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006-魔動のチカラ,神々のチカラ -4-

 ディアル潜窟組合のギルドホールは単純な構造になっている。


 ガラス張りのショウウィンドウのような入り口は横に五人ほど並んでも楽に入れるくらいの幅がある。建材はガラスではないようだが、同じくらいの透明度だ。


 入り口から入るとすぐ左手にカウンターがあり、正面から右手奥にかけて大きな長方形のホールがある。ホールは綺麗に整列すれば三百人は入りそうな広さだ。その大きなホールの壁一面を協賛店の名簿や依頼を並べるための掲示板が占めているわけだが、今はどちらに張り出されたモノの数を見ても、山をにぎわす枯れ木にすら及ばず、より一層の哀愁を漂わせている。


 鍛練場への廊下はカウンターのすぐ奥隣、入り口から左に直角に曲がる形で繋がっている。真っ直ぐな廊下で幅は大人三人分ほど。窓はなく、ホール側から入って右手にだけ等間隔に六つほど扉がついている。


「一番手前が姉さんの部屋で、一つ奥がオイラの部屋ッス。それ以外は今は誰も住んでないんで倉庫ッス」

「ん?」


 だったらオールドスミスではなくこちらに住めたのでは? という疑問がジョージにうかんだ。ロックはそれを察して四つ目の扉を開いて中を見せる。


「この通り、本当に倉庫ッス。とてもじゃないけどすぐに人が住めるような状態にはできないッス。あと、リーナは店の方に住んでるからこっちにはいないッス」

「なるほどな」

「とはいえ、捨てるのが面倒でおいてあるものばっかりだからなあ。テキトーに捨てないといつまでもここにあるかもしんねえし。そのうち大掃除するッス」

「そん時は俺も手伝う。そういう発掘作業は大好きだ」


 ジョージがヒゲ面ににやりと子供のような笑みを浮かべた。そのうちに長くない廊下の突き当りまで来た。扉を開けると外は中庭のようになっており、塀と建物で囲まれた広場には藁を束ねた人形に錆びた鎧が着せられていたり、射的が置かれていたり、土の上に白い線で土俵のようなリングが描かれていたり、まさに鍛練場然としている。


「意外と、と言っちゃいかんのか。ギルドホールのありさまの割りには随分ちゃんとしてるじゃないか」


 ギルドに所属する人数の少なさからもっと荒れ放題な姿を想像していたジョージは、つい正直な感想を口からこぼした。ロックは苦笑する。


「それもギルドをつづけるための神様との契約に入ってるからッス。最低でも週に一回はここの手入れをするってね。けど使うヤツが居ないから全然荒れなくて、ほんとに最低限しかやってないッス。ちなみにここの手入れをやってうるのはオイラっス」

「そうなのか」


 最低限とは言いつつも、雑草一つ生えていない鍛練場からは丁寧な仕事ぶりが見てとれる。巻き藁に着せられた鎧はまあ見事に錆びついているが、手に持つ方の道具は一箇所に揃えて立てかけられており、全てきっちりと磨き上げられた木剣や木盾の姿はまるで、「いつでも使え!」と言っているようだ。


「(好奇心旺盛な雑学好きで、手先が器用な凝り性か。まあ決して剣士としての才能が無いわけじゃないんだろうが)」


 ちょっと選ぶ職業を間違えてるんじゃないだろうか、と思ったが口からは出さない。


「じゃあ魔法だ。何度も言うが座学からだからそのへんに座ろう。とは言え前にキョーリさんのとこである程度話した事が基本的な知識としては全てだ。どのくらい憶えてる?」


 座りこみながら早速授業を開始する二人。向かい合って土の上にあぐらをかく姿はまるで教師と生徒のようには見えない。


「あー、えっと。基本元素と派生元素がどーのこーの、水に風吹いたら氷になったって所ははっきり憶えてるッス」

「ふむ。基本元素がいくつかは憶えてるか?」

「四っつッス」

「全部言えるか?」

「水、風、火と、土だったッスか?」

「正解だ。それだけ憶えてればとりあえずはいいだろう。あとは細かい所に要素が加わってたり、じつはさらに分解できたりするんだが、魔法を本格的に学ぶ気がでたら追い追い教えて行こう。あの本には無かった知識だし」

「うス」


 なぜ本に無い知識を知っているのか、という疑問は今更わいてこない。ジョージは正規の学校に通って魔法を体得したわけではないと言っているのだから。きっと彼が師事したお師匠さんとやらがよほど優秀で、それなのに旅をしている偏屈な人間だったのだろう。そうロックは解釈する。


「サクッと実践に入るが、これも初めの方は座ったままできる。むしろ、座ったまんまでいる時間の方が長いかもせん」


 言うとジョージはあぐらをかいたまま両手を広げた。肘はゆるやかに折って手は肘の高さ。全体で山なりを作るようにして、その姿でもそこそこ様になって見えるので不思議であるが、似たような姿をオールドスミスでも見たとロックは思い出す。確か、掌に火をともす直前だった。


「こんな感じのポーズが一番、自分の中の魔力の流れを感じやすい。やってみ」


 言われるまま、その姿を真似るロック。姿だけ真似たところでいきなり何か新しい力に目覚めるわけはない。


「ゆっくり、下っ腹を意識して息をしろ。息をするとき、胸の辺りに空気が入るのはわかるな?」


 呼吸に集中しているせいで声を返せないロックは小刻みにうんうんと頷いた。


「いつもは胸で止まってる空気を、下っ腹を意識する事で、腹の下まで空気を取り込んでるようにイメージしろ。そうすることで、いつもは全然動かない何かがグッと動いてると思い込め」


 なんだそれは、と心の片隅では思いつつも、尊敬するアニキがいう事だからと素直に聞いた。普段しない方法での呼吸はけっこうに負荷がかかるものだが、剣士として体は鍛えられているロックは、多少の違和感はおぼえつつも難なくそれを行う。


「お?」


 ロックがそれを自覚するより先に、何を見ているのかジョージの方が先に反応した。


「そのまま吸って吐いてを続けながら、広げてる腕の肌にも意識してみろ。空気と一緒に何かが動いてる感じ、ないか?」

「え? あ!」


 言われてみると確かにする。驚いた事で集中が途切れて肌に感じていた何かの動きが無くなった。


「筋が良い。今日一日は潰すつもりだったんだが。よし、一つ実験してみよう」


 言うと、立ち上がったジョージは剣を取った。ロックにも放ってよこして、来いと軽く手招きした。座れと言ったり立てと言ったりせわしないが、自分の素質が思っていたよりもいいおかげで予定が早まっている事はなんとなく理解できたので文句はない。むしろ嬉しく感じた。


「剣士の、技があっただろう。なんだっけ、斬撃を強化するってヤツ」

「オーラスラッシュ、ッス」

「それそれ、そいつを俺に打って来い」

「え? えっと、わかったッス」


 オーラスラッシュはロックにとって唯一の必殺技で切り札だった。あまり簡単に使いたいものではない。しかも剣士の技が魔法の訓練において何の役に立つのかもわからない。疑問は浮かんだが、つい直前にジョージの言うとおりにして何かに目覚めかけたわけだから、疑問は尽きないながらも言うとおりにするしかない。


「えっと、オイラが言うのもなんだけど、けっこう強いのが出るッスよ」

「おう。しっかり来い」


 ジョージは自信に満ちた笑みを浮かべている。頼もしい限りだが、必殺技を甘く見られている気がしたロックは少し腹も立った。


「じゃ、行くッス……」


 ロックは心を落ち着かせ、剣を正眼に構え、高らかに唱える。


「《オーラスラッシュ》!」


 技を放つ、という明確な意思のもと、ロックの中の少しの魔力を贄として、木剣に神の加護が宿る。わずかな光を帯びた木剣はロックの両腕にも伝わり膂力を倍増させて真っ直ぐに振り下ろされた。


「むっ!」


 カーン と透き通った音が鍛練場に響く。ジョージは神の加護が加わった斬撃を素の状態で受け止めていた。


 ギリ ギリリと押し合いが続き、ロックの剣から光が消えたあとはジョージが一気に押し返す。


「……っとお。なるほど、こいつは凄い威力だ。木剣だったからよかったが、いつもの剣を使われてたら、頭からバッサリいかれてただろうな」


 ジョージは冷静に威力を分析していた。一方であっさりと止められた方はショックを隠しきれない。本気の必殺技だったのだ。無論本当に殺すつもりなどはなかったが、怪我くらいは負わせてしまうかもしれない、という気持ちすらあった。


「ふむ……木剣が木剣を僅かに切り込んでる。本当に、斬撃を強化する技なんだな。ちなみに、真っ直ぐに振り下ろすしかできなくなるものなのか?」

「え? いや、違うッス。オイラはこの切り方が一番威力を出せるってだけで、切り上げでも、横薙ぎでも、なんだったら片手で切ってもオーラスラッシュは出せるッス」

「そっかそっか。このオーラスラッシュは日に何回くらい使えるもんなんだ?」

「日に何回……あんまり連続で使った事は無いッスけど、休み休み使えばたぶん何回でもイケるッス」


 それを聞いて、ジョージが、またニヤリと笑った。確信を得た、という顔である。


「んじゃ、また打って来い。こんどは、さっきの感覚を思い出しながら、下っ腹で息をして、肌に何かの動きを感じながら、オーラスラッシュを打って来い」


 こんどはジョージも腰を入れて、初めから受けの体勢でもって剣を構える。


「……わかったッス」


 ここまで余裕を見せられると、ロックもいい加減腹が立ったりはしない。むしろ自分がどこまでジョージの本気を引きだせるのかというところに興味がわいた。


「行くッス…っ!」


 一度目は怪我をさせるのではないかという心配、もとい驕りがあった。あっさりと受けられてそれは消える。二度目は一度目よりも集中を高めつつ、言われたとおり剣より外にも意識を向けて意思を固めた。


「《オーラスラッシュ》! っ!! でやあ!!」


 その瞬間、ロックは今までとは全く違う手ごたえを感じた。技の代償として抜けてく自らの魔力を確かに感じる。それが力の光へと変換されていく様子も、目では見えないが、肌で感じて、まさに手に取るようにわかった。


「おっ!」


 今までよりも更に強化された神の加護の乗った斬撃を、ジョージは一度目と同じように真っ直ぐに剣で受けようとしたが、すぐにムリだとわかる。一度目よりも鋭く輝く斬撃はギリリとジョージの木剣を押し切りはじめたのだ。


「っととお!」


 慌てて半身ずらし剣を傾けてオーラスラッシュを受け流そうとするが、既に刃が食い込んでいては受け流せない。ジョージがたまらず自分の木剣を手放して飛び退くと、全力で切りかかっていたロックが前のめりにつんのめった。


「っと! あぶないッス!」


 転ぶ前に片足でトントンと跳ねて勢いをやわらげた。さすがに文句の一つでも言ってやろうとしたが、勢いで振りかぶった木剣にジョージの木剣がくっついてきて言葉を失った。


「はは、凄いじゃないか。木剣で木剣を斬るか。断ち切るまでにはいかなかったが、半分以上切り込んでる。で、どうだ、魔力がなんたるか、わかっただろ?」


「え? あ、はいッス」


 これを自分がやったのかと呆然としていたロック。ジョージに問われて我にかえる。


「こんな感覚初めてッス。だから、はっきり言い切れないッスけど、たぶんこれが魔力」


 こんどは技の名を叫ぶことなく、ロックは剣を持たない左腕の周りで自分の魔力を動かしてみようとした。オーラスラッシュを繰り出した時のようにはいかず、かなり鈍い動きになったが、魔力は確かに動いた。


「うん。ちゃんとわかってるみたいだな。

 もしかしたら、と思っていたが、アクティブスキルという技を放つ時に消費されるものも、どうやら魔力だ。だから広い意味ではアクティブスキルも魔法だといえるかもしれん。あくまで、広い意味ではな。

 けどついさっきまでロックは自分が魔力を使ってオーラスラッシュを放ってるんだとは意識してなかっただろ?」


 頷くロック。だがはっきりと魔力の動きと膂力への変換を意識して体感したことで、ジョージの説明はすんなりと頭に入ってくる。


「たぶん、俺やほかの魔法使いが使うわかりやすい、魔力を火や風に変換する魔法のような複雑な工程を、神様か、天使様にでも肩代わりしてもらってるんだろう。俺の目には、ロックの魔力が一度背中から上に抜けたあと、再び腕と剣に戻ってきて魔法に変わった、というように見えていたからな」


 ロックもやはり同じような魔力の動きを感じ取っていた。


「とゆーことは、オイラがオーラスラッシュを放つたんびに、神様がおいらの上に降りてきてくれてたって事ッスよね?」


 うれしそうにはにかむロック。神を身近に感じる事は、ロックにとってうれしい事のようだ。


「おお……その辺は感覚の違いかな。俺はあんまり近くに神様なんてのが居すぎると、有難味もなにもないんじゃないかと思っちゃうタイプでなあ。神の奇跡は偶にしかないからありがたい、と思っちゃう。

 まあどっちにしても、剣士をはじめとした様々なジョブの、アクティブスキルと呼ばれているものが魔力を消費して使われている、というのははっきりしたな。

 魔力が動く時、消費される時、変換される時の感覚をはっきり覚えておけよ。これが呪文も技の名も唱えずに魔法を使うための第一歩になる。

 一度おぼえてしまえば歩き方と同じでそうそう忘れるもんでもないが、ちゃんと魔法として、火や水を出すには操作にそれなりの精度を求められるから、毎晩寝る前にでもきっちり練習しとけ。

 ある程度できるようになったら第二段階。ちゃんと火とか水を出す魔法というやつを教えよう」


「うス」

「で、だ。ある程度操作に慣れれば、こういう事ができる」

 ジョージはそういって何も持たない左腕を振りかぶると、無造作に振り下ろした。一秒ないが少し遅れて鍛練場の真ん中に建てられていた巻き藁の鎧がパンッと乾いた音をだす。

「え?」


 反射的に音のした方を見たが、ロックにはわけがわからない。魔力だの神の力だのと、実はけっこうな衝撃的事実をすんなり飲み込んだというのに、目の前でわかりやすくした音にはまるで理解が追いつかない


「まあ、まだ見えはしないか。何にも変えない魔力そのものを弾として打ち出した。ああ、この場合での何にも変えないっていうのは、火にも水にも風にもしないって事だ。魔力弾とかマナ・バレットとか呼ぶが、オーラスラッシュみたいな神にも認められた名というのは無い」


「マナ・バレット……」


 オウム返ししかできないロックに苦笑しながらもジョージは続ける。


「斬られた方の剣をすてて、構えろ」

「え? あ、はいッス」

「真っ直ぐ受ければ見えるだろ」

「え?」


 自分をおいてとんとんと進められる訓練に、ロックは戸惑う暇もない。


「ほれっ」

「うお!」


 構えたと見るが速いか、ジョージが無造作に腕を振ってマナ・バレットを飛ばしてきた。言われるままに形だけ構えたため力がゆるかったせいもあるのだが、ジョージから放たれたマナ・バレットは予想外の威力があった。勢いよく跳ね上げられた木剣の鍔の部分がそのままロックの額に直撃する。


「あだっ! てて……」

「おいおい」


 しかもロックはマナ・バレットを見ようともしなかったようだ。これにはジョージもあきれる。


「仕方ない、少し休憩だ」


 休憩だ、といってもまともに剣を打ちあったのは二度だけで、座学を終えてからも十分経っていない。ほうけたロックに事態をのみこませる時間を置いてやるのは、ジョージのやさしさだった。

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