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008-すこし、考える -5-

 鯨の泉亭での顔合わせは無事に終わり、後はたわいもない話と、ディアルについての事情に少し突っ込んだ話を織り交ぜてした。


 突っ込んだといっても、あらましはロックから聞いた話しで把握してあり、あの時は何もしてやれず辛かった、だとか、ランナは自棄をおこさず本当にがんばっている、だとか、それぞれの立場からの感想を改めて聞かせてくれた、というところだろうか。


 ジョージに興味を持って残っていたらしい常連客たちも、ジョージについての話が次第に少なくなっていくにつれて帰っていった。いくら常連とはいえ、客だからというだけでその場に居るのに自己紹介もなかった連中になど気を使う必要はないだろう。


 話し込んでとっぷりと夜が暮れ始めてお開きとなると、ロックがランナを背負ってギルドホールへと帰ることになった。


「ふぅむ」


 道中、ジョージは何かをしきりに考えていた。姉を背負いつつ隣を歩くロックはその考えの内容が気になって仕方なかったが、筋肉質な姉は小柄な女性としてはなかなかに重く、背中からずりおちないよう気をつけながら歩くとしゃべっている余裕がなくなってしまう。


 この辺りは、まだロックのカードランクが低い事も影響しているのだろう。もっとモンスターから生命力を吸い上げていれば違ったはずだ。


「お、着いたな。じゃあ俺はキョーリさんとこだから。おやすみ」

「あっ、おやすみなさいッス」


 ギルドホール前に着いてしまうと、この場であっさり解散となったのだった。



 一夜明けてすぐ、三人しか居ないディアル潜窟組合はギルドホールに集合する。


 寝入りはひどいものだったはずだがランナはいたって平気な顔をして出てきており、むしろロックの方が睡眠が足りていなさそうなひどい顔をしていた。


「さて、昨日話した通りアラシをウチで預かるわけだけど、その前に少し打ち合わせをしたい」


 言い出したのは、昨日ひどい体たらくをさらしたランナだ。やはりギルドマスターらしいところは見せてくれるらしい。


「そうだな、昨日は細かい日取りとかは決めてなかったから」

「は? 違うよ。いやまあ、それも考えなきゃいけないんだろうけど、あたしが打ち合わせしたいのは別の話さね。アラシを預かるとしてどこのポジションにおくのかだよ」

「うん? どゆこと?」


 急に何を言い出すのだ、とジョージは首をかしげた。ロックはまだ眠いらしい。


「あの坊ちゃんを叩き直すのは先方も望んでるって事はわかったよ。けどどうやって叩き直すのかって事さ。あのボンボンが得意な武器とかもわからないし、普通に潜窟者として預かるにしてもどこに置くべきなのか。もしロックより役に立たないんだったら、いっそここの受付に添えちまうのも一つの手だろう?」


 ジョージは首をかしげたままだ。そんなものは引き取ってから手合わせして決めるものだ。そういう旨は昨日の相談で言ったはずなのだが、背中から床に叩きつけられたショックで忘れてしまっているのだろうか。


「……姉さん、もしかして自分も潜りたくてそんな事いってるんじゃ」


 どうやら図星だったらしい。眠たげなロックに言い当てられてランナは二人から目をそらした。


「なるほど」


 昨日の借金返済時にもきっと頭を下げてまわったのだろうし、普段はろくに動けず色々と鬱憤もたまっているのだろう。身体を動かして、それこそダンジョンにでも潜ってモンスターを倒してストレスを発散したい、のかもしれない。しかしいますぐにそれを叶えるわけにはいかないだろう。


「ギルドマスターの意向だからいつかそういうタイミングを作れるようにするけど、さすがにもう少し辛抱してくれ」

「チッ、わかってはいたけどね。言ってみただけさね。じゃ、あたしは昨日忘れてたから、アラシを預かるって事を同盟店に伝えてくるよ。帰ってくるまでホールは頼んだ。どうせあんたらのパーティーに入れるんだから細かい日取りは二人で決めな」


 連絡は買って出てくれるらしい。意見を認めない速さでまくしたてるとランナはさっさとギルドホールを出て行った。


「……あれはたぶん、伝えるついでにちょっとダンジョンに潜ってくるつもりッスね」

「なるほど、時間がかかりそうだな」


 今回のやりとりでのランナに対する評価は、プラスマイナスでゼロになった。


「それで、いつからにするッスか?」

「アラシの事か? うーん、そうだな。できるだけ早くがいいとは思っているんだが、あっちの事情もあるから今すぐに、というのは難しいかもしれない。なんせ今あいつは部屋に引きこもって出てこないわけだろ?」

「そうッスね。あのバルなんとかって執事さんに負けたのがそんなに悔しかったッスかねぇ? あの人、オイラでもわかるくらい強い人なのに。たぶんモンクっスよ」

「モンク? というと、僧侶か」


 ジョージにとってはモンクと聞くと地位の低い修行僧侶か僧兵のイメージが強かった。いずれにしても武器の携帯はゆるされず、徒手空拳で戦うものだが、単なる修行僧の場合は肉弾戦よりも神の御業にすがって魔法使いのような戦い方になるのではないかと思っていた。


 しかし、キョーリに貸してもらった本の中ではそのイメージとは大きく異なるものだと記されていた。


「肉弾戦を得意とするタイプのモンクとなると、火か土の系統。ウッポラ様、スミノース様、あとは……」

「たぶんあの人は火と格闘の神、オーゴス様の信徒ッスね。あと、まさかただのモンクって事はないと思うッス」

「ああ、モンク系統のジョブ、って事か」


 昨日、鯨の泉亭からの帰り道でジョージが考えていたのは、このジョブというこの世界を構成する一つのシステムについてだった。


「うーむ……」


 剣士や槍使いといったわかりやすい前衛職は、そのジョブに就く事で得られる恩恵は少ないが汎用性の高いスキルを使えるようになる。


 ジョブに就く条件も、ギルドに加入する際に書く用紙の二枚目、希望する武器の欄で簡単に決まってしまう。ギルドに加入する段階ですでに結構な使い手になっていても、最初に就くジョブは最下級のものだ。


 良くも悪くもお手軽、簡単。しかしながら上手く立ち回ればそこそこ強く使えるようになる、そんなジョブだ。


 それに対し神の加護に頼ったジョブに就くためには少し条件がある。当然ながら、まずはこの世界に数多いる神々から一柱を選んで強く信奉しなければならない。もしギルドに加入した直後からこのジョブに就いていたいのならば、ギルドに加入する前からその神を信奉する宗派に所属し、ある程度修行を積んでいなければならないわけだ。


 剣士などの前衛職と比べ就く条件が厳しいわりに、初めのうちは請える奇跡の幅が狭く、使い勝手が悪い上に立ち回りも難しい。


 たとえば、ロックがオーラスラッシュを放つ際にロック自身の魔力が消費されたように、神のかごに頼ったジョブに就く者が神の加護を請う際にも請うた者の魔力が消費されるわけだが、その魔力消費量はオーラスラッシュによる斬撃の強化などのもとある攻撃を強化するタイプのスキルよりも激しいものとなる。つまり燃費が悪く、序盤はよほど生まれつきの魔力に自信がある者でなければ乱発できないため、立ち回りが難しくなるわけだ。


 この欠点を補う為に開発された職業がモンクという前衛職の立ち回りを取り込んだ上で神の加護を請う事もできる新しい形の聖職者だった。


 新しいといっても、一千年以上の歴史はあるらしい。


 起こりはまさしく先に述べた駆け出し聖職者の不便さを嘆いたラゴスという男だった。彼は生まれつき恵まれた体格を持った男だったが、気が優しく手先が器用で冶金の技術ももっているというなかなかの万能人間だった。


 冶金技術から火と鍛冶の神であるスミノースを信仰しており、スミノースは火が破壊だけの力ではない事に喜ぶほど創造性を重んじる神である事から、スミノースを信仰する宗派はものづくりを尊いものとする気の優しい者が集まる場所である。


 その一方でやはり火という属性は大きな破壊力を秘めた属性でもあり、ラゴスはこれをどうにかして使い勝手の悪い聖職者系のジョブに利用できないかと考えた。


 ジョブの力は大きく、そのジョブに就くだけでまったくの素人が武器マスタリのパッシブスキルによってある程度は武器を扱えるようになる。それに対して聖職者系のジョブは武器を扱えるようになるスキルは与えられない。ただ武器を持つだけでは前衛に出ても邪魔になる。ならばと自力で武器の扱いを訓練したりスキル習得のための契約をしたりするよりも、聖職者たちはさっさと後衛として活躍できるようになれ、という風潮が当時はあった。


 ところが何を思ったのかラゴスという男は、武器が使えないのならば素手で戦えばいいじゃない、と思い立った。


 そしてあろうことか、これに神は応えたのだ。


 火という属性の加護は単に拳に熱を入れるだけではなく、全身のめぐる血潮を熱くし膂力を高める効果をもたらした。結果としてモンクというジョブが生まれ、モンクは神の加護を請うという聖職者の長所を失わないまま、武器を扱わずとも前衛に耐えうる攻撃力を兼ね備えるという特徴を得た。


 生前はずっと格闘術の研究に身を捧げたラゴスは、死後に神格を得て下級神となり、神となった後もより積極的に格闘術について広めるよう働きかけ続けた。その功績が認められ現在では四元素も司る上位神になり新たな名前も得ているという。それが先ほどロックが述べた、オーゴスという神である。


 と、今の状況とはあまり関係のない話をしていたかのように見えるが、これはジョージにとっては多いに重要な話だ。


 つまり、ジョブとは新たに増える可能性があるという事。


 もしかするとジョージが就いている見習いダンジョンマスターというジョブも今までになかった新しいジョブなのかもしれない。


 となると、スキルや特性が研究され尽くしている剣士やその他のメジャーなジョブとは違い、自分でこのダンジョンマスターというジョブのスキルや特性を探していかなくてはならないのではないだろうか。


 そうでなかったとしても、ジョージは今、自分が就いているジョブの特性をまったく知らないのだ。こんな状態で本当にアラシという問題児を抱えて指導していく事ができるのか。


 ロックは一度実力を見せつけ、ダンジョンで少し面倒を見てやっただけで素直になった。しかし新たに来るのはあのアラシである。イエート家というレドルゴーグの名家に生まれ現状唯一の跡取り息子として周りからちやほやされながら、権謀術数を好む祖父に影響されて育った。気に入らない事があればきっとどんな口実でも使って反抗してくるだろう。


 隙は少しでもつぶしておきたい。


「なあロック、急に変な事を聞くんだが」

「なんスか?」

「スキルを憶える、ってどうやるんだ?」

「………は?」


 それは本当に、変な質問だった。

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