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007-レドルゴーグの名家とは -5-

 改めて執務室に、とは行かずこんどはしっかりとした応接室に連れられた。


 ドミニク・イエートの装いは変わっていなかったが、こんどはしっかりともてなしているぞ、と言外に述べるようで、茶も高級なものであるし、茶菓子もこれ一切れで下町なら一週間は食いつなげる値段のものが出されている。


「さっそくだがこちらの方針は決まった。謝罪は受けようと思う」

「おお、では」


 先ほどの布袋を出そうとするドミニクを、ジョージが手で制す。


「それだけではなく、今後我々ディアル潜窟組合は、できる限りイエート家と関わりあいを持ちたくないと思っている」

「む…それは」


 言い方を変えれば、真正面から「お前ら嫌いだ」と言ったようなものだ。それは実質的に謝罪を受け入れていない事と同じなのではないかと思う者もいるだろう。


「アラシの祖父、あなたの義理のお父さんの一人から、ディアルがどんな仕打ちを受けたのか、あなたがご存知でないわけはないだろう」

「……」


 押し黙るドミニク。それを責めるような目で見つめるロック。後ろに控える執事やメイドたちも動揺しているようだ。ジョージだけが平気な顔をしていた。


「ご当主さま、ここは一つ、正直に話してみてはいかがでしょう」


 いや、平気な顔をしている人間はもう一人いた。


「ジイ……」


 バルハバルトである。この老荘な執事はまさか刃向かわれるとは思っていなかった主に対し、特に動じず淡々と提案した。


「それは……」

「今更、この駆け引きに勝ちも負けもありますまい。我々は今、実際に困った案件をいくつも抱えていて、今までとは全く違った力が必要であり、そしておそらく、そちらのジョージさまは我々が求める力を持っていらっしゃる」


 ジョージを、名指しである。ジョージはピクリと片眉を跳ね上げた。やはりナメられていたのか、という気持ちはあるが、今ここで下手に相手を罵ってもこちらに有利に事が運ぶわけはないのだ。


 少し間を置いて、成り行きを見守ろうとしていたジョージだったが、ドミニクは眉に深いシワを刻んで押し黙っている。どうやら、迷っているらしい。


「……とりあえず話しだけは聞きますよ」


 高級そうな毛皮張りのソファーに深く座りなおして、偉そうに続きを促す。謝罪と称しながらぞんざいな扱いをうけた事に対する、ちょっとした意趣返しだ。


 ドミニクは一瞬、眉間のシワを深め苦渋を舐めたような顔になった。自分よりも余裕を持っているジョージが気に食わなかったのだろう。意趣返しは成功である。


「無論、義父のアルペリがディアルに対して行ったという嫌疑がある諸処の問題ある行動は知っている。証拠はないが、ヤツならやりかねない事だ。だが正直に言って、ヤツがやった事の責任まで私が取れというのは受け入れられん。私個人は感知していない事であるし、そもそもディアルの衰退は私がヤツのところから嫁をもらう前の話しだ」


 おや、とジョージは思う。それならば確かに彼に責任があるとは言い切れない。やはりさっき聞いたような予備知識であまり深い問題に関わるものではないな、と反省するものの、ここでは顔には出さないよう勤める。


「……そのアルペリの血が入っているとはいえ、息子の不始末は私の教育不足、これは…言い逃れのできない事実だ。あのバカ息子のせいで、ロック君が他の潜窟者とパーティーを組めず、潜窟者としての様々な活動に支障をきたした事実は認めざるをえない。

 そのため、こうしてわざわざお越し頂いて、謝意を示している…つもりだ。どうやら、その謝意の表しかたが君たちの意に沿いきれなかったようだ。それについても、改めて、謝罪したい」


 ドミニクが頭を下げる。ちょっと背中を丸めるようなやや簡略的なものだったが、もともとの体躯が大きいのでそれだけでもだいぶ小さくなったように見える。それと同時に、後ろに控えていた使用人たちも一斉に腰を折って頭を下げた。


 びくり とロックが身を固めたが、ジョージに肘で小突かれてなんとか姿勢を崩さずに居つづける。


 使用人たちからは、命令だから仕方なく頭を下げているという様子が感じられなかった。バルハバルトが言ったようにご当主は立派なお方である、と少なくとも使用人達は思っているのだろう。それだけでもジョージには意外なものだったのだが、今求めているのはそういう事ではない。


「……うん。で?」

「で、とは」

「さっきも言ったが、謝罪は受け取った。だが今後、俺達ディアル潜窟組合はできる限りイエート家と関わり合いになりたくない、と思っている。この気持ちを撤回させるような事は、まだ何一つ起きてないと思うんだが?」


 トントン と高級そうなテーブルを叩いて威嚇しながらあくまで突っぱねた。ドミニクの顔がいっそう険しくなる。


「…ぐう」


 ぐうの音も出ない、とはいうが、追い詰められて本当に「ぐう」と言う人間をジョージは始めて見た。思わず笑いそうになったがそんな場面ではないので腹に力を入れて耐える。


「ご当主さま」

「わかっている! …いや、わかった」


 バルハバルトからまたせかされて、一度は声を荒げたものの、ドミニクはようやく観念したようだった。


「ヤツ……アルペリに辛酸を舐めさせられているのは君たちだけではない。ヤツは現在のレドルゴーグにおいて最大手潜窟者ギルドのマスターであるという地位にあきたらず、都市議会の議席を狙っている。

 古くからの慣例によって潜窟者、またはそれに直接的に関わる者は議席を持てない事になっている。そのためヤツは、アラシを使ってイエート家を乗っ取っる計画を立てているようなのだ」


「(あるぇー?)」


 どうも話しがおかしな方向に進みはじめた。ついさっき、ロックが揺れる心に打ち克って同じまねはしないと誓ったばかりなのに、ひょっとするとこの流れはアルペリをやっつけてくれというお願い事なのではないだろうか。


「ま、まて。アラシは今、潜窟者をやってるんだろ? その、潜窟者が議席を持っちゃいけない、っていう決まり事の理由も今一つわからんが、それがある限りアラシが直接議席を持つ事はできないんじゃ?」


「ああ……そこからか。

 議席をもてないのは現役潜窟者のみだ。元・潜窟者、つまり潜窟者を辞めてしまえば議席を持つ事はできるようになる。ただし、議席を持った瞬間に、例え浅層部の一階部分であったとしても、ディープギアに限らず、あらゆるダンジョンに潜る事は禁止される。

 理由は、もうほとんど慣例となっているのではっきりと明記されているわけではないが、潜窟者の死亡率の問題だろう。都市運営の大事な指針を示す一人である議員が、たわむれにダンジョンに潜って不慮の事故により命を落とす、などという事がないようにするための慣例であると思われる」

 そういわれると、なるほどな、と思う。さすがにこれだけの高層建築ができるまで続いている都市だ。それなりの歴史のなかには、それなりの理由があるのだろう。


「だったら単純に、アラシを教育しなおせばいいんじゃないのか?」

「それはもう試みた。今も試みている最中だが、ついさっき君たちに仲間ごと惨敗してから癇癪を起こし、部屋に篭って出てこない」

「うわあ……ヒキコモリかよ」


 あれだけ偉そうな態度を取って、横柄な口を利いていたというのに、一度折れると脆いらしい。


「そもそもあのバカ息子が潜窟者などにあこがれたのも、やはり私に一因があるのだろう。私も、この見た目からわかっていたと思うが、元は潜窟者をやっていた。最終カラーはレッドだ。

 レギオンを組んで下層まで降りたこともあった。その時はディアルの連中とも何度か肩を並べたものだ」


 もう、いなくなってしまった連中ばかりだが、とドミニクは少し遠くを見た。


「あの頃は私も若かった。ディアルの惨状にもっと目を向けていれば、アルペリの娘など嫁にとる事はなかったのだが……」


 遠くを見ながら、がっくりと肩を落とす。先ほどからずっとちぢめられたままの体躯が、より小さくなった。


「…アニキ、なんかこの人さっきと印象が違うッス」

「そうだな……」


 二人はこの落差に戸惑っていた。


 体格そのものは全く変わらない。この短時間で変わるわけもない。しかしすっかり身を縮めてしまったドミニクからは、ついさきほどの初対面からついさっきまで受けていた威圧感がきれいさっぱり無くなっていた。


「それになんか……」


 ジョージが出されていたお茶のカップを顔に近づけて香りを確かめた。


「もしかして、酒入ってるか?」

「おや、おわかりになられましたか。普通ならば子供でも変わらない程度の量を入れたつもりでしたが」


 何食わぬ顔でバルハバルトがしれっと答えた。


「で、ご当主サマはめっぽう酒に弱い?」

「はい」

「酔うと泣き上戸?」

「泣き上戸、というよりも、ぼやき上戸でしょうか。いずれにしてもご明察でございます」


 この老執事、すべてわかった上でやったのだろう。悪びれるどころかどこか得意げな顔をしているのが微妙に憎たらしい。


「大丈夫でございます。ご当主さまはこのようになられてもしっかりと記憶を残して居られる方ですので。ここでなされた約束もお守りになられるでしょう」

「うわあ……」


 わずかな酒で酔って正体をなくし、しかもそれを憶えているという。本人からすれば最悪のパターンだ。これには同情を禁じえない。


 それに、それを平気な顔で利用していく使用人とは。本当に慕われているのか疑問になってしまう。


 そんなジョージの思案を読み取ったのか、バルハバルトはいう。


「ご心配には及びません。ご当主はこれしきで我々の首を切るほどの狭量ではございません」


 それを本人の目の前で言うのはどうなのだろうか。疑問は尽きないが、これも一種の、主従間の信頼関係なのだろうか。


「はあ……わかった。あんたらは俺らに、具体的に何をやらせたいんだ。さっきも言った通り、話しだけなら聞こう」

「はい。実は現在お部屋に閉じこもられているお坊ちゃまの事なのですが」

「まてジイ、さすがに、それは私から話す」


 急に真面目に戻った主の言葉を受けて大人しく下がった老執事。まるでこうなる事がわかっていたかのように満足げな表情だ。主の方は酔いが覚めた、というわけではないらしく、顔色は普通だが目が据わっており、威圧感もないままだ。


「バカ息子をそちらであずかってほしい」

「ハア!?」


 過剰に反応したのはロックだった。確かに謝罪は受けると言ったが、そこからいきなり仲良くなるわけがない。酔っ払いからそんなうわ言のような要求が来たのだからロックが声を荒げるのも無理はないだろう。


「まあ落ち着け」


 苦笑しつつ、前のめりになったロックをなだめるジョージ。


「つまりあえて自分の息子を苦境に立たせる事で鍛えなおそうと思ってるわけだな?」

「ああ。それと、ジイが言ったようにジョージ君には人を育てる能力があるのだと評価している。ロック君は、うちのバカ息子の妨害があったとはいえ君と出会うまで一人で浅層部をうろつく程度の潜窟者だったのだろう?」

「ご当主」


 ナチュラルにののしってくるドミニクをバルハバルトがたしなめた。ロックは苦い顔をしているが事実なので言い返せない。


「しかし、先日のロックさまの動きは大したものでございました」


 申し訳程度のフォロー。さらに苦い顔になるロック。ジョージはだんだん面白くなってきてしまう。


「どうする断るか?」

「……いや、やっぱり持ち帰って相談するッス」


 それは、自分は静さを保っているのだぞというロックの精一杯のアピールだった。

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