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010-ジョブチェンジ! -2-

 ジョージは敗者に優しい声をかけたりはしない。アラシは相変わらずプライドが高いので、いくら師匠として認めているジョージだからといって変に慰めると逆に惨めに思い傷つくからだ。


 かといって、勝者を過剰に褒めるような事も本来はしないのだが、ロックつい褒めたくなってしまうほどの上達を見せていた。


「腕、光ってたぞ。よくそこまで操れるようになったなあ。しかも技名唱えずに」

「うス。ちゃんと毎日、言いつけ守ってるッスから」


 たった二人でダンジョンに挑むようになり、多少は戦果をあげられるようになってからロックは剣士としてそこそこの成長を見せていた。通常のゴブリン程度ならば三体くらい同時に相手をしても危なげなく相手にできるようになっていたし、オーク相手でも的確に急所を突けるくらいの技量を得ていた。


 少しのリップサービスはあったのかもしれないが、ランナが剣だけでは勝てないと認めたほどである。


 アラシが入ってくる前からこんな調子だったというのに、同時期にジョージから魔法の基礎の手ほどきを受けた時からさらに成長が加速した。


「うーむ。魔力量はすでに俺より多いかもしれんな。そろそろ火とか出す魔法らしい魔法に移ってもいいかもしれん」

「おおっ! おー、おー……」


 現時点でも身体に内在する魔力量もかなり多く、またまだまだ発展途上であるようだ。自己申告の通り、ロックはあれ以来毎晩寝る前にちょっとした瞑想を欠かさず続けており、そのおかげで少しずつ一度に扱える魔力の量を増やしている。


 さきほどのアラシとの試合で腕が光ったのも、魔力による筋力の強化に相応の魔力を使っていた事の証明だ。


 と、褒められる要素はまだ出てくるのだが、褒められている方は微妙な顔だった。


「うーん。そういう魔法までおぼえちゃったら、オイラって何になるんスかね?」


 その才能は、完全に剣士向けではないのだ。


 魔法を使い始める前からそれなりの成長を見せていたのだから、ロックが剣士に向いていない、というわけではない。だからといって、剣士よりも向いているジョブは無いのか、と言われれば首を傾げてしまう。


「ん? 剣士だろ。魔法使えたって剣士でいたきゃ剣士だ」


 ジョージが簡単に言って放つと、ロックは一瞬変な顔をしたあと、すぐに一人で納得した。


「あー、そっか。アニキはまだその辺知らないんスね。っていうか、アニキのジョブがあんまりそういうのと関係ない特殊なジョブっぽいッスもんね。あるとしたら見習いが取れる時くらいか」

「ん? なんの事だ?」

「師匠は本当に、知ってる事しか知らないんだな」


 ひとまず負けた悔しさに踏ん切りをつけたアラシも会話に加わってくる。


「ジョブチェンジ、っス。ブルーランクに入れば大体誰でも見習いが取れるものッスから、だいたい誰でもジョブチェンジを一回は経験するものッス」

「ブルーランクか」


 言われて、さすがにもう青なんかとっくに過ぎているジョージはポーチから自分のカードを取り出し、確認する。


「あれ、アニキはまだ見習い取れてないみたいッスね。まあでも、特殊なジョブ、たとえばこの間お会いしたサディカさんなんかも、一番最初に就いたジョブがメカニックメイジっていう珍しいジョブだったらしいッスけど、グリーンランクになるまでは見習いがついたままだったって話ッス。

 アニキのダンジョンマスターってジョブも、オイラも聞いたこと無かったッスから、そういうヤツなんじゃないッスかね」


 常識の範囲内なのだろうが、その辺りがすっぽりと抜け落ちているジョージにもわかりやすい実例を交えた、おそらく慰めである。別に気落ちしているわけでもないのだから、慰められても仕方ないのだが、とジョージは思ったが、善意は善意である。


「ふむ。見習いが取れるのもジョブチェンジ扱いなのか。具体的に、ジョブチェンジって……? どう、なんだ?」


 どうもロックの話しぶりから、ジョブチェンジとは本人の意思でできるものではないようなニュアンスを読み取ったため、具体的に、とたずねているわりに漠然とした聞き方になってしまった。


 しかしこの辺り、ロックも心得たものだ。


「じつはこれ、人によって微妙に違うらしいんスけど、オイラのときはジョブチェンジの瞬間、パッと頭に閃くモノがあったッス。それがすぐ、あ、これは変わったなっていう確信に変わったッス」

「ふむ。アラシの時もそうか?」

「オレの時は……まあそんな感じだったかもしれない。確か、南区の40階で敵に囲まれている時だったと思うから、よく憶えてない」


 少しすまなさそうにしながら答えたアラシ。見習いが取れるタイミングにしてはずいぶんと深いところにいたようだが、引きこもり始める前までパーティーを組んでいたあの面々を思い浮かべれば不自然とまでは感じない。


「(パワーレベリングの最中だったんだろなぁ)」


 パワーレベリングとは場合によっていろいろと指す行動が違うのだが、ジョージが思うこの場合はすなわち、寄生だった。


 すでにある程度の経験と実績をもつ潜窟者にくっついていってほかの見習いたちよりも濃い生命力を吸える場所に行き、ギルドカードのカラーランクの上昇を早めるのがこの場合のパワーレベリングである。


 ほかにも、素人をやたら強い装備で固めることで技術はないのに妙に攻撃力のある兵士を作り上げる事を指す場合もある。


 いずれにしてもジョージの考えは失礼極まりないものだったが、残念な事にアラシはその両方に当てはまっていた。


 アラシがロックに劣っているのはロックが巧みに魔法を使い始めたからだけではない。技量が膂力と不釣合いなまま成長してしまっている事も大きかった。


 パッシブスキルという加護は偉大なもので、スキルに見合ったタイプの武器を使っていれば始めて扱う武器であろうとそれなりに上手くその武器を扱える。


 たとえばソードマスタリースキルならば、どんな剣を使っても剣筋がぶれる事はないし、力任せに叩き切るのではなくしっかりと刃を滑らせて断つような動きも自然にとるようになる。


 たとえばメイスマスタリーならば武器のどの面、どの角をぶつけるのが最も効果的か、スナップを利かせるタイミングはいつがベストか、などを直感的に理解できるようになる。


 ところがそれらマスタリー系スキルも万能ではない。


 敵に囲まれないように気を使った立ち回りなどは、実際に戦いの経験を積まなければ身につかないし、武器を用いた戦いのテクニックにおいても、たとえば先ほどの試合でロックがアラシの大剣の振り下ろしに対して使って見せた、剣による受け流しなどの、本来の剣の使い方ではない使い方は、誰かから教わったり自分で苦労して考え出した上で、訓練を積んで自分の物にしなければならず、そこにマスタリースキルの恩恵は現れない。


 いかんせんジョブという神の加護は便利であり効果も大きく、モンスターから生命力を吸うことによる強化作用もあいまって、ジョブの加護から外れた部分でのテクニックなど意識せずとも、たいていのモンスターとは戦えるようになってしまうわけだ。


「(一種の弊害。効果が高いものにはそれなりの副作用が必ずついてくるもんだわな)」


 だからといって、ジョブの加護は害ばかりかと問われれば、そんなわけはない。むしろ利がありすぎるが故の弊害だ。


 その瞬間まで全くしらなかった事を知れる。出来なかった事が当たり前のように出来るようになる。これがどれだけすさまじい事かは、ジョージも痛感していた。


 そして、そのジョブがチェンジ、変わるという事は、そこにも何かしらの恩恵があるのだろう。


「ジョブチェンジねえ……見習いが取れると何か解禁されたりするんか?」

「え、いや、そういう話は聞かないッス。実際、あのあと姉さんに観てもらったけど、特に何か新しいスキルが現れたって事はなかったし。

 見習いが取れるってのはただ単に潜窟者としての第一歩を踏み出せたんだぞと神さまに認めてもらえた証だ、って言われてるッス」

「ああ。その話はオレも聞いたことがある。だから、取れた瞬間はあまり感じなかったが、その話を爺から聞いた時はすごくうれしかった」

「なるほどなぁ」


 とにかく、見習いという単語が取れる時のジョブチェンジについてはそういうものであるらしい。


 では、それ以外のジョブチェンジとはなんなのか。


「オイラが気にしてるのは、魔法を使えるようになっちゃったら、剣士じゃなくて、下手すると見習い魔法使いとかからやり直しになるんじゃないかって事ッス」

「ふむ……」


 そういう事が有り得るのだろうか。この辺りには詳しくないジョージ。


 キョーリから借りて一夜にして全読破した参考書群は武器やアイテムに関するものばかりで、例外が虹色の魔法学と神話に関するものだけだった。ジョブについて触れていた本は、残念な事になかったのだ。


 詳しくないがゆえにコメントしあぐねていると、なにか思案していたアラシがひとつ指を立てる。


「仮にそうなっても剣士としてのスキルは消えない筈だぞ。一度ジョブに就いて得たスキルはその後二度と忘れない……筈だ」

「え? それって上位ジョブにチェンジした時だけの話じゃなかったッスか?」

「いや、そうではない筈だ」


 筈だ、とどうにも歯切れが悪い。


「なんでそう思うんだ?」

「そう、人から聞いた」

「誰から聞いたッスか?」

「イエートカンパニーは引退した元潜窟者も多い。というか、父上がそうだからかそういう経歴を持つ人たちの方が重役になりやすいと聞く。そういう人たちのは中には、何十人かのうちの何人かではあるが、初期に就いていたジョブと晩年にやっていたジョブと、系統が全く違う人がいる」


 天井に向かって立てたままの指をくるくると回しながら、アラシは首をかしげつつ明後日の、いや一昨日の方を向く。懸命に記憶を探りなおしているようだ。


「その人は、えっと、名前を思い出せないが、初期はスカウト職で、弓使いをやったあとに、晩年は重剣士をしていたんだったかな」


 聞き慣れない単語。なんとなくニュアンスでは察しつつも念のためジョージは確認する。


「スカウト職と弓使いってのはわかるんだが、重剣士ってのは?」

「さっきアラシが使ってたようなでっかくて重い剣の扱いに特化した剣士の事ッス。一般には剣の振り以外は動きが遅くて素早い行軍に向かない代わりに、ドラゴンクラスのでっかいモンスターを相手にする時は必須の主力だって言われてるジョブ、っス」


 スカウト職とは斥候・偵察を勤めるジョブだ。ディープギアなどのダンジョン内では罠の発見なども重要な仕事のひとつになる。弓使いは文字通り弓を使うジョブであり特に説明する事もないが、こちらの二つはどちらも素早い足運びが重要になる。


 それに対して重剣士の特性は正反対ともいえるもので、ジョージは意外さから、ついつい両眉を跳ね上げた。


「なんだそりゃ、そんなのアリなのか」

「ああ。オレも師匠とおなじような感想だった。けど、その人は重剣士をやっていた間も罠や敵の接近には本職のスカウトと同じくらい敏感に気づいたというし、重剣士の割には足も速かったらしい」


 おそらくアラシはその元重剣士の役員本人から話を聞いたのだろう。だとすれば話半分に聞いたほうがいい内容なのかもしれないが、すべてが嘘やホラだと言い切るにもなんだかもったいない内容だった。


「その人は、今もイエートカンパニーに居るのか?」

「……わからない。けどオレがこの話を聞いたのは半年くらい前の話だ。カンパニーの異動時期が終わった直後の話だから、まだ勤めている可能性は高いと思う」


 それだけ揃っていれば確実だろうとジョージは頷いた。


「よし、明日は以来の品を届けるついでにその人に詳しい話を聞いてくるか。ロックは、攻撃系の魔法を憶えるかどうかはそのあと判断するって事で、いいな?」

「うス!」


 話もまとまったところで、空は橙色に染まり始めていた。


 いい時間でもあるという事で、この日はお開きとなったのだった。

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