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008-すこし、考える -4-

 突如とした頭頂部への衝撃。反射でランナは首を亀のようにちぢませた。


「ったあ……あんたいつもそのバカヂカラ加減しなさいよ!」


 しかしすぐに立ち直って掴んでいた手をジョージの襟首からメアリーの胸元へ伸ばす。の、だが。


「ほいっ」


 大きなトレーを上手く使い、掴みかかってきた勢いを利用した上で大量の食事を運べるだけの腕力を発揮し、ランナをひょいと持ち上げ浮かせた。


 一瞬、ランナの頭が上下反転する。


 その勢いのまま、もう1/4回転してランナは背中から ドオン と床に落ちた。


「げふっ」


 咄嗟に受身を取ったが衝撃は逃がしきれなかったようだ。背中から肺を強打したランナが軽く呼吸困難に陥っている。


「おお……見事」

「ま、酔っ払いなんてこんなものよね。あれほど酒癖を治しなさいっていってるのに。まったくこの子は」


 二枚のトレーを左の小脇に抱え、右手に持った残り一枚で肩をトントンと叩いている。


 ランナは床に叩きつけられた時に酔いもあいまって目を回してしまったようだ。


「ああ、ありゃあ後で地獄だな」


 目が回るタイプの二日酔い。吐き気もともなうかは本人の肝臓しだいだろう。


「うちのギルドマスターが手間をかけさせる」

「なに、付き合いはあんたよりずっと長いからね。あしらい方もお手の物さ。この子は、酔ってる時ならいっつもこの手でどうにかなっちまうからね。

 で、あんたは噂の新入りさんだろ? 黒い巨人とか呼ばれてるそうじゃないか。うちにあったツケも全部あんたのおかげで払えたって聞いたよ。こっちとしてはずっと払われなくてもいいと思ってたんだけどね」


 改めて見るとメアリーは実に女性らしい体型の女性だった。170センチ近くの女性としては長身だが、細身で、しかしながら母性の象徴は大きく、シンプルなエプロンドレスはその象徴を強調するようなデザインになっている。


 赤みがかった茶の髪は動きやすさが求められる職種のためか肩につかない程度に短くそろえられているが、健康的に日に焼けた褐色の肌もあいまって快活で気さくな雰囲気を作っていた。


 スポーツをやって健康的な身体を維持している妙齢の女性。という感じだろうか。


 不可解なのはランナを軽くひっくり返したり、五人前ほどの量もある料理を片手にひとつずつと頭の上にまで乗せてしまう腕力だが、その辺りは事前に聞いていた「みんなそこそこ強い」の一言で大方は察しがついた。


「ええと、こういうもんです」


 スッとギルドカードを差し出すジョージ。


「あはは。わかってるわよ。けど悪いね、わたしはもうギルドカードは持ってなくてね。最後の色は、オレンジの少し手前くらいだったかな」

「ほほう」


 いまさらであるが、ギルドカードの色はある瞬間から急に変わるものではないらしい。らしい、というのもジョージは色が変わる瞬間を目撃していないからだ。ギルドカードをじっくり観察しながらダンジョンで戦い続けるというのも難しい話である。


 となれば、以前に教えられた九色の区分はあくまで目安的なものなのだろう。その区分の中でオレンジといえば、上位から三番目。相当な実力者である事は間違いなく、そのカラーにいたるまでに倒した数え切れないモンスターから吸収した生命力、ジョージがいうところの経験値が彼女の肉体を強化しているのだろう。


「そうね、じゃあ改めて自己紹介。メアリー・ランデイルよ。奥のコックはシャーリー・ランデイル。あたしは名前で呼ばれる事が多いけど、あっちはグランマとかマーマとか呼ばれる事が多いわね」

「なるほど」


 確かにランナも彼女の事をグランマと呼んでいた。


 そのグランマは相変わらず客からうけた注文の料理を作っている。といっても、肉野菜炒め一択で、選べるのは量だけなのだが。


 考えてみれば、少なくとも今はこの食堂を切り盛りするのが料理人と給仕が一人ずつだけだ。この人数の注文をさばくにはこのくらい大雑把でないと回転させられないのだろう。それに客はみな笑顔で美味い美味いと食べていた。


 さらにさらに、ランナが給仕にノックアウトされたのを見ても特に騒ぐ者がいないという事は、こういう事はよくあるのかもしれない。


「じゃ仕事に戻るわ。そろそろ客足も落ち着いたからゆっくりしていくといいわ! グランマも新人さんとはちゃんと話したいだろうし」

「おう。そうさせてもらう」


 メアリーの勧めのとおり、ジョージは頼んでおいた強い酒を、ちびちびと舐めるように飲むのだった。


 酒を飲みながら改めて店内を観察する。


 のされたランナは気絶したまま放置されているが、いつのまにかそのまま睡眠に移ったようだ。


 テーブル席はテーブル一つで15~6人ほどかけられるようだが、ほとんど二つから、多くて八つほどの別個のパーティーが相席して使っているらしい。ほとんどが同じパーティー内でしか会話をしないから、その差がすごくよくわかった。


 多い方と少ない方のどちらを頼むかにも大体の傾向が見えた。単純に、前衛が多い方、後衛が少ないほうを頼む。


 料金は後払いでしかも客がそれぞれ勝手に自分の座っていた席に置いて帰っていき、それをメアリーが配膳とテーブル拭きのついでに回収していくのだ。


 かなりの信用度、そして高いモラルが感じられた。


 たまに料金を払わずにそのまま出て行く客がいたが、その時はメアリーに向かって手を上げ、若干の申し訳なさそうな顔を作ってから出る。それで通じているようだ。


 こんな大雑把な経営で大丈夫なのか、と心配になる。もしや赤字だからこそ一階のスタッフが二人しかいないのではないかとさえ思われた。


 だがそんな心配はすぐに払拭された。食事を終えて階段に向かう客を目で追うと、階段のすぐ手前で上に居るらしい誰かに会釈しているのがわかった。


 ちょっと身をかがめて階段の上の方を見ると、ヒゲヅラで強面の男性と目があった。


「あ、ども……」


 会釈しつつ、つい小声で挨拶してしまったが食堂の喧騒のせいで声は届かなかっただろう。男性のほうもジョージの会釈に気づいたらしく目礼を返してくる。


「フランク・ランデイル。死んだ父ちゃんの従弟さんッス」


 ようやく食事を終えたらしく、たっぷり詰まった腹をポンポンとたたきながらすかさずロックが教えてくれた。


「フランクおじさんはあの騒動のときにすごく遠いところに居たッス。父ちゃんの事を知ったのは全部終わってから半年経ったころだったらしくて、そのあとすぐ急いで帰っていてからは色々とおいらたちの為に動いてくれたッス。

 ちなみにメアリーさんの旦那さんッス」


 ぽろっとこぼれる人物相関図。とくに他意があるわけではないが、ジョージはついメアリーの方を見てしまう。


「看板娘が人妻って……新しいな」


 ジョージが抱いた感想は、それだけだった。


 その後、食堂の夕飯時は過ぎ、宿の客も部屋の中で落ち着いたあとでようやく鯨の泉亭の従業員たちとの顔合わせとなった。


 まだ少しだけ客が残っているが、全員とも顔なじみであるらしく、ディアル潜窟組合と鯨の泉亭の関係もしっかり知っていて、ジョージというディアルの新顔にも興味があるようだった。


「改めまして、シャーリー・ランデイルよ。亡くなったゼッツァーの叔母、そっちの三姉弟からは大叔母にあたるわね」


 この場に居ないリーナも含めてグランマことシャーリー婆はランナたちを三姉弟と呼んだ。これだけでも親しい間柄なのだなとわかる。


「フランク・ランデイル。シャーリーの末の孫だ」

「メアリー・ランデイル。ご飯時は食堂での給仕と、この宿の寝具の洗濯をやってるわ。けど本職は、フランクのお嫁さんよ」


 なるほど、話に聞いた通りフランクとメアリーは夫婦である。しかもメアリーは人前で夫にひっついていちゃつける程度にはほれ込んでいるらしい。


 ただ改めて対面してみたフランクは背こそ標準だが筋肉質な男で、髭もあいまってけっこう年がいっているように見えた。よほど老け顔なのだと考えて少なく見積もっても三十の半ばはくだらない。


 メアリーの方はかろうじてだが三十に届かないランナと同い年くらいに見える。けっこうな年の差夫婦なのではないだろうか。


「あと一人、グランベルグ・ランデイル、通称グランパが居るんだけど、今はディープギアに潜っててね。あと一週間くらいは帰ってこないと思うわ」


 メアリーが今ここには居ないメンバーを軽く紹介した。口ぶりから察するにシャーリーの旦那さんだろう。


「ジョージ・ワシントンだ。まだカードの色はこんなだが、いろいろとできる。器用貧乏にもなりがちだが、今んとこはまだ剣の腕だけでどうとでもなる敵としかあってないんで、まあ魔法剣士みたいなものだ」


 グランベルグとやらの事はさておき、若い嫁なんて羨ましいな、なんて思いはおくびにも出さずジョージも改めて自己紹介した。


「ふむ。見習い、とはついているが、ダンジョンマスターとは珍しいジョブについているな。どうやって転職したんだ?」

「転職? いや、俺はギルドカードをもら…たまわった時からこれだった」


 手に入れた時の光景を思い浮かべ、神々から直接授かったものだったと思い出して敬語に言い直した。すると、フランクは大げさに驚いた。強面のわりに表情豊かな男である。


「本当か? ダンジョンマスターなんてジョブは聞いたことが無いぞ。相当に珍しいジョブなんだと思うんだが、どういう希望を出したから得られたジョブなんだ? 特性とかはあるのか? ああ、あと武器は使うのか? 使っているなら何を?」


 さらに強面の外見からは想像できなかった早口で次々と質問をぶつけてくる。


「いやそれが、よくわからんのだ。たぶんコレ、というものはあるんだがちょっと人には言えない奴でな」


 この場に居る面々が鯨の泉亭だけならば言ってしまってもよかったのかもしれないが、あいにくとこの食堂の客も少ないが残っている。顔なじみとはいえギルドや契約によって縛りのない彼らも居る場所で、ディープギアを埋め尽くしている歯車の目を読み、金貨にして1000枚相当の外せる歯車を見つけ出せます、などとは言えるわけがない。


「う、むう。まあそうだよな。すまんすまん」

「ごめんなさいね。この人、こんなナリしてるけど学者のまねごともやっててね。珍しいジョブやスキルなんかに目がないのよ」


 夫の言動を失態と見たか、そっとフォローする妻。なるほど、いい夫婦かもしれない。


「いや。実際のところ俺自身もこのジョブについてはよくわかってないのが実態でな」


 というかジョージ自身は、ジョブというものそのもについてよくわかっていないのだが、それは今のところ本人だけの秘密である。


「こんど色々と検証するつもりなんだ。何かわかったら教えられるかもせんよ」

「そ、そうか! ぜひ頼む!」


 ヒゲヅラがぐっと近づいてきてさすがのジョージものけぞった。メアリーがそっとフランクの襟首をつかみ、窘めるように引っ張った。


「ぐぇ」

「やめなさい。ほんと、ごめんなさいね」

「い、いや」


 曖昧な笑みを返しつつ、筋肉質な男がグラマラスとはいえ細身の女性に腕一本で絞められる姿はなかなかシュールだな、とジョージは思う。


 シュールといえばもう一つ。食堂の床で大の字になって眠る女が一人いる。


「にしてもランナは起きないな」

「いつもこんなモンっス」


 顔合わせも兼ねてこの宿に来たはずだったのだが、お互いの紹介する役をやるべきギルドマスターは気絶から睡眠に移ったまま、本格的に熟睡に入ってしまったようだ。いびきこそかいていないが、のっそりとした動きでヘソの横をかく姿は残念極まりない。


 本当に責任感からギルドマスターを続けているのだろうか、という疑問が生まれてしまい、ジョージはランナに対する評価を少しだけ、考え直したのだった。

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