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009-ガキ大将 -1-

「アーラーシくん! あーそびーましょ!」


 ジョージとロックはイエート家との約束を履行するために再びイエートカンパニー社屋の最上層に来ていた。それも、くだんのお坊ちゃまアラシ・イエート=ロッセ・ガブリエータの部屋の前だ。


 すぐ近くに父親であるドミニク・イエートと、周囲に何人かのメイドと執事、さらにあの騒動にてアラシの命令によりジョージとロックを取り囲んだ冒険者たちも伴っている。


 そんな中で、まるで年端もいかない子供がするような掛け声とともに、いいお値段がかかっていそうなドアをバンバンと乱暴にたたくジョージは、異様の一言に尽きた。


「あ、あのお客様」


 遠慮がちにジョージに声をかけたのはイエート家の仕える侍女長である。年の頃は60を超えた辺りだろうか。地味で分厚いメイド服の上からではわかりづらいが、年齢のわりに引き絞られたからだが仕事をこなせる女という雰囲気で、顔には目じりと頬の辺りに人の良さがにじみ出ている。きっとアラシの事も自分の息子のようにかわいがっていたのだろう。


「まあまあ。とりあえず任せてくれ」


 とりつくしまもなく、簡単に手で制される。侍女長は当主に助けを求めるが、そもそもその当主の依頼によってここに来ているのだ。ドミニクも黙ってうなずくだけで止めようとはしない。侍女長は仕方なくおずおずと引き下がる。


「アーラーシくん! あーそびーましょ!」

「うるさいな! ほうっといてくれと言っただろう!」


 何度目かの、一言一句たがわぬ呼びかけに、ようやく中から反応があった。一瞬、集まっていた者たちがざわつくがあらかじめ打ち合わせをしていたロックがさっと静めてしまう。


「アーラーシくん! あーそびーましょ!」

「うるさいと言っているだろう!」


 少し、声が近くなった。


 周囲の者の期待感も強まり、ざわつかないまでもあちらこちらから息を飲む音が聞こえてくる。


 聞けばこのアラシ、ロックとぶつかった事をきっかけに強引に絡んできた上で、ものの見事に返り討ちにあったつい昨日、ドミニクから軽い説教を受けてから一切自分の部屋から出てきていないらしい。


 ドアを硬く閉め、おそらく内側にバリケードのようなものをおいて念入りに閉じ篭っている。


 そのくせ侍女長をはじめとしたメイドが一声かけてから食事を入れたワゴンを置いておくと、翌朝には綺麗に食べられておいてあったという。


 その話を聞いている間、ジョージは笑いをこらえるので必死だった。恵まれ過ぎた若者のとる行動はどこでも一緒なのだな、というのが正直な感想であり笑いの理由である。


 ジョージの笑いをごまかすスキルは、今のところ最も付き合いの多いロックでさえ気づけない程なのでイエートの使用人たちからの心象は変わらなかったが、もともとの印象は、筆頭執事のバルハバルトが連れてきてそれを当主ドミニクも認めているものの結局はどこの馬の骨とも知れない謎の人物、という非常に微妙なものだ。


 そんなジョージの素性よりも引き篭もりをはじめてからまだ三日目であるアラシを使用人たちが本気で心配しているという事が、ジョージにもロックにも意外で仕方なかった。



 ロックは長い間アラシから嫌がらせを受けてきた。時には嫌がらせを越えた妨害行為もあった。だから家でも横柄に振舞っているのだろうと勝手に思い込んでいた。


 ジョージはそういう事もあるかもしれないな、という程度には柔軟に考えたが、佇まいから相手の実力を測る事もできず、簡単な一言から簡単に頭に血を上らせていた事から、決して頭はよくないなと思っていた。バカな次期当主が使用人たちから慕われるだろうか、という疑問はジョージの中にも未だにある。


「アーラーシくん! あーそびーましょ!」


 こんどは返事はない。しかし、どたばたとドアのすぐ向こう側で何かが動かされる音がする。誰もがさらに期待を高めた。今にもドアは開きそうだが、ジョージはダメ押しにもう一度ドアをたたいた。


「アーラーシくん! あーそびーましょ!」

「だから! うるさいと言っているだろう!」


 がばっと勢いよくドアが開かれた。ジョージがすかさずドアの隙間に足を挟んだ。


「なっ!」


 アラシはドアの前に居た人間の数が予想外に多かった事に狼狽えたが、父親の顔を見つけてすぐにドアを閉めようとした。しかしすでにジョージの足がそこにあって、ジョージはさらに身体ごと割り込ませる。


「なにを! この!」

「ロック!」

「うス!」


 すかさずロックが援護に入る。二人でゆっくりとアラシを部屋の中に押し戻しつつ、同時に部屋の中に入り込もうとする。


 そのうち、固唾を呑んで見守るばかりだった使用人のうち、若いメイドが自分もと援護に入ろうとする。


「待て! 他の人はまだだめだ!」


 そちらの方も見ずに気配を察知したジョージがあわててそれを制した。


 止められた、というよりも怒鳴られて身をすくめたメイドはそのまま固まってしまい、そのうちにジョージとロックからの物理的な圧力に耐えられなくなったアラシが後に転倒する。


 誰もが あっ と息を呑んだ。


 きりもみするか、と思いきジョージだけは上手くバランスを取り直して踏みとどまり、すかさず中途半端に開かれていたドアをバタンと乱暴に閉め、さらに手際よくバリケードを再構築した。


「な、おまえなにを。あっおまえ! おまえも!」


 アラシはここではじめて、ジョージをジョージと認識し、ロックをロックだと認識した。


 わけもわからず部屋の外に取り残された父親と使用人たち。彼らには事態が進展した、というよりも、引き篭もりが三人に増えただけに思えたのだった。

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