006-魔動のチカラ,神々のチカラ -3-
帰り道、チンピラどもはなんとか復活できたのか影も形もなくなっていた。
ひょっとすると近所の工場に勤務している人がとっくに通報して連行されていったのかもしれない。そのくらいの事があってもおかしくないくらい、ジョージとロックは魔動力舎の中にいた。
結局、サディカはロックが期待していたような事を聞きだしてくれる事はなく仕事に戻っていったわけだが、ジョージと共に過ごすことで多少頭の回転が早くなっているロックは、ギルドホールへの帰り道で先ほどのジョージの言葉から拾いなおせるような情報が無いかを吟味していた。
この吟味に完全に気を取られているせいで、ロックは自分のポーチの中に金貨一千枚が入っている事をあまり気にせずに済んでおり、さらにサディカから去り際に渡されたコイン状の何かが何だったのかを確かめる事もすっかり忘れている。
ジョージはというと、何か真剣に考え込んでいるロックに気を使って話しかけずに黙って街を観察している。
「(ジョージが自力で魔法を学んだってのは前にキョー爺さんとこで聞いた事があった。あの時もちょっと驚いたけど、オイラでも名前だけしか知らなかったような魔動発力装置の実物を見てもそんなに驚いたかんじじゃなかったから、そのくらいの知識を持ってる事だろう。そこまでは全然言わなかった)」
さすがのロックも、思考の中でまで「ッス」などという間違った敬語は使わない。
「(ジョージって一体何者なんだ? 強くて頭が良くて色々知ってて色々できる。今までブラスギアーを自力で、狙って手に入れられる人物なんて伝説でも噂でも聞いたことがない。そんな事が出来るやつがいるんだったらそいつは今頃大金持ちの有名人だ)」
ロックはその場に居合わせなかったから知らない事だが、ジョージはギルドカードを授かった時に二度も天啓を授かっている。しかも、それぞれ別の神々からだ。
「(待てよ……? どこで生まれてどこで育ったとかは隠してるっぽいけど、どこで学んだとかは隠して無い、のか? じゃなきゃ、サディカさんから出身校を聞かれてもいつもみたいにテキトーにはぐらかしてたハズだ。聞くモノによっては案外あっさり教えてくれるんじゃないか)」
一つ思い至ったロックは早速その考えを確かめにかかる。
「なあアニキ」
「ん? どうした」
「そ、そのっ、オイラにも魔法を教えてほしい!」
ジョージは一瞬あっけにとられた。
「いいぞ。そんな事今まで悩んでたのか?」
ロックは自分が聞き方を間違えたと悟る。違う、違うのだ。知りたいのは魔法という技術そのものではない。いや、それも知りたくはあるが今知りたいのはジョージの素性の方なのだ。
「じゃギルドホールで座学から始めるか」
「あ、いやあの」
慌てて方向修正しようとするのだが、もうあいにくと目的のギルドホールの目の前だった。
「ただいまー」
「おかえり。ちゃんと報酬はもらってきたんでしょうね?」
相変わらずけだるそうにカウンター内に居たランナが二人を迎えた。本日二度目の送り出しでは手荒なまねをしたランナだが、しっかり現状を知らされた上での乱暴である。
「ちゃんと金貨千枚、あとなんかボーナスも! ほれロック」
「あっ。はいッス」
促されて金貨一千枚と追加の報酬も手渡すロック。コイン状の何かだけは、報酬とは関係ないといわれたので出さない。
ランナはすこし意外そうな顔でそれを受け取って、ロックと同じようにギルドカードを取り出してまずは大きな本報酬の中身を確認した。
「間違い無く本物の金貨だね。まあ評議会がわざわざ贋金なんて使う理由もないけど。で? こっちは、ボーナスとか言ってたが……おいこりゃあ」
ランナが袋を開けると入っていたのは金貨ではなかった。追加報酬なのだから二割増しになっていなくとも銅貨以上の価値のあるものであれば文句はないのだが、そこに入ってたのはむしろ逆、金貨一枚よりもずっと価値のあるものだった。
「おお、さわった感じそうじゃないかなとは思ってたけど、なるほどな。これってこのサイズでいくらくらいになるんだ?」
入っていたのは大きな緑色の宝石が三つ。カットもされていないし、細かな傷がついているが、一目見て純度が高い事はわかる。それ一つで金貨百枚以上の価値はあると思われた。
「三つともエメラルドだね。この宝石はルーカランラ様はじめとした、水を司る神々が好まれる宝石よ。水の神官がよくアクセサリにしてつけて神の加護を授かるために使ってるけど。この大きさとなると……」
「水と命を司る神々か」
そういえば、この間退治したアラシ坊ちゃんのおつきの冒険者が、それっぽい魔法のようなものを使っていたなと思い出す。ちょうど緑色、エメラルドのような色の壁が宙に出現していた。
「三つあわせてもさすがに金貨千枚には届かないとは思うけど、ずいぶんと気前のいい依頼主だったねえ」
「サディカ、とかいってたか。ロックが言うには単独で下層まで行った生きる伝説みたいなメカニカルサマナーだとか」
「サディカ! そりゃあ! 大物と会ったねえ」
驚いたあとにしみじみと言うランナにやはり大した人物なのだろうなと思うジョージだったが、後ろからロックにじっと二人の会話を観察されていると気付いたジョージは、直前にした約束を思い出してこの会話を早めに切り上げる事にした。
「おっと、ロックにちょっと魔法を教えてやる約束だったんだ」
「ロックに魔法……? 剣士に魔法を教える理由がよくわかんないけど、そういえばあんた魔法も使えるんだってね。奥の鍛練場を使いなさい。ロック、案内して。あたしもこれ持っていろんなところ回らないといけなくなったから、ついでにここの番も頼むわ」
「りょーかい」
さすがは貧乏ギルド。色々な支払いが滞っていたようだ。
ランナの、大金を手にしてもとくに動揺することなく役目を全うしようとする姿は一見頼もしいギルドマスターの姿に見えなくもない。なのだが、あからさまに面倒くさそうに、かつ気だるい様子で出て行く後ろ姿には、同情すらわいた。
さらにジョージは先ほどランナが金貨の真贋を確かめた際にギルドカードの中身をしっかり見ていた。
「(少しだけ緑がかった黄色。そんで二十九か。思ってたよりずっと若いな……)」
三十路に、辛うじてだが届かない年齢。そんな若い彼女がなぜ、一時はレドルゴーグにて最大級の勢力を持ったというギルドのマスターをやっているのか。そしてそのギルドがなぜ今こうして衰退しているのか。理由を勝手に想像して勝手に目頭を熱くする。
「鍛練場はこっちッス」
ジョージの心情など想像もせず、ロックは話しを進める。
「おう。つってもさっき言った通り初めは座学から始めるつもりだから、ここでもいいんだけどな。誰か来た時に奥の方じゃ不便だろ」
「大丈夫ッス。ギルドが今こんなアリサマだから、ちゃんと表に居なくても人が来た時にわかるような仕組みを作ってあるッス。あと、ウチに客が来るような事は……」
言っていて情けなくなったのだろう。ロックはみなまで言わなかった。
「そうか……じゃ、奥行くかぁ」
ジョージも察して、とくに追及しなかった。




