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010-ジョブチェンジ! -5-

 鉄鉱担当取締りの職場は社屋と住居を兼ねるビルの外にあった。


「ここは、工場街か」


 例の箱馬車の箱だけのような形の自動車に乗って案内された所は、以前ブラスギアーを納品する際に訪れた魔動発力舎もある工場集合地だった。


「はい。鉄鉱担当取締りは現場主義でありまして、役職には就いておりますが鉄鉱石から鋼材を作り出すための工場の一室におります」

「企業秘密とか、あるんじゃないんですか? 半分は部外者みたいな俺らが入ってはまずいんでは」


 そう言いつつも、ジョージはもっと重要な施設である魔動発力舎の中を見ているのだから、いまさら口外しづらい秘密が増えても大した違いはない。


「構いません。加工の過程がわかったとしても規模の大きな工場ですから、よその組織がそう簡単に真似できるようなものでもございませんから」

「そういうもんですか」


 納得しきれたわけではないのだが、バルハバルトが言うならばそうなのだろう。


「自動車の移動はこちらまででございます。少し歩く事になりますが、よろしいですね?」

「もちろん。俺らは潜窟者ですから」


 普段から複雑な構造をもつダンジョンの中を戦闘をはさみつつ徒歩だけで五十階も歩いているのだ、いまさら少し歩くくらいは確かめられるべくもなかった。



 工場内は巨大な装置のオンパレードだった。


 まず鉱石は大雑把に破砕され拳大の大きさにされたあと、さらに粉々に砕かれ砂利ほどの大きさにそろえられる。その後、複雑な構造の秤にかけられ、比重によって内部に含まれる鉄の含有量別に放り込まれる溶鉱炉をわけられる。


 溶鉱炉は赤熱した巨大なプールである。


 あるプールでは、ほとんど絶え間なくどぼどぼと鉄鉱石が放り込まれる反対で少しずつドロドロに溶解した鉄が陶器製の鋳型に流し込まれており、冷えて固まれば鉄インゴットの出来上がりだ。


 別の浅いプールでは、そのプールそのものが鋳型の代わりになっており、ひとつのプールが満杯になると巨大な歯車が動いて別のプールに挿げ替えられる。そのプールに満ちた鉄が冷えて固まった時には縦二メートル、横一メートル、厚さ二センチほどの大きな鉄板が出来上がる。


 ひとつひとつは魔動発力舎の中にあった魔動発力装置には遠く及ばないものの、それらが連結、連動、分岐して鉄鉱石を鋼材にしていく工程は目の前を流れる赤熱した鉄のごとく見る者の血を熱くさせるものがある。


「なるほどこれは、魔力発力装置だったか。アレがとまったら大被害だっただろうな」


 確かサディカはあの女性名の愛称がつけられた装置がこの工場街の動力をすべて担っていると言っていた。ジョージの見立てでは、この工場のもっとも重要な装置は、一度中の鉄が冷えて固まってしまったならば二度と復旧できないタイプのものだ。


「ええ。炎の神の神殿に高いお布施をしなければいけないところでした」

「あ、そういう手があるのか」


 見立てはあっさり外れたものの、払わなくてよいお布施を払わなくてよいままにできた事は確かのようだった。


「ちなみに、この工場の建設だけで金貨42億枚。メインプールが止まった場合のお布施は、以前の事故では5億ゴールドが支払われました。


 最近は建物の高層化に伴って鋼材の代わりにイリジタイトを用いるようになりましたが、武具の素材としての鉄材、鋼材の需要は未だ根強く、この工場の最盛期は年間10億ゴールド、現在でも年間でおよそ4億ゴールドの純利益が見込まれております」

「純利益で! そいつはすごい」


 バルハバルトから飛び出てくる金額の桁が大きすぎて、アラシもロックも目を白黒させていた。ロックはつい最近まで借金まみれの貧乏ギルドであったのだからある種当然ともいえるのだが、この工場の経営をしている会社の御曹司であるのだからもう少し耐性があってもよさそうなものだ。


 それに対してそんな桁も聞き慣れていますよといわんばかりの態度を保ったままのジョージ。バルハバルトは三人を案内しながら振り返りこそしなかったが、目を細めて思惑ありげな笑みを強くした。


「こちらでございます。時間も、ちょうどでございますね。では」


 バルハバルトがドアをノックすると程なくして「どうぞ」と渋いだみ声が返ってきた。


「失礼」

「おお。ようこそおいでくださった。わたしが、鉄鉱担当取締り役、兼工場長を務めます、イグノ・アイゼンと申すもの。このたびはこのような老骨にお尋ねされたい事があるとか。ささ、どうぞどうぞお座りください」


 イグノと名乗った重役は、頭頂部から左右に二十度ほど禿げ上がった厳つい髭を蓄えた老人だった。


 背こそ高くないが腕などは未だに筋肉が張っており元潜窟者だと名乗らずともわかる。ドミニクが四十半ばほどだとすれば、このイグノという老人は七十に及ぶか及ばないかというくらいだろう。


 農場にでも勤めているような分厚い綿のオーバーオールがこの工場の事務の制服であるらしい。そのオーバーオールも、長年着古しているのか、きちんと洗濯されているようだが全体が茶色く変色し、あちこちが煤けている。この姿で現場にも出るのだろう。


「では失礼――っと、その前に、ご趣味がわからなかったので手前味噌ですが、手土産にこんなものを持参しました」


 促されるまま大きな革張りのソファーに腰掛ける前にポーチから土産を取り出す。ストックのスモークベーコンだ。


「ほっ! ほっほう、ほほう。これは今巷で流行り初めているといううわさの」


 手土産、という文化がどうやらこの辺りには無いらしく、驚くイグノ、そしてバルハバルト。ついでに、話には聞いていたようだがイグノ自身はまだスモークベーコンを食べた事が無かったらしい。


 驚きつつも態度が更に友好的に変わったのを見てジョージは満足げに微笑む。


「では失礼しまして。さっそくお聞きしたい事なのですが」


 特に商談を始めるわけでもない。あまり長い時間を取らせるのも悪いだろうと、ジョージはソファーに腰を下ろし、既に座っていたアラシはおいておいて、座るタイミングを見失っていたロックにも座るよう促してから、本題に入った。



 そこから、土産に持ってきたスモークベーコンを炙ってつまみながら、すこしばかりアルコールが混ぜられたお茶を飲みつつ、ジョージたち三人はイグノから話を聞く。


 アルコールも入ってかイグノはいい調子で身振り手振りまで加えながら色々な事を話してくれたが、結局のところ聞けた話は概ねアラシから又聞きした事の再確認となった。


 もちろん、ジョブチェンジに直接かかわらないイグノの現役時代の実体験も聞けた。それらの話はとても面白いものだったし、今後のディープギア攻略にも役立ちそうなものばかりだったが、今回訪ねた本題はあくまでジョブチェンジに関する事である。


「色々とためになる話も聞かせていただけました。ありがとうございました」


 ジョージはわざわざ工場の正面玄関まで見送りに出てくれたイグノと握手しながら改めて礼を述べる。


「いえいえ、次期御当主のお役に立てたのならばわたしも嬉しい限りというもので。ジョージ殿も、なにやら特殊なジョブに就いておられるようだが、わたしが何か力になれるような事があればいつでも遠慮なく来てくだされ」


 話しを聞きに来たのはアラシではなくロックのためがメインである。若干の誤解は生じていたようだが、きっとアラシのためにもなっただろうからあながち完全な的外れではない。ジョージはあえて訂正せずににっこりと笑ってあいまいに答える。


「お気持ちは確かに」


 はい、でも、いいえ、でもない灰色の答え方だったが、イグノは気にした様子もなくたいそう満足した様子で仕事に戻っていったのだった。


 常に現場にいるのだから人とのふれあいが恋しいというような事はないはずなのだが、それでもやはり現役時代の話をできる機会というものはあまりなかったのかもしれない。


 乗り込んだ自動車が見えなくなるまでお見送り、という事はしないらしい。


「では、ディアル潜窟組合のギルドホールまでお送りいたしましょう」


 そもそも自動車に乗り込む前に意気揚々と帰っていったのだが、それが何かの失礼に当たるというわけでもないらしく、バルハバルトは澄ました顔で三人に乗車を勧めてきた。


「いやあ、こっから歩いて帰りますよ。途中でちょうどディープギアの南区の入り口もあるし。ロックにさっそく魔法を使わせてみようかと。アラシも一緒に行くよな?」

「ああ。爺は先に帰っていてくれ」

「左様でございますか。かしこまりました」


 断る事ももちろん失礼には当たらないらしい。バルハバルトはうやうやしくお辞儀をすると、自動車に乗り込んで御者に合図をし、そのまま帰っていった。


「さて、とりあえずマナバレットの使い方からおさらいするか」

「うス」

「……」


 歩きながら魔法についての講義が始まり、半歩遅れて歩きながらアラシはまっすぐ並んで歩く二人を見た。


 ここレドルゴーグでは、虹色の魔法学は子供向けの入門書まで販売されているかなりメジャーな学問のひとつだ。とはいえ、戦闘に関する魔法は潜窟者としての職業魔法使いの間では存在価値を揺るがしかねない重要な魔法であるから、歩きながらちょちょっとコツを教えられるような軽々しいものではなければ、それが可能なほど簡単でもない。


 はず、だったのだが。


「我流でやったわりには高い水準で身体強化はできてるだろ」

「我流……ってか、オーラスラッシュを使った時の感覚を思い出して自力でなんとかしようとしたッス」


 それはそれですごい事なのだが、ロックは事も無げに言う。


「魔力の流れとしてはその真逆だ。内側に作用するようにできたんだから、その逆をやるのは意外と簡単でな。魔力を外側に出すように」

「外側……こう、ッスか?」

「そうそう。そんな感じで」

「うーん。もやっと……」


 アラシにはさっぱりわからなかったが、ジョージからの簡単な口頭からの説明だけで、ロックはなんとなくその魔法の使い方を理解してしまったらしい。


「今のその魔力を火や水に変えようとすると複雑な過程を踏まなきゃならなくなるが、それを外に出すだけならそんなもんでできる」

「ふむふむ」


 自分の掌を見つめながらうなずくロック。本人だけでなく、ジョージにもその掌の上にある何かが見えているようだが、アラシにはさっぱり何もわからない。


「俺がやった時みたいに勢い良く、撃ち出すには習熟が必要だが、今の状態でも誰かに近づければ何かモヤッとしたくらいは感じるだろう。ほれ、アラシ」


 グイッと強引に引き寄せられて横に並べられるアラシ。ロックもその意図を汲んで見つめていた掌をアラシの顔に近づけた。


「うおっ? なんだこれ」


 アラシはサウナに入った時などの熱気とも違う何かもやっとしたものを顔に感じた。更に、熱気や湯気であれば少しすればすぐにその感覚に慣れてしまうものだが、この違和感はロックの掌と連動するようにずっと顔にまとわりついている。


「おお、ほんとだ」


「なにかしらの属性に転換できればお手軽に攻撃力を得られるんだが、単純にマナバレットのみで敵にダメージを与えようとするともっと圧縮するか速度を出す必要がある。

 ま、それも要練習だな。その様子なら一週間も続ければコツをつかむだろう。更に一週間で実用に足るレベルになるだろう」


 いきなり戦いでも使えるレベル、というわけにはいかないようだが、それでも新しい技術をあっさりと、歩きながら教えてしまったジョージ、それを会得してしまったロック。


 アラシはそんな師匠と兄弟子に軽い嫉妬を覚えた。


 アラシとて魔法にあこがれた時期が無いではなかった。イエート家の財力でもって、優秀であると評判の魔法使いを家庭教師につけてもらった事がある。


 一週間もたたずにその魔法使いからアラシがもらった評価はひとつだ。


『虹色の魔法学の才能は、ございませんな』


 それよりもその魔法使いはアラシの影の薄い姉に魔法の才能を見出し、弟子にとってしまった。


 その時のアラシは、今よりももっと惨めで妬ましかった事を思い出す。


「ちなみに、属性に転換するっていうのは前にアニキがやってたような、手から火を出すみたいな魔法ッスよね」

「そうだな」


 アラシの内心をよそに講義は続く。


「ただ、属性転換は身体強化みたいな内向的な動きでも、マナバレットみたいな外向的な動きでもない。文字通り『転換』であって、動かすというよりは変化させるという感じだから。コツがな、要るんだ」


 そう言ってジョージは掌を胸の前辺りに持ってくると空中に直径10センチほどの水の球を作り出した。さすがに街中で小さなものとはいえ火を出すわけにはいかなかったようだ。


「うお。なんだそれは」


 アラシが大げさに驚くと、ジョージとロックは あれ? と不思議そうな顔でアラシを見てしまった。


「な、なんだ?」


 おかしな事を言っただろうかとつい不安になってしまったアラシだったが、二人がおかいな顔をしたのはそこではない。


「アラシは、俺の魔法を見るのは始めてだったか?」

「ああ。というか、そんな風に魔法を使っている奴を見るのが始めてだ。虹色の魔法学というのは基本的に戦闘に使うものだろう? わざわざそうやって一箇所に留めるという使い方は、聞いたこともない」


「うむ。まあ手の上に留めておくだけならあんまり使い道はないが、例えばダンジョンの中ですごく汚いモンスターから傷を負わされたとする。

 神官も僧侶もいなくてすぐに傷を癒す事はできない。

 とりあえず傷を洗いたいが持ってきていた水は既に使い切っていた。

 そういう時に、こういう生活に役立つ程度の地味な魔法でも使えるようになっておくと、生存率が地味に変わってくるのさ」


 じつにありそうな例である。


 このパーティーの中ではたまたまジョージが何でもできるので万一の事があった場合には回復役を務める事もできるが、誰しもが傷を回復させるような神の加護や魔法を使える者と知り合えるわけではない。


 知り合うだけならばまだしもそんな人材とパーティーを組もうとなると、さらにハードルがあがり、よほど仲良くなるかそれなりの金額を積んで“契約”を交わす事で仲間になってもらう必要がある。


 そして、特定の種類のモンスターから受けた傷はそのまま放置しておくと小さな傷でも致命的になりかねない、という話もよく聞くものだった。


「っていうか、そうか。アラシに魔法を見せたの、初めてだったか。という事は、魔法のイロハも教えてないな。どうする、知りたいか?」

「え? 教わっても……いいのか?」


 アラシは軽く、目から鱗が落ちた気分だった。

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