006-魔動のチカラ,神々のチカラ -1-
チンピラどもを軽くのしたジョージとロックは、まさしくレドルゴーグの臓部とも言うべき場所、魔動力舎に到着した。
どうやら事態は二人が思っていたよりも急を要しているらしく、わざわざ魔動力舎の職員らしき男性が建物の入り口近くまで出てきて待ち構えていた。
「ああ! もしかして依頼を受けて下さった方ですか!?」
すさまじい必死の形相で迫られ、先ほどもチンピラに囲まれて特に怯える様子など見せなかったジョージが、ひるむ。
「たしかに、そうだが。ロック」
「あ、はいッス」
ジョージも持っている筈なのだが、自分の名前を呼んだという事は自分が持っている方を渡せという事だろうと、ちゃんと理解したロックはポーチからそれを取り出した。
「あっ!」
その途端、職員らしき男性がブラスギアーに飛びついた。あまりの素早さにジョージですら反応できなかったほどだ。
別の手口の横取り狙いかと思いジョージもロックも身を固めたが、職員らしき男性はふところから定規を取り出してブラスギアーの直径を測り、わなわなと震えた。
「なんとか、なりそうです。よかった……」
そういって深い深いため息のあと二人に向きなおる。
「迅速な依頼達成に感謝します。報酬は二割増しでお支払いしますから、ついてきてください」
どうやら、大胆かつ巧妙なかっぱらいなどではなかったようだ。
「いやあ本当に助かりました。
今回はいつもと違って、前回の発注で手に入ったブラスギアーが見た目だけよく真似た模造品だったというのが原因でして」
「ほう。ブラスギアーの模造品」
「そうです模造品です。
本当に見た目だけはよく出来ていましたが、真鍮メッキがされただけの鉛の歯車でした。当時の担当者はバカです。重さですぐ気づくでしょうに。手にも取らずに判断した結果が今回の事態です」
そんな事ぺらぺら話していいのか? と思いつつジョージは適当に相槌を打っていた。ロックはあまりよくわかっていないようで黙ってあとをついてくる。
「メリッサにあんなものが取り付けられる前に気づけてよかったですよ。彼女はとてもナイーブだから鉛なんてはめ込んだらすぐに機嫌を悪くしてしまう。下手したらご機嫌取りに半年はかかっていたかもしれない。そうなるとその間この工場地帯がまるごと動かなくなってしまう」
「はあ……」
こんな調子で彼に先導されるまま魔動力舎の奥へ奥へと進んでいく。だいぶ進んで、何人かの警備員らしき体格のいい男ともすれ違いつつ進むと、扉一枚を抜けたとたんに開けた場所に出た。
「うおぅおう」
目の前に広がった光景に思わず声がこぼれる。
はじめは市民体育館ほどもありそうな広いホールだと思ったが、もう少し進むと巨大な吹き抜けだとわかった。市民体育館ほどの面積の空間が、地下に五階層分ほど掘り下げられている。そしてその広さの中に、無数のギアやシャフトやパイプで構成された、なにかの巨大な装置が鎮座していた。
圧巻されつつも今まで黙りこくっていたロックが思わず呟く。
「これが、マドーハツリキ装置ッスか……」
「よくご存知ですね。これは今レドルゴーグで稼動している魔動発力装置の三号機、この周辺の工場で消費される魔動の力を一手に引き受けているもので、私はメリッサと呼んでいます」
思いのほか重要な施設に案内されたと知ってジョージが軽く焦った。
「いいのか? そんな重要そうな施設にどこの誰とも知れん潜窟者なんか入れちまって」
指摘してみると、男性職員も軽く焦ったようで顔をこわばらせた。
「そ…そうですね。じゃあこれは、議会のお偉方には内密にという事で。お二人もここに来たという事はあまり口外なさらないようにお願いします」
どうやらまずかったようだ。そんな事を真面目に言っているが、何の問題解決にもなっていない。
「それくらいは、まあいいんだが。ロック、おまえもいいな? ……ロック?」
疑問には思いつつ、相手の提案にのることにしてロックにも同意を促した。しかし、呼びかけても反応がない。振り返って見ると、ロックは顔を輝かせて、ワクワクがはち切れたような状態になっていた。なにせロックは男の子である、こんな巨大構造物、巨大装置、ロマンと実用性を併せ持った夢のような装置など前にして平静でいられるわけがない。
「おい」
仕方ないので、ペシ と頭をはたいて強引に現実に引き戻す。
「あいっ。…あっ、すみませんッス。なんスか?」
「気持ちはわかるが。とにかく俺らが今回の件でここまで入り込んだのは他言無用に、だそうだ」
「はい。そりゃそうッス! こんなの誰かに言っても信じてもらえるわけないッス!」
張り切って答えるロック。ジョージはというと、そこまでのモノなのか、と複雑な顔になる。貴重なものを見られてうれしい、という反面、重要すぎてロックや自分クラスの人間では見たと言ってもホラを吹くなの一笑で終わらせられるモノらしい、という重圧。そんな感情が入り混じった複雑な顔だ。
「ただ、今回のことは本当に緊急事態でしたので。最悪の事態になる前に、それもまさか発注して半日も経たないうちに依頼を完遂してくださる方が出てくるとは思っていませんでしたから、このくらいの特例は現場責任者、兼、メカニックマスターチーフのわたくし、サディカ・ドゥ・デディスタンが認めます」
「うぇっ!」
「あなたが!」
どん、と白衣の下の薄い胸板を張った職員、改めサディカ。まさかそんなに偉い人物がわざわざ玄関まで出て待ち構えていたとは思って居なかった。さすがにジョージが思わず変な声を出す。
一方でロックはどうやら知っていた名前だったらしく、喜々とした様子で詰め寄ってブラスギアーが握られたままのサディカの手を取って強引に握手した。
「サディカさんつったら、世界で唯一のメカニカルサマナーのジョブ持ちの人じゃないッスか! お会いできて光栄ッス!」
「お! おお! そちらの名前で呼ばれたのも久しいが。いかにもいかにも! メカニカルサマナーのサディカもわたくしの事だ。ふふん、よく知っているね」
「モチのロンッスよ! メカニカルサマナーのサディカっつったら、単独でディープギア中層の最下階まで行った唯一の潜窟者ッス! 単独で中層踏破なんて、もう絶対に破られない記録だろうって言われてるッス!」
「んフフン。いいよいいよ。よおし、うれしくなったから依頼の報酬とは別にボーナスをあげよう!」
どうやら潜窟者界隈ではこのサディカという人物は有名だったらしい。それがなぜここで、都市中枢の運営に関わっているのかは謎だが、それもきっとロックが知っているだろう。などと、ジョージは一人おいてけぼりにされながら思っていた。
「しかし、確かに、驚くべき装置かもなあ……」
ジョージは左手の親指と人差し指で輪っかをつくり、それを片眼鏡のように左目につけた。
「おおっと! キミもなかなか詳しいようだね! わかるかわかるか。うんうん!」
じっくり眺めようとしたのだが、ジョージの呟きも耳ざとく聞き付けたサディカに後ろから凄い力で肩を掴まれた。ガシッとはっきり音に聞こえた勢いで左手が大きくぶれて、ジョージは危うく自分の指で自分の目を突きそうになる。
「あぶ」
それにしてもこのサディカという人物、テンションが上がる前と後とで随分と人間性が変わってしまっている。急にテンションが上がったのはロックに過去の経歴を褒められてからだろうか。
「恐縮だがそろそろ仕事の話しに戻らないか。報酬を受け取りたいんだが」
「あのメリッサは私が実装した中でも最高傑作の一つでねっ。私が直にメンテナンスに携わらないとすぐに機嫌を損ねてしまう可愛い一面もあるんだが、出力に関しては全六機中で最高の――うん? 仕事?」
どうやら、テンションダウンも「仕事」という単語ひとつで簡単に狙えるものだったらしい。それも、気落ちさせたわけではなく、プロ意識を刺激する、とでもいうのだろうか。とにかくポジティブなテンションの落ち着けかただ。
「そうでしたね。すみません。昔の事を言われてつい懐かしくなってしまって」
恥ずかしそうにはにかむ姿は、本当に一瞬前と同一人物なのかと疑ってしまうレベルだ。
「じゃ、こちらに。わたくしのオフィスへ」
ようやくまとまった現金が手に入りそうだ。ジョージはやれやれ、と息を吐くが、ロックはもう少し話しを聞きたかったのか少し残念そうだった。




