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007-レドルゴーグの名家とは -3-

 まずはこちらになります、と言って案内されたのはいやに豪華な扉だった。


「ん、これはまさか」


 入り口一つに対して扉は二枚。蝶番はなく両サイドへ向けてスライドして開くようだ。


 コーン と音叉のような小気味良い音がして、予想通りの動きで扉が一人でに開かれると、中は扉の豪華さとは裏腹に3メートル四方ほどの小部屋だった。


「エレベーターかぁ……」

「えれべーたー?」

「昇降機をご存知ですか。ジョージ様は博識でいらっしゃる。どうぞお乗り下さい」


 案内されるまま二人は小部屋に入る。ジョージは正体を知っているのでためらわなかったが、何も無い小部屋にしか見えない空間にも関わらず「乗れ」と促されたことに疑ってしまったロックは、もともと神経を張り詰めているせいもあってどこかおっかなびっくりだ。


「では、上へ参ります」


 二人ともしっかり乗ったのを指差しで確認したバルハバルトが入り口についていた引っ張るタイプのレバーを引く。するとドアが閉まる。


 続いて、ドアの開閉に使ったレバーのすぐ上にあった目盛りつきのクランクのようなレバーを一気にグルリと一回転させた。


 コーン と音叉のような音がまた鳴ると、三人に若干の重圧がかかったような感覚が襲いかかる。


「うお……」


 ロックにははじめての感覚だったが、ジョージが平然としているところを見て危険ではないと思い、なんとか平静を保てた。


「こちらは主にイエート家の者か、来賓専用のプライベートエリア直通の昇降機となっております。他の従業員用昇降機と比べ少しばかり速いものですから、かかる圧も少し強いかもしれません」

「専用の直通かあ。豪華だなあ」


 ジョージのコメントはぼんやりとしているが、バルハバルトの言っている事をちゃんと理解したうえでのものだ。今のところこの「昇降機」が入ってレバーを操作すると体に圧がかかる部屋、という認識しかしていないロックは、全く会話についていけていなかった。


 数秒間その状態が続く。短いようで長いようで微妙な沈黙の間だ。


 やがてわずかな浮遊感の後、また コーン と音が鳴った。


「到着いたしました、92階、プライベートエリアエントランスでございます」

「えっ?」


 戸惑うロックを置いて、バルハバルトが先ほど引っ張ったレバーを押し込んだ。連動して扉が開かれると、ロックは扉の外の光景がまるで変わっていている事に驚愕した。


 まさに豪華絢爛。そのままパーティー会場にでもできそうな吹き抜け三階分のエントランスホール。


 天井からはキラキラと輝くシャンデリア。照明はそれだけではなく、天窓が数箇所におかれ日光を取り入れられるようになっているらしい。階数に若干の矛盾を感じるが、どうせ鏡か、或いは光を屈折させて取り入れるような特殊な建材が使われているのだろう。


 そして見るからに高級そうな赤絨毯。毛足はさほど長くないがいつもダンジョンに入る時に履いているようなブーツでは踏みつけるのにもためらったかもしれない。


「ははは。小窓も無いしな、シャフトが建物の内側にあるせいで外も見えんから実感しづらいだろうが、このエレベーター…もとい、昇降機というやつは中のモノを上下に移動させる乗り物の一種なんだ。

 アトレイさん、どこか外が見える場所はありますか?」

「はい、こちらになります」


 バルハバルトとしては早く客人を主の前に連れて行きたいのだろうが、ロックの呆然っぷりにまずは納得させたほうがいいだろうと判断したようだ。もっとも、ロックがこうなっているのには単に風景が変わっただけでなく、この豪華さにもあてられているのだが。


 注文どおり、92階地点から建物の上下左右を一望できる大窓に案内されると、ロックは今いる場所も忘れて子供のように大きな声を出した。


「す…すげえええええ!」


 切り立った山のように立ち並ぶ高層ビル。これらが全て人間の手によって作られた物であるとロックはすぐに信じられなかった。下から見上げた時よりも、上から見下ろした方がその大きさを大きく感じられると、今はじめて実感する。


 今まで感じた事のなかったあまりのスケール感に、すげえ、という一言目からは逆に言葉が出てこない。


「やっぱりどの建物にもこの薄ピンク色の建材が使われてるな。結晶体ってのは確かに強度を稼げるが、ある一面からの衝撃には弱いって特性があるもんだけど」


 一方でジョージはひたすら冷静だった。多少はテンションが上がっているように見えなくもないのだが、興奮するよりもむしろ知的好奇心に思考が傾いている。


「あれはイリジタイトでございます。イリジタイトの製造、流通はイエート家も関わっておりませんので詳しくは存じませんが、聞く話しによれば、歯車には向かないが柱にはうってつけの素材であるとか」

「ほぉ……」


 本当に詳しくはなかったが、ジョージにとって自分の知識の裏づけをするにはそこそこ有力なものだった。興味も少し深くなるが、今はひとまずおいておいて良い。


「ロック、わかったか? 俺らはさっきの箱みたいな部屋に乗ってここまで運ばれてきてたわけだ」

「なるほどぉ……」


 まだ今一つ実感がないのだろう。ロックは間の抜けた返事しかできなかった。しかし、残念なことにロックがちゃんと納得するまで待っているほど、時間が有り余っているわけではないのだ。


「んじゃあ行くか。ご当主さまとやらの所へ」

「こちらでございます」


 そうして案内された部屋へはまた少し歩く事になった。


 一度エントランスホールに戻ってから、昇降機の正面の階段を登り、吹き抜けの廊下を右に。道中ですれ違うメイドやボーイの数は多くはないが、全員すれ違う際には必ず頭を下げた。


 普段、どちらかというと頭を下げる側が多いロックは無条件で頭を下げられるたび少し顔をしかめた。


「こちらがご当主の執務室でございます」


 そんな居心地の悪いなか、ようやく案内された部屋の扉は案外、普通だった。これだけ巨大な会社の社長であり議員でもあるとなれば、もっと豪華で装飾がごてごてと取り付けられた金色でまぶしいくらいの扉を想像していたのだが、ちょっと重厚そうなただの木の扉だ。


 その扉の前でバルハバルトは一度二人に振り返って、心の準備はいいか? と無言で確かめる。ジョージは何事もなく頷いたが、ロックは思わず居ずまいを正した。そんな二人の反応を確かめて、ようやく扉が叩かれる。


「ご当主様、お客人をお連れしました」

「入っていただけ」


 中から返ってきた声は意外と若かった。


「(アラシがロックと同い年くらいだろ? 18くらいだとすれば、その父親は若くても40近くじゃないのか)」


 わくわくしながら入ってみると、ご当主さまはわざわざ椅子から立ちあがって二人を迎えてくれたようだった。


 ただその人物を見てジョージもロックも少し言葉を失う。


 そこにいたのは、ベースは童顔ながらも右眉から右耳にかけてと唇の右側に入った大きな傷跡が入った、筋骨隆々の大男だった。

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