ってキョーリに挨拶を残す。


「なんぞ……、面白い事になってきよったなあ。あ、あいつ防具を持っていくのを忘れよった」


 一人鍛冶屋に残ったキョーリは、自慢のヒゲをなでながらパチパチと弾ける炉の炭を眺めた。


「まあいいか、どうせ戻ってくるだろう」

 わざとらしい主人公強いですよアピール


 誤字・脱字などのご指摘、ご感想などをお待ちしとります

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