010-ジョブチェンジ! -3-
翌日、朝早くにディープギア北区の入り口で現地集合した三人はさっそく依頼達成のためにダンジョン攻略に入った。
一階から五階まではジェリウムのみが出現するのは全区画共通だが、北区の六階から十回はオークが出現する。ジョージが適当にオーク肉の食材を集めながら進むと、次は十一階から十五階までポイズンスネークだ。本来ならば毒を警戒すべき相手だが、これももはや敵ではなく、一度もモンスターからの攻撃を受けることなく十六階に到達する。
ここから二十階までに現れるモンスターは、アイスシェルという氷の殻を持つイモガイの形をしたモンスターだ。
「硬いけどその新しい剣なら重さだけでも通用するかもしれん。やってみ」
昨日、貝と聞いて反応を示していたジョージだがこのアイスシェルには特に興味を示さずアラシに一人でやってみるように指示を出した。
反応しない理由は簡単、すでに一度試しているからだ。
「うおおお!」
雄たけびと共に勢いよく切りかかるアラシ。
新しい武器は若干の肉抜きがされた鋼の大剣で、幅は手のひらをいっぱいに広げたほど、厚みは一センチはあり、刃渡りは一メートルほどあった。
武器としての値段は、今まで使っていた炎の剣よりも数段落ちるようだが、決して粗雑な品ではない。肉抜きはされているが剛性を失わない程度のちょっとしたくらいなもので、かなりの重量があるはずだがアラシは軽々とそれをふるっている。
やはり素の身体能力はギルドカードのカラーランクがそのまま反映されるらしい。
ガッ パキン と一瞬の抵抗はあったものの、アイスシェルの氷の貝殻があっさりと砕かれ、勢いあまった大剣がディープギアの床に当たる。同時にボフンと煙がたってアイスシェルは跡形もなくなった。
「オーバーキルだな」
浅層部の十五階程度ではこんなものらしい。
「ロックもこの間やったしな。最短で目的の階まで行くとするか」
「おう」
「そっスね」
始終こんな調子で、予想通りというかなんというか、ジョージたち三人はバブルシェルに至るまでの道中で苦戦などせずあっさりと進んでいく。
二十一階からはアイスシェルに加えてリキッドワームというやたら水っぽいミミズが現れる。体の直径が十センチほど、長さは二メートルにも及び、体をしならせて鞭のように叩きつけてくる攻撃は直撃すればかなり強力なのだろうが、予備動作が大きく狙いを予測しやすい上、言ってみれば変則的な体当たりであるためそこにあわせて刃物を沿わせれば勝手にスパンと切れてしまう。対処法さえわかってしまえば雑魚に違いない。
さらに進み、二十六階から三十階まではアイスシェルが退場、代わりにモンストルタートルと呼ばれる甲羅の直径が三メートルほどもある巨大な亀が現れる。
このモンストルタートルという亀が実に不遇な存在だった。
ディープギアは床、壁、天井の前面が歯車や軸に覆われた場所である。これは百二十階まで続く浅層部のすべてがそうであるらしく、水場などはどの区画にも一切無い。にもかかわらずモンストルタートルはウミガメの形をしていた。足が、ヒレなのだ。
そのため非常に動きが遅いうえ、その巨体から少し狭まった通路などがあると通れず挟まってしまう。上手く通路に引っ掛けて身動きを取れないようにしてしまえば、あとはもうカメではなくカモである。
モンストルタートルの首が届かない位置から魔法なり石礫なりを飛ばして急所を狙い、さらに動きが鈍くなったところで首を切ってトドメを刺す。
アイテムドロップについても、たいていはモンスターの体の一部やかかわりがありそうな物ばかりだが、貴重なものというのは一切無い。北区には西区のときのようなモンスター同士での戦いというのも起こらないらしく、モンスターが潜窟者の感知しないところで勝手に強化される事がないため、レアドロップも存在しないようだった。
こんな調子で特に盛り上がりもなく、とうとう三十一階にたどり着いた。ここから三十五階までは、リキッドワームが退場する代わりのような形でバブルシェルが現れる。
「しっかし、ここまで誰とも会わなかったな」
大量発注があったブラスギアー騒動はジョージのおかげで発注があった初日には取り下げられてしまった。
あの時に山ほどいた潜窟者たちはいったいどこへ消えたのか。
この一週間、三人で順繰りに区画を移してダンジョンにもぐっている時にも同業者とはほとんど会わなかったし、すれ違いもしなかった。
「この辺の階はいつもこんなもんッスよ。ディープダンジョンは依頼がない限りそんな積極的に攻略するものじゃないって言われてるッス」
「この間は、たぶん半分は引退してたような爺さん婆さんまで一緒になって潜りに来ていたんだろう」
アラシの物言いはずいぶんなものだったが、事実そのようなものだった。半引退どころか完全に引退してギルドカードを失っている元潜窟者までディープギアに潜って壁や床をたたいていた。
結局のところジョージがあっさりと依頼を達成してしまったために、取引は年に一度、二度目があるかないかというブラスギアーの大量発注もすぐに目的数を達したというおふれが出たが、それがなければ他の依頼達成者が出るまでずっとあの調子が続いたかもしれない。
「なるほどなあ。よっと」
雑談をしながら三人は淡々とバブルシェルと遭遇しては砕いていく。
バブルシェルは見た目には巨大なホタテだった。アイスシェルのように体が氷でできているというな特徴もない。ホタテなだけにきっと水の中でならそこそこすばやく動けるのかもしれなかったが、モンストルタートルと同じく、陸上ではただの的だ。
「お、ドロップしたッスね」
「ジェリウムゲルと違ってこの辺の敵はドロップ率が低いんだな」
今ジョージが倒したバブルシェルが十体目で、ドロップは二度目だ。階層が深くなればなるほどアイテムドロップ率が下がるのか、といえばそういうわけでもなく、モンスターの種類ごとに変わってくるらしい。
バブルシェルのドロップ率は八分の一程度と言われているようだが、今のところのジョージたちのドロップ率は五分の一。言われている率よりも少し高い。
「師匠、瓶だ」
さらにバブルシェルのドロップアイテムであるソームパウダーは粉の状態でそのまま地面にドロップする。倒した手段によってはそのまま水にぬれて使い物にならなくなる事もあるが、今回は武器でしか倒していないので使い物にならなくなる心配はない。
しかし粉のままそこらに散らばられると、普通に回収するには非常に手間がかかるものだが、ここでまた活躍するのが小器用に使われるジョージの魔法だった。
「ほいよ」
魔法にて操られた空気がつむじ風のように渦を巻いてソームパウダーを取り囲む。
マグカップの中のコーヒーをかき回した時のように、パウダーは渦の中心に引き寄せられ次第に集まっていく。
完全に渦の中心に入ったソームパウダーの粒は吸い上げられるように空中へ浮かび上がり、アラシが構えていた小瓶にするすると入っていく。
とはいえ、渦を作れるだけの魔法の技量があれば誰でもこんな芸当ができるわけはなく、普通は粉の山につむじ風がぶつかれば風に吹き飛ばされて余計に四散する。地味に高度な魔法な使い方である。
「お見事ッス」
「……普通ならば、専用の清潔な箒と塵取りを用意して来なければならないんだけどな」
完全にソームパウダーが収まった手元の小瓶に栓をしながら、アラシはどこか釈然としない様子でつぶやいた。
こんな調子で本当にとくに何の問題もなく量そろえた三人は、ディープギア北区の出入り口から街に出た。
ところがジョージはなんだかしょんぼりしている。
「……なあ、師匠はなんであんなにガッカリしているんだ?」
たった一週間だがパーティーを組むようになってアラシも何を考えているかよくわからないジョージの表情が読めるようになってきた。しかしまだまだその理由まで察する事ができない。
「ああ、あれはたぶん、バブルシェルが食材モンスターじゃなかった事にガッカリしてるッス」
「食材モンスター…? よくわからないが、食べる物ならいくらでもあるだろ?」
「いやあ、ジョージは美味い物に目がないッス。あの様子だとたぶん、シェル系のモンスターが落としそうなアイテムに心当たりがあって、それがどうにか料理するとすっげえ美味くなるんだと思うッス」
ロックの、見事な推察である。
「正解だロック」
「うわあ!」
「き、聞こえてたのか!」
大げさに驚く二人。ジョージは二人のすぐ前を歩きながら顔だけ振り返ってあきれている。
「そりゃ、こんな雑踏でもすぐ後ろで話されてりゃな。
とにかくロックの予想は正解だ。
アイスシェルの時はイモガイっぽい見た目だったから見た瞬間にあきらめたけど、バブルシェルはホタテっぽい見た目だったからなあ、行けると思ったんだがダメだった……。あれによくにた形の貝は炭火に金網で貝殻ごと直接焼いて醤油をたらすとめっぽう美味いんだぁ」
「……はあ」
まだジョージと食事をともにしたことのないアラシは薄い反応だった。
「聞くだけで美味そうッス」
しかしスモークベーコンという前例を知ってしまっているロックは、ホタテ焼きなど食べた事はもちろんないが、ジョージが美味いというなら美味いのだろうなとなんとなく想像してしまう。想像だけでも空腹になりそうだ。
「まあいい、求めてりゃそのうち出会う事もあるだろうさ」
ジョージはそこで気持ちを切り替えた。




