009-ガキ大将 -4-
ようやく当面問題となっていた諸所の問題ごとに片を付けて、ようやくジョージはダンジョン・ディープギアの攻略を再開していた。
ディープギアに潜るのは二日ぶり、ブラスギアーを取った時以来だが、より深い場所を目指すのはいろいろありすぎたせいで一週間ぶりくらいなのでは、と思っている。
ロックは見習いの取れた剣士、アラシはもう少しでイエローランクと豪語するだけあって剣士からひとつランクアップしたジョブで、その名も上剣士。何のひねりもない名前なだけあって、剣士から若干の上位互換といった感じで得に代わり映えは無い。
ジョージだけがいまだに正体がよくわからない見習いダンジョンマスターというジョブだったが、ジョージが使っている得物は相変わらずキョーリから譲ってもらった機構刀であるため、全員が前衛職に見えるという奇妙なパーティー構成だった。
が、しかし、思いのほかこのパーティーは強かった。
今居るのはディープギア西ブロックの十三階、毒牙を持つポイズンスネークというモンスターが出るエリアだ。
ポイズンスネークはその名の通り蛇の見た目をしている。緑色とこげ茶色でまだらの模様があり、固体によって模様の形は微妙に違っているようだ。これで森林にでも現れれば保護色によって発見しづらい敵なのかもしれないが、生憎とここは床壁天井すべてがくすんだ黄金色の歯車に埋め尽くされた場所だ。それはもうよく目立つ。
「ほいっ」
そんなポイズンスネークを、無造作にしか見えない動きでもって掴んで放り投げるジョージ。
「ほいッス」
投げられたロックもはじめは驚いていたが、ちゃんとストライクゾーンに狙って投げられていると気づいてからは流れ作業のようにポイズンスネークを切り裂いた。
まるで遊んでいるようだ。
「………」
それについていけていないのはアラシである。
なまじ素のステータスが高いため、予告なく毒蛇を投げられてもとっさに対応できるのだが、いつ来るかわからないせいで常に体に力みがある。そのせいで、まだ浅層部の十三階でしかないというのにけっこうな体力を消耗していた。
「うむ。もうこの辺には居なさそうだ。この調子なら毒消しとか要らなかったかもせんな」
「そうッスねー」
せっかくリーナから買った解毒アイテム一式だったが、ジョージがうっかり蛇を掴むのに失敗でもしないかぎりは出番はなさそうだった。そしてロックもアラシも、もちろんジョージ自身も背景と比べて非常に目立つ蛇を掴み損ねるというビジョンが全く見えなかった。
「ちなみにアラシよ、前のパーティーではここはどんな風に抜けてたんだ」
ポイズンスネークのドロップアイテム、蛇の抜け殻を拾い上げるロックを見ながらジョージが尋ねた。
「ここは、ここの敵は弱いわりに毒の危険性があるから、できる限り早く通り抜けて次の階に向かっていた。遭遇した時は魔法使いが遠くから炎か風の魔法で攻撃して、万一にも牙をくらわないように注意してた」
「ふむ。この、ポイズンスネークが出てくるエリアは十一階から十五階だったよな。ゴブリンラッシュ部屋みたいなとこはないのか?」
「え、スネークラッシュ……ッスか? 聞いたことないッス」
「オレもだ。聞いたことないし、あっても遭遇したくはないな……」
「そっかー」
何故か残念がるジョージ。それを気色悪く思う二人。そこに、三人が行く通路の少し前の方で天井がガシャコンと開いて蛇が一匹落ちてきた。
「おっ」
無駄に神速の踏み込みで投下された蛇が床につくまえにキャッチしたジョージ。
来るか、と二人が身構えたところで、ジョージはポイズンスネークの頭を手に持ったままじっと見つめて何か考えている。
掴まれたままなものだからポイズンスネークはジョージの腕にぐるぐると巻きついて、ギリギリと締め付けようとする。しかし残念な事に細身なポイズンスネークに人間の腕を締め折るような力はない。
「んーむ。こう見えて美味いんだがなあ、蛇肉って」
「「え?」」
ドン引きする二人をよそに、ジョージはスキルの発動を意識しながら思い切りポイズンスネークを引き広げた。
洗濯物を干す時にお母さんが洗濯物を引っ張ってシワを取る時にするような動作だ。
パァン といい音が鳴り、ポイズンスネークは背骨のあちこちを脱臼させられる。それで致命傷となったのかポイズンスネークは煙となって消えてしまった。
「うへえ……」
ジョージは剣も魔法も使わずに毒蛇を倒してしまった。自分たちには到底マネできない、そう痛感した二人はやはりドン引きはしつつも、ジョージへの尊敬度を密かに上げていく。
これだけでも、今回のダンジョン攻略の成果にはなったかもしれないが、生憎とジョージは蛇肉が手に入らなかった事にショックを受けているようで、二人のそんな視線には全く気づかないのだった。
そのまま順調に階を降りて行き、出現するモンスターが様変わりする十六階まで着いた。
「おっ、わんわんお」
早速現れたのは狼型のモンスター、ホワイトウルフだ。
大型犬ですら体長は人間の身長に及ぶというのに、狼はさらに大きく育つ。そのモンスターであるホワイトウルフは体長ではなく体高、つまり地面から頭までの高さでさえ人間の子供より大きい。
正面から見ただけでも大人の胸辺りまであろうかという巨躯の狼が目を血走らせて階段を下りてきたばかりの三人に襲い掛かってきたというのに、ジョージはそれをただの犬扱いした。
「ほれっ、ほーれほれ、よしよしよし。ほら、噛むな!」
ダンジョンに出現するホワイトウルフは群れないらしく、一頭だけだったのも悪かっただろう。
飛び掛ってきたホワイトウルフを、まるでじゃれあうようにいなしていたが、しつこく噛み付こうとするので鼻の頭を殴打し、ひるんだホワイトウルフの側頭部に蹴りを入れた。頭を揺らされてたたらを踏んだホワイトウルフに、ワンテンポ遅れて左右からロックとアラシが斬撃を加えた。
「ギャンッ」
ロックが首の左側を半分ほど断ち、アラシは腹を切り裂いた。同時にアラシの剣から炎が吹き出て傷口から内臓を焼く。どちらが致命傷になったかはわからないが、記念すべき初遭遇のホワイトウルフはそのまま煙になって消えた。ドロップアイテムは無い。
「あー、残念。けどまあ、たぶん手懐けられなかっただろうな」
ここも問題にはならないようだった。
「ちなみに普通ならどう対処するッスか?」
兄弟子、とうたってはいても、ロックはこの間違った敬語をアラシにも使う事にしたようだ。
二人は同い年だったが、アラシの方が半年ほど誕生日が早いため、らしいのだが、ロックの心理は本人にしかわからない。
「普段は今のように群れず単独で襲ってくるから、誰かが足止めしている隙に側面か背後から攻撃をしかける。まだカラーランクも低く、装備も揃っていなくて攻撃力に乏しいパーティーならまず足を狙って機動力を落とし、そのあとは好き勝手切る。
オレははじめからこいつ程度なら簡単に切れる剣を持っていたから、飛び掛ってきた時にカウンター気味に喉を刺したりもしたが……」
みなまで言わずにアラシは黙る。
準備と気構えをしっかりしていれば難しい相手ではないが牙と顎の力は決して侮れず、遊び半分にここまで降りてきた初級潜窟者が噛み殺されたり四肢を失う怪我をして逃げかえるという例は年に何度もおきる。アラシが自慢に使うようなイエローランクの潜窟者であっても油断すれば命を落とす危険はぬぐいきれないだろう。ジョージのようにじゃれあうかのように対処できるモンスターではない。しかも本人は、あわよくば手懐けるつもりでいた。
型破りにもほどがある、と思いつつも、だからこそ確かに学ぶ事は多いかもしれないとロックはずいぶん前から思っていたし、アラシも前向きに考え始めていた。




