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009-ガキ大将 -2-

 バリケードを再構築しおえたジョージはパンパンと手をはたいて埃を落としながらニコニコとアラシに歩み寄る。


「まあまあ、身内がいちゃあしづらい話もあんだろ。だから今は遠慮してもらっただけだ。腹ぁ割って話をしようや」

「んなっ! くっ!」


 おだやかでない空気でも感じ取ったのか、アラシは手近なところにあったライトスタンドを掴み取って剣のように構えた。


「おいおい。そういうつもりはねえよ」


 さすがに少し強引すぎたか、とジョージは足を止めた。しかしこういう事は、長引けば長引くほど解決しづらくなるものだ。まだたった一日しか経っていない今だからこそ一つ荒療治でもして、イエート家からの依頼の本筋に持って行きたい。


「あー、そうだな。当ててやろうか。お前が怖がってるのはロックがお前に復讐しに来たと思ってるからだろう」

「うるさい! オレはそいつなんか怖くない!」

「おっとっと、じゃあ言い直そう。警戒してるのは、だ。怖がって無くても復讐しに来た可能性があるから、そうやって武器を構えて警戒してる」

「……」


 少し表現を変えただけ。アラシが恐怖している事はおそらく誰が見ても明らかだろう。しかしアラシのムダに高いプライドを逆撫でしても今は仕方ない。今よりもっと荒れるだけだろう。


「で、どうだ? ロックはこいつに復讐、したいか?」


 打ち合わせに無かった筋書きだ。どう答えるのがジョージにとって都合が良いのかわからず、ロックは答えあぐねてただジョージを見つめ返すだけになってしまう。


「ああ、正直に答えていいぞ」


 視線に気づいたジョージがあっさり許すと、ロックも特に過激な事を考えていたわけではなかった。


「正直に、ッスか? じゃあ、まあ、一発ブン殴るくらいの事はしたいッスけど」


 別にここまで大げさにおびえられるほどしたたかに殴打しようとは思わない。少なくとも、アラシに対してはその程度の感情しか抱いていなかったのだ。


「じゃあこうしよう。ちょうどココにも、もう一本それと同じものがある」


 ジョージはバリケードに使われていたライトスタンドをもう一本見つけ出して強引に引き抜いてロックに放ってよこした。


「金属製のスタンドだ。当たれば痛いだろうが、俺は治療魔法にも多少の心得があるから、骨が折れるくらいなら手当てしてやれる。大怪我にだけ気をつけて、ここでお前ら試合しろ。

 アラシ、お前はロックの事を見下してたんだから、ロックにここで負けたなら大人しく言うことを聞け。

 ロックは、試合とはいえこの坊ちゃんをブッ叩けるんだから、勝っても負けてもそれで今までこの坊ちゃんにやられた事はチャラにしてやる。

 って事でどうだ?」


「オイラは別にそれで構わないッスよ」


 これも打ち合わせになかった流れだが、すっかりジョージを信頼しきってしまっているロックに否は無かった。


 一方で流れについていけていないアラシは言葉を挟めず、ジョージに提案されるままにさせてしまっていた。さらに、ジョージが言うとおり今までロックを弱い弱いと見下していたため、見事にプライドを刺激されている。


「いいだろう」


 完全にジョージのペースである事だけが気に食わないが、万一にもロックに負けるなどという未来はアラシの頭の中には無かった。


 せいぜい虚勢を張って、オレは今乗せられているんじゃない、乗ってやっているんだという姿勢を示す。


「よし。もちろん俺はどっちにも加勢しない。こんなんだが一応は試合という形式を取った方がいいだろう。どうする? どちらかが負けを認める、気を失う、それ以外に何か条件をつけたいか?」

「いや……オイラは特に思いつかないッスけど」

「ごたくはいい! オレが勝ったらお前ら二人ともさっさとこの部屋から出て行け!」


 開始の合図もなしにアラシはロックに殴りかかった。


 完全な不意打ちだったがロックは危なげなくライトスタンドを避け、自分も振りぬこうとするのだが、いつも使っている剣よりも長く重いせいで振りぬく前にアラシから追撃が入ってしまう。


「腕力ではアラシが上か」


 慣れない武器でしかも重い物を素早く取り回すだけの膂力を見て、ジョージは適当につくったスペースに腰掛けてのんきに感想を述べる。それに反応するくらいの余裕なら、闘っている方の二人ともにもまだあるようだった。


「当然だ! 俺はもうすぐイエローランクだぞ!」


 それはすなわち、その分だけモンスターを倒し生気の恩恵を受けているという事であり、ついこのあいだ青緑になったばかりのロックと比べれば、素の膂力が違うという事だ。


「それはそれだな」


 思いのほか高かったアラシのカラーランクを聞いてもジョージは余裕だ。ロックが負けるとは思っていない。ロックも、一度だけ剣にみたてたスタンドライトをかち合わせて似たような印象を抱いた。


「(まあ、なんとかなりそうッスね)」


 今二人が持っている武器はどう間違っても剣ではない。よってジョブのパッシブスキル、ソードマスタリーはどちらも無効化されている。


 こういう時に役立つのは素の膂力のほかにもうひとつ、ジョブという神の加護の恩恵に頼りきらずに鍛えられた自身の技である。


 つい昨日、意図的に魔力を使う方法を教わったロックは、言いつけどおりに昨日も寝る前に魔力を動かすイメージトレーニングを行った。それでもたった二回しか行っていないので付け完全な焼刃状態ではあるのだが、ジョブの加護を用いずとも魔力を使えるロックと、ジョブの加護の恩恵が無ければ魔力を使えないアラシとの腕の差が少しずつ現れ始める。


「ぬっ! ぬぁあ!」


 ガチン ガチンと何合もスタンドライトがぶつかりあううち、ロックが振るう金属製の棒から伝わる威力がしだいに強まり始めたのをアラシはその手に感じ始めていた。


 物音とアラシのうめき声のせいでドアの外はさらに慌しくなってい、とうとうドアが乱暴に叩かれるまでになっているが、ジョージが組みなおした即席のバリケードは思いのほかしっかりと組まれているようで微動だにしない。


「ほうほう。あれは教えてないんだが、自力で再現したのか」


 魔力の流れをある程度目で見る事のできるジョージは、ロックの腕周りに現れた違いを見ていた。アクティブスキルとしてオーラスラッシュを使った時のような淡い光は無いが、ロックの背中から腕周りにかけて、アラシに対して足りていない素の膂力を補うように、魔力が作用して腕力を強化している流れが見えていた。それも、次第に強くなっている。


「でっ…りゃあああ!」


 それは身体強化と呼ばれる暦とした魔法だった。見た目にわかりやすい変化の無い地味な魔法だが、肉体をつかう戦いにおいてこれほど汎用性の高い魔法は他に無い。


「ぐおっ!」


 文句のつけようもないほど発揮された身体強化の魔法が打ち合った瞬間アラシのスタンドライトを弾き飛ばす。


 その勢いのまま自分のスタンドライトも投げ捨てると、ロックは素手でアラシの顔を殴りつけた。


 ゴッ と鈍い音がする。


「ひゅう」


 見事なテレフォンナックルだった。威力はあるが隙だらけになるその一撃は、普段ならばアラシも避けられたのだろうが、単純に力で押し負けたあとのこれである。


 派手に吹き飛ばされるような事は無かったが、顎の左側にまともに拳を食らってその場にへたりこむ。


「オイラの、勝ちッス」


 気絶したわけでも、降参したわけでもない。むしろ素の身体能力の差のせいで、しっかりと顎にヒットしたにもかかわらずアラシには大したダメージはなかった。しかしアラシはロックの勝利宣言に反論できなかった。


「……ん」


 ジョージもアラシが反論してくるのを少し待ったのだが、呆然としているだけの彼を見てニッと微笑む。ロックが勝った事で、話を本筋に移せるようになったのだ。


「うむ。俺がディアルに入ったのはつい最近だがな、ロックをここまで鍛え上げたのは、半分以上が俺みたいなもんだ」


 それはさすがに言いすぎじゃ、と思わないでもないロックだったが、ここからは打ち合わせにあった流れなので口を挟む事はない。


 ジョージはあくまで優しい口調で告げる。


「お前だって、べつに部屋の外全部が怖くなったってわけじゃないだろ?

 今までは強い奴が正義だとか、そんな感じの事を思って使用人にもそう振舞ってたのに、あの執事の爺さんのが実は強かったってわかってから、彼ら、彼女らにどう接していいのかがわからなくなったとか、そんな感じなんじゃないのか?」


 その場に赤ん坊のように座り込んだまま、ビクリと身を震わせたアラシ。どうやら見事に言い当てられたようだ。


「そもそもお前、本当はちゃんと親父さんの後を継ぎたいんだろ。

 議員になる前までは相当強い潜窟者やってたっていう親父さんに憧れてもいる。なのに、使用人の爺さんに負けたから、親父さんに合わせる顔が無い、と思ってしまった」


 さっきからジョージが語っているのは憶測でしかない。完全に言い当てているというわけでもないはずなのだが、ずっと見下していて、実際にギルドカードのカラーランクでも格下であるロックから完璧な一撃をもらったアラシは今、頭の中が空っぽの状態だった。


 そんな中でもっともらしい事を言いつつ、さも自分はお前の事をわかっている、味方だと囁く。



 ジョージが今やっている事は完全に詐欺師のそれだった。



 とはいえ有効ではある。


 青年期にありがちな、力ばかり有り余って自分の精神状態をろくに把握していないやんちゃ坊主だったアラシは、格下に負けて空っぽになってしまった今の状態もあいまってジョージが言う事がすべて真実であるように聞こえてきてしまった。


 それに加え、完全に言い当てているわけではないにせよ、そこそこ的を射た推測でもあったのだ。


 アラシは父親に憧れを抱いていたし、その自分を父親に認めてほしかった。そういう感情を抱くように差し向けたのはおそらく母方の祖父であるアルペリであり、さらにその感情を利用しようとしているのもまたアルペリなのだろう。


 だがかつての実力者であり、現在は社長としても議員としても立派に役職を勤め上げてている父親に抱く憧れは、その子供として何も不自然はない事だ。


「でだ、俺の所に来れば、お前はもっと強くなれる。ロックみたいにな。

 お前の親父さんからも、こっちでお前を預かれないか打診されてる。あとはお前しだいなんだ」


 ロックという実例を見せ付けられた上での、甘い勧誘だった。しばらく迷ったあと、でかい図体のお坊ちゃまはおやつを貰えなかった時の子供のように顔を曇らせる。


「けど……祖父ちゃんが……。オレはもう祖父ちゃんとこのギルドにいる」

「だから、さ。ディアルじゃなくて、俺に預けられるんだ」


 ジョージはさらに甘い甘い文句を囁いた。


 ここで、アルペリがアラシをただの政治的権力を得るための道具としか見ていないと教えてしまうのも手ではあるのだが、父親と同様にアルペリも尊敬しているというアラシの心を否定する事は上策ではない。


 よってアルペリについてここでは触れずに、そんな事はたいした問題じゃないから深く考えずにこっちにおいでよ、と言っているわけである。


 実際はギルド間での契約もなしにギルドメンバーを貸し借りするというのはけっこうな問題だ。異なるギルド間をメンバーが自由に行き来できるのならば、ギルドに所属する際に神の立会いのもとの契約を結ぶ理由などなくなってしまう。ひいては潜窟者ギルドというものを結成する意義を根底から覆しかねない事だからだ。


 よって本来ならば厳粛に取り締まって審議するところだが、今回は少し事情が違った。


「(本人はまだ仮免だって気づいてない、ってのは本当みたいだな)」


 ギルド仮加入制度、いってみれば仮免許制度の存在である。


 これを採用しているギルドはまだ少ないが、現在のレドルゴーグのトップ10に入る大規模ギルドは少なからず評議会とのつながりがあるため、評議会で試用が決定されたこの制度のテストケースとして現在施行されている。


 一口に潜窟者ギルドといっても特色はさまざまなで、総見敵必殺がガチガチの武闘派から、依頼された品だけを的確に持ち帰る安全重視の技巧派まで幅広い。


 このギルド仮加入制度の本来の目的は、加入してみて、させてみて、そのギルドの方針と新人の戦闘スタイルがかみ合うか、あるいはギルドにとってその新人が使い物になる見込みはあるか、という見極めをする一種の試用期間を設けるというものだ。


 ただし今回はもう一つの使い方をする予定だった。


 仮加入ならば、脱退するのも簡単なのだ。


 ちなみに、その辺りの制度を聞いた時にジョージは自分がギルドに入る際に書かされた書類の少なさを思い出し自分の方の契約はどうなっているのかと疑問に思ったが、ディアル潜窟組合は仮免制度を採用していないため、ジョージの持つギルドカードは間違いなく本免許であるとわかった。


 仮免状態でもギルドカードは神より賜るものであるらしく、その状態でもモンスターを倒した際のカードカラーの変化はある。違うのはギルド側とメンバー側のどちらからでも脱退しやすいさとせやすさ、これに尽きるだろう。そのため、アラシもまさか自分のギルドカードがすぐにでも消滅してしまうものだとは思っていなかった。


「(いかん、本当に詐欺でひっかけてる気分になってきた)」


 彼の父親から頼まれた事であるとはいえ、ジョージはちょっとやんちゃをしてしまっただけの18、9の子供をだましている気になってきた。いや、実際にだましている。罪悪感がわいてきたが、今まで彼からイジメにあっていたロックの顔をちらりと見やってそれを相殺する。


「父上も、認めている事、なんだな?」

「ああ。親父さんから、頼まれたんだ」


 ちょっとした葛藤があったことなどおくびにも出さず、ジョージは座り込んだままのアラシに手を差し伸べる。


 その手をアラシがとった瞬間、アラシのオーダーギアーズ仮免失効が事実上決定されたのだった。

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