006-魔動のチカラ,神々のチカラ -5-
結局、訓練が再開される前にランナが各所への支払いを終えて帰ってきた。
相変わらず客のいないギルドホールになど一瞬も留まらずに鍛練場へ来たランナは、座って話しこんでいる二人を見て一瞬は軽く失望したのだが、片隅に落ちている、半ばまで斬られた木剣を見て驚く。
「ほお。訓練の成果はあったみたいじゃないかい?」
「あ、姐さんお帰りなさいッス」
「おかえり」
すっかり定着してしまったロックの間違った敬語にやや眉をひそめるも、それより今はロックの成長具合が気になった。
「これはアンタがやったのかい? ロック」
「うス。オイラがやったッス。でも、なんていうか、ちょっとコツを教えてもらっただけっていうか、魔法を教えてもらうつもりだったのが神の加護の力をより強力に引き出させてもらう方法を教えてもらったっていうか」
「なに言ってんだい?」
面倒くさがりのランナはロックが急に長々と語りはじめた、と思ってしまった。
「いいから、久しぶりにあたしとも手合わせしな。どのくらい育ったか見てやるよ」
バッサリと言葉をさえぎりながらランナが壁に立てかけられていた木の細剣を取る。
「あ、はいッス!」
何がうれしいのか、ロックが意気揚々と立ち上がった。そこでジョージが「おや?」と首をかしげたが特に何かを言うわけではない。
「ジョージ、審判を頼むよ」
「あいよ。じゃあ、先に身体のどこかに一撃を入れられた方が負け、武器を破壊されても負け。このルールで行く。いいか?」
「武器の破壊……? ふむ。わかったさね。アンタもいいね?」
「初めから否は無いッス!」
ジョージの影響か、いつもと違った言い回しにまたランナが眉をひそめたが、まあ思春期の男子が口調をころころ変えるのはよくある事だ。
「では、始め!」
ランナがロックの口調に気を取られている間に、ジョージがさっさと試合開始の号令を出した。
「でえや!」
気合の乗った一声と共に鋭い切り上げが来る。これだけでも今までに無かった一手だった。ランナはロックの成長に感心する一方でまだまだだなとも思う。
「ほれ」
簡単に避けて見せれば、振り上げられきった剣によって隙だらけの両脇。どちらに細剣を突きこんでも決まるだろうと思い容赦なく抉りこんだがロックはその予想を裏切った。
「甘いッス!」
更に鋭い斬り返し。切り上げられていた剣が真っ直ぐに切り降ろしにかわって突き出されたランナの細剣を叩き落とした。
「ほう!」
本気の突きではなかったがまさかロックに防がれるとは思っていなかった。ランナは少しだけ本気を出すことにする。
「確かに成長してるみたいじゃないかい!」
身体を開いて左手に持った細剣をより前へと出す。トン トンと小刻みに跳ねるようなステップも加わった。まさにフェンシングの構えである。
「……行くッス!」
戦闘時までそれなのか、と思わないでもなかったが、一気に踏み込んできたロックはランナの知るそれではなかった。が、残念なことに余裕で対応できる速度でもあった。
「だめだねっ!」
踏み込みと共に剣が横薙ぎに払われる。間合いをステップで調整し剣が来る方へと回りこむ。剣をやり過ごしたところでまた突いた。
先ほどよりも鋭い突き。ランナはまたこれで決めるつもりだったのだが、ロックは器用に踏み込みの方向を変えて辛くも刺突をやり過ごした。
「はんっ!」
ロックが慌てて薙いだ剣を引き戻したが体幹が伴わないためやはり隙だらけである。更に、ロックが剣を引き戻すよりもランナが鼻で笑いながら放った三度目の突きの方がよほど速かった。
「そこまで!」
ジョージが試合終了を告げる。
ランナの細剣の切っ先がロックのひたいにピタリと突き付けられていて、終了の声を聞いてから慌てて剣を止めようとしたロックは、ランナの左胴に当てる前になんとか剣を止めた。
「確かに成長はしてるさ。けどまだまだだね」
「んー、まだ対人戦じゃこんなものかもな」
危なげなく下したランナだが、ロックの成長を見られて実にいい気分だった。ジョージも今はまあこんなものだろう、という顔だ。決して失望はない。
「いい機会だしアンタともやってみたいんだが? ジョージ」
「おう、いいぞ。けどその前にもう一手、ロックとやってみてくれんか?」
「うん? 何度やってもこの調子だと思うぞ?」
もう一度ロックと手合わせしろと言うジョージの申し出はランナには不思議なものだった。確かにロックは成長しているが、本気も出していなければそもそもいつも使っている種類の武器ですらない。何度やったところでその差は縮まらないだろうと思っていた。
「うん。だから俺から一つ、ロックに秘密のアドバイスをしたい」
そういうジョージは実に無邪気な笑顔を浮かべていた。顔立ち自体はヒゲヅラでむさ苦しい男の顔なのだが、この男は時々本当に子供のような笑みを浮かべる。
「というわけだからロック……か……で」
その場でロックに耳うちするジョージ。ロックは半信半疑の様子だが何度か頷いた。
「じゃ、ランナ対ロック。第二試合だ。ルールもさっきと同じ。双方準備はいいな?」
「うス!」
「いいともさ」
ジョージはわざと両者を睨み合わせて少し間を置き、宣言する。
「はじめ!」
「でえやっ!」
先手はまたロックが取った。それも先ほどと同じ鋭い切り上げ。
何のつもりか、と訝りつつもスイッと避けたランナも先ほどと同じようにロックの脇めがけて細剣を突き出す。
ここまでは完全に前試合の再現だ。
「《オーラスラッシュ》!」
しかしここで完全に試合の命運が別れた。前試合でロックは「甘い」と言って剣を斬り返し振り下ろしてきた。その動きだけは見れば今回も全く同じ。だが斬撃の質が完全に違った。
ジョージから教わった方法で魔力を上乗せしたロックの《オーラスラッシュ》は、威力とともに速度をあげて薄く光を放ちながらあっさりとランナが持つ木の細剣を両断した。驚いたランナは反射的に跳びのいて距離を取ったが、試合は続かない。
「そこまで! 武器破壊につてロックの勝利だ!」
「やったッスぅう!」
向こうでは勝利宣言に両手をあげているが、ランナは半分以下しか手元に残っていない細剣を確かめ、おもわず、ニヤリとした。
「ほんと、やるようになったじゃないか。なるほどね、それで勝利条件をそんなふうにしたわけか」
「そう、対人戦やるならもっと経験を積まないといかんだろうが、ダンジョン内のモンスター相手ならもうそこそこやれるようになってる。この間はオーク三体に囲まれてもなんとかなってた。その時は剣に頼ってるなっていう感じはあったが、オーラスラッシュは使ってない」
「へぇ」
追い詰められて冷静でなくなっていたせいで、使う暇がなかったのだろうというのがジョージの推測だが、逆に言うとその状況でもロック自身の地力だけで切り抜けられたという事だ。
「今あいつに一番足りてないのは、土壇場で思い切る度胸だ。少しでも勝ちを拾わせて、自信をつけされば、もっと伸びると思ってな」
「それでギルドマスターをあて馬に使うのかい? ックック。いいご身分だね」
キツイ言い方だがランナの言う通りなのだ。ジョージは返す言葉もないが、言っているランナはまんざらでも無さそうだった。
「ま、いいさ。よーし! ロック、剣だけじゃ勝てなくなった事は認めてやるよ! さあ、本気で相手してやるからかかってきな! ジョージはもう一回、審判をやんな!」
「お、おう」
「はいッス!」
やられっぱなしではないだろう、というのはジョージもわかっていた事だが、まさかこんなに早く巻き返しが来るとは思っていなかった。このまま本気を出したランナにこてんぱんにされたロックがまた自信を失ってしまうのでは、と心配してしまうのだが、ギルドマスターの命令には逆らえない。
「大怪我はさせないさ。安心しな」
そう言いながら、ランナはするりと腰紐をほどいた。と、今まで腰紐だと思われていたそれは長い鞭で、ランナが履いているホットパンツはもともと腰紐など必要ない構造になっていたらしい。
「うっ……! 頑張るッス!」
鞭を持ったとたんに、ランナのまとう雰囲気が変わった。目つきも鋭く、身体が一回り大きくなったようにすら見える。
「……じゃあ、ルールはそのままで良いな?」
「おうさ」
「うス!」
こんどはにらみ合いの間などおかなかった。
「始め!」
宣言のもと始まった三度目の試合は、実に一方的なものだった。
鞭と剣とでは初めから間合いが違う。長い鞭ならば振りが大きくなりがちの武器であり、剣士は一撃と一撃の間を縫って間合いを詰められれば勝つ見込みはあるハズだった。ところがランナは開始位置から一歩も動かずただただ振り回すだけでロックを一切自分の間合いから出さなかった。特別、振りが速いわけではない。しかし防御も回避も困難な鞭の使い方をしてくる。
ロックも初撃、二撃まで見て避けられたのだが、まるで生きた蛇でも振るっているかのような動きを見せるランナの鞭は、腕を振りぬいたハズなのにロックの後頭部から襲いかかるという不可解な動きを見せた。
「うおお!」
どうやらロックには初見の動きではなかったらしく、背後からの攻撃にもロックは対応して見せたのだが、その後が続かなかった。
「ほらほら!」
しゃがんだ事でただでさえ体幹がぶれているというのに、連続で左足だけを狙われ辛くも直撃は避けたがバランスを崩した。そこに横薙ぎに鞭が振るわれてなんとか剣で受けたつもりだったが鞭が巻きつき、バランスが崩れたまま武器を引っ張られ情け無く地面に転ばされる。
「そこまで!」
「まだ一撃入れてないよ! 獲物が壊れてもないだろうさね!」
ジョージが止めに入ったがランナは言う事を聞かない。
巻き付けたままの鞭を引っ張ると剣を手元へ引き寄せつつ見事に鞭を操って鞭をほどき、さらに振りかぶって振り、降ろそうとしたが手が動かなかった。
「あぶねえって……せっかく自信つけさせようとしてるのに心折っちゃまずいだろ」
いつの間にかランナの背後に来ていたジョージがランナの腕を掴んでいた。
「ロックも、今のは負けでいいな?」
「う……うス! さすがランナ姉さんは容赦がねえや!」
地面に手をついて起き上がったロックに、大した怪我はなさそうだ。それに、心の方にもさしたダメージを負っていない様子だ。
「あら?」
「まったく、あたしが何年こいつと居ると思ってんだい。こいつはこのくらいじゃへこまないよ。いいかげん手を離しな」
どうやら、ランナがロックを痛めつけるのは今回にはじまった事ではなかったようだ。ジョージは苦笑しつつ手を離す。
「アンタとも一つやりたかったけど、興がそがれたよ。また今度だね」
鮮やかな手つきで鞭を再び腰に巻き付けると、ランナはフンと鼻息一つ残してギルドホールへ戻っていく。
「(いつ後ろに来たのかわからなかった……)」
ランナは最初から最後まで横柄な態度だったが、ジョージに掴まれていた手首をもみながら内心で軽く戦慄していたのには、二人とも気付かない。
「いつもあんななのか?」
「うス。稽古をつけてくれる時はだいたいもっとひどいッス。そのあとの薬代も自分で出させられるッス。だから今日はアニキが止めてくれて助かったッスけど、大金も入った事……」
ジョージの手を借りて立ち上がりながら、ロックはひどく重要な事を思い出した。
「どうした?」
見る見るうちに面白いくらい変わっていく顔色にジョージが半笑いで尋ねると、
「報酬! 全部渡しちゃって、おいらたちの取り分、もらって無いッス! ちょっと姉さん!」
ロックがランナを追いかけて行く。
「……そういや俺も取り分もらってねえな」
ロックの慌て方に嫌な予感をおぼえ、ジョージも慌てて二人を追いかけるのだった。




