007-レドルゴーグの名家とは -4-
質素な執務室に入りまず目に付いた。そこに居られるだけで威圧を感じるほどの大男。まさかこいつがご当主さまじゃないだろうな、と思いつつジョージはそれとなく部屋の中を見回したが、他に居るのはベージュの地味な服を着たメイドが一人だけ。
「ドミニク・イエートだ。本日はわざわざこんなところまでよく来てくれた」
その筋骨隆々の大男が背中を丸める程度のお辞儀をすると、ああやっぱりこいつが当主なんだ、とジョージとロックは死んだ目になってしまう。
「本来ならばもっと時間に余裕を持って、しかるべき持て成しでもって謝意を示すべきところなのだが、諸処あってな……。ひとまずは謝罪の品として、こちらを受け取ってもらいたい」
そう言って取り出されたのは何やら見覚えがあるような無いような布袋。ほんの数時間ほど前に、魔動発力舎にて報酬として受け取ったような気がするが、それよりも二回りほど小さいものだ。
「……金貨?」
「ああ。金銭では不満かね?」
ドミニクは見えないはずの布袋の中身を言い当てられピクリと動きを止めた。
「いや、そういうわけではないんだが……」
大きさからして中身の量は金貨五百枚ほど。その五百枚ほどの金貨はちょうど、ランナがついさきほど返済してきた額とほぼ一致する。
「(うーむ。借金の額は把握されていたらしい。けどついさっき借金の倍を稼いできた事までは知られてないようだ)」
ここでジョージはどう動くのが得策であるか、あるいはどう動くのがディアルにとって納得行く結果になるのかを考えた。その辺りの参考にするためにもロックをちらりと見やるのだが、まだドミニクの風貌に気圧されているようで周りを見る余裕が戻っていない。アイコンタクトで意見を求めるような事は、まだできそうにない。
「悪いが俺は新参ものでな。実力でいえばコイツよりは上だが、ギルドとしてのしがらみなんかはやっぱりずっとディアルを名乗ってるこいつには及ばんのだ。なあロック」
「え、あ、はいッス」
声をかけてロックを正気に引き戻したが、意図は伝わりきらない。
「というわけでな、少し相談させてほしい」
「……謝罪は、受け入れてもらえないという事だろうか」
ドミニクの表情が険しくなる。ロックはまたビクリと体を震わせたが、ジョージは真正面から睨み返した。
「そこも含めて、相談したい」
なんだか妙なにらみ合いで一瞬の間が生まれたが、先に折れたのはドミニクの方だった。
「わかった、客間を用意させる。そこで相談してくれ。ジイ」
「かしこまりました」
一つ返事のバルハバルト。素晴らしいレスポンスだ。
「こちらでございます」
そうして案内された客室はエントランスホールを挟んで執務室の反対側にあった。
執務室よりも広く、内装も見た目には豪華だがよくよく見れば家具などはランクが一つ落ちるようなものでそろえられている。内装をよくよく見回しながらジョージはどこか呆然としているロックに訪ねた。
「で、ロックはどうしたい?」
「え? オイラ? どうしたい、って?」
どうやら本当にドミニクに気圧されて何も考えられないような状態だったらしい。そして今もこの部屋の豪華さで落ち着かないのだろう。
「たぶんあの布袋の中身は金貨。それも借金をギリギリで完済できるくらいの金額だろう、と俺は予想した」
「布袋……? あ、ああ。謝罪の品として受け取れとかいって取り出したヤツっスね。え? でも借金は」
「うむ」
それ以上いうなよ、とジョージは自分の唇の前に指を立てた。
「俺が聞きたいのは、カネを受け取っただけで、ロックたち、ディアル潜窟組合は納得できるのか、という事だ」
「……納得、は、姉さんたちはそれで手打ちにしてもいい、って言うと思うッス。ランナ姉さんリーナ姉さんも、どっちも。
けどオイラは……アラシはまだいいッス、アラシから受けた嫌がらせなんて、まあ辛かったしウザかったけど、今考えればちいさいモンだったッス。けど、あいつの祖父さん、アルペリのやった事は……」
許せないのだろう。当時を思い出してか、ロックは両の拳を硬く握りしめ、グッと歯を食いしばってコメカミをひきつらせた。
「少し詳しく、話しを聞いても構わんか?」
「……もちろんッス」
よほどの事があったのだろう。ロックがそれ話し出すまでには数回の深呼吸を要した。
「アニキはもうディアルの一員ッスから」
重いながらも嬉しい一言ののち、ロックの口から語られたのはあくまでロックの視点から見た物事の話しだった。
ロックはただ知識として持っているものは得意げによどみなく話せるのだが、未だに主観で物事を喋る時はしろどもどろになって話しがあっちこっちに飛ぶ。そのうえ、当時幼かったなりにその騒動の渦中にあったロックの意見なのだからあまり信じすぎるのはできないな、と思っていたのだが、その内容はむしろ話し口がおぼつかないからこそ、感情移入させられる話しだった。
当時のディアルは間違いなくレドルゴーグでもっとも実力者の集まった一大勢力ギルドだった。本当に一大勢力であったかどうかは、子供の視点から見たのでは曖昧だろうなとジョージは思ったが、重要なのはそこではない。
アラシの母方の祖父であるアルペリ・ロッセは、当時のディアル潜窟組合のギルドマスターを勤めていたロックの義父、ランナの実父であるゼッツァー・ディアルと若い頃からのライバル関係にあったらしい。
もっとも、ゼッツァーとアルペリは得意分野が完全にわかれており、ゼッツァーは対モンスター戦において無類の強さを発揮し、アルペリは準備と策略を張り巡らせる事でモンスターとあまり戦わずにダンジョンから資源だけを効率的に持ち帰る、という方針でそれぞれ潜窟者活動を続けていた。
狩場がかちあわずに、いさかいも起きそうに無い二人だ。事実、その時まではそうであった。
しかし、ある時からアルペリがギルドマスターを勤めるオーダーギアーズという潜窟者ギルドから頻繁にちょっかいを受けるようになった。
はじめはダンジョン内でのギルドメンバーが嫌がらせを受ける程度のものだったのだが、有能なギルドメンバーの露骨な引き抜きと、同時に新規参入が来ないようにする妨害が始まった。
さらにギルドメンバーたちが次々と無実の罪を着せられそうになると、その後すぐに内通者を使って食べ物に毒を仕込むなどの明らかに殺意を持った行動に変わった。
運悪く、ゼッツァーはその毒に当たった。死にはしなかったものの、信用していた幹部の一人から裏切られたことで精神的にも傷を負い、心身ともに弱っていたところを流行病にかかり死亡。
ゼッツァーの死を境に、当時のギルドメンバーは当時の幹部も含め血縁者以外はほとんどが脱退し、辛うじて残っているのはわずかな同盟店と同盟の個人ギルドのみ。ギルドを抜けて行った者たちの中にはそもそも潜窟者を辞めた者までいる。
結果としてディアル潜窟組合はたった一年間のうちに規模を1/100以下にまで縮小し、辛うじてギルドホールの一つを死守できたことで神に認められたままの正式なギルドとして残っているが、ジョージが来るまでは10年近くも新規参入者が来ていなかった消滅寸前のギルドと化していた。
それらが全てオーダーギアーズのしわざであるという物的証拠はないものの、それらが起きたタイミングはあまりに重なりすぎており、またそれらの騒動で誰が最も得をしたのかを考えても、犯人は一人しか考えられなかった。
「で、それが、アルペリ」
「そうッス」
「ふむ……」
繰り返し、あくまでロックの主観であるという事を意識しながら話しを纏めるジョージだったが、正直な感想としては、
「ありそうな話しだ」
という一言に尽きた。
妨害行為にでるに至った経緯、というのはあるのかもしれないが、いずれにしても卑怯な手を使ってライバルを貶める行為は、ジョージにとっても許せる事ではなかった。
「で、どうしたい。アルペリを同じ目にあわせたいか? イエート家のご当主サマの義理の父親じゃあ、手を出すのは難しそうだが」
悔しそうにうつむいていたロックがバッと顔を上げジョージを見る。そんな事が可能なのか、いや目の前の男ならやってやれない事はないのかもしれない。しかし可能だとしてもやっていいのか。様々な感情と理屈がせめぎあい瞳が揺れている。
「(ふむ、こんな物騒な話しをしてるのに動きはなしか)」
一方でジョージは冷静だった。真っ直ぐロックと向き合いながらも、全身で部屋の外にまで神経を張り巡らせている。
「(貴族、とは厳密には違うんだろうが、貴族みたいに高圧的に来やがる。謝ってる側なのにあんな偉そうなのはないだろ。ほら謝罪の品だ受け取れ、受け取らないとどうなるかわからんぞ、なんてのが謝罪になるかよ)」
ジョージは先ほどのドミニク・イエートの対応に批判的だった。
出会いがしらから高圧的に感じてしまったのはあの体格のせいもあるだろう。しかし、何年もその体で過ごしていて自分が他人にどういう印象を与えるかもわかっているはずだ。本当に謝罪する気があるのならそこまで考慮するべきである。
招いておいて真っ先に通した場所も悪かった。なぜ執務室なのかと。仕事の途中で片手間にごめんなさい、などといって謝られる側が納得するわけはない。
そんな人間が用意させた部屋なのだから、別の場所から中の様子を盗み聴いたり覗き見たりできるようになっていると考えるのは当然の事だ。腕づくでこの建物から脱出する事も可能ではあるだろうが、その後も問題だ。
このレドルゴーグの都市運営に関わるような貴族と同等の権力を持っているのなら、都市の治安を守るための警察のような組織とも繋がりがあるに違いない。その辺りの仕組みを、まだ完全には把握しきれていなかったが、下手を打てばディアル潜窟組合ごと夜逃げ、なんて事にもなりかねないなと思っていた。
そこまで考えているうちに、ロックの方も迷いに一応の答えを出したようだった。
「いや、もしそんな事ができるんだとしても、そんな事はしなくていいッス。むしろ、しちゃいけない事ッス。そんな事したら、義父さんが死ぬ間際まで恨んでたあの男と、同じになっちまう……」
「よく言った」
決して心から納得した上でそう言ったわけではないのだろう。目には迷いが残っているし、体は相変わらず何かに耐えるようにこわばっている。しかしロックは理性で感情を押し殺した。大人でもそう簡単にはできない事をやってのけたのだ。
がしがしと乱暴に頭をなでてやると、これでよかったんだよな? と不安げな笑みを向けてくる。
「まあ、こっちがそう決意したところで、向こうがもう二度とちょっかいをかけてこないとは限らんのだがな」
「え!?」
軽く裏切られたような気にさせてしまうが、しかしそれでいいのだとジョージは笑いかける。
「じゃあ今からまた交渉に戻るわけだが、その前にもう一度ちゃんと確認しておきたい。謝罪は認めるんだな?」
「うス」
「でもここで手打ち。つまり今後はなるべくここの連中と関わりたくない」
「その通りッス」
「わかった。じゃあ交渉を再開するか。こういうのは習うよりも盗めだ。俺がなんでそういう行動をとるのか、というのを考えながら俺とご当主サマとのやりとりをよく見てろ」
頭が手をどけると、「いいな?」と確かめるようにくびを傾げた。ロックは当然ながらわけがわからなかったが、頷き返すしかできない。
「よし、行くぞ」
ジョージは勢いよく扉を開けた。




