007-レドルゴーグの名家とは -1-
ジョージとロックがランナに自分の取り分を要求しにいくと、金貨一千枚が半分ほどに減っていて、そこで受けたショックはジョージとロックで別なものになった。
「オイラの……取り分……」
それでもまだ金貨五百枚は残っているというのに、ロックの言い方はえらく自分本位である。一方でジョージは、
「ここのギルドは、そんなに借金まみれだったのか……」
ギルドに所属する期間から考えると、本来はロックの方がジョージのようなショックの受け方をするべきであるような気がしないでもないのだが、ここはやはり大人というか、生きてきた年数の違いだろうか。
「ああ、おかげでうちの借金は綺麗サッパリなくなったよ。あたしもだいぶ肩が軽くなったさね」
「そりゃあ良かったが……」
普通は生活必需品ほど安価になり、嗜好品や学術品など需要と供給の関係で生産量が少ないものほど高価になる。餓死する事はなくとも食事をとらねば全く動けなくなってしまうため、食料品への需要は高いし生産力もそれに比例している。
レドルゴーグは中心部に近づけば近づくほど食糧を生産する能力が低くなるため、どうしてもパン一つにも高い値段がついてしまうものだが、それでも銀貨にはとどかない。
ジョージが以前、マジシャンズギルドで購入した参考書も子供向けとはいえ学術品にはいるのものだがそんな書物が銀貨で買える。
そんな街で、金貨五百枚の借金とはいったいいかなるものなのか。
「そうそう、ジョージ。あんたの装備の分もついでに払ってきたから、もうキョー爺さんに借りはないよ。なんなら今日からちゃんとした宿に移るかい?」
「いや、まあ確かに荷物もないし移れはするんだが。あそこもあれでけっこう気に入っててなあ」
「だろうと思ったッス」
「だろうと思ったよ」
義姉弟の声がそろうと、義姉の方がくくっと笑った。どうやら二人ともジョージという人間が少しずつわかってきたようである。
「お、もう立ち直ったのか?」
「うス。よく考えたら金貨五百枚でも十分に大金ッス。オイラくらいの潜窟者なら金貨が一枚あるだけでそこそこの装備一式と他にも色々そろえられるッスから。
それに、ブラスギアーを取ったのは全部アニキの仕事で、オイラがやったのは行く途中でガラの悪い女の子を一人のしたくらいッス。仕事と報酬を比べたらこんなボロい仕事はないッス」
つい直前まで大金が半分に減って自分の取り分が減ったと嘆いていたとは思えない、謙虚な台詞である。
急に大人の意見を言いだしたロックにもともと大人の二人は疑いのまなざしを向けてしまった。
「おまえ、ほんとにロックかい?」
「なっ! 姉さんそりゃひどいよ!」
「すまん、俺も同じ事を思ってしまった」
「えええ!? アニキまで!」
あまりの扱いに両手をじたばたさせるロック。その姿はまさに子供。ああ、やっぱりいつものロックだった、と安心したところで、ディアル潜窟組合ギルドホールに珍しくギルドメンバーではない客が来る。
「失礼ですがこちらがディアル潜窟組合で、ああ間違いないようですね」
声に振り返って見ると、見覚えのある執事が立っていた。
「あっ」
「おや、あの時の」
アラシ・イエートにからまれた時に、アラシではなくイエート家の当主に遣えているのだといってジョージたちに味方してくれた、あの執事だ。
「先ほどお世話になりました。申し遅れましたが、わたくしイエート家の筆頭執事を勤めさせていただいております、バルハバルト・アトレイと申します。本来はあの場にて名乗らせていただくことが本来の礼儀でございました」
「イエート家?」
バルハバルトはギルドホールの玄関前で懇切丁寧にお辞儀をしたが、家名を聞いたランナが剣呑な顔になった。まずい、と思ったジョージとロックがやんわりと間に入る。
「ほら、前に話した時にこっちに味方してくれたほうのヒツジさんッス」
「うん、シツジな。名乗っていなかったのはこっちものハズだしそれはいいだろう」
「いえいえ、ジョージ・ワシントン様はあの場にて名乗られておいででした。
そして、ロック・ディアル様、姉君にしてギルドマスターを勤められる、ランナ・ディアル様でございますね? このたびは我がイエート家の者が大変なご迷惑をおかけいたしました。
つきましては、ご当主さまがせめてものお詫びをしたいと申しております。よろしければ我がイエート家までおこし頂きたく」
以前に聞いていた事もあり、あくまで丁寧に頭を下げるバルハバルトを見てランナも態度を軟化させる。
「あたしはパスだよ。堅苦しい名家サマの家に行くよりはここでヒマしてるほうが何倍もマシさね。代わりに、直接迷惑をこうむった二人をあたしの代理としてよこすよ」
「えっ、ちょっ! 姉さん!」
歯に衣着せずに面倒事を押し付けられたのだ、ロックはさすがに抗議する。が、ギロリと睨まれると次の句を継げなくなった。
「適当に詫びの品でももらってさっさと帰っといで」
「ん。そうだな、なんか美味い物でもあったら包んでもらうわ」
そしてジョージはあくまでマイペースだった。そして相変わらずの食に対する執着である。
「というわけだけど、えーと、アトレイさんでいいかな?」
「ご自由にお呼び下さい」
「ギルドマスターは簡単には機嫌を直さないそうなので、俺らが代理として謝罪を受けに行く、という事でも構いませんか?」
「もちろんでございます」
もとより招かれる側である。快諾を得た二人はさっそくご招待にあずかろうとしたのだが、申し訳なさそうに苦笑しているバルハバルトに止められた。
「武器の類はそのままお持ちいただいても構わないのですが、服装を着替えて頂きたく。代わりの服はこちらでご用意させて頂きましたので」
なるほど、さすがに名家のようだ。
まるで貴族の屋敷にでも出向くようだな、などと思いながら、さすがのジョージも招待を受けた事を少し後悔しはじめていた。
そしてその認識が、ほぼ間違っていない事をすぐに知ることになる。




