008-すこし、考える -6-
唐突な質問にどう答えるべきか、ロックは数秒間フリーズしてしまった。
なにせスキルというのは、パッシブスキルならばいつ習得したのかもわからないほど自然に身につくものであるからまだしも、アクティブスキルは使用するという明確な意思さえあればジョージのように魔力を自力で操作するすべがなくとも使えるようになる、初歩中の初歩であり基礎中の基礎、おそろしく簡単なものだったからだ。
そんな事をつい昨日金貨1000枚相当の品物を短時間で意図的に、二枚も見つけてきた相手が言うのだから、あっけにも取られるというものだろう。
「あ、そっか」
しかしロックは、ジョージがこのディアル潜窟組合というギルドに加入してからまだ一週間も経っていないという事を思い出し、すとんと納得した。
しかもギルド加入は今回が初めてであるという。したがってジョブを得るという事も今回が始めてなのだろう。ならば今までのように何でもかんでもできる事の方が異常なのであって、むしろ今まで何でもできたからこういう基本的な事をわかる機会がなかったのだ。
「いやあ、キョーリさんから借りた本のどれにも、スキルの習得方とかは書かれてなかったんだよな。けどロックから聞いた話では、そんなに珍しいものじゃないみたいだし」
「そッス。あまりにも基本的な事過ぎてもう誰もわざわざ本にする気がないんスよ。
でもおかしいッスね。普通はそのジョブに就いた瞬間から、自分のジョブがどんな事をできるジョブなのかを、なんとなく理解しちゃうものなんスけど」
「え、そうなの?」
ジョージは困ってしまう。そんな自覚など欠片もなかった。
「ほんとに心当たり無いッスか? 昨日自分で、そんなこといってたよーな気がするッスけど」
「え? 言った? どこで?」
指摘したロックのほうもうろ覚えであるらしく、さらにいつもの変な所で話し下手という特徴が余計によくわからない表現が並べられる。
「おじさんがガーって聞いてきた時ッス。そのあとおじさんがメアリーさんの締め上げられてて」
「ガーって聞いてきた時。いや、何度かあったと思うが……その前後?」
なんとなくのニュアンスから最大限情報を読み取って、それに当てはまるタイミングをいくつかピックアップするジョージ。しかし酔いの席でもあった事から、ジョージはその場面を鮮明には思い出せない。
「えっと、ほら。ちょうど今みたいな話をしてたッス」
「今みたいな? っていうと、スキルとかジョブとかの話か」
「そうそう、そうッス」
「その時、俺なんて言ってた?」
「えっと、えーっと、コレかもしれないけど人に言えないとか」
漠然とした台詞である。一瞬はこれもロックのアレな性質かと思ったが、アルコールで霞がかかった記憶をほじくり返すと、確かにそんな事を言ったような気はしてきた。
「人に言えない……? そういえばそんな事を言ったような。なんのつもりでそんな事言ってたんだったか」
ところがどういう意図で出てきた言葉だったのかを思い出せない。
「え? あのブラスギアー関係の事じゃなかったんスか? おいらは少なくとも、そう思ったから口を挟まなかったんスけど」
ぴこん とジョージの頭の中で何かが噛み合った。
言った側からしても実に当たり前というか、些細な事であった筈なのだが、それは確かに記憶を呼び覚ましてついでにちょっとしたひらめきのようなものまで引っ張り起こす。
「あっ、あー。そうか。これ、ダンジョンマスターのパッシブスキルなんだな。なまじ、元からこういう機構系の知識を持ってたから、埋もれてたんだ」
それに気づいたとたん、ロックが言った通り見習いダンジョンマスターというジョブについて少しだけ知識がジョージの頭の中に湧き上がった。
まったく知らなかったはずの知識が、さも最初からそこにあったかのように現れた感覚にジョージは少し戸惑うが、決して嫌な感覚ではない。
知識曰く、ダンジョンマスターとは本来、そのダンジョンを支配し運営するジョブである。見習い、と名のつくダンジョンマスターは自らの支配領域を持てず、それを探している状態であり、既にマスターの置かれたダンジョンではその力を発揮する事ができない。
だが支配領域でなくとも、ダンジョンと名のつく場所であれば、パッシブスキルの錬度にしたがってさまざまな情報を読み解く事ができるようになる。さらに、本職のダンジョンマスターの支配影響が弱い部分では、ダンジョン内に出現するモンスターや資源を、少しだけ自分の側に寄せるスキルを持つ。
その名も、パッシブスキル:ダンジョンマスタリー。
「んん、これは」
「どうか、したッスか?」
急に真面目な顔になったジョージにロックが心配そうに声をかけた。ロックからは、自分の言葉のあとから急に顔色が悪くなったように見えたのだ。
「いや……ロックの言うとおり、自分の就いているジョブについて、ちゃんと知識を、得られた、だけなんだが」
「おお。よかったじゃないッスか。
……? 良かったんじゃ、ないんスか?」
これはとてつもなく重大な事実なのではないのだろうか。
このダンジョンマスターというジョブからは様々な事を読み解ける。
つまりどこのダンジョンにもマスターが存在するという事だ。それこそ起源の知れていないディープギアにすら。
このダンジョンマスタリーというスキルには、ダンジョンの乗っ取りが可能であるというような内容は無いのだが、資源やモンスターをこちら側に寄せられる、というだけでも、乗っ取りの可能性を示唆しているように感じられた。
今までこの知識が呼び起こされなかったのは、きっとジョージが形式的にジョブについただけで、ジョブというこの世界を構成するシステムについてよくしらなかったせいだ。
知識が呼び起こされた今でも、ジョブというシステム全体に対しての知識はほとんど無い。だが重要性については理解してしまった。
今までできなかった事を、誰にでも、簡単にできるようにしてしまう、このシステムはそういうモノだ。
「(神様から直接授かったこの、ジョブという力、しかもなんかすごい貴重そうなジョブ。ブラスギアーについてはともかく、派手な行動はもうしばらく自重するつもりだったんだが。これはなんというか、“解禁”する事になりそうだ)」
重要性を理解した上で、ジョージはまた口に出さずに、少し考える。
「(たぶん、その内嫌でも……)」
そして予感した。近いうちに来るだろう、その時を。




