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007-レドルゴーグの名家とは -2-

 まず移動手段に面食らったが、当たり前のように都市の中枢部に近づくにつれてだんだんと名家に招かれたのだなという実感がわいてくる。そんな中でバルハバルトに連れて来られたのは、都市議会の議事堂が存在する中央区の高層住宅街だった。


「遠くから見てわかっちゃいたが、改めて見るとでかいなあ……」

「そッスねえ」


 のっぺりとした壁面にはずらりと窓ガラスのような透明の板や柱が並んでいる。どうやらただのガラスではない事はジョージは察しがついていた。とくに、薄ピンクがかった巨大な半透明の建材が建物の四隅の角に、まるで一つの結晶体のように巨大な柱として立っている。あきらかにこの半透明の建物の重さを支えるような構造になっており、若干の魔力もそこから感じ取れた。


 この薄ピンク色の建材は二人が連れて来られた目前のビルだけでなく、他の建物、特に背の高い建物には必ず見える。どうやらこの建材がこの都市の高層化を支える重要なファクターである事は間違いなさそうだ。


 二人は一度周りの巨大な高層建築物群を見上げたあと、振り返って自分達が乗ってきた物を改めて観察する。


 その名も自動車。つい先ほどブラスギアーを届けたばかり魔動発力舎にあった魔動発力装置、その小さいものが積まれており、馬車や牛車のように牽く動物がいなくとも箱のみで動く。大型のものよりは当然ながらパワーで圧倒的に劣るものの、大人10人ほどならば楽に乗せて動けるくらいの動力は出すらしい。


「おれ自動車なんて乗ったのはじめてッス。乗り心地も馬車と全然違かったし」

「……俺の知ってる自動車とはちょっと違うんだけどなぁ。まあココの自動車はコレなんだろうな。まだまだ発展の余地あり、って感じだ」


 単純にはしゃぐロックの横で、ジョージはぼやいた。


 この自動車の見た目は、箱馬車の箱の部分だけとほぼ変わらないのだ。御者の座る位置は箱の外にあり、箱の内側にある客席とは別になっている。車輪の大枠は木製で、外周には恐らくジェリウムゲルを煮詰めるかして少し固めた物を使っているのだろう、ほどよい弾力で石畳が主であるレドルゴーグの街路の凹凸をある程度吸収する。車輪を支えるシャフト部分にも板バネで補強と振動対策がされているが、そのくらいの加工ならば普通の馬車に使われる箱にもされているはずだ。


「ただ……」


 しゃがんで、自動車の底の裏を見てやっとただの箱馬車と違うところが見つけられる。歯車が並んでいるのだ。前部座席の下にでも動力があるのだろう。そこから前輪二つに繋がるように歯車が並べられている。


「素晴らしいでしょう。アル型小型魔動発力装置を二つ積んだ最新型です。ちょっと操作にクセがありますが、慣れちまえば従来型の倍もキツい坂の登れるんですわ」


 格好や行動から名家の者ではないのだろうとわかるのだろう。御者が自動車を観察しているジョージに向かって親しげに話しかけてきた。


「あ、うん。あー、なるほどね。左右の車輪の操作が別々なのか。左右で回転数を変える事でまがってたわけだな」

「へえ! ちょっと見ただけでそこまでわかるのかい! 新しい自動車技師さんかなにかかい?」

「いや、ちょっと歯車の目を読めるだけだよ」


 世間話でしかないのだが、その真意を知っているロックはびくりと肩を震わせた。そんな気も知らず、存分に自動車の構造を観察したジョージはようやく立ち上がってバルハバルトに向き直る。


「すみませんお待たせしました。じゃあ行きましょうか、イエートさまとやらのところへ」

「いえ。ご案内いたします」


 バルハバルトがジョージとロックへも丁寧に頭を下げるのを見て御者はまずいと思ったようだった。


 今は二人とも普段の潜窟者然とした格好ではなく、バルハバルトが持ってきた少しだけ豪華な服を着ている。あくまで少しだけ、というレベルで、普段より生地が上等だったり、あまり目立たない箇所に小さな装飾があったりという程度のものだ。わかり易い派手さあないため、ちょっとだけ偉い人だとでも思われていたのだろう。


「はは」


 ジョージは笑いながら御者に向かって、気にするなと手を振った。それがますます御者を恐縮させてしまい、ジョージは苦笑するしかなかった。


 なるほど、身分の差とはここにも存在するらしい。それを悟ったジョージは少し微妙な顔になった。


「どうやら、気を引き締めなおした方がよさそうだ。

 ロック、なるべく俺がしゃべるからおまえは質問された事にだけ答えるようにしろ。答える時も内容もよく考えてからするようにな」

「……わかってるッス」


 ややトゲのある返事。しかし、ジョージに言われた事が気に障ったわけではなく、ロックも今になって緊張を実感しはじめたせいのようだ。やはり心配だな、とジョージは思う。


「この建物は全部イエート家の物なんですか?」

「所有はイエート家でございますが、地上102階、全てが居住スペースであるかという意味でしたら、否でございます。概ね、1階から80階までがカンパニーフロア、51階からは社員用の娯楽施設、最上階から10階ほどがイエート家の居住エリアですね。

 我々使用人の一部もイエート家の居住エリアに住まわせていただいておりますが、基本的に居住エリアにはイエート家の方々しかお住まいになられておりません」

「お…おう」


 ほんの少しのイヤミもこめてなんとなく聞いて見ただけだったのだが、思いのほかポンポンと情報が出てきて二人とも戸惑った。


「そんなに詳しく言っちゃっていいんスか?」

「そうだよな。警備上の理由で詳しくお話しできません、って来ると思ってた」


 思わずジョージがロックに同意する。いつもと軽く逆の構図だ。


「構いません。あそこに、書かれておりますから」

「あ、ほんと」


 バルハバルトに指差された先を見る。社内案内板、と書かれたプレートにこの建物のおおまかな構造が書かれていた。イエート家のプライベートエリアはともかくとして、カンパニーエリアに設けられた各部署が何階にあるのか、どういった娯楽施設が何階にあるのか、というような事は事細かに描かれている。


「企画、経理、流通に営業、魔動設備課…と。会社みたいだ」

「はい。イエートカンパニー、でございます」


 会社の名にたち上げた者の家名を使う事はそう珍しい事ではないし、現トップがその血筋の者である事もままある事だ。しかしここまで巨大な会社に経営者の名前がついているとあまり良い印象を受けないのは、庶民のやっかみからだろうか。


「それに加えて議員様か……」


 皆までは言わなかったが、ジョージがそういった物事に対して良い印象を持っていない事は明らかだった。その横にいるロックも似たような表情だが、こちらはもっと具体的な理由があるだろう。なにせイエート家唯一のお坊ちゃまであるらしいアラシから、最も多く嫌がらせを受けていたのは他ならぬロックなのだから。


「はい、ご当主さまは、立派な方です」


 ジョージが抱いている嫌な印象を語調から感じ取ったはずなのだが、あくまで当主を持ちあげるような態度を崩さないバルハバルト。しかし主語を意図的に強調した。ジョージもロックもそこには引っかかる。


「(いや、でもまあなんとなくわかるかな。この人、あの時こっち側についたのになんのお咎めもなかったみたいだし。あの時もはっきりと、自分の雇い主はおまえじゃなくてご当主サマだつってハッキリいってたもんなぁ)」


 この背筋のピンと伸びた老人はアラシ本人を正座させながら、はっきりとそのような事をいっていたとジョージは思い出す。教育係、とも言っていただろうか。


「ということは、今回の呼び出しは本当にご当主サマとやらの意思か。まあ、レドルゴーグの名家とか呼ばれてる社長様で議員様のやる事だから、単純にごめんなさいだけで済むとは俺は思えんのだけどなァ」


 イヤミを強めてあえて相手に聞こえる大きさで呟くジョージ。しっかり自分に向けて呟かれているとわかっているのだろうが、バルハバルトは先導して二人から見えない位置にある顔を涼しげなまま変えなかった。


「それは、ご当主さまからじかにお聞き下さい」


 老獪、とはこういう事をいうのだろうか。自分のペースを崩さないバルハバルトに、ジョージは揺さぶりをかけるのをあきらめた。代わりにロックに釘を刺しておく事にする。


「今回が出たとこ勝負の本番になりそうだ。さっきの言い付け、なるべく守れよ?」

「……うス」


 二人の間だけにしか聞こえない大きさの声で交わされるやりとり。あえて声を潜めてまで伝えるべきほどの内容ではなかったのだが、なんだかロックが妙に思い詰めているように見え、ジョージは心配を増したのだった。

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