006-魔動のチカラ,神々のチカラ -2-
案内されたオフィスは吹き抜けの廊下を一階おりた場所にあった。
オフィスとは言うが入ってすぐのデスクの後ろはパーテーションで区切られており、その奥には明らかにここで生活している、という感じの雑多とした感じが見られる。対してパーテーションよりも入り口側のデスクの上にはほとんど荷物がなく、この区切りを境に二人以上の人物が部屋を共有しているのでは、と思わせる。それも、真逆の性格を持つ人物たちだ。
しかし説明された通りならここは完全にサディカ一人のためだけに割り当てられた部屋で間違いなく、実際には誰かと部屋を共有しているなどという事もないらしい。
彼自身がさきほど見せた表情だけでなく、部屋までが示す二極性。
「(ある意味で、ここまで解かり易い人間もそういないな)」
ジョージは内心で苦笑しながらそう思った。
「ひとまず正規報酬の一○○○ゴールドです。追加報酬は今経理の者にかけあってくるので少し待っていてください。部屋のモノには壊さなければ自由に触って見ていただいて構いませんから。外部の方は見てもわかるような代物じゃありませんし」
用意のいいことで、デスクの下から握りこぶし四つ分くらいにふくらんだ無地の巾着が取り出だされた。ロックが進んでそれを受け取って、今すぐにでも中身を確かめたい、と自分の顔に書く。
「確かめてくれて構いませんよ」
そのくらい二極性のワーカホリックにもわかりやすいほどわかりやすく顔に出ていた。
「じゃ、失礼するッス」
ロックが受け取ったそれを一度デスクに置いて中を確かめると、一辺がちょうど一センチくらいのサイコロ状の金貨がジャラジャラと一杯に入っていて、ロックが指を突っ込んでかき回しても本当に金の他には見えてこない。
「信用はしてるッスけど、うちのギルドのマニュアルどおりにやってもいいッスかね」
「もちろん」
一言断るとロックは中から何粒か取り出して掌の上に載せる。そうして、自分のギルドカードを取り出し、金貨に差し込んだ。
ギルドカードは持ち主以外の者には触れないように神が定めた物、であるのだが、金貨はギルドカードに対し磁石のS極同士が反発するようにプイッと離れてしまう。
ジョージは始めて見るものだったが、これがこのレドルゴーグで使われている金貨だ。見た目には金貨というよりも金のサイコロであるが、もちろんただ金をサイコロ状にしただけではなく、ロックが確かめたように、ギルドカードをはじめとした様々なアイテムに反応するように、レドルゴーグの技術の粋を結集して作られた偽造不可能なものだ。銅貨、銀貨がコイン状だったのになぜ金貨がサイコロ状なのかはよくわからないが、きっと理由があるのだろう。
「間違いなく本物ッス。じゃ、これが大量発注の契約書ッス」
いつどこから取り出したのか、そしていつギルドカードをしまったのか。ロックが契約書を差し出すとサディカの方もいつ取り出したのかわからない半透明なマーブルカラーの判子を押した。
途端に、ロックが持っていた契約書が淡い光とともに弾ける。
「依頼完了ッス」
「君たちは優秀な潜窟者であるようだ。また機会があればぜひ君たちにお願いしたい」
「いえいえ。オイラはまだ全然ダメッス。こっちの、ジョージの兄貴がビッグなニュースターで凄い人ッス」
ジョージが、何が起こったのかを察そうとしていると急に話しを振られた。が、ちゃんと胸を張って応えた。褒められて悪い気はしないし、実際に依頼の品を探し出したのもジョージだからだ。
「ふむ。二人のギルドカードをあらためさせていただいてもいいだろうか」
そこで興味を持ったのか、サディカは改めて二人のギルドカードの提示を求めてきた。もともとこの依頼を達成するには、戦闘力や戦略力はあまり関係なく、ブラスギアーを発見するという運ばかりが占めるものだ。そう、従来までは。
だがさも意図的にブラスギアーを手に入れたと言わんばかりのロックの態度を、サディカが見抜いたのだ。
「いいッスよ」
「しかたないな」
見抜かれたな、と気づいたジョージは、あまり広めたくはないと思いつつも、もう遅いからとその要求をことわらなかった。
「ほう!」
するとサディカは、あからさまに驚いた顔になった。
まず二人のカードの色である。
どちらもまだ低級を示す青緑だ。ロックについては金貨を確かめる為に出した時から見ているのでさして意外はなかった。その後にしっかりと謙遜もしたから、むしろ好印象を受ける。だがそのロックが兄貴と仰ぐジョージが、ロックと同等のカードカラーであった事はあまりに意外だったのだ。
「ああ、ギルドカードを作ったのがつい最近でね。まだ一週間と経ってないんだ」
サディカの表情を正確に読み取ったジョージがにこやかに返すと、サディカの驚きの質が変わった。一週間という期間からすれば、ジョージのカードカラーはむしろ過剰だ。黒から紫に変わるだけならその日のうちに可能だが、紫から青に変わるまでに一週間、青から青緑に変わるまでには一ヶ月ほどでたどり付ければ有望な潜窟者だというのが定説になっており、その中で破格の実績を残したサディカ本人も、青緑になるまでには三週間ほどの期間を要した。
「なるほど、確かに有能でいらっしゃるようだ。今後もひいきにしてもらうためにもやはり追加報酬を急いで持ってこよう」
結局、色に気をとられてしまったサディカはジョージのギルドカードに記された見慣れない職業名には気付かないまま、一旦部屋を出て行く。部屋に残された二人はそれぞれ思い思いの行動をとった。
ロックは手元の大金にばかり気を奪われている。なにせ、今まで持った事もないような大金だ。ブラスギアーがポーチの中にあった時から重荷には感じていたが、それがいざ、現金として自分の手に収まっているとなると重圧をさらに倍に感じている。
ジョージはというとマイペースなもので、サディカから言われた通りに部屋の中に置かれている資料を遠慮なく見て回っていた。
この部屋にあるものは全て高度な専門知識をもたなければ一文字も理解できないような書類ばかりだ。文章だけでなく図解が入ったものもあることはあるが、その図面も本格的な設計図や解説図であり、素人目にはたくさんの直線がでたらめに引かれているようにしか見えないものも多い。
ところがジョージは、その図解の中から何かを読み解くように、ふむふむと興味深げに眺めている。
「面白いですか?」
「うわあ!」
いつの間にやら戻ってきていたサディカがわざわざジョージの真後ろで急に声をかけた。ところがハデに驚いたのは五歩ほど離れたところに居たロックの方で、ジョージは静かに振り返る。
「いやあ、書いてある事はさっぱりわからない」
まあそうだろうな、という顔のサディカ。だがジョージは明らかに何かには察しがついている様子で、パーテーションの奥の居住スペースにある窓ごしに見える魔動発力装置の実物に資料をかざして見比べる。
「ただ、形は似てるから、アレの設計図かなとか、でも細部が違うし。ほっそりしてるから、プロトタイプなのか、逆に新型なのか」
ジョージとしてはなんの気もなしに思った事を述べただけだったのだが、これに驚いたのはサディカだった。ちょっとしたいたずら心で驚かせようとしたら完全に返り討ちにあったような形になっている。ロックが驚いたのは完全なもらい事故だ。
「あなたは、魔動力学をやった事があるのかね?」
「いんや? だが魔法は、知識としては一通り」
「ふむ……」
何が引っかかるのか、サディカは訝る様子でじろじろとジョージの顔を眺めた。
「どこの出身なのか、きいてもいいかね?」
不意の質問に話しの輪からやや外れていたロックもぴくりと反応した。
ジョージは自らが何者であるのかをほとんど語らない。むしろ隠している風ですらあり、なんとなく訊き辛い雰囲気ができあがってしまっていた。おかげで今のところジョージと過ごす時間が最も長いロックでさえ、ジョージがどこから来た何者だから、その強さと知識を持っているのかを全く知らない。であるから、今回のように全く関係ない人物がうっかり聞いてくれるのは実にありがたい。
「ストロスゴス? アンドロハッカン? それともゴーグメイズ?」
ところがどっこい、どうやらそもそもの質問が、ロックが期待するジョージの根本に迫るようなものではなかったようだ。答えようとしていたジョージの方も、前二つはわからなかったが最後の一つ、ゴーグメイズの名を聞いてどこか硬くしていた表情をやわらげて答える。
「ああ、出身ってそっちの出身か。いや、そういう教育施設に通ったわけじゃないんだ。基礎の部分だけはたまたま出合った旅の魔法使いに師事してもらってな。あとはほとんど独学だよ。いや、ちょっと違うかな。独学である程度できるようになった後に、師匠と出会って基礎の部分を学びなおした、という方が正確かな」
サディカがあげた名は三つとも、この大陸に存在する魔法学校、兼魔法使いのギルドの名前だ。ゴーグメイズとはレドルゴーグメイジギルドの略称であり、ストロスゴスとアンドロハッカンもこの大陸で有名な魔法を研究する施設や学園の名前である。
「独学!? なんとまあ。いったいどういう場所にうまれればそういう出会い方をするのか……いや、失礼。あなたは本当に興味深い人物のようだ。おっとっと、もちろん、そちらのキミともこんどぜひ話しをしたい。ディアル潜窟者組合だったね。今後ともひいきに。さすがにもう時間が詰まっていたのを今思い出した」
サディカは喋っているうちにあわただしい様子にモーフィングしていき一方的に話しを終わらせてしまった。追加の報酬をジョージに手渡すとばたばたと部屋から出て行きつつ、警備員を呼ぶ。
「彼らを出口まで案内して差し上げろ。ああ、決していつもの手合いではないから、間違った丁重さは見せないようにな。あとキミには、さっき約束した通り報酬とは関係なく特別にこれをあげよう!」
一方的に指示したあと、ロックにも一方的にコインを一枚ほうってよこす。ロックがそれを受け取ったのを確認もせずに、さらに慌しくバタバタと音をたてて階段を下りていった。
「こちらです」
呼ばれた警備員はいかにもいかつい男だったが、上司からの言い付けを曲げて解釈する事なく、ちゃんと丁寧に二人を出入り口へと案内したのだった。




