001-レドルゴーグ 潜窟者たち -4-
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
そういうランナはジョージの驚きの大きさに驚いていた。
「そもそも表の看板に書いてあったでしょ? そんなに驚くなら私が名乗った時にしなさいよ……」
「え、あ、いや、そういうもの?」
まだ狼狽えているジョージに対し、ランナもどうしていいかわからない。そもそもここまで会話していてジョージという人間がわからない。さっぱりわからない。
「ふぅー……」
眉間を押さえながらうつむいて、ランナはギルドマスターらしく仕切りなおす。
「ここからは各ギルドごとの特色が出た記入用紙に入るんだけど、あなたは一文無しで何もしらない田舎もの、それでいいのよね?」
呆れ顔のまま尋ねると、まだ驚きの余韻を残したままのジョージがうんうんと頷いた。まるで叱られた直後の子供のようだ。
「ま…いまのところウチのギルドはギルドの特色らしい特色というのもなくしてしまっているし、第三以降の記入用紙は当面保留って事でいいでしょ。ついてきて、ご所望のタダの部屋に案内してあげるわ」
そういってランナはカウンターから出て、ついてくるよう促した。そのままギルドホールを出て、ホールの正面玄関を閉めるとクローズドの標識を立ててしまう。
「え、いいの?」
ジョージがまた戸惑った様子を見せた。ランナはそれを見てフと薄く笑う。
「いいのいいの。どうせジョージが来るまでは暇してたし、こなければずっと暇してたのよ」
手をひらひらさせながら歩き始める。ランナがもつ元来の面倒くさがりは、ジョージにまつわる様々な謎について考える事をやめさせた。とにかく、この謎の男と自分のギルドは契約を成したのだ。きになる事はいずれ順を追って明かされていくだろう。一種の諦めであったが、それは確信に近かった。
「まずは宿ね。すこしかかるからその間に何か聞きたいことがあったらばんばん質問しなさい」
全てに答えるかはわからないが、とランナは心の中で付け加えた。たとえばランナ自身の年齢やらを尋ねられた時は無視しようと心に決めて。
「このカードって大事なものなんだよな?」
「もちろん。大事にもっておくべきものだけど、盗られたり無くしたり壊したりする心配はしなくていいわ。それはあなた自身、あなたの身分を証明するあなたの一部。たとえ無くしてもすぐにあなたのもとに戻ってくる。そういうモノよ」
「じゃ、ランナも持ってる?」
「持ってる。けど見せてはあげない。他の人のギルドカードを見たいならすぐに機会はあると思うわ」
ランナは心に決めた事をさりげなく実行した。ギルドカードには年齢が必ず書かれる。
「……すごく変な質問かもせんのだが、ぶっちゃけこのギルドカードは頻繁に使うモノじゃないんじゃないか?」
「あら、そんな事はないハズだけど。なんでそう思うの?」
「俺はここに来るまで、契約というものは確かにしたことがなかったが、取引というのはいくつかしてきたと思う。そういうときに身分を提示しろといわれた事がないから、コレを持っていなくても別段不自由しなかった」
ああ、なるほどねとランナは頷く。
「それはダンジョン外での取引しかしなかったからね。単純に食べ物だったり、衣類だったり、その程度のものじゃない?」
「うん」
「ダンジョンの内と外では契約も取引も当事者たちにとって重要性がまったく変ってくる。一番わかりやすいのが仲間集めよ。そのカードは名前や年齢や職業だけじゃなくて持ち主の実績の目安にもなってるの」
そういわれて、ジョージは自分の手元のカードを改めて見直した。書かれている事に実績に関する事などあっただろうか。それともまだ手に入れて間もないゆえに書かれていないだけなのか。
「あっ、この職業についてる見習いとかで判断するのか?」
ジョージの職業は「見習いダンジョンマスター」だ。この「見習い」は読んだ多くの者にいかにも弱々しい印象を与えるだろう。
「ああ、そういうのも判断材料にする人はいるだろうけど、もっとわかりやすいのがその色よ」
「色?」
「あなたが今もっているのは黒地に白文字でしょ?」
ランナはちらりとも振り返らず手をひらひらさせてジョージにそれを確認するよう促した。
「うん」
「それがダンジョンの中や、たまーに地上にも出てくる魔獣を倒すとカードはその生気を吸って地の色を変えるの。初めは紫。そこから青紫、青、青緑、緑、黄緑、黄、橙、赤、赤からだんだん色が薄くなって桃色から白へ。伝説ではその上に虹色ってのがあるらしいけど、そんな人は見たことも聞いたこともないわ」
じつにけだるそうだが、ランナの説明は実に丁寧だった。感心しながらもジョージは次の質問をする。
「変色する条件ってのは、数をこなせばいいの?」
「うーん。それはつまり、弱い敵でもいっぱい倒せば、って意味よね? たぶんそれでもいいんだけど、色が変るたびにその次の色へ移るための必要な数というのは変るらしいわ。むかーしそれを検証して大ネズミだけをひたすら狩り続けたという猛者がいて、彼は80年の生涯の内に24万と250の大ネズミを狩ったらしいけど、彼の死ぬ間際のギルドカードは黄緑色だったそうよ。黄緑色くらいだったら、浅層部の終わりくらいまで行ける潜窟者ならざらにいるわね」
なるほどなるほど、とジョージはしきりに頷いている。
「となると、倒す敵の数と質と両方がしっかり区別されてるのか、もしくはその生気というのは明確な最小単位で、倒した種類や個体によってもっている生気の量が違うとかかな。経験値みたいなモンって考えるには後者のがわかりやすいか」
何か小難しい事を言い始めて、ランナはまたジョージという人間がわからなくなった。常識はほとんどないが、頭脳そのものは決して悪くない。むしろ良いのかもしれない。
「まぁ…ジョージが何を言ってるのかよくわからないけど、生気はカードだけじゃなくて倒された時にすぐ近くに居た者達全員に吸い込まれるとも言われてるわ。吸い込まれた生気は吸い込んだ者の身体や魂を強化する働きがあるとも」
生気は蓄積され、蓄積したものを強化する。ジョージはいよいよ合点が行ったようだった。
「なるほど。この世界では知識や経験よりも倒した敵の数と質が強さを決めるんだな」
するとランナがおかしな顔をする。
「倒した敵、というより倒した魔獣の数と種類を、すなわち経験というんじゃないの?」
「おぉ……なるほど、そうかそうか。確信が得られた、ありがとう」
礼まで述べて朗らかに笑うジョージ。反対にランナは何か納得いかない様子だったが、そうこうしているうちに目的地についた。
スラムというほど物騒な雰囲気ではないが、決して富裕層が住むには向かない町並み。高くとも建物は三階建てで、その低い屋根の遠く向こうに重厚な鉄筋と歯車と何か別の建材で構築された高層のビルやマンションが並び立ち、手前と遠く奥の対比がまた寂れた雰囲気を助長している。街の中心部からも、四つの都市中枢からも離れた場所、それがこの場所だった。
ギルドホールから歩いて十分ほどだろうか。つまりギルドホールも都市中枢からはだいぶ離れた場所にあった。
「加盟店リストに書かれてた名前は憶えてる?」
「いや、数だけだ」
それは憶えやすかっただろうなあ、とランナは苦笑しながら、道案内の中で始めてジョージを振り返った。
「ここがその四つの加盟店のうちの1つ、鍛冶屋オールドスミスよ」
煙突から立ち上る煙、ただでさえ暑い日ざしの中で、石造り一階建ての中からはさらに熱気がただよってくる。鉄をたたく音こそ聞こえないが、店先には灰色に濁った水とセットで回転砥石が並んでいる。
「なるほど」
ジョージは一度納得して頷いたが、すぐに首をかしげた。
「え? 宿場?」
「タダで、って言ったでしょ。ちょうど弟子が逃げて寝床は余ってたハズだから、そこにとめてもらえないかくらいの交渉は自分でしなさい」
「はぁ……」
気のないジョージの返事を無視してランナはオールドスミスの中に入っていく。
「キョー爺さん! 起きてる!?」
ランナが大声で叫ぶと、すぐ近くからその大声に負けない大声が帰ってきた。
「さけばんでも聞こえとるわい! ったくやかましい!」
一言一句もれずに大声。キンキンと耳に響くランナの声とは真逆で、キョー爺さんと呼ばれた背の低い老人の声はしわがれたなんとも渋みのある声だった。背は本当に低く、ランナの腰辺りまでしかない。よく見える頭頂部は既に禿げ上がっているがもみ上げだけは生き残っており、そこからつながるヒゲはそれはそれは立派なものだった。
「!」「…!」
ヒゲ面同士目が合って、一瞬の緊張が走る。
謎の話またぎ
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