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010-ジョブチェンジ! -6-

 アラシが来てから一週間。ジョージがアラシに対して、ロックのように魔法の手ほどきを行わなかったのは、決してまだアラシをお客様扱いしているだとか、ロックにばかりひいきしているとか、そういった理由からではなかった。


「いやー、すまん。勝手になんかもう教えた気分になってたわ」


 単純に、忘れていたのだ。ある意味では、こちらのほうがよほど酷い理由かもしれないが。


 とはいえ、アラシの膂力はは身体強化の魔法によって底上げしたロックの膂力とほぼ同等である。魔力の発露によって腕が光るくらいに気合の入った魔法ならば押し負けるが、この素の力の差がアラシにも魔法を教えた上での結果であると、ジョージの中でいつの間にか勝手に起きた勘違いが起きていたとしても無理からぬ事かもしれない。


「しかし、アラシはずいぶん内在魔力の動きがにぶいな。いっぺん、オーラスラッシュ、打ってみろ」


 魔法の講義だったはずだが急に剣士のアクティブスキルを使ってみろと言われアラシは戸惑った。が、同じ流れを経験していたロックから特に疑問を抱いた様子もなく黙って木剣を渡され、ついつい受け取ってしまう。


「いいか、スキルを使いながら、肩から腕にかけてをよく意識しろ。そこで何かが動いてるのを感じ取れ。いいな?」

「お…おう。いや、は…はい」


 戸惑いながらもしっかりと教わるように気持ちを切り替えるアラシ。しかし今までが今までだったため、アラシ本人もまだ誰かから何かを教わるという事に慣れていない。ジョージの放ってくる言葉の上っ面だけを聞いて、その内容は頭に全く入っていなかった。


「《オーラスラッシュ》!!」


 ダンジョン内のモンスターを倒す事でアラシの体内に蓄積され肉体を強化してきた生命力は彼の持つ魔力にもしっかりと作用していた。


 その筈なのだが、アラシから放たれたオーラスラッシュはロックのものと比べても決して強力なものではなかった。


「むっ……うぅん?」


 さすがに真正面から受け止めきれるほど弱くもなかったが、ロックの時のようにモノを斬るという性質への強化はあまりなく、ジョージが剣筋を受け流すと木剣同士がギャリギャリとこすれあって嫌な音をたてた。


「確かに普通よりは強い切り込みだったし、ちゃんと腕も剣も光ってたんだが。うん?」


 この差はどこから来るのか。ジョージは不思議そうに首をかしげる。


「まあいいや、腕の周りで何かが動いてるのはわかったか?」

「いや……なんていうか」


 そもそも何かの動きを感じ取れという要求は、アラシには漠然としすぎていた。


 そんな二人のやり取りを横目に、ロックは自分で先ほどジョージから教わった魔力を体外に出して操作する練習を始めている。


「わからなかったか。とはいえ、さっきのロックの魔力を顔に受けた時はもやっとしたものを感じたわけだよな?」

「ああ。何かあったのは、わかった」

「それなら、もう一回座って、さっきと同じポーズをしてみろ」


 その場にあぐらをかかせ、両手を広げさせる。ロックの時はこの時点で魔力の動きを多少ながらも感じ取ったが、アラシには全くその手ごたえがない。


「うーむ。こういった“氣”のたぐいを一番感じ取りやすいのは、(ひたい)だ。そのポーズのまんま、はじめは目を開けたままこっちを見とけ」


 自分に注目させたままアラシの眉間に指を突きつけた。触れるか触れないかの所に指を持ってこられると、それだけで大抵の人間は不快感をおぼえる。


「むむむ」

「触ってないのに感覚が、あったな? 今の感覚を全身に広げろ」

「わ、わかった……わかりました」


 こんな事は前の魔法使いの家庭教師の時にはやらなかった。やっぱりこの男の下ならば自分は強くなれるのかもしれない。そんな期待がふつふつと再燃してきたアラシは、ようやく誰かから話を聴く体勢に移り始める。


 アラシの心持の変化に伴って、ジョージはアラシの中で半ば乾いた泥のように固まっていた魔力が少しずつ軟化しはじめたのを見て取っていた。


「(ふむ。内在魔力の在り方はその者の精神状態に比例する。師匠の言葉だったか。とんと忘れてたが、やっぱりその通りなんだな)」


 ジョージには昔の事を思い出す程度の余裕があったが、アラシはまだ初歩の初歩にようやく手が届くかというところ。アラシが魔法をおぼえるにはまだまだ時間がかかりそうだ。



 二人が苦戦している一方で、ロックは順調に魔力操作のスキルをあげていた。


 今まではオーラスラッシュの再現でしかなかったため肩から腕にかけての強化しか行えていなかった。


 全身をしっかりと意識することで背、腰、腿、脛、と順に魔力がめぐっていくのがわかる。これを常時行うのは精神的に辛そうだが、日常的に行えれば戦闘においても呼吸するように行えるに違いない。


 もちろんこの身体強化の魔法もまだまだ練習が必要だが、今のこれはまだ練習の前段階、準備運動のようなものである。


 今すぐにでも使えるようになりたいのは魔力を体外に放射する事。ジョージの言葉を使えば、撃ち出す事。


 撃ち出す、矢を射る事とも違う、まるで予備動作なしに(つぶて)を飛ばしたような攻撃だったと、ロックは思い出す。


 そう、礫だ。


 自分の思案からヒントを見出せたロックは、魔力を操作し掌に集中させる。


 強くイメージしたのは石だ。片手ですっぽり覆えるくらいのお手ごろサイズの石。


 目をつぶって、腕を伝って掌に集まる魔力を意識しながらグッと握り締めると、不思議な事にハッキリとそれを握った感覚があった。


「あ」


 同時に感じた、まさしく手応え。頭のてっぺんから足のつま先まで何かに洗い流され、染め上げられるような、しかし決して嫌悪はなく、むしろ心地よいような感覚を得たと同時に、ロックはいつの間にか握り締めていた石の礫を目の前にあった射的に投げつけた。


 パンッ と乾いた音が鳴って投げつけた石の礫がはじける。


 石の礫だと思っていたものはロック自身にだけはしかりと掴める魔力の塊だったのだ。


 投げ飛ばされ、標的にぶつかることで、圧縮されていたそれが弾け、少しの衝撃でもって空気を震わせ乾いた破裂音をさせている。


 ロックは先ほどの洗い流されるような高揚感とともに、新たに体得した魔力の礫を作り投げつける事が楽しくなってしまった。


 何度も何度も遊ぶように繰り返すうちに魔力を圧縮し礫に変える時間は短くなり、だんだんと投げるフォームもさまになってくる。


 圧縮の効率も上がり乾いた破裂音は次第に大きくなり、投げつけられる的も礫が当たるたびに大きく震えるようになってきた。


 ロックはここで満足しない。


 こんどは投げる腕にも工夫する。オーラスラッシュを自力で再現した時のように、腕に、肩に、身体強化の魔法を使ってより強くしなやかに作り出した魔力の礫を投げ飛ばす。


 ドォン と激しい音とともに射的がくくり付けられていた藁束ごとひっくり返した時、ロックはぜえぜえと肩で息をしていた。


 魔力を固める事が、それを投げる事が楽しすぎて呼吸を整える事すら忘れていたらしい。


 とたんに疲労感と、腹の底からは魔力を消費し過ぎた時特有の虚無感を自覚した。だがどちらも心地よいと思えるくらいで、ロックは自分が今笑顔を浮かべている事を自覚した。


「残念だけどマナバレットとはいえないな。けど、たぶん実用に足るレベルの威力はある。名前をつけるなら、マナスローイング、ってところだろう」

「……《マナスローイング》!」


 ジョージがつけた名前がロックの中でぴたりとはまる感覚があった。全身を洗い流されるような感覚が、更に大きな波として再びロックに押し寄せる。


 またいつの間にか握り締めていた魔力の礫、そして意識せずとも光る右腕。


 大きく振りかぶり、体重を乗せて、投げた。


「っ!」


 その時、アラシにはロックの右腕が消えたように見えた。それほどすばやい動きで振り抜かれたのだ。そこから撃ち出された魔力の礫も目に留まらない速度でとび、先ほど倒した射的の藁束に突き刺さる。


 ドンッ と鈍い爆発音がしたかと思うと、的をくくり付け藁を束ねていた針金が弾け飛ぶ。


「ぎっ…ギルドカード!」


 はっと我に返ったロックは慌てて自分のギルドカードを確認する。


「ジョブチェンジっス!」


 大陸全体で見ても希少なジョブである、新たな『魔法剣士』の誕生だった。

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